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2014年9月29日 (月)

人生意気に感ず「御嶽山大爆発。浅間は大丈夫か。日本のポンペイ」

 ◇御嶽山が爆発し天をこがす噴煙吹き上げている。多くの犠牲者が出ている。惨状は日本が世界有数の火山国であることを突きつけている。私は直ぐに群馬は大丈夫なのかと思った。 

 東日本大震災が活火山に影響を与えていると専門家は指摘している。私たち素人の常識からしても、あれだけの衝撃がマグマに影響を与えない筈はない。不気味に沈黙を続ける浅間が気になる。

 

 群馬が災害のない県だという「安全神話」が依然として私たちを支配している。県議会でも群馬の火山災害について取り上げられているが、緊張感は薄い。行政当局も、火山は比較的低いリスクと捉え、対策が遅れている。

 

 赤城も榛名も、子持ちも、白根も活火山なのだ。私たちはマグマの上でつかの間の平穏を享受している。

 

◇渋川の火山灰土から発掘された武人埴輪は榛名火山の中を逃げる人々を想像させるが、これは6世紀ごろのことだ。浅間はもっと生々しい。死者行方不明2,000人と称される大噴火は天明3年(1783)のことだ。それ以後も浅間は大小の噴火を繰り返している。このところ鳴りを潜めているのは何を物語るのか。今こそ、浅間火山の歴史を改めて見つめるべきではないか。学校では関連の出来事を含めて教えるチャンスではないか。

 

◇私は、先日、鎌原の観音堂を訪ねた。そして、日本のポンペイと呼ばれる意味を改めてかみしめた。村民約500名のうち、助かったのは観音堂に駆け上がった93名のみだった。

 

「天明の生死をわけた十五だん」と言われた。上部15段を残して熱泥流にのまれたのだ。地域の長老が生き残った男女を組み合わせて夫婦をつくったという。「主なき人の主となり、妻なき人の妻となり」、こう詠まれ続けている。廃村にせずに、立ち上がったこの凄まじいエネルギーを、今こそ、学ぶべきではないか。人口減社会が続けば本県でも消滅する村々が出ると危惧されている。今こそ、地域づくりのこの執念を学ぶべきだ。

 

◇昨日、下川渕公民館で「楫取県令と吉田松陰」と題して講演をした。120名程の人々が真剣に耳を傾けてくれた。ようやく楫取の名が少しずつ知られるようになったと感じる。私の講演活動は、楫取という人物を埋もれていた歴史の底から発掘する作業である。楫取と共に様々な人物が現代社会に立ち現れる。(読者に感謝)

 

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