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2015年2月 7日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第173回

「この夜中、何事ですか」と問われ斉藤は話し出した。「過日、磯部で拝顔したのを御縁として参りました。県会解散後知事の処置はいかにも乱暴で黙視できませんが他に訴えるところもないのでどうかお聴き下さい」こういって政情を詳しく説明すると、川上は、ならば明日9時に来なさいと言う。喜んで退出し、明日9時に出頭すると門番は前夜と大違いの態度で奥へ通された。川上が現れ「今朝内務省に電話したから誰か来るだろう。昨夜の話を詳しく話したらよかろう」と言う。

 斉藤の胸の内が私には手に取るように分かる気がする。私も仕事柄、難しいことを人に頼むことがある。その時、どこまで押すべきかを悩む。遠慮と強引、ぎりぎりの兼ね合いが重要である。決断の線は切羽詰った胸のうちが決める。川上操六は後に空前絶後と言われた名参謀総長となった人だ。斉藤寿雄はこの時、川上が将来そのように偉大になる人とは知らなかった。磯部でたまたま湯に入ったことがきっかけとなった。人の縁とは不思議である。斉藤の行為を見て、「至誠にして動かざるは未だあらざるなり」という松陰の言葉を思い出す。川上操六については後述する。話しがそれたが、川上邸の応接間に戻す。

 程なくして役人らしき人が現れ、「局長は会議があって出られないので拙者が代理に参上致しました」と。川上は、斉藤に向って、この人は警保局次長の大浦兼武氏という人だから群馬のことをお話しなさいと言う。そこで斉藤は事細かに説明。大浦は委細を局長に報告する、又話の中にあった巡査の尾行は甚だよくないことだから早速何とかしますと言って退出した。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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