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2014年11月30日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第151回

 

  ここで野村藤太が登場する。

 

三四番(野村藤太)

 

「法律、即ち府県会規則七条の明文によって、建議できることは言うまでもない。反対論者は人民の依託を受けて買物にでも行った積もりなのか。思慮のないこと甚しい。いやしくも、一地方の利益となり人民の権利を増進すべきことならその費用が多いことなど憂えることはない。」

 

当時の議員は皆、大地主とか大金持であった。「買物にでも」の言葉には、頼まれた以外の物は買えないのか、議員は買物の使いかという皮肉がこめられている

 

二一番(岡田三郎)

 

「このような異制を群馬県下だけに施行し、自ら別世界の人種になろうとする者は県下人民中、建議者を除いて一人もいないだろう。」

 

この人は、井の中の蛙だという表現もしている。議論が熱して感情論も入ってきた。

 

 三六番(竹内鼎三)

 

「人民の依託外だというのは議員の本分を知らない者の考えである。県下に希望する人がないというが、私は、時勢のおもむくところ、人心の向う所は、ほとんどこの点(建議を認めること)に帰着すると確信する。諸君、反対説にまどわされず、公平無私の心で審議されることを望む」

 

竹内鼎三(ていぞう)は、旧勢多郡新里村新川に生まれ、明治6年には新川小の教頭であった。明治13年より県会議員をつとめ、最後は副議長となった。国会開設運動に活躍し、後、国会議員になった人。

 

議論は尽きず日を改めて論戦は続いた。堂々めぐりの感があった。論点は法律の範囲内か否かに集中し、湯浅治郎は、地方の長官を選ぶことは村の長を選ぶと同じ論理なのだから法律に反することはないと主張した。これに対して、それは分からないではないが、時機がまだ早いという時機尚早論を志村彪三が主張した。「人民の知識がまだそこまで達していない」というのだ。これに対して竹内は、それは憶測に過ぎない。現われない怪物に恐怖するのと同じだと反論した。尽きない論戦も終局に近づいていた。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

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2014年11月29日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第150回

十四番(中島祐八)

三八番は一府県に限り請求するのは不都合だというが、昨年東京府会では同府に限り地租を減じて欲しいと建議した。又、本県でも、かつて、郡長の民選を建議した。これらを共に、規則に低触したというのか。有名な法律家の集まっている東京府会でどうして職権外のことをなすものがあろうか。故に本議員は県会の所見として建議しても不都合はないと断じて疑わないところである」

星野耕作はこれに対して答えた。

三八番(星野耕作)

「東京府会が租税の低減を求めたのは差しつかえないことである。租税は、これを住民が不当と考えるときは、たとえ一町一村でも減じられるべきものである。又、郡長の民選は元来地方自治の範囲内のもの。だから、これらの引例は証拠とするに足りないのである。」

ここで湯浅治郎が発言を求めた。

三四番(湯浅治郎)

「府県会規則第七条を解釈して、建議は、県令の職権内のことに限るとするのは、或は政府の考えかも知れない。しかし、我々が故(ことさら)に建議の範囲を狭くする必要はない。規則に拘泥(こうでい、こだわること)して本議を認めないというのは我らが決して承服できないことである」

湯浅の理想主義は、立法府の意志も突き破ろうとする。乱暴だが、その気概は面白い。人民の経済上の負担が増えるから反対だという意見も出た。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年11月28日 (金)

人生意気に感ず「認知症は世界の恐怖。萩で映画を。明倫小の感想文」

◇認知症の国際会議が東京で開かれたことに大いに注目した。主要7か国(G7)で11月5、6日に。群馬でも深刻な課題になっている。自宅に帰れない老人、交通事故の原因など。高齢化に伴う問題で人類の最大の課題になりつつある。虚ろな目をして配偶者のことも分からなくなる。国と社会がどう取り組めるかは、その国の人間尊重のレベルを示す。  私は先日上海を訪ね、急速に高齢化が進む中で認知症の理解、研究、対策がほとんど進められていない現実を知った。真の大国とは人間を大切にできる国ではないか。社会主義の究極の目的は人間の尊重ではないか。

◇今回の国際会議では、各国の認知症対策が紹介された。この問題の認識が共有され、連携が進むだろう。  英国の担当者の次の訴えは注目に値する。「40歳で自分の生活習慣を見つめ直せば、60歳になった時の発症リスクを迎えられる」  生活習慣で重要なのは食事、喫煙、飲み過ぎ、運動不足など。タバコが悪いと知りながら止めない人が分からない。自分の首を絞めているようなもの。

 会議に出席した安倍首相は新たな国家戦略を年内に作ると表明した。この問題は発症メカニズムの研究、予防と治療、支える社会のあり方が重要だ。地域社会の特色を活かした社会力が問われる。解散、総選挙の中で候補者はこの問題にどんな関心を持つか興味がある。

◇現在、映画「楫取素彦物語」を製作中だが、萩の映画館で上映することが決まった。先日(18日)萩唯一の映画館を訪ねて話し合った。歯科医の経営者は映画館存続の難しさを訴え、野村市長の映画文化への情熱で映画館が生きていると話した。その晩、私は市長とこの問題を話した。市長は最後まで付き合ってくれた。宴会が苦手な私だが美味しい酒を楽しむことが出来た。前橋のシネマまえばしのことが残念である。映画は12月14日、シネマまえばしでも上映の予定。

◇明倫小から感想文の一部が届いた。嬉しい。「日本の風船はしぼんでいるという言葉に驚いた。ふくらませるために出来ることから改善していきたいと思います」、「ふつうの授業で学ぶよりも面白くて想像のふくらみやすい説明だったと思います」。こういう感想は遠くまで行ったことへの最大の報酬である。生き生きした瞳が目に浮かんだ。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2014年11月27日 (木)

人生意気に感ず「上野村で楫取を語る。中国の大きな歓迎会」

 

◇26日、上野村小学校で楫取を講演した。御巣鷹の悲劇から間もなく30年。山の学校の子どもたちの瞳は澄んでいた。熱心に耳を傾けハイと手を上げて質問する子どもたち。「楫取さんは何歳で死んだのですか」「84歳でした」。松陰、高杉、久坂等多くの若者が若くして死んだこととの関連であった。窓の外には高い緑の尾根が迫っていた。520人が死んだ日航機事故のことも私は語った。生きることと死ぬことを小さな心はどう受け止めたのか。感想文が楽しみだ。

 

◇22日の上海迎賓館のことを伝えたい。3号楼は国賓も迎えるところ。書道展開催を約束して私と中国側代表は固い握手をした。誠意あるもてなしに私たちは心を打たれた。私は感動の冷めぬ間に感謝の文を書いた。当日の挨拶で、小さい時から中国の歴史が好きだったことを述べた。感謝の文は以下の通りである。

 

二十二日、上海迎賓館で私たちは身に余る歓待を受け感激致しました。心から感謝申し上げます。私たちは日本の小さな「地方」でありますが、心温まる対等な待遇を受けたことに、皆様の誠意と、私たちとの友好交流に寄せる熱い思いを感じることが出来ました。

 

 私が中国を好きになったきっかけは、少年の頃読んだ「三国志」です。魏・呉・蜀の権謀術数を尽くした駆引きに少年の私は心を熱くしました。虚実の戦いの中にも、その底には、人間の誠意、東洋の哲学が流れていました。上海のあたりは、呉の国で、国王・孫権、都督周瑜らの活躍がありました。

 

 特に、周瑜は、私の好きな水軍の将でありました。蜀と呉が手を結んで、北の強敵魏と戦った「赤壁の戦い」は、血わき肉躍るものでありました。

 

 今日の世界の情勢は、三国志の攻防に似ています。

 

「争いの中に真実と誠意あり」、長い歴史に学び日中両国の国民の発展に尽くすことこそ、真の「戦略的互恵」だと私は信じています。

 

 この度、確認された青少年書道交流点を成功させる意義は誠に大であります。漢字には、歴史と東洋の文化が生きているのに漢字が書けない子どもたちが増えている。これは悲しむべきことです。「日中書道展」は書に込められたこの意義を甦らせる意味があります。そして、上海と群馬の日中友好を大きく発展させるに違いありません。今後、事務局同志の調整によって着実に前進させることを信じます。

 

先ずは、お礼の心を伝える次第です。

 

                         中村 紀雄

 

 

 

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2014年11月26日 (水)

人生意気に感ず「中国の交通事情。一大ハプニング。運河と女性の下着」

 

◇激しい車の状況は中国の現状を物語る。かつて、自転車の大群が大通りを埋めていた光景と比べると別世界が表れている。芋もみのように車がひしめいている。けたたましいクラクション。際どい車間距離は1mもないように感じられる。そこに割り込む車は神技だ。前方は赤でも右折は可。ヒヤヒヤの連続だが運転手の動じぬ表情を見て安心する。無秩序の中の秩序である。

 

 地から湧いたような車の光景は世界の工場、世界のマーケットに変身した中国の姿である。かつてゆっくりと時が流れていた中国が懐かしい。

 

◇22日、蘇州へ向かう高速道路上で大ハプニングが起きた。雨の予報なので傘を持って出た。気温は上昇しつつあった。高速道を進むうちに周りの光景が変化したのだ。どこからともなく発生した霧は林立するビル群を包み目の前の車の海を飲み込もうとしていた。

 

「京高速収費」、収費とは料金所。ここでストップとなった。前方のどこかで運行禁止措置になったらしい。前方と後方はどの位の長さで停滞しているのか。車から降りた人々は怒る風もなく、たばこを吸ったりし雑談をしたりしている。縄跳びをする子ども、ボンネットでトランプを並べてゲームをする人たちもあった。時が過ぎていくが何の情報も入らない。日本なら状況が違うだろう。強い国家権力に無抵抗な民衆の姿に見えた。また、まさかの時の管理システムがない。中国の危機管理の現実の一端が顔を出していた。俄かに近代化した巨大国家は意外に脆いのではないか。新幹線が大事故を起こした時、穴を掘って埋めた数年前の珍事を思い出す。目の前の事態も人間軽視、つまり人権を尊重しない独裁国家が図らずも素顔を見せた出来事なのだ。

 

 時がたって、生理現象の問題が生じた。フェンス際に砲列ができた。女たちはそうはいかない。料金所の頭上の架橋へ上りトイレに向かう長蛇の列。男は短いが女は時間がかかる。苦痛を現す女たちもいた。一時間半も経ってやっと車は動きだした。生涯の体験となった。中国旅行にはこのような事態に備える工夫も必要なのだ。

 

◇蘇州の観光事業では運河に並ぶ民家が印象的だ。頭上に女性の下着がひらひら干してある。中国人は日本が好きで憧れている。国家権力と無関係に生きる民衆と接することが重要なのだ。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

 

 

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2014年11月25日 (火)

人生意気に感ず「上海を走る。中国の老人施設。精密企業の人の管理」

 

◇上海の朝を走った。6時、日本時間では7時、ビルの先がうっすらと白くなってきた。街は暗い中に活気が流れている。小さな店で肉を刻む男、別の店では女たちが饅頭を作っている。野菜を並べている姿もあった。近代化の道をひた走る上海。その根の部を支える庶民の姿であろう。赤信号には、5、4、3、2、1と数字が出る。正面が赤でも車は右折は出来る。大きな警笛は中国交通の特色。横断歩道は走らない習慣なのか。突っ込んで来るバイクを見て走ったら怒鳴られた。路地に入ると老人の姿があちこちに見えた。1人っ子政策の中で高齢化が進む中国の実態である。

 

◇今日は、老人介護の面で上海に進出している日本企業等を視察し、午後は、上海人民対外友好協会と重要な話し合いをする。中国の老人福祉は深刻な状況を迎えようとしている。

 

 一党独裁の国は人権の抑制の上に成り立つっている。人権とは人間を尊重する権利である。高齢者の福祉に於いて一国の人権が問われる。中国は日本の介護政策に学ぶことになるだろう。私は日本の介護ビジネスが進出する機会が広がると思う。

 

 リエイ(礼愛)という会社。社長の言葉は「どの国のだれもが迎える高齢期。そこには人間の尊厳を尊重する介護が必要です。私たちは先に経験したものとして後に続く人たちに学んだものを伝えたいと思っています」。

 

 2012年北京で、2013年上海で老人介護施設をオープンした。これからのビジネスとして中央政府も重視。リエイが日本で初。中国は高齢化が進む中で、公と民が介護をどう進めるか大変な課題になる。特に認知症の理解がまだまだである。中国の民間人には福祉を支える理解が育っていない。日本が歩いた道を歩かざるを得ない中国。日中友好協会の役割は大きい。勉強してレポートを作ろうと思う。

 

◇「信泰鹿島電子有限公司」を訪ねた。本社は北群馬郡吉岡町。ラインに立って現地の中国人が電子の精密作業に従事している。見事な人の管理に感動した。一人の団員が訪ねた。「10年後はこの会社はどうなっていますか」答えは、「賃金の安さは期待できなくなる。しかし大変なマーケットの中で生きるでしょう」

 

◇上海人民対外友好協会の歓迎は国賓をもてなす特別の場所で行われた。そこで重要な友好の行事が決められた。改めて報告する。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

 

 

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2014年11月24日 (月)

随筆「甦る楫取素彦」第149回

現在の議会の発言ルールと非常に異なるのである。現在の県議会では議員同志が議論を闘わすことはない。議員は執行部たる知事その他の役人に向って議論し質問し、役人がこれに答える。議会の役割は執行部をチェックすることが中心だという原則を踏まえての構図であるが、議会の活性化のためには、議員同志が火花を散らす明治の方式を一部でも取り入れるべきではないか。

十四番(中島祐八)

「いや、我々の建議は他府県のことまで請求するのではない。我が群馬県に限って許可されるよう望むものである。だから決して大政に関するものではない。権外というのは甚だ不当である。又、人民の委託外だというのは自分の職分を知らない者が言うことだ」

中島祐八は幼少より漢籍・洋学を学び特に漢詩には堪能だった。県議を経て衆院選に出馬し宿敵高津仲次郎を9票で破り当選。自由民権運動家だった。

三八番(星野耕作)

(長官を民選にして俸給を地方税から出すとすれば)いたずらに地方税の負担を増し、甚だ迷惑千萬だ。仮にこのことが許可された場合、人民は、何の法律の根拠があってこのような建議がなされたかと問うだろう。そして、地方税の支出を拒めばどうするか。決して地方税の徴収は出来ないだろう」

三八番は、こう主張して、十四番を攻撃した。府県会規則第七条が、この建議の根拠にならないとすれば、第三八番の言う通り地方税の根拠もないことになるから人々は支出を拒むであろう。誠に手厳しい理屈である。

これに対して十四番は更に反論する。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年11月23日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第148回

楫取の下にある役人が議員に対し、前記のような見下す態度や、高圧的発言を行うことは、県令の姿勢と無縁ではないだろう。名県令といわれた楫取にも、当時の天皇の役人としてこのような一面があったのかもしれない。

前置きが長くなった。この建議は初めから波乱が予想された。

二一番(岡田三郎)

「今まで国の金で払ってきた給料を物好きにも地方税で支払い、地方官を民選にするなど、人民が希望しないことであり、議員も依託外のことである。だからこの議会で建議として容認することには反対である。」

三八番(星野耕作)

「このような建議はこの議場で決して議すべきではない。なぜなら、地方長官を民選にするというようなことは群馬県に限って施行できることでないのは当然である。たとい、建議書に我が群馬県に限ることをはっきり書いたとしても、府県会規則第七条の範囲を超えるからである。我々議員は法律の範囲内でその職権を執行すべきであり、この建議は、我々の正当な職分ではない」

 ここで番外増田が発言する。番外とは役人のことである。

番外増田

「この建議については、番外が敢えて口をはさむところではないが少し意見を述べたい」と前置きして、「法律によって組織された地方議会は、法律に従って正当の職分を尽くさねばならない。府県会規則7条はその府県内の利害に関することにつき内務卿に建議できると定める。それは、県令が県内で執行でき、かつ県内の利害に関する事について建議できるという意味である。今14番等が提出した建議は日本全国の利害に関わることだから大政(中央政府のこと)に関するものであって議会の提案として建議できるものではないのです」

 

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2014年11月22日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第147回

 明治15年3月

十四番中島祐八       二四番湯浅治郎

三四番野村藤太       三十番佐藤善一郎

三六番竹内鼎三       二五番眞下珂十郎

議長 宮崎有敬殿

①獷(こう)とは荒くて扱いずらい犬のこと。獷頑(こうがん)とは荒くてか

たくなという意。

②明治22年(1889)、大日本帝国憲法発布、この年、衆議院議員選挙

法公布、翌明治23年第一回総選挙が実施され、第一回議会が召集された。

③府県会規則7条。府県内の利害に関する事を政府に建議しようとする者は、

先ず議会の許可を得て会議に付し可決するときは議長の名を以て直ちに内務

卿に建議出来る。

これから「建議」に関する審議の状況を見るわけであるが、その前に私の憶測することを述べたい。提案者には、県令楫取に対する対抗姿勢が底流にあったのではないかということだ。本県は他と違って人を得ていると言いながら人民を威圧する弊のことをしきりに強調する。我県の状況を洞察しろとも言っている。現県令に不満がなければ、県令の公選やこのような弊害を口にすることはないのではないか。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年11月21日 (金)

人生意気に感ず「上海は世界のマーケット。スーパーを見る。日本人学校」

 

◇群馬県日中友好協会の上海訪問団は、20日午前10時20分羽田を発って現地時間12時40分上海空港に近づいた。眼下の白い雲に入ると林立するビル群が霧に包まれたおとぎの世界のように広がっている。雲を抜けると陽光の下に輝く近代都市がくっきりと姿を現した。数千年の悠久の時の流れを一気に縮めて走る中国の姿である。

 

 群馬県上海事務所長の山田氏が迎えていた。街は車の洪水である。「北京は政治の首都、上海は経済の首都。世界の工場は今や世界のマーケットです」ガイドの説明にうなずきながら展開する街の光景に見入った。

 

◇9月末にオープンした日系のスーパー・アピタを視察した。開店を手がけた日本人は前橋のケヤキウォークを企画した人。日本産の商品が並ぶ。私は値段をメモした。リンゴ20元、1元が20円として、これは400円を意味する。パイナップル30元(600円)、タラ3切れ78元(1560円)、マグロのぶつ1パック38元(760円)、UCCコーヒー135g128元(2560円)、コシヒカリ5キロ150元(3000円)。日本産のものは高い値で売れる。3月、上海の別のスーパーで見た1個数千円のりんごは見られなかった。

 

 案内の日本人が声を潜めていった。「牛に恐牛病は発生しないのは、抗生物質を大量に使うからです」と。また、別の人は言う「中国製品の安全性を中国人が信頼していないのです。日本で買い物をする中国人が一番買うものは日本製の薬です。そして資生堂の化粧品などもよく買います」世界のマーケットへ日本が進出する可能性は限りなく広がっていることを感じた。

 

 上海事務所で、ガルベラ・コンサルティング総経理佐藤愛さんから中国経済の現状、今後、そして日本企業が生きる課題等について話を聞いた。佐藤さんは前橋市天川大島出身の36歳の女性。彼女の話の中で示された中国の一省のGDPが他の一国分のそれを超える事実から、中国の途方もない可能性を痛感した。

 

◇上海群馬県人会との懇談では有益な教育の話が出来た。隣席の上海日本人学校董事長小暮剛一さんは館林出身で安楽岡市長と親しい。日本人学校では3千人の日本人の子どもが学ぶ。日本人の心の問題を訴えておられた。来年、「松陰と楫取」につき講演することを約束した。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2014年11月20日 (木)

人生意気に感ず「二条窪で寿を忍ぶ。佐田氏の公認問題。中国へ向けて」

 

◇19日、長門の二条窪を訪ねた。楫取山と呼ばれる山に挟まれた小さな集落であった。こんな所に楫取素彦夫妻は住んだのか。落人のようではないか。私は楫取の身に生じたかもしれない複雑な政情を想像した。楫取の妻・寿が法話の会を実施した小さな堂宇が彼方に見えた。カギを預かる岡村清春さんはブザーを押しても答えがない。近所の奥さんに目的を告げると「楫取の本、読んでいますよ」と笑顔を見せた。中原さんがかつてこのあたりの全戸に配布したのだ。奥さんは心得たもので、清春さん宅の裏へ回りカギを借りてき 来てくれた。堂の中は正面の棚に仏壇があるだけのガランとした空間。「ちょっと待って下さい」こう言って、奥さんは出ていったが間もなく布をかけた箱様の物を大切そうに抱えた老婆を伴って帰ってきた。「寿さんが残していったものです」老婆は中から掛け軸を取り出した。「南無阿弥陀仏」と書かれている。寿が西本願寺の門主から頂いたものだ。「これをかけて毎月、ナムアミダブツを唱えます。集まるのは12人位です。140年以上も続けているのです」。老婆は誇らしげに語った。私は静かな空間で寿が手を合わせている姿を想像した。この地に来られたことは、今回の旅の大きな成果である。前橋の清光寺の遠源を見たと思った。

 

◇18日の緊急合同会議には出られなかったが、佐田代議士の公認推薦には反対である旨を電話で伝えた。私の後援会の大勢も反対である。自民党の良識が問われる問題として以前から心に決めていた。萩市での会議中何度も佐田氏から電話があり、自分の不徳を詫びておられたが止むを得ないことだ。

 

 問題点は、週刊誌で報じられた女性スキャンダルである。当時、週刊誌は売り切れ、話題は沸騰した。あの問題を引きずって遂に来たるべき時が来た。報告によれば、昨日の会議である女性役員は、たとえ公認になっても私たちは入れないと発言した。女性の批判は特に厳しい。支部は公認の推薦を見送った。党本部に報告し、同時に支部長の差し変えを決める。佐田氏は一区の支部長である。窮地に立って目前に迫った選挙にどう対応するのか。有権者は固唾をのんで見守る。今月21日解散。12月2日公示、14日投開票。

 

◇今朝、4時半前橋駅に集合して、私を団長とする訪中団は上海に向けて出発する。昨夜9時に帰宅。短時間だが熟睡した。(読者に感謝)

 

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2014年11月19日 (水)

人生意気に感ず「明倫と椿東で講演、歓迎会に市長も。高倉健の死」

 

◇昨日、午前は明倫、午後は椿東の両小学校で「楫取素彦と吉田松陰」に関して講演をした。いずれも5、6年生が対象で体育館は一般の人も参加して大変盛況であった。

 

 私は次のように語り出した。「日本人が元気を失っています。風船がしぼむように日本が力を失っています。今こそ、松陰先生や楫取に学ぶべきです。今朝6時に松陰神社まで走りました。暗い中、松下村塾は既に戸が開けられていました。ああ、ここで松陰先生が激しく論じ、楫取素彦も教えたのかと思うと感動しました」

 

 松陰が果たせなかった夢を楫取は群馬で実現しようとし生糸の新産業と教育で頑張ったことを話した。2つの学校の特色は活気があることである。話の中で質問を投げると、「鎖国」、「禁門の変」、「久坂玄瑞」、「ふみ」、「ひさ」などという元気のよい声があちこちで上がった。群馬では見られない光景である。

 

◇夜の歓迎会には野村市長、明倫・椿東の校長も出席。心温まるもてなしに私は感激した。私の隣には出版社書肆侃侃房社長田島安江さんが座った。出席者全員に私から「楫取素彦―吉田松陰が夢をたくした男」を贈呈した。この日に合わせて完成を急いだもので正に出来立たてのほやほや。昼間の両校の講演に出席した人は講演がよかったといってくれた。野村市長は椿東小出身であった。野村氏は最後まで私の向いの席で愉快そうに飲んで語った。市長との間で映画「楫取素彦物語」の上映が話し合われた。宴会場の向いにある萩市唯一の映画館で上映されることになった。野村さんは昔、母が二条窪で教えていたと語った。楫取山があり、寿が法話を主催した庵がある二条窪には今日伺う予定。宴会が苦手な私であるが時が経つのも忘れて楽しく飲んで語ることが出来た。

 

◇昨日に続いて萩を走った。日本海に面した三角州を背に山々に囲まれた地域である。6時半近くなると山際が白くなる。あの山と山の間が江戸に通じている、松陰が送られていった方向だと中原さんが話していた。走りながら群馬のことが気になった。

 

◇高倉健が83歳で亡くなった。「幸せの黄色いハンカチ」が好きだった。任侠もので好演し、私は鶴田浩二より身近なものを感じていた。福岡出身である。福岡には極道の世界がある。健さんに影響を与えていたかもしれない。(読者に感謝)

 

 

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2014年11月18日 (火)

人生意気に感ず「エフエム萩で楫取を語る。新しい楫取の本が出来る。イスラム国」

◇12時10分、宇部空港に着くと萩の楫取素彦顕彰会会長中原正男さんが待っていた。「素晴らしい本が出来ましたね」そういって中原さんは一冊の本を手渡した。九州の出版社から出された「楫取素彦―吉田松陰が夢をたくした男」はいち早く中原さんの所へ届けられた。間もなく全国主要書店に並ぶが今回萩で紹介するためである。私は生まれて初めての我が子に対面するような気持ちであった。表紙は秋葉二三一氏の楫取等の人物画で飾られ、各章の初めはシンプルで心温まる挿絵が付けられた。

 

 「萩で楫取が盛り上がっています」」萩での楫取の状況などを話しながら中原さんの車は中国山地を北上する。途中、毛利秀就誕生秘話を語る史蹟を見た。

 

 この日の夕方、中原さんとエフエム萩の生放送に出た。約一時間、萩と群馬の顕彰会、群馬での楫取、明倫小、椿東小の講演、新しく出された楫取の本などについて語った。

 

「明日は、2つの小学校で紙芝居ですね、子供たちに訴えたいことは何ですか」とアナウンサーが話を向ける。「紙芝居」と受け取られていることに抵抗を感じた。こちらの朝日新聞でも私が紙芝居を上演すると書かれている。

 

「松陰先生と楫取の生き様を講演します。今日、日本の危機は心の問題にあります。社会に尽くした偉人の姿に学んで強い心をつくる材料にして欲しいと思います。映像は資料です。易しく面白く話します」

 

 私の胸には、遂に松陰と楫取の本拠地の舞台に登場するという思いがある。2つの小学校では、講演に備えて、旧楫取邸跡を訪ねたりして予習もしたという。

 

 今日は、果たしてどんな子供たちが私を待ち受けるのか私の胸は高鳴る。明倫小の前身である明倫館では、かつて松陰と楫取は学びそして教えた。また、椿東では楫取の孫たちが学んだという。

 

◇斬首、女を戦利品として分配等、「イスラム国」の残虐な蛮行が報じられている。まるでアラビアンナイトの世界だ。砂漠の魔王を21世紀の近代兵器が攻撃している。アメリカ人人質の処刑が公開された。映像は男性15人が横一列にひざまずかされ一斉に斬首される場面も。現実とは思えない。国連の調査委員会は、思想統制に反すれば処刑とか、女性に対する組織的な性的暴行などの実態を報告した。この世で、どこ迄この国が存続できるのか。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2014年11月17日 (月)

人生意気に感ず「群大術述で8人死亡。全国に。解散の大義。萩で講演」

◇同一医師による術後の短期間に8人が死亡とは異常な事態である。命を預かる病院と執刀医の何が問題なのか。群大病院の肝臓切除手術である。今後、明らかになる事実関係いかんによっては医師の業務上過失致死罪が問われることもあり得るだろう。  腹腔鏡による肝臓切除手術は先進的な手術で、実施する場合、院内の倫理審査を要するが執刀医は受けていなかった。群馬が誇る先端医療の拠点での不祥事だけに残念だ。人命尊重の緊張感に欠ける構造的な問題の感がある。医学界一般に関する問題だとすれば、同種の問題が次々に明るみに出る可能性がある。この種の事件は恐らく内部告発で外に出るのだろう。腹腔鏡手術は開腹手術に比べ傷口が小さいため体への負担が少なく入院日数も短くてすむので広く普及しているという。 腹腔鏡手術をめぐっては千葉県がんセンターでも術後の死亡例が11人あるという。どこの病院でもがん患者があふれている時代。死にゆく人々に対する手術ということで人命が軽視されていないか。想像すると恐くなるがん死時代の医療である。 ◇解散の嵐が強まっている中で解散に大義ありかが問われているが、自民党岐阜県連の動きが注目される。安倍首相が解散総選挙に踏み切ることに対し、「国民生活に影響を与えることを考えると異常であり、断固反対」というもの。  解散総選挙が国民生活に影響を与えることは当然である。それでも実施するだけの大義があるかということが問題なのだ。消費増税を先送りすることに関して国民の信を問うというのは分かりずらい。野党との闘いに勝つには今が絶好のチャンスという党利党略があることは否定できない。  しかし、戦いの火蓋はすでに切って落とされた感がある。群馬の自民党は小渕、佐田の両議員を抱えることからマスコミが注目している。噂の通り進むなら来月2日の選挙の公示となる。「私の感謝の集い」は12月8日。嵐の中のイベントとなる。 ◇今日、27日、萩へ向けて発つ。午後エフエム萩で「楫取」生放送。明日18日、午前は明倫小、午後は椿東小と、二つの小学校で楫取を講演する。18日の朝は萩の城下町を走る。旧高杉晋作邸、土塀から顔を出す夏みかんが目に浮かぶ。(読者に感謝)  

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2014年11月16日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第146回

 

「地方官の職と任務は人民と最も近い関係にあって、その行為のいかんは直ちに人民に影響を及ぼす。しかし、中央政府の特命による地方官は人民の実情が分からず動もすれば官威を借りて人民を圧するような弊も起り得る。このような地方官の下にある人民は不幸である。上意下達せず、下情上通せず、官と民の協和と親睦を保つことが出来ないのみならず、人民の反対が起きひいては政府を怨むようになる。我が県は、ちがう。官に良い人物を得ているので、このような不幸に遭遇しない。しかし。古来、上野の人民は獷頑①治め難しと称されている。だから将来、仮に政府が誤った人選をしたら大変なことになる。だから県令と書記官を県内の公選にするのが最善の策で、これは、私たちだけでなく全ての県民が切望している。良医というものは先ず病の原因を知り、その後に治療の方法を施す。これは施政も同じである。天皇は詔を発せられ明治23年に人民に参政権を与えることを予約された②。それ迄の8年間に徐々に地方政府を改良することは決して急ぎすぎや軽率なことではない。地方官を県内の公選にし、その俸給は地方税でまかなう。これは権利を手に入れるために義務を負担することだ。これによって政府の財政も幾分は余裕が出来、人民は抑圧を受ける不幸を免れ、ひいては政府への信頼も篤くなる。上下協力して共に幸福を全うすることが出来るだろう。一挙両全の策ではないか。我県の状況を洞察され、あわせて、地方分権と地方政務改良を断行し、我が群馬県に限り、地方官選挙の権を許されんことを願う。切なる思いを止めることが出来ず、ここに府県会規則第7条③により以上のことを建議する。

 

 

 

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2014年11月15日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第145回

「地方官を民選にするべしとの建議」

 県令を県民が選びその給料は地方税でまかなうべしという建議が出された。これについては、猛烈な反対論もあり、その論戦は実に面白い。県会の権限外だという反対論、府県会会則7条に出来るとあるではないかという提案者、本質論から実現すべしという論、時期尚早論など。今日の県議会でこのような白熱の討論が果たして出来るだろうかと考えてしまう。ともかく、第一回の県会の議員たちの真摯な態度と純粋な気概が伝わってくる。当時の県会の活き活きとした様を楽しく受け止めることが出来る。また、実は楫取県令への秘かな反抗の姿勢も窺えるので要訳しながら詳しく再現したい。

 建議は、明治15年3月、湯浅治郎等6人の議員から宮崎有敬議長に出された。建議者(提案者)の言わんとすることは次のようなものである。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年11月14日 (金)

人生意気に感ず「健康産業協議会の意義。在宅の社会力。解散の大義」

 

◇県は「次世代ヘルス産業協議会」を設立した。ヘルス産業・つまり健康産業の創業等を支援する。健康産業の育成は国が昨年末に打ち出した。国と地方の連携によって実態が出来実りあるものになる。協議会設立は都道府県で全国初。県民の健康寿命を新産業が支える。

 

 協議会は産学官と医療・金融の各団体が参加。事業家を目指す個人や企業を経営資金両面から支援する。新産業の例として、健康と旅行を結びつけた「ヘルスツーリズム」や「高齢者向け健康増進トレーニング」がある。国は食品製造、家事代行などもあげている。

 

 超特急で高齢化が進む中で、介護や支援を要する高齢者が増えている。公的制度で支えるには限界があり民間活力の活用が不可欠である。この分野の新産業創出は「地方創生」の重要な一環となる。上昇気流に乗りつつある群馬にふさわしい取り組みと考える。

 

◇日本の借金は国内総生産(GDP)の2倍超。先進国で最悪である。そのため、国は「医療から介護」、「施設から在宅」へのシフトを急いでいる。

 

 私は「施設から在宅」は、日本社会の伝統に合致した理想の姿だと思う。しかし、核家族化、地域社会の崩壊、支えあう精神の委縮等のため在宅を支える「社会力」が日々衰えている。

 

 社会の流れに任せていたら大変なことになる。国と地方が連携して、システムを作らねばならない。国は、家庭の事情などで長期に病院にとどまる「社会的入院」を抑える方向だが、国民の間には介護不安が広がっている。

 

 健康長寿の増進、ボランティアの活用、関係職種の連携、健康産業創出の支援等、国や県は調整役を果たさねばならない。「健康産業育成協議会」の設立もこの方向を支える施策である。

 

◇消費税増税は高齢社会を乗り切るために不可欠。この総論は理解できても身近な各論になると皆反対するから、これを打ち出すと、選挙に負ける。解散・総選挙が近い。その目的は国民に信を問う、つまり国民の意見を聴くことだ。何を聴くのかははっきりしない。解散に大義があるかと批判の声。「勝ちすぎた自民にお灸を」などという声は怖い。安倍政権は薄氷の上で勝負に出ようとしている。株価の上昇はいつ反転するかわからない。しかし、野党は無力である。安倍首相には、日本のために、解散の目的を普通の国民に理解できるように語って欲しい。日本は累卵の危機にある。(読者に感謝)

 

 

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2014年11月13日 (木)

人生意気に感ず「仙台を走る。不思議な縁。解散の風。セウォル号判決」

 

 ◇朝、仙台市街を走る。寒すぎもせず、頬をなでる冷気が心地よい。広い街路に黄色い銀杏の葉が舞っている。浄土宗の寺が多い。横道に入るとおやっと思う光景が目に入った。ビルの間に、間口の狭い店屋が開いている。昔が姿を現したような雰囲気に誘われて一歩踏み入れた。履物屋の老夫婦は客でもない妙な男を旧知のような笑顔で迎えた。ご主人は昭和11年生まれ、浄土真宗の檀家総代、奥さんは昭和18年生まれ。「年金で食べられるのよ」満月のような奥さんの顔は年輪を刻んでいるが笑顔は若い。浄土真宗ということから前橋の清光寺と楫取素彦まで一気に話が弾んだ。目の前のホテルに走って「読本」を持ち帰り贈呈した。楫取が取り持つ縁が生まれた。旅の楽しみとはこんなものだろう。 

◇宮城県議会での挨拶では「昨日は11日で」と大震災のお見舞いを申し上げた。事務局長は、「50年先を見据えた創造的復興を目指す。新しい民営化法を踏まえて仙台空港を国内民営空港の第一号にする」等説明した。破壊と創造。東北の歴史は、繰り返す津波被害を乗り越えた連続の姿なのだと思った。

 

◇委員の間で解散の話が持ちきりであった。小渕、佐田、上野、宮崎等各氏の噂も。消費再増税の延期と年内解散が濃厚になった。12月2日公示で14日投開票と具体的な日程までが紙面に踊る。電光石火とはこのことだろう。

 

 統一地方選・県議選がどういう影響を受けるかも気にかかる。私は12月8日に「感謝の集い」を行い萩原ゆうじを登場させる。戦略とすれば、衆院選を巧みに利用することになる。

 

◇セウォル号沈没事件は、タイタニック号沈没のように歴史に残る事件となるだろう。4月に発生したこの事故では、修学旅行中の高校生等295人が死亡し、9人がなお行方不明となっている。真っ先に脱出した船長には死刑が求刑され、韓国地裁は懲役36年を言い渡した。

 

 緊急事態の船長はなぜ真っ先に脱出したのか。韓国国民の精神の堕落を象徴する出来事ではないか。朴大統領は「殺人に等しい行為」と非難した。殺人を認定すれば死刑となった筈。地裁は司法権の独立を守ったと評価する向きがある。上級審ではどうなるのだろう。韓国の司法は政治に動かされると言われてきた。大統領の命令で特赦される例がよくある。大韓航空機爆破で死刑判決を受けた金賢姫が特赦されたのもその例だ。今後を注目。(読者に感謝)

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2014年11月12日 (水)

人生意気に感ず「岩手県議会を訪ねて。両首脳の渋い顔」

◇昨日は図書広報委員会の県外調査で朝早く家を出た。私は委員長。一泊二日で、第一日目は岩手県議会、2日目は、宮城県議会を、それぞれ中心に視察する。盛岡駅に着くとヒンヤリと空気が違う。東北を実感した。タクシーの運転手にここの有名人はと尋ねると「宮沢賢治、石川啄木」と答える。「政治家」は「浜口雄幸、米内光政、鈴木善幸」「すらすらですね」「あ、学者では新戸部稲造もいます」こんな会話を交わしながら岩手県議会についた。  私は次のような挨拶をした。「県民に開かれた議会を実現するためにこの委員会の役割は非常に重要ですが十分に役割を果たせていません。岩手県の取り組みに学んで前進させたいと思います」  参考になる取り組みがいくつかあるが、その一つは、「議会だより」を市町村に配布してもらっていること。群馬は新聞折り込みだ。市町村との連携として、コスト削減以上のものがあると思った。群馬県もこの方式を採用するように提案するつもりである。 ◇私の挨拶の後、岩手県議会事務局の人は東日本大震災のことを話し始めた。「しまった」と心に思った。私は挨拶で触れることを忘れていた。視察先に東北2県を選んだのは、大震災後の状況を知りたいという私の考えでもあった。  昨日は11日。「3・11」から3年8か月の日であった。岩手県の被害は死者4,672人、震災関連死449人、行方不明者1,132人、計6,253人。この数字が語る途方もない痛ましさを改めて思った。部外者であったことを反省した。  事務局は、7,700トンのガレキを群馬に引き受けてもらったと礼を言い、ガレキは全て片付いたが本格復興はこれからだと語った。岩手県内ではいまだ約2万3千人余りが仮設住宅に暮らしている。地元の新聞には、「仮設の冬は今年こそ最後にしたい」と4度目の本格的な厳寒期を前にして切実な気持ちを訴える被害者の声がのっていた。 ◇視察先で両首脳が握手する写真を見た。習近平も安倍首相も嫌々手を握っている顔だ。世界が注目する晴れの舞台なのに大根役者ではないか。解散風が強まっている。夜の食事会でも大いに話題になった。消費増税を延期するなら、解散の大義がはっきりしない。県議選への影響が気にかかる。(読者に感謝)

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2014年11月11日 (火)

人生意気に感ず「訪中結団式。安倍外交躍如。解散の行方」

 

◇上海訪問団の結団式が行われた。団長は私、副団長は群馬県中小企業団体中央会会長の金子正元氏。団員は10名。20日から3泊4日。

 

 群馬県日中友好協会は今年3月上海人民対外友好協会と友好交流の協定書を交わした。その中の1項目に「文化、教育、スポーツ、青年交流」がある。今回訪中の主要目的にはこの項目に基づく日中青少年書道展の打ち合わせがある。

 

 群馬県日中友好協会は日中の厳しい状況下でスタートし民間の文化交流の重要さを深く知った。そこで、両国の子供たちの書の交流には格別な意義があると信じる。これに備え群馬県書道協会を加えて実施委員会も出来た。他に、今回の視察先には日本から進出した「有料老人ホーム」がある。中国の老人問題は一人っ子政策の影響もあって増々深刻になっている。介護保険もない中国は日本に学ぼうとしている。私は、中国の老人問題を報告するつもりである。

 

 団長の挨拶で私は語った。「首脳会議も行われ、日中関係が好転し始めた。タイムリーな訪中となりそうです」

 

◇安倍、習会談は、中国が譲歩して実現。安倍の対日けん制外交の成果といえる。5月のシンガポールの「アジア安保会議」で、安倍さんは「力による現状変更は決して許さない」と決意を示し、東南アジア諸国の支持を得た。中国はアジアでの孤立化を恐れた。平和を掲げる強い日本こそ。アジアでの日本の存在感を示す。上海では、中国が日本をどう把えているか見たい。

 

◇何となく衆院解散の動きが漂い始めた。安倍さんは否定するが震源がどこかにあってサインが出ているのだろう。いつものパターンだ。議員にとっては最大の課題だから噂にあおられて動き出す。それが全国に広がり止まらなくなり、首相が「伝家の宝刀」を抜く。

 

 石破氏は「12月で任期の半分、いつ解散があってもおかしくない。準備不足があってはならない」」と鹿児島の講演で語った。いざ解散の場合、マスコミが注目するのは、小渕優子、佐田玄一郎の両氏だろう。解散は、来年の県議選にも大きく影響する。私は、朝、萩原ゆうじ君と地域を回りながら何が起きるか分からないと警戒感と危機感を強めさせた。

 

◇旧宮城村は人生の原点。裸足で小学校に通った。地域の人が私の子ども時代を知っている。「今期で引退です」「惜しいですね」「私の後継の萩原ゆうじ君です」会話が生きている。(読者に感謝)

 

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2014年11月10日 (月)

人生意気に感ず「日中首脳会談遂に。私の全国向け書の出版。萩市の講演」

 

◇中国がようやく動き出した。日中両首脳が会談することになった。私は20日から群馬県日中友好協会会長として訪中するので、中国の動きに注目していた。尖閣を巡り、戦闘機が30mに近づくほど、異常に緊張し正に一触即発。戦争になるかと思われた時もあった。そんな状況下で群馬県日中友好協会は成立し、嵐の中を耐えてきた。

 

 安倍首相と習近平主席はAPEC開催中の北京で会談する。会談前に合意文書を発表した。その中味を見て、私は巧みに練られた文書だと感心した。安倍氏は、前提なしに会うことを主張し、中国側は(1)靖国に参拝しないこと、(2)尖閣に領有権問題有りと認めることを主張していた。

 

 合意文書は(1)には全く触れず、(2)は「異なる会見を有していると認識」となった。その上で、戦略的互恵関係を続けること、政治的信頼関係構築に向けた努力、不測の事態回避の危険管理メカニズムをつくることなどを盛り込んだ。戦争回避の期待が得られて私はホッとした。

 

 中国の世界戦略を見て、私は、魏・呉・蜀の三国志の世界を連想する。強(したた)かな権謀術数の国なのだ。安倍政権の強い姿勢をしっかりと受け止めていると私は見る。

 

 APECでは、ロシアのプーチン大統領とも会議する。北方領土の重要さは尖閣諸島の比ではない。ウクライナ問題で世界から侵略を非難されるプーチンは日本に接近したがっている。

 

 世界の超大国と日本が堂々と渡り合う姿は韓国や世界から孤立を深める北挑戦に影響を与えるに違いない。安倍さんは内外の難しい状況でよくやっている。ダイナミックな外交振りは下がりつつある支持率をアップさせるだろう。アメリカの世論が日本をアジアで最重要の国とみているという最近の調査に胸が熱くなった。

 

◇私の全国向けの著作「楫取素彦ー吉田松陰が夢をたくした男」が遂に完成した印刷工場に移った。印税8%の契約書も交わした。全国の書店に案内のチラシが渡り、九州のある大きな書店からは300冊の予約が出版社に入った。この本を18日の萩の懇親会で人々に渡す。会には野村市長、明倫小・椿東小の両校長も出席する。私は両小学校の講演に力を入れるつもりだ。17日には萩の顕彰会会長中原さんとエフエム萩に出て楫取を語る。(読者に感謝)

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2014年11月 9日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第144回

このように訴えて、次のような具体的な実害を挙げる。

一、温泉場は病客が集まるから清潔に勉めねばならぬのに、妓楼は不潔極まる。

一、妓楼では遊徒洒客が集まり夜を徹するから火を失する事故が多い。

 

その他の害もあげ、被害者たる正業者を救ってくれと願う。そして、楫取県令に対し「廃娼の建議を出したが決行されない、正業者は飲食の間、寝ている時もそのことを忘れることが出来ず閣下に救いを求めるのだ」と訴えた。

 

伊香保の建議は認められて、明治16年6月を限って廃止の旨が長官名で下された。恐らく、これも県の布達が猶予附で出されていること及び楫取の同意を踏まえてのことと思われる。それを踏まえた上で、伊香保の特性が政府によって考慮されたのだろう。外国に対する対面を重視する政府にとって、「外国人の云々」は効いたのかも知れない。

 

  

 

暮武太夫、幼名篤太郎。伊香保町に生れる。福沢諭吉の家僕として住み込みながら慶応義塾に学ぶ。卒業後、帰郷して、町会議員、郡会議員、県会議員となる。明治23年(1890)第一回総選挙に当選以来、7期代議士を務めた。公娼廃止運動に活躍。自らは結婚にさいし因襲を打破し男女同権の誓約書を交わし話題になった。また、伊香保温泉改良事務所長として町の近代化に勤め現在の繁栄の基礎を作った。(群馬県百科事典より)。この経歴から、伊香保で率先して廃娼を実現したことがうなずける。因襲を打破して改革を断行するには、勇気と信念を必要とするのだ。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

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2014年11月 8日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第143回

「妓楼雑居という旧来の陋習のため天授の絶域もその声価まさに滅せんとする」、遊女屋が混在するという昔からの悪い習慣のため天から授かった特別の地域の名声も消えようとしているという訴えで始まる。

「温泉地というものは閑雅幽静(のんびりとして品があり奥深くて静か)にして衛生を守りあたかも病院の如くあるべきなのに、現状は、唱歌弾弦の声昼夜止むことがない。すなわち、夜はいつまでも大声の放歌争論がやかましく寝ることが出来ず、明け広げて娼婦舞踏し、男女抱き合い、遊女裸で踊り、甚しきは、襖を開け男女が一つになって寝て恥じるところがない。その醜状は言葉で言いあらわすことが出来ない。浴客は病人と文人雅客が多い。最近は外人も多くこの醜状を冷笑している。外人がこれを見て我国の地方の姿ととらえるなら国辱の至りである。浴客は皆、惜しむべし、この佳境にしてこの障害あり、この地の隆盛を望むならこの障害を除去すべきだと口をそろえて言っている。正しい民はどうしたらよいか分からず、官庁はこれを救うことをせず傍観している」

 

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2014年11月 7日 (金)

人生意気に感ず「人口減少・地方創生・地方消滅。中国密漁船団」

◇「人口減少」という用語が政治の場に登場したのは比較的新しいことである。県政に於いても最大の課題といって過言ではない。全国的にも注目される南牧村消滅にも関わることなのだから。人口減少という現象は、いわば、私たちが立っている社会の基盤の底が抜けるような事態なのだ。国会は地方創生法の成立を期し、前橋など県内7市町村は特別の組織を設けてこの問題に取り組む。この歴史に特記されるべき問題を皆さん、いっしょに考えようではないか。

 

◇地方がよくならなければ国全体もよくならない。このことを地方の時代と表現し、地方分権の時代へと流れが続いた。最近、より適切な言葉が生まれた。「地方創生」だ。落ち込んでいく地方を新しく創り出すカギは、人口減少を食い止めることだ。そのためには国と地方は連携しなければならない。 創生法案は、出産や子育てをしやすい環境を整え、地方で魅力ある雇用の創出に取り組むことを基本理念とする。そして、県市町村には、実情に応じた地方版総合戦略を作る努力義務を課そうとしている。法案は今国会で成立する。これは、国から地方へボールが投げられることを意味する。地方がこれを受け止めることが、連携の姿である。

 

 前記7市町村とは、前橋、沼田、館林、渋川、下仁田、南牧、中之条である。今後の30年間で若年女性減少率全国トップが南牧村、県内3番目に高いのが下仁田町。南牧村の「消滅」の危機が叫ばれている。自治体消滅などという21世紀のミステリーを避けねばならない。空家対策のような、知恵はいくらでもあるだろう。子孫のために頑張る時だ。

 

◇中国のどろぼう集団に台風20号が襲いかかっている。元寇の時の神風を思い出す。拝金主義に染まった中国の漁船は、9mを超す大波の中で、命を捨ててまでアカサンゴが欲しいのか。

 

 密漁船団の出没は南北約600キロに及ぶ。彼らは日本の力が不足していることを見越して操業し、逮捕されても罰則が軽いことを計算している。無人島などに上陸していることも考えられる。中国人の遵法意識は極めて低い。問題は日本政府が何度も抗議を申し入れているのに中国政府が実効ある行動をとらないことだ。密漁船団は中国政府が黙認していると考えているかもしれない。中国の正体を窺わせる出来事である。(読者に感謝)

 

 

 

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2014年11月 6日 (木)

人生意気に感ず「中国船サンゴに。中国高官たちの自殺。消費増税」

 

◇中国の密漁船205隻が襲来。この異常事態は何を物語るか。20日に訪中する私は中国とは何かについて改めて関心を高めている。そして、米のオバマ中間選挙惨敗も結びつけて心配してしまう。世界の出来事は一体化して、私たちの日常に迫る。

 

 赤サンゴは中国では宝物で高級なものは1gが18万円にもなる。国境線を超えて侵入する中国漁船は侵略軍に見える。手を緩めれば既成事実を許すことに通じる。

 

 習近平は「法治主義の徹底」を掲げる。小笠原諸島「205隻」は国際法の無視。法治主義は掛け声だけか。孔子の国の倫理はどうしたと言いたい。民主党のオバマが中間選挙で大敗した。中国への影響力が弱まる懸念がある。押し合っている日中間に影響が出るだろう。中国の膨張主義が心配だ。米との連携、そして中国を囲む諸国との連携を強めねばならない。国を守るという自覚を私たちは強めねばならない。

 

◇私に言わせれば、「法治」でなく、「情治」を中心にやってきた。法を建て前としつつも、実際は情で動く。その現われが驚くべき「賄賂」の現実だ。世界の大国になり、国際的に共通のルールに従わなければニッチもサッチもいかない。中国の国際信用と威信を大きく傷つける。習主席が「法治徹底」を叫ぶ理由だろう。

 

 目を覆う汚職。行政不信、政治不信は日本の比ではない。このままでは、一党独裁の土台が崩れる。汚職撲滅キャンペーンの中で、共産党幹部の自殺が頻発だ。今年になってから40人を超す。最近、遼寧省高級人民法院ナンバー2だった女性副裁判長が首をつった。取り調べの直前だった。

 

◇日銀の金融緩和策により株価が異常に上がっている。このムードの先に消費増税があるのか。消費増税は4月の統一地方選に大きな影響を与える。消費増税は人口減と高齢社会を支えるという本質的理由があるが、選挙に関わる者は本音の部分で心配している。私も、朝、萩原ゆうじ君と地域を回りながらこの事を話している。

 

◇税率で2%、額で年5兆円を国民が新たに負担することに。年金、医療、介護にかかる金は12年度の110兆円から、近い将来150兆円に膨らむ。国民が身を切ることを国会が決める。だから先ず国会が身を切ってみせろ、というのが理屈である。国会がそれを示せないところに政治不信の源がある。(読者に感謝)☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。応援団募集!

 

 

 

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2014年11月 5日 (水)

人生意気に感ず「ドラッグ・自転車で免停。尊厳死。楫取を全国に」

◇現在危険ドラッグが重大な社会問題となっている。法で規制する側とそれを免れようとする業者はイタチごっこ。また、条例の対応が遅れた県に業者の矛先が集まろうとしている。社会に害悪を及ぼしても儲かればいいという病める自己主義の横行。振込詐欺と共通の面がある。

 警視庁が危険ドラッグ対策で知恵を出した。吸引して「自転車」を運転した者を免停にするというのだ。法の網は悪事を逃さない。「天網恢恢疎にして漏らさず」だ。都内のある男は危険ドラッグを吸って自転車を運転して逮捕された。この男は、車を運転し事故を起こす恐れがある。道交法では、こういう場合、「危険性帯有者」と認定し最大6か月免停にできる。

 自転車運転で免停とは画期的な措置。危険ドラッグを吸って「車を運転する可能性が極めて高い」以上、法の適用は止むを得ない。本県も敏感に反応すべきだ。危険ドラッグ波及に対する防波堤である。

◇「尊厳死」は今日の社会の非常に重大な、人間の生き方に関わる問題である。末期の病に犯され植物のような状態で生かされている人間は、寿命が延び医学が進歩した今日、余りに多い。そうなる前に、自分の意志で死を選ぶ権利はあるのか。これは極めて個人的であると同時に重大な社会問題である。自殺は許されるかという問題、そして、安楽死に通じる問題でもある。個人の人権を尊重する目的が一歩誤れば命を軽く扱うことになる。

 オレゴン州では尊厳死が合法化されている。脳腫瘍で余命半年と診断され29歳の女性メイナードさんが、11月1日に死ぬと予告し、その通り死んだ。医師の処方した薬を飲み、家族らの見守る中で死を迎えた。最後の言葉は「さようなら、世界は美しかった。旅は最良の教師だった」。

 米では賛否両論があるという。「自殺を許してはいけない」、「臆病者の逃げ方だ」こういう意見も聞こえる。私は法律で認めることは妥当ではないと思う。あくまでギリギリの個人の問題である。毎年3万人を数える自殺大国日本で許せば大変なことになる。

◇今月末、全国ネットで出版される、私の「楫取素彦」(吉田松陰が夢をたくした男)がいよいよ大詰めを迎えた。何人もで最後のチェックに余念がない。私の筆で楫取を世に出す。(読者に感謝)

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2014年11月 4日 (火)

人生意気に感ず「10キロ完走。松陰と楫取に励まされて」

 

◇1時間11分39秒。10キロ走の私の記録。昨年より8秒遅い。この8秒は人生の大事を物語る。1年で脚力が落ちている、努力を続けたのに体力が低下していることを示すのだ。数年前まで、56分代で走ったことを振り返るとこの感が強い。

 

 走る朝は1年で最も緊張する瞬間である。雨を覚悟したが、晴れで、気温はやや低く風があった。娘のゆりが作った特別のゼッケンには74歳の白い字が鮮やかである。これには私の気概を引き出す目的があるが道中いろいろな反応が伴った。

 

 スタートを待つと腰をくの字に曲げた老人が声をかけてきた。「先輩ですか頑張りますね」「いや72歳です。39年も走っています」事故で腰を痛めたと語った。スタートと共に群衆が奔流のように北上する。私の手には小さな紙片があった。朝、名刺の裏に墨で「松陰、30歳の死、命で走った人生」と書いた。護符であり、松陰と走る心であった。「ホイホイサッサ、ホイサッサ」、リズムを作って走る。苦しさはない。「頑張って」と声を掛けていく人がいる。利根の川岸を下り始める頃、近づいた女性が横に並んだ。「目標タイムは」、「一時間です」、「私もそうなの一緒に走りましょう」、「いや遅くなるからお先に」若い女性は走り去っていった。グリーンドームに近づく頃、また女性に声を掛けられた。「頑張りますね。昨年は73の文字でした。昨年も声を掛けたのよ。来年もかけるわね」「ありがとう、お名前は」「小林よ」短い会話が勇気を生む。県庁が目前に迫り楫取素彦功徳碑が目に入る。握っていた「護符」を見た。松陰と楫取が声援を送っている。県庁内を駆け抜けて北に向きを変えると風が強い。「ホイホイサッサ、ホイサッサ」。大渡橋をくぐる時、激しい流れの音が聞こえた。ゴールは近い。今年も完走だ。高鳴る胸を抑えてグラウンドに入る。2人の男性が左右から言った。「頑張りましたね」楽に走ったせいか、今年の私には余力があった。2人を抜いてダッシュ、「やったあ」と叫びながらフィニッシュした。完走証には10㎞男子、オフィシャルタイム1時間11分39秒、種目順位1766位とあった。男子10キロの部はおよそ2200人位走った。完走証は私の人生の勲章である。一枚の紙を手にして走れることの喜びを噛み締めた。人生はマラソン。それは闘いの継続なのだ。(読者に感謝)

 

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2014年11月 3日 (月)

随筆「甦る楫取素彦」第142回

  湯浅治郎が答えた、自分の一つの意見だがとことわって。「とっさの間にこれを廃絶すれば、正業に復する道に窮するのは必然である。故に先ず、数ヶ月の猶予をもってその後、断然廃止する見込みである。ほのかに聞くところによれば、この建議を県会の所見として上申すれば、県令より特にその方法につき諮問せられるということである。だから、尚更至急上申することを望む」

議長はここで、建議を不可とする野村藤太に賛成するものを起立させたが少数であった。そこで県令に上申することとなった。湯浅の言から、県令との間に話しが進んでいた様子が窺える。

このような経過を経て、翌、明治15年4月14日、県令楫取は公娼廃止を布達した。それは5年の猶予を与えるもので明治21年6月限りで廃止する、とするものであった。これは次に赴任した佐藤知事の時変更され、その後も後述のように紆余曲折を経る。

「伊香保の決断」

ここで特筆すべきことは、この期限を待たずに実行した県下の自治体のことである。それは伊香保村であった。

 明治15年2月7日、木暮武太夫①は内務省衛生局長に廃娼の建議を出した。温泉を守ろうとする差し迫った事情に基づくだけに建議文には真情が躍る。以下に大意を示す。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2014年11月 2日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第141回

(湯浅治郎)「埼玉県下の例をもって本議案を否定するのは甚だ不適当なり、公然の許可の下で行うのと、密かに行うのとどちらが勢いがあるか。反対論者は一を知って、二を知らない、その着眼は浅く目先を見ており、社会の公益を永遠に計る道を論じない、これは惜しいことである。諸君、この一、二の反対論者のためにだまされることなく本議案を異議なく通すことを敢て乞う」

 

 この格調高い論者が、新島襄によってキリスト教徒となり、同志社大学設立と運営に尽力した廃娼の中心人物湯浅治郎であることは言うまでもない。

 

 湯浅に対して、また反対論者が立った。五代政五郎である。

 

「旧政府のときも江戸で夜鷹(よたか 売春婦)を廃したら非常な弊害を生じた。だから娼妓を廃したとて到底人民の幸福は保ちがたい。それ以上の弊害を惹起(じゃっき)することは必然である。このような不潔な業をするのも決して好んでするのではない。他に食べる道がないからやむを得ず賎業(せんぎょう)に至るのであり、その情ははなはだ可憐。私は建議に賛成することは出来ない」

 

 五代は機敏さと努力によって穀屋を成功させ、藩主酒井忠強に認められ廃藩置県にも尽力。5年間、県会議員の職にあって自分の信じる論を強く主張した。特に、女子師範の男子師範合併に反対、娼妓廃絶反対、地方官民選の反対は有名であった。孝心の厚い人だったという。

 

 この時、星野耕作が立って質(ただ)した。

 

「建議の主唱者は、娼妓廃止の方法とその期限等につき考えがあるだろうから聞きたい」

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

 

 

 

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2014年11月 1日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第140回

 この建議案をまとめるにも困難があったことを、碓氷郡原市町出身の県会議員、宮口二郎はその手記で次のように述べている。

「当時の議員はいわゆる君子の風ありて徳義行われ続々賛成者ありたるも、多数議員中には頑固なる者ありて、県令に向ってかくの如きことを建議するは礼を失するものであるとの意見を有する者ありて全会の同意を得ることと能はず建議の文案は出来るもその年は議会に提出するを見合わせたり」

次に審議における各議員の発言状況を見る。

(眞下珂十郎)「およそ娼妓ほど世に害あるものはないのだから諸君、この建議を異議なく議場を通過させ速やかに県令閣下に上申し、これを第一番に我が県で実施し、日本全国に波及させたいものだ。」

(五代政五郎)は、「娼妓を廃絶すれば他にこれに倍する弊害が生ずるから反対だ」と主張。

とくに(野村藤太)は猛烈な反対論を展開した。娼妓廃絶に対する、筋の通った反対論である。

「自分は反対である。娼妓廃絶は表面の理論としてはすこぶる当を得ているが今日の現況からすれば、弊害が続々と出て、公許の時より悪くなる。埼玉県で1度廃娼を実施したことがあるが、密売淫が増え、梅毒、姦通が増え多くの害が生じこれを防ぐことは出来なかった。だから私は、廃娼論は、施政を知らない道徳先生の坐上の論だと考える。生兵法は大けがの基という古い諺があてはまる。私はこの建議が消滅することを望む。そして、このような建議をこの貴重な群馬県会の意見として上申することは甚だよくないと考える」

 永井貞二は徹頭徹尾野村の意見に同意だと発言した。

 野村藤太は自由民権運動に投じ国会開設の請願を行った人である。また、この議会の何年か後にキリスト教に入信した。娼妓廃絶についても、後に賛成に転じている。この時の野村の発言に、湯浅治郎は強く反発した。

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