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2014年9月30日 (火)

人生意気に感ず「御嶽山は語る。明子ちゃん訴訟。読書の重要さ」

◇御嶽山の突然の噴火は、のどかな秋の山の行楽に浸る人々の虚を突く出来事であった。これは、広く災害一般につき、安全神話にあぐらをかいているとこうなることを示した警告である。

 小泉元首相は「御嶽山の噴火は専門家でも想定外といっている。想定外とはいつでおも起こりうること。地震、津波、噴火も各地で起こる。日本は原発をやっちゃいけない国」と訴えた。

 死者12人、心配停止24人。この数は今後増えるのだろうか。美しい山は、灰で覆われ、一変して死の世界となった。動物たちはどうしているか。天明の浅間焼けの直前、イノシシや鹿が狂ったように山から走り出したと言われている。清流も泥の川となった。

◇昨日、私は、教育委員会関係の委員会で質問した。その第一は、新里小の児童自殺に関する訴訟の和解に関してである。明子ちゃんが自殺したのは平成22年だった。11月、私は新里町のアパートを訪ね両親に会った。そして12月2日の本会議で質問した。マスコミが殺到した事件だった。いじめによる自殺が繰り返されていた。私は、明子ちゃんの死を無駄にしないようにと訴えた。

 学校側と両親の話し合いはうまくいかず、訴訟になった。訴訟では勝敗がはっきりするが、教育上の問題は解決しない。長い不毛の年月が過ぎた。昨日の委員会で、私は、この事件からどんな教訓を得たのかと尋ねた。

 いじめについては、事件をはさんで事前と事後の対応がある。どちらも校長と直接現場に当った教師の行動が重要である。責任逃れ、身内のかばい合いが適切な対応を遅らせ、感情問題に発展させてしまう。明子ちゃん事件もそうだった。現場の未経験な教師はパニックになる。その時校長の責任は重大である。私は、解決のマニュアルを作ること、誠意をもって迅速に動くことを強調した。

◇もう一つは子どもの読書活動について質問。子どもの読書離れは著しい。確かな学力の増進は県教育行政の大きな課題。その学力の基礎に読書を据えるべきだ。読書は「国語科」だけの問題ではない。全科目の学力の基礎を作る。知識偏重で薄っぺらな学力を身につけていく子どもたち。真の学力そして生きる力は育たない。教育行政の指令塔が読書の重要性を自覚して、「仕かけ」を工夫し、子どもの読書欲を目覚めさせねばならない。昔、ランプの下で母と代わる代わる本を読んだ光景を思い出していた。(読者に感謝)

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