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2015年1月31日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第171回

 議会がこのように紛糾した例は群馬県議会の歴史に於いてないことである。ましてや解散させられた例はない。前代未聞のこの出来事はまだまだ続く。解散の後は選挙である。合わせて知事罷免に向けた動きが起こる。当時の毎日新聞はこの間の事情を伝える。要点を拾うと。「突然解散の公布があったので、民心非常に激昇し、あちこち集会を開き皆口々に言う。辞職勧告は僅か60名の議員の口から出たが実は県民60万人の口から出たものだ。知事はこれを受入れず、民意を代表する議会はこのために解散を命ぜられた。ことここに及んでは幾回解散にあおうとも前議員を再選し、議会の内外相応じて我々の素志を貫徹せんと今や選挙の日を待っている。又県下2百余りの町村は各々勧告書を提出し更に一町村一名の総代を選び直接知事に面会して辞職を勧告することとし、それでも聞き入れない時は内務大臣に解任を請願しようということで総代の選挙に忙しい」(明治24年1月11日)

 騒然として湧き立つ県下の情勢が伝わってくる。かつて幕末の上州で世直しを叫んで吹き荒れた一揆のエネルギーが形を変えた姿かと思わせる。

 この間の事情を語るものとして、斉藤寿雄の「群馬県廃娼顚末」(買売春問題資料集成第三巻)には興味ある記述がある。斉藤は甘楽郡出身、医師、クリスチャン、県会議員当選10回、廃娼に尽力した人である。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年1月30日 (金)

人生意気に感ず「菓子組合の新年会。イスラム国の呪文。県会で楫取」

◇昨夜は菓子組合の新年会があった。お菓子は前橋の伝統文化。菓子作りを継ぐ人々には文化人や知識人が結構いる。新聞で川柳の選者をつとめた人がいたが、この人は数年前アンコの機械に巻き込まれて亡くなった。元県教育委員会委員長は現役の菓子職人。安政年間創業の業者が2軒ある。三俣せんべいと原嶋まんじゅうである。安政といえば、安政の大獄、吉田松陰の処刑などを思い出す。安政6年(1859)に処刑さえた松陰は30歳、この年楫取素彦は31歳だった。

 こんなことを想像していると組合長の原嶋さんが挨拶に立って楫取の話を始めた。「2年前中村さんの楫取素彦読本を読んで面白いと思いました。その中の楫取がNHKの大河ドラマに登場するとは驚きです」というもの。

 席に戻って私と話す中に、「楫取県令はきっとうちの焼きまんじゅうを食べていますよ」昔は菓子屋は少なかったし、県庁にも近い名物の原嶋屋のこと、私も同感し「記録が残っていれば面白いですね」と応じた。

 私は挨拶の中で述べた。「現在、群馬は上昇気流の中にいると言われます。これをムードに終わらせることなく定着させるには伝統文化の尊重が大切です」、「私は今期で引退し文化活動に専念します。政治のバトンは若い萩原ゆうじ君に渡します」

◇後藤健二さんの新しいメッセージが出た。モスルの現地時間29日の日没までにトルコ国境でリシャウィと交換できなければヨルダン人パイロットは即座に殺害されるだろう」これを告げるアラビア文字が奇怪な呪文の文字に見える。この呪文に日本と世界が振り回されている。発信元の狂気の集団をつぶすために超近代兵器が投入され、1万数千人の世界の若者が呪文に縛られたように「イスラム国」を助けようとしている。理解できない不思議さがある。後藤さんの無事解放を祈るばかりだ。

◇2月16日から県議会が始まり、その中で私は県議生活最後の一般質問に登壇する。その1項目として、「教育県群馬の復活」を取り上げようと思う。近代群馬の基礎を築いた県令楫取は群馬を発展させる柱の一つを教育に求めた。道徳教育に力を入れ、県内各地の小学校を自ら訪ね励ました。そして、西の岡山東の群馬と言われるまでになった。平成24年の5月議会で初めて楫取を取り上げたが、それを踏まえ、私の教育の発言の締めくくりにしたい。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2015年1月29日 (木)

人生意気に感ず「24時間が過ぎた。アウシュビッツの恐怖。女子大生の殺人」

 

◇参院本会議中、外相、官房長官が緊急対応のため議場を出た。「24時間」をめぐっていろいろな力が激しく動いている。後藤さんの命が風前のともしびとなっている。政府はありとあらゆる努力を注いでいると発言。日本が新たな、そして不可思議な戦に巻き込まれている。「イスラム国」の姿は中世の暗黒時代の再現に見える。21世紀の近代国家がタイムスリップして中世に引き込まれているようだ。

 

◇その暗黒の中から、後藤さんの新たなメッセージが届いた。要点はこうだ。「私は後藤健二だ。これが最後のメッセージになると言われている。私が生きるために残された時間は24時間しかない」

 

「イスラム国」、ヨルダン政府、日本、この間の緊迫した駆け引き交渉はどうなっているのか。見えないだけにもどかしい。この文を書いているのは29日の早朝3時、既に「24時間」は過ぎている。私たち日本国民は夜明けと共にあっというニュースに出会うのだろうか。

 

◇「1秒が数分に、ひと月が永遠に思えた」アウシュビッツの恐怖を語る元収容者の言葉である。

 

 1945年、ドイツは5月に日本は8月に降伏。70年が過ぎた。アウシュビッツ強制収容所の解放70年記念式典が開かれた。数百万人のユダヤ人が虐殺された絶滅収容所。「夜と霧」で描かれる光景は凄まじい。煙とつからぼうぼうと昇る死体を焼く煙、その下で、右・左と振り分けられていく人々。人間は本来残虐なのだ。一度狂えば何が起こるか分からない。アウシュビッツは歴史上の数々の残虐行為の一例に過ぎない。歴史は繰り返す。記念式典で、元収容者は、広がる過激主義への危機感を訴えた。ユダヤ人に対する偏見と憎しみが大量虐殺を生んだ。

 

 宗教の対立は誤解と偏見と憎しみを生む。イスラム教とキリスト教の対立から起きた十字軍の戦いは、今から見れば随分と無駄なことをしたと思う。「イスラム国」は今でも西欧のことを十字軍と見ているのか。日本が十字軍に参加したと非難している。

 

◇名大の女子学生の殺人動機は不可解だ。「高校時代、友人に毒を飲ませ失明させた」と語る。「人を殺してみたかった」、「誰でもよかった」、事件当日には「ついにやった」と表現。彼女の心に何が棲むのか。法は果たして裁くことが出来るのか。異常な少年事件が続く。(土読者に感謝)

 

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2015年1月28日 (水)

人生意気に感ず「殺してみたかった。認知症の恐怖。人質交換」

◇またもや奇怪な事件が報じられた。19歳の名古屋の女子大生がオノで77歳の女性を殺した。「人を殺してみたかった」と言っている。どうなっているのだろう。現実と虚構が少女の中ではごちゃ混ぜになっているのか。空想の世界で、人を殺してみたいと思うことはあるかも知れない。しかし、それを実行に移すことはあり得ない。

 最近、このような事件が多い、「誰でもよかった」というのも多い。普通の生活を送ってきた子供がある日突然このような事件を起こす。これを特異な例外事例と扱ってよいのか。それとも子供たちの心に何か共通な変化が起きているあらわれか。日本人の心が溶けて崩れつつある予兆かと思ったりする。少なくも教育の問題の一つと考えるべきではないか。

◇心の世界は不可解だ。心が老いて萎んでいくことは悲しい。認知症である。近い将来患者は700万人を超えるという。超高齢社会を襲う黒い恐怖から誰も逃れることは出来ない。

 対策は正に国家的課題。国の浮沈にかかわる問題だ。厚労省は、「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を打ち出した。多くの省庁と連携して認知症患者や高齢者に優しい地域づくりを進める。

 認知症の問題は予防と患者対策に分かれると思う。政府は700万人を超える人々が住み慣れた環境で自分らしく暮らし続けられる社会を目指す。認知症対策に失敗すれば、多くの若者は人生の末路は廃虚と考え刹那主義に陥るだろう。

 国が叫んでも地方が応えなければ優しい地域づくりは出来ない。認知症対策は地方にとっての最大の課題となるだろう。

◇後藤健二さん解放に向け大きく動いている気配がする。ヨルダン政府との連携の動きだ。ヨルダンは、操縦士を「イスラム国」にとらわれている。ヨルダン政府の操縦士解放を求める動きと日本政府の後藤さん解放要求の連携。つまり、ヨルダンが拘束している「イスラム国」のリシャウィ死刑囚との交換交渉が行われているらしい。

 アメリカは人質の交換もテロへの譲歩とみて反対している。安倍首相も人命尊重を第一としながら、テロに屈しないと強調している。難しい連立方程式の解答は何か。私は後藤さんは解放されると思う。日本にとってテロが身近になった。国内のテロを

考えねばならない。(読者に感謝)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月27日 (火)

人生意気に感ず「斬首刑と後藤さん。女テロリスト。イスラム教徒とは。移民社会」

◇異常な事態に極度に緊張した表情の後藤さんが報じられている。手に持つ画像の上部の枠が見える。それは首を切断された湯川さんの写真だという。首のない遺体。後藤さんとすれば、偶然の順番で生き残っているが、その死体は自分であったかも知れない、また、次は自分がこうなる、そういう思いではないか。

 斬首は最も残酷で野蛮な処刑の一つである。平和な社会で育った罪のない2人の日本人のうち、一人が斬首され、もう一人がこの恐怖に直面している。肉親や家族の苦痛は想像を超えるものであろう。後藤健二さんの母親は体調を崩して入院した。「母ですから耐えられません」と語っていた姿が悲しい。

◇「イスラム国」はヨルダンで収監中のリシャウイ死刑囚の釈放を求めている。リシャウイは数十人を殺した自爆テロ実行犯の一人。体に自爆装置を巻き付けた姿が報道された。地獄から現れた死に神のように見えるが、この女性、もし別の世界で幸せに生きたなら笑顔がきれいな美人であろう。人間の運命の不思議さを思う。

◇今回の事件はテロが日本と無関係でない事を示す。世界の若者が「イスラム国」に参加しているがその背景には貧困や失業、居場所のない疎外感、移民問題、宗教に対する不寛容などがある。日本の若者でイスラム国に渡ろうとした者がいることは重大な意味を持つのではないか。

◇イスラム教徒のほとんどは親日的で日本を尊敬する人も多いという。昔、日ロ戦争で日本がロシアを破ったとき、欧米列強の支配に苦しむアラブにその衝撃が伝わり人々は興奮したと言われる。日本はイスラムの人々にもっと日本の歴史や文化を伝えるべきだ。

◇先日、海外移住家族会の新年会に出た。私はこの会の顧問を務める。南米へ移住した人々の家族が中心となって彼の地の人々を精神的に支えている。南米移民となった人々は、勤勉、正直、忍耐、つつましさ等日本人の美徳を守っている人が多い。外交官の役割を果たしているとさえ言える。人口減少社会の先には日本が移民を受け入れる時代がやってくる。  その時、重要なことは宗教や文化の多様性を尊重しつつ日本の文化をしっかり守ることである。島国でほとんど単一民族の国日本はグローバルな世界に慣れていない。難しい時代に入った。教育の役割は増々大きい。

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月26日 (月)

人生意気に感ず「人質殺害と母の訴え。育英の快挙。楫取と教育県」

◇人質の一人が殺されたというニュースは雷鳴のように日本中に響き、世界を駆け巡った。湯川遥菜さんが殺されたらしい。そのことを語るもう一人の人質後藤健二さんの姿が放映された。なんという非道か。21世紀の文明の時代に何百年も前の戦乱の時代のことが行われている。現実のことかと目と耳を疑う

 ここ幾日間で注目したのは後藤さんの母の会見の様子だった。石堂順子さんは、「イスラム国の皆さん、健二はイスラム国の敵ではありません。解放して下さい」と訴え、又、声明文では「健二は幼いころから心の優しい子でした。いつも戦地の子供たちの命を救いたいと言っていました」と述べていた。

 よく息子の事件に母が登場するが今回はこれまでの例と異なり、世界の人の心に訴える力があった。血で血を洗う異常な中を生きるイスラム国の戦士にも人間のこころがあるなら子を思う母の心は伝わった筈だと思っていた。自爆テロを繰り返す人々は人間の心を失った全くの地獄を生きているのだろうか。このようなイスラム国に世界中の若者が、一万数千人も参加しているという現実は如何にも理解し難い。文明国、民主主義の私たちの世界も何かが狂っているのではないか。  いずれにしても、イスラム国の空爆に参加していない平和国家日本の国民を残酷に処刑したことは、イスラム国にとって戦略的ミスというべきだ。世界の非難を浴びますます窮地に追い込まれるだろう。

◇23日、育英学園の合同新年会に出た。サッカー準優勝が話題になっていた。監督は応援団の力がいかに大きいかを語った。地鳴りのような沸き立つ声援は選手の心を限りなく勇気付け奮い立たせたに違いない。昨年の高校野球全国制覇に次ぐ快挙である。  挨拶に立った私は次のように語った。「育英は全国の育英になりました。この快挙は苦難の歴史と伝統が築いたものです。文武両道と言いますが、二つは不可分のもの。やるぞという気概がスポーツも学問も押し進めるからです」中村有三氏の蛮勇と猪突振りを見てきた。

◇二月議会で私は最後の一般質問に立つ。7期を振り返ると感無量だ。何を取り上げるかは検討中だが、教育は是非一つやりたい。初代県令楫取素彦は群馬の教育に力を入れ、西の岡山、東の群馬と呼ばれる教育県を作った。その歴史に今こそ学ぶ時ではないか。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。 

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2015年1月25日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第170回

 

そして、廃娼の効果と公娼再興の弊害を次のように訴える。群馬の廃娼は多年にわたる重要な歴史があるので天下は特に注目してその成績のいかんを観察している。だから本県の成績が良好である事を天下に示せば、天下の廃娼を一日早めることになり、我が帝国から文明社会の恥を一日早くぬぐうことになる。しかし、もし本県が公娼を再興するなら、それは廃娼の不成績を天下に証明することになり、我が帝国の文明を数十年遅らせる。そして我が国の文明上の地位をながくひくくし、天下に対する文明の責任は重大である。一度廃したものを再興するのはそこに重大な理由があるはずだから、万一再興の日は、必ず、特に、文明世界の注目をひき、世界の正論によって弾劾され、我が文明の信用を傷つけ、帝国の光輝に暗影を投ずるかも知れない。だから、このような時、公娼再興の建議を行う者は、私利のために全て心を暗くしている者か、世界の大勢を知らず文明の本当の意味を理解せず、帝国の光栄、世道人心がどうなるかも全く無頓着な者という外はない。賢明なる議員諸氏は断乎としてこのような卑賤でまちがった議を排し議会の神聖を汚さないことを切望する。

 

 この事態に対し、翌年1月1日、内務大臣西郷従道は群馬県議会に対し解散命令を下した。府県会規則34条は、「会議中、国の安寧を害し、或は法律規則を犯すと認める時、内務卿は議会の解散を命ずることを得」とある。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年1月24日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第169回

先ず、「近日、神聖な議会に公娼再興の議が現れると聞き憂慮致しております」と始め、「ロンドン発行の雑誌には、日本人は武勇にすぐれ忠義この上ないにもかかわらず、不正直と破倫の点については非常な大欠点を有するとして、日本政府は文明諸国中唯一の例外を設け、娼妓に課せる税金で公の歳入をみたし、父母がその娘を公娼に出す権利を認めることを非難している」と雑誌の文を例に挙げ、続いて次のように格調高く展開する。「公娼は官許売淫、官許姦淫である。もし官許売淫が可能ならば、官許賭博、官許闘争、官許窃盗も可能だともいうことになり、実に国家の一大汚点で文明社会にあるまじきこと。我が帝国は既に世界の一等国に列している。武力に於いて世界の強国と並ぶことのみならず、文明に於いても世界の雄邦と肩を比べ劣らないためには、全国の公娼制度を早く廃止しなければならない。だから我が群馬県が天下に率先して廃娼を断行したことは実に不朽の名誉である」と断じ、更に観光客の感想をかりてまちの品位のことに進む。かつて、群馬県を訪れた観光客が、妓楼のあるまちと比べ妓楼のないまちは品位が異なると言ったがこれは着眼の高い観察だ。同じまちでも妓楼のある市街とこれがない市街では品位、風俗、人情が著しく違う。妓楼ある市街は趣味卑猥、人情軽薄、虚業が盛んになると指摘。また職業は人の品性に大きな影響を与えることの例として首斬役人の例を挙げる。昔、浅右衛門という幕府の首斬役人は夜自分の老母が灯下で首を少したれて縫物をしているのを見た。その首のたれ具合がいかにも斬りよい状態だったので思わず刀に手をかけて、はっと気づき(自分の習性を)恐れて首斬りの職をやめたというのだ。このように、職業は人の品性に大きな影響を及びす。売淫官許は、多くの人を売淫の業につかせ。多くの人の品性をだめにするのだと。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年1月23日 (金)

人生意気に感ず「迫る期限・交渉人は。命のビザと杉原千畝。八ッ場着手」

 

◇湯川さん後藤さんはどうなるのだろうか。期限は今日の2時50分頃とされる。重苦しい緊張が日本中を支配している。政府は「ありとあらゆる可能性の中で全力を尽くしている」と強調。日本という国は2人の国民を救えるか。身代金支払いの期限が余りに短い。 

「あらゆる可能性」の中で、注目する人物が現れた。イスラム法学者の中田氏。元同志社大学教授。イスラム国の司令官と親しいという。政府の要請があれば交渉を仲介すると述べている。中田氏とはどんな人物か。イスラム国とどんなルートを持ち何が出来るのか知りたい。政府は中田氏と当然接触しているだろう。

 

◇中田氏は、要求されている2億ドル(約236億円)を、イスラム国の難民に赤十字を通じて医薬品などの支援物資として提供することを提案している。テロに屈して身代金を払うことにはならないというのだ。イスラム国側がこの形を受け入れるとすれば妙案だと思う。

 

◇安倍首相の行動を世界が注視している。その視線の中に、国粋主義者と見る向きがあるのが気になる。誤解されていると思う。このことに関して、最近、ナチスのユダヤ人大虐殺追悼の記念館で、安倍さんが杉原千畝に触れている姿に心を打たれた。外交官杉原は第二次大戦中、政府の方針に逆らって、ユダヤ人に「命のビザ」を発給し、6千人の命を救った。杉原こそ、第二次世界大戦中に、日本人が示した良心の象徴であり、その勇気は武士道に通じる。現在、この杉原千畝をもっと学校で教えるべきである。安倍さんは良いメッセージを発信した。

 

◇国は八ツ場ダムの本体工事に着手した。私は推進議員連盟の会長として関わってきた。利根川の治水と利水に関わること。賛否を巡り激しい攻防が繰り返されてきた。最近、異常気象が常態になったことは必要論に一つの根拠を加えることだと思う。2月7日、私は起工式に出る。

 

 計画浮上のきっかけは昭和22年(1947)のカスリン台風だ。私が小学校に入学した年。朝登校途中の川は激流が逆巻き、早期下校後に橋は落ちた。関東だけで1,100人が死んだ。あれから63年。カスリンの再来は現実的である。利根の下流には巨大都市が広がる。八ツ場は下流都県の多くの人々の安心を支える砦になるだろう。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

 

 

 

 

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2015年1月22日 (木)

人生意気に感ず「命の刻限が迫る。宗教戦争か。前橋積善会と楫取」

 

◇72時間の起源は23日午後2時50分頃。世界中が注目する時が刻一刻と迫る。昨夜、地元の各種団体新年会でもこの事件が専ら話題になった。世論の縮図ともいえるこの会の雰囲気は「政府の身代金払い拒否」を支持していた。

 

 私は立って、昭和52年のテロに屈したハイジャック事件などを引き合いに出して話した。「イスラム国」は欧米の敵対勢力を十字軍と呼んでいる。長い歴史に根ざした宗教戦争が背景の一つになっている。十字軍は西欧キリスト教の聖地エルサレム奪回を目的としてローマ法王の提唱で11世紀末に始まった。

 

 7回に及ぶ遠征は約2世紀にわたった。キリスト教対イスラム教。宗教の違いは価値観、文化の違いを生む。世界は西欧の価値観優位で覆われつつあるが、イスラムの価値観はこれに対抗する。遠い背景に200年に及ぶ宗教戦争があることに今更のように驚く。

 

 キリスト教世界では政教分離による民主主義を成し遂げたが、イスラムの世界は政教一致を続けている。宗教は誤れば狂気を生む。その狂気が政治を指導する姿が「イスラム国」だ。息をのむ72時間。敵地に乗り込んで交渉する人物はいないのか。日本はイスラムの世界にも莫大な援助をしているのだからいろいろなチャンネルや人脈がある筈だ。今回の事件は新たな安全保障の備えの必要を訴えている。

 

◇先日、前橋積善会事務局を訪ねた。昨年、記念事業の一環として楫取素彦の講演を頼まれたが日程が合わず実現しなかった。前橋積善会の創立は明治13年に遡る。時の県令は楫取素彦で、楫取は事業の発展を支援した。

 

 楫取の妻・寿は熱心な浄土真宗の信者であり慈善事業に強い関心を持っていたから、楫取が慈善事業に力を貸すことは自然のことであったろう。当時、維新後の社会の混乱の中で生活に苦しむ人が多かった。それを救おうとした僧侶たちの善意の事業は100年以上経た今日も、発展しながら続いている。この会の人々に楫取の存在を再認識して欲しいと思う。

 

◇昨日、地元自治会・各種団体の新年会があった。私は引退を表明し長年お世話になったことを感謝し、バトンを30歳の青年萩原ゆうじに渡すことを説明した。ビールを飲み楽しく語らった。「良い後継者が出来てよかったですね」、「先生が腰を据えて酒を飲むのを初めてみました」このような声が聞けて嬉しかった。(読者に感謝)

 

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2015年1月21日 (水)

人生意気に感ず「イスラム国の脅迫。過去のテロ屈服事件。ボコハラム。斉藤の死」

◇「身代金2億ドル(236億円)を72時間以内に支払わねば2人の日本人を殺す」。「イスラム国」と称する人々の警告ビデオだ。事実とすれば大変なことになった。「イスラム国」はこれ迄に米国人2人を残酷に処刑している。

 とうとう日本人がターゲットになった。安倍首相はイスラエルで緊急声明を発した。救出に向け最大限の対策がとられることは勿論だ。安倍首相は人命尊重を第一と主張するがテロに屈することは出来ない。国民の生命を守ることを使命とする国家にとって最大の試練を迎えた。ひざまずかされ斬首される映像に耐えることは難しい。強い政治姿勢と受け取られている安倍政権。対応の如何、そして、結果の如何によっては支持率は急落するだろう。

◇私はあの日本赤軍のテロ事件を思い出す。昭和52年(1977)、日航機をハイジャックした犯人たちは同志の釈放を要求した。福田赳夫首相の時である。政府は「人命は地球より重い」と言って要求を呑んだ。クアラルンプール事件の奥平純三ら六人は、超法規的措置として釈放され身代金600万ドルも支払われ、世界からはテロに屈したという非難が上がった。今日では考えられない。日本はテロに屈する国だと見られれば次にまた日本人が標的になる。犯人等の頭には、昔のあの事件があったのだろうか。

◇あの時の政府の慌てぶりを手元の資料から書きたい。時計を見ながら「おお、もう通告の期限だ。早くしないと処刑が始まる」と口走って総理に決断を迫る閣僚が何人もいたとある。ちなみに英紙は「国際的責任を知らざる者」と激しく批判した。テロ事件についは、この事件の前年、1976年、イスラエルによるエンテベ強襲事件がある。

◇イスラム過激派の残虐行為を見ると現代と過去の歴史が世界に同時に存在しているかのようだ。過去には人の命が薄い紙のように軽く扱われた時代があった。

 西アフリカのイスラム過激派「ボコハラム」が村を襲って村人約80人を誘拐した。うち、50人は少年小少女だという。昨年は女子生徒200人以上を誘拐した。女児を人間爆弾に使った疑いもある。国際化の下、日本もこんな事件と無関係ではいられなくなった。

◇あの柔道の斉藤仁が53歳でガン死した。信じられない。我が家の近くの芳賀中にも来たことがある。ガンの時代であること、そして人の命のはかなさを思う。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月20日 (火)

人生意気に感ず「育英準Ⅴの意義。群大病院の闇。認知症と逆走」

◇前橋育英が全国高校サッカーで準Ⅴを得た。快挙に「号外」まで出た。驚き、感動した。私は育英の名誉理事である。夏の全国高校野球の初Ⅴに続く偉業。生徒に与える影響は計り知れない。サッカーは野球と同じ団体プレーのスポーツ。心を一つにして力を合わせれば難関も克服できることを示した。

 私は育英を創設以来見てきた。中村有三氏の情熱と蛮勇が道を開き、伝統が財産となって文武の質を高めてきた。軟弱と批判される現代の若者が鍛えられる場はスポーツである。

 子どもたちを厳しく鍛える場が家庭でも学校でも失われている。スポーツの指導者もやり過ぎを常に警戒しなければならず萎縮しがちな今日。それでもスポーツ界には熱いドラマが生まれ、武士道などを心に描く余地が残されている。

◇群大病院への国の補助凍結の意味は重い。群大病院といえば群馬では、医に関して権威と信頼のシンボル的存在だった。重粒子線治療施設の実現はこの感を更に強めた。そんな中で起きたのが腹腔鏡手術事故。准教授が担当した8人が短期に死んだ。騒がれなければこのようなことが更に続けられていたかと思うとぞっとする。マンネリの中で、生命や人権に対する緊張感が薄れていたのか。

 本年度分の補助金4億円が保留となっていたことが分かった。「医療の安全管理に問題がある」という理由だ。手術担当者は、手術と死との間の因果関係が明らかになれば刑事責任を問われるかも知れない。もし遺族の告発があれば、この動きは加速するだろう。医学界に対する警鐘だ。行方を見守りたい。

◇認知症、高速逆走、この2つのキーワードは恐怖の未来を象徴する。近い将来、認知症高齢者の数は数百万を超えるとされ、日々、高速道の逆走が増えている。認知症は人間の悲しい末路。人間は認知の範囲内で思いをめぐらし、生きる。自分の世界が縮小していくのだ。

 高齢期は格差の世代。96歳のニューギニアの生き残りの岩田亀作さんは今でもかくしゃくとして運転している。その人生を振り返れば、生活習慣のいかんが大きな要因となっていることを知る。人間は心の動物だが、その心が黒くひからびて縮んでいく。これが人生か。

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月19日 (月)

人生意気に感ず「萩の劇場で4回の試写会。会場は熱く燃えた」

◇萩の試写会は予想外の盛会で大成功であった。17日午後、萩原ゆうじ君の小集会を終え夜の便で宇部空港に着いたのは9時15分であった。宇部―萩間は交通の便が悪い。翌朝、宇部の朝を走る。6時を過ぎても真っ暗。8時、予定通り、中原正男さんの車が到着。萩市の楫取素彦顕彰会会長のこの人とは不思議なご縁が続いている。「どの位、入ってくれるか心配です」「一日で4回ですからね。短期間でご苦労掛けました」「野村市長はインフルエンザで欠席となりました」「それは残念」。

 会話を重ねるうちに萩に着く。10時少し前、萩市の喫茶店・ミラノでコーヒーを飲みながら打ち合わせ。10時15分きっかりにケータイが鳴る。FM萩にケータイから生放送なのだ。16日にもこの方式でやった。「間もなく始まります。ツインシネマで、無料です。萩市も登場します。皆さん、是非ご参加ください」、私は祈る思いで呼びかけた。

 第1回は午前11時、座席60の会場は直ぐに埋まり、多くの立ち見が出た。司会役を買って出ていた市の企画部長は、市に連絡して座席を用意していますと言って詫びた。紹介されて、私は前に立った。「混乱し漂う時代に歴史の原点を見詰めたと思います。楫取さんは近代群馬の基礎を築きました。楫取さんのルーツはこの萩です。松陰先生と楫取さんの絆は至誠です。この映画のテーマも至誠です。この理念に立って、人間の平等、女性の解放も語られます」私は高鳴る胸を抑えて挨拶した。続いて桜井監督が映画に寄せる思いを語った。

 続く1時、3時、5時も同様に盛況であった。映画を見た人が帰ってから知人に伝えているという情報が入った。私と監督は2人の女性から花束を受けた。一人は椿東小の内田校長。昨年11月、椿東小で講演した時の光景が甦った。

 出口に立って、お母さんに連れられた小さな少女に声をかけた。「静かにしてよく見られましたね」「明倫小で毎朝、松陰先生を朗唱していますから」この答えに私は思わず「うーむ」と心の中でうなづいた。夜の歓迎会は、明倫、椿東の両校長も出席して楽しいひと時となった。

 監督は、4月から一か月、ツインシネマで有料の公開放映が行われること、この映画がアメリカの映画祭にも出されること、そして映画作製のエピソードなどを楽しく語っていた。歓談の時間は「花燃ゆ」と重なる。3回目の視聴率はどうか。ビールを飲みながらふとこのことが頭をよぎった。萩の夜は静かに更けていった。(読者に感謝)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月18日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第168回

 

先ず、「近日、神聖な議会に公娼再興の議が現れると聞き憂慮致しております」と始め、「ロンドン発行の雑誌には、日本人は武勇にすぐれ忠義この上ないにもかかわらず、不正直と破倫の点については非常な大欠点を有するとして、日本政府は文明諸国中唯一の例外を設け、娼妓に課せる税金で公の歳入をみたし、父母がその娘を公娼に出す権利を認めることを非難している」と雑誌の文を例に挙げ、続いて次のように格調高く展開する。「公娼は官許売淫、官許姦淫である。もし官許売淫が可能ならば、官許賭博、官許闘争、官許窃盗も可能だともいうことになり、実に国家の一大汚点で文明社会にあるまじきこと。我が帝国は既に世界の一等国に列している。武力に於いて世界の強国と並ぶことのみならず、文明に於いても世界の雄邦と肩を比べ劣らないためには、全国の公娼制度を早く廃止しなければならない。だから我が群馬県が天下に率先して廃娼を断行したことは実に不朽の名誉である」と断じ、更に観光客の感想をかりてまちの品位のことに進む。かつて、群馬県を訪れた観光客が、妓楼のあるまちと比べ妓楼のないまちは品位が異なると言ったがこれは着眼の高い観察だ。同じまちでも妓楼のある市街とこれがない市街では品位、風俗、人情が著しく違う。妓楼ある市街は趣味卑猥、人情軽薄、虚業が盛んになると指摘。また職業は人の品性に大きな影響を与えることの例として首斬役人の例を挙げる。昔、浅右衛門という幕府の首斬役人は夜自分の老母が灯下で首を少したれて縫物をしているのを見た。その首のたれ具合がいかにも斬りよい状態だったので思わず刀に手をかけて、はっと気づき(自分の習性を)恐れて首斬りの職をやめたというのだ。このように、職業は人の品性に大きな影響を及びす。売淫官許は、多くの人を売淫の業につかせ。多くの人の品性をだめにするのだと。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年1月17日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第167回

 そこで青年たちは白根内務次官に会って群馬県の廃娼の経過を次のように訴えた。「当時の楫取県令は明治15年の県会で、6年間の猶予を与へて21年6月限りで廃止する令を出したが佐藤知事はその期限に至って当分延期の旨を達せられた。そして今年3月、何としたことか、上毛の10貸座敷のうち、安中・新町・妙義町の3ヵ所を限って廃止し、他の7ヵ所はそのまま存置する旨を発令した。その理由としてあげているところはいずれも理解出来ない。現在前橋では、楫取先県令の記念碑を設けようとしており既に二、三千円の金も集まったと聞く。廃娼論は今、上毛の世論である。それは、世の中を動かした。初めがよかったことは終わりもよくしたいもの。これは知事のため、上毛のため、日本道義のためである」

青年たちはこのように切切と訴えた。次官は青年たちの陳情書は預かると述べた。

 青年たちが、楫取の廃娼における功績をたたえ、世論によって、記念碑が建てられようとしている時、佐藤知事がそれに反したことを実行しようとしている点を挙げ、佐藤知事のために惜しまざるを得ないと言っていることが注目される。

また、当時の廃娼の世論を知る資料として、「上毛教界月報」に載った安中教会牧師の「群馬県県会議員諸氏への公開状」の大意を紹介する。その述べることは、外国の雑誌の日本評、首斬役人の逸話、公娼の弊害と文明論、等に及び実に興味深い。

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月16日 (金)

人生意気に感ず「「幼児の深層心理。池田小事件の宅間守。同級生への弔辞」

 

◇日本人の心が崩れかけている。心を蝕む何かが起きているのだ。魔の手は未成熟な、あるいは歪んで育てられた心に襲いかかる。ユダヤ人、フロイトが深層心理を発見した。人間の心には意識できる表層と意識できない、つまり意識下の深層があり、この深層にあるものが人を衝き動かすというのだ。私は学生時代、宮城音弥の「心理学」の講義を聴いてそういうものかと驚いたが、今、若者の動機不明の犯罪を前に今更ながらこの深層心理の不気味さと深刻さを思う。幼児体験はその人の原点だ。ここで受けた虐待は幼児の心に取り返しのつかない種を落とすに違いない。今日、この虐待が余りに多い。新予算は対策費を盛り込んだか問いたい。県の新予算はこの点どうなのか問いたい。

 

◇文藝春秋の最新号で「少年犯罪の戦後史」を読んだ。この中で池田小無差別殺人犯で死刑となった宅間守の幼少期のことが挙げられている。これを読んで今日の社会には母に捨てられたり、義父に虐待されたりの哀れな幼児が多くいることを思った。この子たちの将来に何が待ち受けているのか。法は峻厳である。政府は児童相談所、保育所などに予算をつけるべきだ。アベノミクスはここまで光を当てなければ本物と言えないだろう。

 

◇宅間守の幼少期は悲しい物語といえる。3・4歳以前から父親は毎日壁が血だらけになる程母親を殴った。宅間も殴られた。母は宅間を生んだことを後悔する言葉を聞かせたという。3歳の時、三輪車で道の真ん中に居座り渋滞を引き起こすようなことをやった。10歳代後半になると、婦女暴行、器物損壊、高速道路逆送などを繰り返し、成人になると10数回逮捕されるまでになった。破れかぶれの人生の果ては、池田小での無差別殺人。37歳だった。死刑判決を受け既に処刑された。現代社会は無数の宅間予備軍をつくりだしている。広がる格差社会の底流に取り残されていく人々よ。

 

◇14日、宮城聖苑で同級生大崎丸見君の葬儀で弔辞を読んだ。昭和22年、新憲法下の国語の教科書は「おはなをかざる みんないいこ」の詩で始まった。シラミのついた衣服。裸足で通った小学校。村の公民館では「りんごの歌」が流されていた。多くの同級生が私の弔辞を聞いて様々な思いであの頃を振り返ったに違いない。俺たちの生きた道が戦後の原点だった。丸見君の死に際してその思いを深めた。(読者に感謝)

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2015年1月15日 (木)

人生意気に感ず「与党知事選の敗北は。仙台津波判決の衝撃。少年犯罪よ」

◇佐賀県知事選での与党推薦候補敗北は4月の県議選に臨むものとして重大関心事。衆院選で勝ち過ぎたことも不安要素として重なる。振り子を戻した方がいいという一般心理は国政選では実を結ばなかったが生きていると見るべきだから。選挙は民主主義の基盤の上で様々な要素がからみ合う。有権者の選択状況は心理学の対象だ。新人萩原ゆうじを抱える私は悩んでいる。奇策は通用しない。30歳の公認会計士は、人口減社会に向かう状況の中で何としても新風を起こさねばならない。

◇間もなくあの「3・11」から4年になる。映画のような衝撃の光景はまぶたに焼き付いている。過去にも繰り返された津波被害だが21世紀の特徴の一つは解決に裁判所が登場する点だ。  13日、仙台地裁は、自動車教習所に19億円余りの賠償を命じた。正に画期的。根拠は「予見できた」こと及び「25人を救えた」こと。自動車学校の教習生ら25人が波にのまれた。教習所は津波襲来を「予見」出来なかったとして請求棄却を求めていた。教習所は海岸から750m。地震は午後2時46分。「この間、消防車が教習所前を通り避難を呼びかけていた」この点から津波を「予見出来た」。具体的に予見出来れば回避の措置を取るべき義務があった。義務を果たせば救えたはず。つまり因果関係が存在したことになる。これが仙台地裁の結論である。  この裁判の意義は大きい。人が集まる施設の管理者はいかなる大災害でも「想定外で仕方がなかった」は通らないことになった。大川小と船越小の例がリアルに甦る。現場の人の判断の違いで大川小では74人が死に船越小では全員が助かった。管理者は普段からいざという時いかに判断するか覚悟してイメージトレーニングしておかねばならない。判決は大災害の再来を前にして大きな警鐘を鳴らした。

◇訳の分からない若者の殺人事件が多発している。むしろ恵まれた環境の少年少女が「誰でもよかった」として人を殺し、実の父母を手にかける。深層の心理に何か彼らを衝き動かすものが棲んでいたに違いない。人間が危ない、社会が危ない、そして国が危ない。私は今、こう叫びたい。文藝春秋の最新号に載る「少年犯罪の戦後史」を読んだ。幼少期の虐待を挙げている。今、虐待が余りに多い。その先に死刑が口をあけている。明日これを書く。(読者に感謝)

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2015年1月14日 (水)

人生意気に感ず「倫理法人会と楫取。萩の試写会。弔辞で戦後を」

◇昨日早朝、倫理法人会で「楫取素彦と吉田松陰」について講演した。「企業に倫理を家庭に笑顔を」を掲げる団体のモーニングセミナーである。「ハイ」、「有難うございます」等、きびきびした声が響く。テキストの輪読が、「ハイ」の声で受け継がれていく。この日は12社の経営者が参加。セレモニーは約10分で終わり、講演に入る。毎回、様々な講師が招かれる。営営と各地で行われる朝の行事は経営者の活力源となっている。朝の時間帯を有意義に使う姿に心を打たれる。朝は新しい心が生まれる。この心で何を思うかが一日を決する。これは私の日常活動の形と一致する。

◇機器のセッティングがあるので30分前に着くことが求められる。そのためには5時に家を出る。私は、いつもの早朝の走りの時間を早め4時に実行した。中天に半月が輝き地上の闇は濃い。心地よい緊張が足から脳に伝わる。

◇講演のポイントの一つに「新井領一郎」があった。楫取の妻・寿から松陰の形見の短刀を受け取った領一郎は、単身ニューヨークに渡り至誠を貫いてビジネスを展開した。彼は大変な信頼を獲得して成功を納めた。正に「企業に倫理」を実践した姿であった。講演の後の軽食会に萩原ゆうじ君が参加した。倫理は政治を志す若者にとって必須の要素である。経営者たちは30歳の若者に興味を示していた。新井領一郎の姿と重ねていたのかも知れない。

◇18日、萩の試写会を4回実施し夜の空の便で帰る予定であったが、中原正男氏が一泊を強く勧めてきた。深く感謝し従うことにした。明倫小・椿東小の両校長等2名が夜の再会と懇談を楽しみにしているという。中原さんは萩の楫取顕彰会会長。両小学校では昨年11月、楫取を講演した。両小学校の子どもたちも映画を鑑賞することになっている。感想文を書き送った生徒たちとの再会が楽しみだ。

◇今日、小学校の同級生大崎丸見君の葬儀で弔辞を読む。昨年暮れ、ゆうじ君を連れて訪ねた時、病魔に侵された姿を見た。私は小1の時の国語の教科書の詩を語るつもりだ。昭和22年、新憲法に基づく教科書の詩、「おはなをかざる みんな いい子 きれいなことば みんないい子 なかよしこよし みんないいこ」口をそろえて読んだ教室の光景が甦る。裸足で通い、回虫が肛門から動き、衣服にはシラミがうごめき、村にはりんごの歌が流れていた。弔辞であの頃を再現し大崎丸見君を送ろうと思う。(読者に感謝)

 

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2015年1月13日 (火)

人生意気に感ず「フランスの大集会と対ナチス戦。どんど焼きと原始の心」

◇フランスの凄まじい抗議デモの波に度肝を抜かれる思い。仏全土で370万人を超すという。新聞社襲撃のテロよって12人が殺され、その後、人質をとっての立てこもりと続いた。犠牲者を悼み表言の自由を侵すテロに抗議する人々だ。この規模の大きさは、第二次世界大戦の「パリ解放」時を超える。あの時は4年にわたるナチスの占領を祝う人々の波で、その規模は史上最大とされてきた。今回のパリの人々の数はあの時を超えるというのだから驚く外はない。

 なぜこのような大規模な行動になったのか。ナチスとの戦いに通じるものがあるからだ。4年にわたるナチスとの戦いはファシズム(全体主義)との戦いだった。表現の自由を中心とした人間の自由を守るための闘いだった。この自由はフランス革命により打ち立てられた人類普遍の価値。それがナチスの戦車で踏みにじられた。ドゴール将軍はロンドンに亡命し抵抗運動を指揮した。パリの地下道を舞台にしたレジスタンスの人々の姿。「パリ解放」はその苦しい勝利を祝う姿だった。新聞社の襲撃時間はこの普遍的価値を脅かすものである。フランスの人々はナチスの支配を思い起こしたに違いない。

 大集会には仏、英、独などのリーダーが参加した。独はかつての敵であるが、今日では共通の価値観をもつ同志である。この大集会は、戦後70年の節目に起きて歴史に残る出来事になるだろう。かつてのナチスは今日の「イスラム国」や「アルカイダ」といえる。イスラムを狂信する人々は、どのように受け止めているだろうか。

◇10歳前後の女児が自爆テロを行っている。「行わされている」というのが正確だろう。何としたことか。女児に装着された爆発物により少なくも19人が死亡。ナイジェリアの出来事。この種の事件が相次いでいる。イスラム過激派ボコ・ハラムの関与が疑われている。女性、とくに女児を全くの手段として扱っている。そこに一片の正義で果たしてあるのか。このようなイスラムの狂気に世界の少なからぬ若者が共鳴しているとすれば、それは何故か。我々の体制にも様々な課題があることを物語っているのだ。

◇11日、12日各地でどんど焼きがあった。真っ赤な炎は私たちの心の底にある原始的なものを刺激する。萩原ゆうじ君を案内した。知名度ゼロの新人は苦難の道を辿っている。私は再び戦いの場に立っている。あと3カ月。

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2015年1月12日 (月)

随筆「甦る楫取素彦」第166回

 この報告を受けると更に知事の非を挙げて非難する声が続いた。ある議員は言った「知事は赴任以来次々と書記官を更迭し庁内に軋轢を生じたことは公然の秘密である。庁内は四分五裂だ。だから宜しく冠を脱いで去るべきだ」この議員が更に続けようとすると、番外一番が叫んだ「議長、この議事は府県会規則に違反しているから会議を中止する」と。会議は再び中止となり議員は悲憤し、議場は騒然となった。暮れも押し詰まった明治23年12月29日のことであった。

佐藤知事に激しく面会を求めたのは議員だけではなかった。上毛青年連合会の渡辺金次郎、石嶋良三郎2氏である。この人たちはどうしても知事に会えず5月21日、内事課長に会うことになった。青年たちは、3ヵ所の貸座敷廃止をきめ、7ヵ所はそのまま認めるというのはいかなる理由かと迫った。一方は時機到来で他方は到来しないというのなら、その標準は何か。急激の変動は業者の生活をこわすというので県会はその財産状況を調べたら、廃止の3ヵ所が最も貧弱で他の7ヵ所は皆富裕であるという。それにもかかわらず、3ヵ所の方を廃し、7ヵ所の方を廃しないのはどういう理由か。課長は苦しい答弁をしたが青年たちは納得せず、内務大臣に陳情するつもりだと告げて退庁した。

 石嶋らは、5月27日、上京し西郷大臣に面会を求めた。会ってくれねば退かないと決意を示すと、執事は先ず内務省にゆき次官に会うべし、次官がもし面会しなければその時は大臣に取りつごうと述べた。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年1月11日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第165回

 

 天野議長はこれを読み上げたが、この件が府県会規則の範囲内か否かつまり議決の対象とすることは議会の権限内か否かを巡って激論が闘わされ結局、55名の出席中、反対6名ということで辞職勧告することになった(12月19日)

 

 これに対して知事は反撃する。「辞職勧告の建議案を議したことは府県会規則に違反するから同33条により会議を中止すべし」

 

(同規則33条は、会議の論説が法律、規則を犯すときは県令は会議を中止させ内務卿の指揮を請うべしとなっている)

 

会議の中止命令が解かれたのは12月24日であった。議会が緊迫する中、知事は病気ということで欠席した。ここで知事サイドと議会との間でやりとりがあった。29日のことである。

 

 四六番・猪谷秀麿「今日は重大な質問があるので佐藤内務部長に御出席願いたい」

 

 問い合わせたら病気で出られないとのこと。再び四六番、「知事も書記官も病気で出られないというのは困る。病を冒して出てもらいたい」このような強い意見を申し入れ午後になって佐藤書記官が出席した。

 

 かくして、四六番・猪谷秀麿から、知事に面会して辞書勧告書を伝えた状況の説明がなされた。次のようなものだ。「知事は屋敷で病床にあり宜しければそこで会うというので訪ねると事実病床に伏しておりました。そこで、あなたの政治は終始県下の事情に反しているから議会を円滑に行うことも覚つかない、どうか60万県民のために知事の職を退いて欲しいと申し上げた。聞き終わると知事は体を起こし坐り直してこう申します『自分は不肖ながら憲法10条の明文によって天皇陛下の大権を以て勅任されたのだから諸君の希望に応じて自分一人の決意で退くことは出来ない』と。そこでこの勧告文を渡したいと言うと、新たな事が書かれているならともかく、今うけたまわったことなら書面を見て考える必要もないからと言って受け取らないので持ち帰りました」

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年1月10日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第164回

 話を明治23年の群馬にもどす。そこには佐藤知事が深刻な事態に追い込まれていく姿があった。知事と県会は対立し、県会は知事に辞職勧告を出す。これに対して知事は議会に中止を命ずるという挙に出た。

◇議会と佐藤知事との争い

 楫取の後を継いだ佐藤知事はいくつもの政策で議会を無視あるいは軽視したので議会では不満が高まっていた。それが再度の廃娼の建議を無視したことで一気に爆発した。長州出身の2人の知事の対比は面白い。中央集権体制の下でありながら、楫取が議会を尊重したことが分かる。

 明治23年、議会が知事に辞職勧告をつきつけた時の議長は天野宗忠であった。建議案は、「別紙の通り本会の決議を得て当県知事へ奉呈つかまつりたく」、として、44名の議員が名を連ねた。

 そして別紙の案文は、「慎んで一書を裁し知事佐藤君閣下に勧告す」で始まる。そして、県政の治蹟に就て、「すこぶる我らが権利を蔑如(べつじょ・ばかにすること)し、または輿望(よぼう・世の人望)に背悖(はいばい・そむくこと)するが如き挙あるを見る」と厳しくその政治姿勢を非難しつつ、廃娼のことに及ぶ。次のような内容である。「廃娼は県下の与論となって県会は明治15年建議し、当時の県令楫取氏は直ちにこれを容れ、21年6月限りで県下の娼妓貸座敷を全廃することを布令した。大いに期待していたら、閣下が来任され突然当分延期の令を出した。私たちは大いに驚き翌22年再び廃娼を建議し閣下はこれを認可した。ところが本年3月、県下の貸座敷中、安中、新町、妙義のみ9月で廃業させ他の7カ所は依然存置することを告示した」と経過を述べ「ああ、我が貴重な議会の権利は閣下の随意するところとなれり、閣下のために軽視されるところとなれり」と憤慨の念を現した。更にいくつかの政策を非難した上で、次のような痛烈な勧告を突きつけた。「ここに至って私たちはあなたの治下に甘んずることは出来ない。そこで県会の決議をもってあなたの辞職を勧告する。あなたはこれを受け入れて速やかに勇退されることを望む。それが全県の福利となりあなたの身のためでもあると信ずる」

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年1月 9日 (金)

人生意気に感ず「仏の新聞襲撃。仏革命。認知症7百万の恐怖」

◇フランスの新聞社が襲われ12人が殺された。世界中が騒然となっているのは新聞社が襲われるという表現の自由に対する攻撃だからだ。表現の自由は国民の知る権利を保障する。それは民主主義の根幹をなす。

 昔、朝日新聞の支局が襲われ記者が殺された事件を思い出す。朝日の特別な批判姿勢がターゲットにされたものだが、批判こそ新聞の生命である。

「シャルリー・エブド」は風誌画を売り物とする週刊新聞で、イスラム教を風刺してイスラム世界に刺激を与えてきた。犯人は「ムハンマドの復讐だ」と叫んだ。フランスは米国に続いてテロの拠点である「イスラム国」への空爆に踏み切った国。フランスでは、これに反対して「誓戦」を叫び、シリアやイラクにわたる若者が後を絶たない。犯人は、これらの若者とどう関わるのか。

◇私は、事件がパリのバスチューユ広場の近くで起きたことに注目する。バスティーユ牢獄の襲撃はフランス革命の象徴である。1789年、パリ市民は権力に抵抗した人々が捕えられていた牢獄を襲いフランス革命が始まった。フランス革命で生まれた「人権宣言」の中心をなす原理が人間の自由平等、言論の自由(表現の自由)であった。

 この人権宣言の思想は普遍的な人類の価値として世界に広まった。日本国憲法の深い基底にもなっている。この価値観に対して頑なに対抗している勢力がイスラム世界である。仏大統領は「表現の自由への攻撃だ」と叫び、英首相も「言論の自由と民主主義を全面的に支持する」と演説した。民主主義の危機を象徴する事件なのだ。「表現の自由は一つ譲ればまた一つと後退する」という言葉の意味は重い。

◇間もなく、65歳以上の約700万人が認知症になるという。恐ろしい時代がひたひたと近づいている。政府が策定する「認知症国家戦略」が2025年の認知症の推計を明らかにした。人口減に追い打ちをかける恐怖である。認知症は自分が存在する世界が縮小していく病である。人間は認知できる範囲で生きる動物である。日本は認知症先進国で、全世界が後に続く。日本の技術と知恵で解決の道を開くべきだ。

 昨年暮、中国の福祉施設を視察してこのことを痛感した。中国では認知症の研究と対策がほとんど進んでいない。狂人扱いされたりしている。人間の尊重の問題なのだ。(読者に感謝)

 

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2015年1月 8日 (木)

人生意気に感ず「新年会。FMぐんま、FM萩で楫取。村山・小泉の歴史認識」

◇新年会が続く。昨日の大型は前橋商工会議所の互礼会。乾杯迄一時間たっぷりでうんざりすることが多かったが、大幅に改善。来賓の祝辞を知事と市長に絞ったからだ。曽我会頭の時局を語る挨拶はよかった。会頭は楫取に触れて、楫取県令は新しい前橋、新しい群馬を創ろうとしたと述べた。この点には共感した。知事の話に耳を傾けると、群大を中心にした医工連携で地域を活性化し人口減にストップをかけることを訴え楫取にも触れた。知事の話は「花燃ゆ」の関連でやはり地域お輿しの話につながったが、楫取がここまで来たのは関係者の努力だと評価し、その中で顕彰会を挙げていた。 ◇昨日、FMぐんま、FM萩の取材が。萩の方は生である。アナウンサーの「ただ今、やっとつながりましたのでさっそく・・・」という声が聞こえ、次いで私の話となった。我が家の受話器がおかしくなっていてつながらなかったらしい。何としたことか。止むを得ず15分程萩の顕彰会の中原さんに話を聴いたという。中原さんが居られて助かった。18日の「楫取素彦物語」試写会のことを話した。「最後に萩の皆さんに一言」とアナウンサー。「群馬の風景に加えて、松下村塾や萩市の光景も登場します。この映画で皆さんとの絆を深めたいと思います。是非多くの皆さんのご参加を願います。桜井監督ともども、18日にお会いできることを楽しみにしています」無理な仕掛けなので入りが気になる。 ◇FMぐんまは「養蚕と絹」のコーナー。楫取は新産業・生糸の興隆で群馬を興そうとした。古来の養蚕の歴史、幕末以来の群馬の生糸産業を活かしたのだ。富岡製糸の文化遺産登録、国宝指定によって、消えかかっている養蚕を姿を変えて復活させることが楫取の恩に報いることだし、楫取の復活に通じる。今日のハイテクがそれを可能にする。また、このことが、富岡製糸場を真に生かすことになる。 ◇16日午後6時から高崎市のシティギャラリーで試写会を行う。入場無料。私と桜井監督が短い挨拶をして映写に入る。多くの方のご参加を願う。 ◇私は日本の侵略を反省し詫びた村山、小泉両首相(当時)の談話は正しいと思う。県議会のヤジの中には、侵略や植民地支配を否定するものがある。県会議員の歴史認識はそんなところ。これから出る安倍談話に注目している。(読者に感謝)

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2015年1月 7日 (水)

人生意気に感ず「新年会でどこでも楫取。若者の定着と中小企業憲章」

◇1月の休みがあけ、世の中の歯車が大きく回り出した。6日、県議会主催の初顔合わせは行政棟の展望ホールで。須藤議長と大澤知事は共に和服姿。「中村さんの年ですね」、あるいは、「長年の夢がかないましたね」、「楫取が始まりましたね」などと私は多くの人に声をかけられた。議長も知事も楫取素彦を語り、群馬が上昇気流に乗ったと語った。続いて行われた上毛新聞の新春互礼会でも楫取が話題になっていた。上毛新聞の創業は楫取が群馬を去った3年後の明治20年だという。上毛の社長は新聞の役割使命に触れていた。ようやく甦ったかに見える楫取だが、楫取の実態を正しく知る人は少ない。楫取素彦の業績と人物が白日の下に現れる時、真に甦ったと言えるだろう。そして、その時、近代群馬の原点が明らかになる。  今、混乱し漂う時代である。このような時こそ原点を見詰めねばならない。だから今、初代県令・楫取素彦が必要なのだ。私は楫取が時の人になったことが嬉しい。しかし、今しっかりつかまえないと、また歴史の彼方へ戻ってしまいそうだ。

 ドキュメンタリードラマ「楫取素彦物語」の試写会を見逃し残念がっている人が多い。16日6時、高崎のシティギャラリーで行う。是非観て欲しい。

◇18日、萩市の映画館で4回上映する。萩市の人々に知らせるのはこれからである。萩市の楫取顕彰会会長中原さんと秘策を練っている。まず、FM萩が取り上げることになり、今日電話で取材を受ける。 ◇現在、月1回、最後の金曜日、午後4時半からFMぐんまで楫取を語っている。これとは別の企画で今日、FMぐんまの取材を受ける。放送の日は又この欄でお知らせしたい。今日7日、日刊ゲンダイに楫取と私が登場する筈だがどんな記事になるのだろう。そうそう、書き遅れたが、元旦の産経は楫取を大きく取り上げた。私のコメントも載っている。

◇大沢知事が、互礼会で「人口減」を語った。若者の流出をいかに食い止めるかは今年最大の課題。政府は、新年度、公立大と地方自治体が若者の定着のために数値目標を定めて力を合わせることを支援する。例えば、共同研究によって新産業を生み出せば、雇用の場が出来、子育て環境の充実につながる。私は、今こそ、私たちが作った中小企業憲章を生かすと考える。中小企業の活性化こそ地方創生の原点なのだ。(読者に感謝)

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2015年1月 6日 (火)

人生意気に感ず「楫取素彦をふるさと塾で。又本会議で、その狙いは」

◇4日、NHKの大河「花燃ゆ」が始まった。楫取素彦の名がようやく社会の表に現れてきた。明治17年、楫取が群馬を去ってからおよそ130年。群馬の一般の人々の意識から次第に遠ざかったこの人物は、大正、昭和、平成と時代が新しくなるに従って遂に忘却の彼方に消えた存在となっていた。

 私が楫取を取り上げたのは十数年前に遡る。当時、毎月1回歴史を語る「ふるさと塾」で何回かにわたって「廃娼運動」をテーマにした。その中で、湯浅次郎等と共に登場したのが楫取であった。塾生の多くは、関連して語った奴隷船マリア・ルーズ号事件に、より強い関心を示したようであった。

 秘かに中国人を奴隷として運ぶペルー船マリア・ルーズ号から明治政府が明治5年、中国人を解放したことからペルーとの間で争いになった。訴訟の中で、日本の奴隷として、公娼制度を指摘された明治政府は、世界に対する体面もあって太政官布告をもって娼妓の解放を宣言した。この布告が群馬の廃娼の源になったと私は語った。

 時は流れ、世界は人権の時代となり、日本は、基本的人権を柱とする日本国憲法を掲げて、その先頭に立つ。世に先がけて女性解放という人権尊重を断行した楫取を群馬の誇りとすべきではないか。ふるさと塾で楫取を語る私の胸にはこの思いがあった。

 「花燃る」の中で廃娼は取り上げられないらしい。NHKのプロディーサーは、「家庭には語りづらい」と私に語った。私が企画した映画・「楫取素彦物語―生涯の至誠」では、この問題を上手に取り上げている。NHKの見識が問われる点でもある。

◇私が、「楫取素彦をしっかりと顕彰すべきではないか」と公の場で主張したのは、平成24年5月議会の一般質問に於いてであった。

 大澤知事はこれに対して、次のように正面から答えた。「楫取素彦が維新後の混乱期に県民から慕われ、新しく生まれた群馬県の進む方向をしっかりと定めて県令として群馬のかじを取り大きな功績を残したことに感謝の心を忘れてはいけないと思っておりますし、このことをしっかり顕彰すべきだと考えております」群馬は今、上昇気流に乗りつつある。この動きを本物にする基礎は歴史と文化にある。ここで次代を担う子供たちの役割は大きい。楫取を教育の場で取り上げるべきだ。

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年1月 5日 (月)

人生意気に感ず「4日間のこと。96歳の亀作さん。99歳の栗本夫人」

 

◇正月4日間があっと過ぎた。いつもと違う点は萩原ゆうじ君を同道したこと。4日間、早朝から夜まで歩き通した。

 

 「今期で引退です。長い間大変お世話になりました」「まあ、本当にご苦労様でした」「感無量です。この若者が私のバトンを受け継ぐ萩原ゆうじ君です。30歳の公認会計士です。純粋な志を持っています」「ほう、若さと勇気を買いますよ」こんな会話が繰り返される4日間だった。

 

 懐かしい人々のところを回ることは、私の過去を辿ることを意味する。若いゆうじ君に政治の実態を学ばせたかった。私の貴重な財産を引き渡すことでもあった。

 

◇岩田亀作さんを訪ねたことはここに記すに値する。96歳の老人は、封筒に宛名を書いていた。力強い字が俺はまだまだと語っている。「戦友が皆亡くなって私だけになりました」「百歳迄頑張って下さい。私が必ず弔辞を読みます」「は、は。良い弔辞をして下さいよ」亀作さんは明るく笑った。こんな会話が出来る仲なのだ。ゆうじ君が驚いて亀作さんを見詰めている。「こんな若者だった」亀作さんはしげしげとゆうじ君を見ながら語り出した。「死体の山を乗り越えて船腹の穴から飛び込んで必死で泳いだ。振り返ると船首を上に立てスクリューを空回りさせて渦を巻いて沈んでいった」いつも語る亀作さんのダンピール海峡である。死のサラワケット越え、飲ませろと上官から毒薬を渡された衛生兵の体験、太モモの骨をコリコリとノコギリで切断する話など。あの戦場の光景が昨日のことのように96歳の脳裏に甦っているのだ。戦争を知らない世代のゆうじ君に戦争の悲惨さを突きつける良い機会であった。

 

◇もう一つ記したいご老人のことがある。いつものように栗本履物店を訪ねた。いつもの位置にお婆ちゃんが見えない。「あ、帰ってきましたよ」息子で店主がにこにこと迎える。「まあ、中村さん」99歳の老婦人は即座に反応した。和服の姿は上品で表情も美しい。老醜という言葉があるがこの人には無縁のことに思えた。主人の笑顔を見ると温かい家庭が99歳を包んで支えていることが感じられる。いつもお店に出て客と接する姿は、高齢者の素晴らしい象徴に見えるし、商店街の宝といえる。高齢問題に取り組もうとしているゆうじ君は大切なことを学び取ったことだろう。

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2015年1月 4日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第163回

石嶋はここまで上毛青年会運動の経過と成果を語り、最後に廃娼の根拠を熱烈に訴えて会場の大喝采を受けた。以下の様である。

「娼妓を存して淫風を防ぐことが出来ますか。私は目撃しております。貸座敷のあるところでは女の子が歌をうたえば六つ七つの男の子は太鼓を叩いて女郎屋の真似をして遊んでいる。これでは淫風を防ぐどころか淫風を教える指南場です。貸座敷があれば密売淫は減るか、決して減りません。内務大臣は春画を禁止する。春画に害があるならば生ける人間が淫を売る害は更に大きいでしょう(大喝采)。貸座敷があって淫を盛んにすれば密売淫が多くなるのは当然で、密売淫が多くなれば梅毒がふえるのもまた当然です。このことは事実が示していることです。だから私たち青年はこの公娼を、上毛は勿論、願わくは日本全国で断然禁止して欲しいと願うのです」

 石嶋は最後に国際関係に論を進めた。公娼があるため多くの日本婦人が娼妓として海外に出て日本が淫乱国だと言われているというのだ。条約改正のことで、いかに正々堂々たる議論を唱えてもこれではだめだ。娼妓の如き者を廃して改革を一個人から初めて一国に及ぼそうとする熱心な者が今日日本にいなくなった。だからその責任は青年がそれを務めなければならない。(大喝采が湧く)。熱心と勇気を持って廃娼の大事業を成し遂げるのは青年の本分である。日本を愛する精神があるならば先ず娼妓を廃して日本国の徳義を高尚にしてその上で殖産興業を大きく進め一国の富を増加させなければ海外各国と対等の条約を結ぶことは出来ない。そのために、私たちを助けて欲しいと訴えた(大喝采起こる)。

 ながながと石嶋良三郎の演説のポイントを紹介したのは、群馬の青年の心意気を通して群馬の廃娼運動が全国に広がる姿が現れているからである。群馬の青年たちを見て維新の熱いまだ冷めずと感じる。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年1月 3日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第162回

 

上毛の青年の本格的な初陣は11月16日。貸座敷のある所に進撃した。覚悟した敵のひどい妨害はなかった。そして、全員が腰に弁当を下げ草鞋(わらじ)をはいて運動する姿を見て喜んで賛成する者が陸続(りくぞく)として起きた。これを見て、青年たちを軽視していた世の先輩もこの時ばかりは非常に誉めてくれた。30日の間に計60、70回演説した。一日15里も歩くことや上毛の身の切るような北風も、娼妓が三度の食事もろくに食べず主人から鞭で打たれることを思えば耐えられた。かくして、11月22日、もはや運動も十分出来たろうから是非とも県会に建議書を出せとある県会議員が注意した。そこで各地の青年は集まり、3人位ずつ手分けして県会議員の旅宿を訪ねた。その多くは存娼派の議員である。まず腰を低くして所説をききそれから廃娼説を述べる。謙遜の態度で訪ねたので立腹もせず、「お前たちの説は大いに取るところがあるからいずれ議場の問題にして議するであろう」と言った人、「貸座敷は実際必要と思うがお前達の熱心さを見て捨てておく事は出来ない」と言って甚だ少ないが運動費を献ずると金を出す議員もいた。このような有様でついに建議書を提出した。26日、私どもの建議書、玉村、板鼻両所からの建議書が共に議場で朗読された。各地の青年会員400人が傍聴した。300人が限度だが幸にも入れてもらい固唾を飲み冷や汗を流し戦々恐々聴いた。幸い17人に対する29人の多数で廃娼と極まりました (喝采)。このとき、つい喜びの余り廃娼万歳といって議場で手を打ちました。こんなに愉快なことは生れてこの方ありません。遠くから来た青年たちは議事堂の前でお目出とうお目出とうと抱き合ってまるで正月の様でしたと語る。石嶋は更に述べる。この成果は青年の謙虚、熱心、勇気、忍耐がなさしめましたと。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年1月 2日 (金)

随筆「甦る楫取素彦」第161回

 

 石嶋は、まず上毛青年会を作ったのは、青年の資質向上が目的であったと語る。当時青年は、世の先輩から悪人の如くあしらわれ度外視されていたが、それは自分たちに足らないところがあり実力がないからと反省した結果であると説明した。かくして明治19年に上毛青年会を結成し、次いで20年に発会式を行った。初めは僅かな人数で月に一、二度、旅篭屋(はたごや)の小さな座敷で討論し学術の研究を行った。一と月二月経つうちに種々な人が参加し次第に大きな会になった。ある時、上毛青年会の中に、どうかして娼妓を廃したいという考えが多く出た。その為には娼婦制度の利害につき確かなことを調べなければならないということで、貸座敷()の在るところと無いところの売淫、私生児、梅毒、自殺、犯罪者等につき統計を調べてみた。すると、娼妓のないところの方が、これらが少ないということが分かった。まず上毛の統計を、進んで他の2、3の県の統計を調べたがいずれも同じである。そこで進んで、実質はどうかというので貸座敷のあるところをめぐって実態を調べたら、どこでも、統計と同じであった。そこで上毛青年会は上毛にある娼妓を廃そうと決議した。しかし上毛青年会だけではどうにもならないということで、高崎にある連合会に持ち出したら、総員が手を打って賛成の決議をした。ここまで話すと会場から喝采が起きた。しかし決議はしたものの、実現は非常に難しい。決議した以上連合会の青年は皆奮って、有るだけの金を出し、有るだけの力を出し、有るだけの精神を尽くして上毛の野に廃娼の説を唱えよう。そうすれば、上毛人は我らに賛成するに相達ない。こういう一片の精神を奮い起こしました。この一片の精神より外に何も御座いませんでした。こう語ったとき会場に大喝采が起きた。かくして青年は直ちに村々に帰って応分の義援金を集めて前橋に送ること、及び、遊説員は10月2日から遊説を始めることを約した。また、11月16日迄に県会に出す建議書、県知事に呈する建白書、元老院に奉呈する建白書をそろえた。お金は十分に集まった。ある婦人は正月の帯を買う金だが娼妓を廃するためにと拠出、又12、13歳の女が集まる婦人会は少ないけれど運動費の足しにと送金した。(会場から感心感心の声起こる)

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年1月 1日 (木)

人生意気に感ず「謹賀新年。今年の私の抱負」

 

◇新年おめでとうございます。ブログの読者の方々に感謝申し上げます。今年は、私の人生の大きな転機です。4月の先に待つ新しい人生のステージに胸をときめかしております。

 

 県議生活の7期を振り返ると感無量です。そこでの体験を検証することも新しいステージの一つの課題です。ブログ、ふるさと未来塾、楫取の講演などには一層の力を注ぎたいと思っています。

 

 県議生活で経験したこと、またこの間に考えたことは私の財産となりました。これらも踏まえ、文筆活動に力を入れます。政治家として心がけたことは、様々なことを易しく分かりやすい表現でメッセージを送ることでした。しかし、自民党のバッチの制約を感じ十分な発言が出来ないと思うことも多々ありました。その制約がなくなるのです。この制約と闘う勇気が不足していたという反省は今後のエネルギー源として活かします。

 

◇「楫取素彦」は私の生涯のヒットの一つです。十数年前から時々ふるさと塾で取り上げてきました。「奴隷船マリア・ルーズ号事件」との関連で話したのが最初でした。議会では、教育の問題として楫取につき発言をしました。近現代史の重視と郷土の偉人に光をと訴えたのです。多くの学校で楫取の講演を続けているのもこの考えに基づくものです。

 

「楫取素彦読本」がよく読まれています。最近、全国向けの拙著「楫取素彦―松陰が夢をたくした男」が出版されました。仲間と協力して映画「楫取素彦物語―生涯の至誠」に取り組んでいます。先日、市民文化会館とシネマまえばしで試写会をしました。新年は1月16日、高崎市のシティギャラリー(午後6時)で、18日萩市の映画館でそれぞれ試写会。萩では午前11時、午後は1時、3時、5時に予定。

 

 午後3時の試写会は明倫小、椿東小の2つの小学校の生徒が対象です。この2つの小学校で、昨年11月18日、私は楫取を講演したのです。

 

 NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」が1月4日から始まります。「楫取」にとっては追い風です。大河ドラマは一年で終わりますが、私の「楫取」の活動はずっと続きます。

 

 今年も波乱の年になるでしょう。私の新しい船出の先にも嵐が待ち受けていることでしょう。これを乗り切る気力と体力をこれまでと同様マラソンで養うつもりです。皆様の御多幸をお祈りいたします。本年もどうぞよろしくお願いします。(読者に感謝)

 

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