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2014年9月 3日 (水)

人生意気に感ず「文教警察委で北海道に。すすきのの遊郭の歴史」

◇文教警察常任委員会の視察(2日~4日)で北海道にいる。昨日(2日)は、道立理科教育センター。全国唯一の都道府県立の理科教育センターである。児童生徒の理科離れが叫ばれている。背景には実験嫌い、理科嫌いの先生が指導に当たっていると言われる現実がある。このような中で、北海道は理科好きの児童生徒の割合が全国平均より高いという調査結果がある。

 

 群大工学部の先生たちとこの問題に取り組んだ経験をもつ私は、センターの活動に期待して調査に臨んだ。子どもたちは、面白い実験を体験することで理科が好きになる。だから先生は実験のスキルを向上させて子どもたちが理科を好きになる授業を行わねばならない。センターは、先生の研修を通して指導力アップを目指す。そのための各種の試みを見た。

 

 この試み発展として高校の理科の先生が小学校に出向いて実験・観察をアドバイスすることやサイエンスカーによる移動理科教室の事業が注目された。サイエンスカーの中は実験室で、月と地球の重力の違いを実験する装置もあった。へき地の小中学校を回っている。これ迄に1,736校、参加した児童生徒は48,188人という。又、センター内の化学室、物理室、生物室、地学室には専任のスタッフが居て説明に当たっていた。

 

◇この日の夜、大学時代の友人がホテルを訪ねた。薄野の歓楽街の歴史と私が研究している廃娼運動との関連に話しがはずんだ、かつて北海道は厳しい環境のため人が集まらなかった。そこで開拓使は解決策として遊郭を設けた。開拓使は、学校、病院とならんで遊郭を開拓に不可欠な施設と考えた、その代表的な例が札幌薄野の遊郭だった。廃娼運動の火付け役をはたしたともいえる大江卓は、「遊郭を勧めた地方官は御布告の罪人」と指摘したが正にそれである。御布告とは、明治5年の娼妓開放令のことである。

 

 娼妓を拘束するのが良くないのなら、郭の主人は座敷を貸すことにし、娼妓は座敷を借りて自主的に営業する形にした。これが貸座敷業である。営業主ならば自由に廃業出来る筈だという理屈で娼妓を救出する動きが生まれた。自由廃業運動が広まり、薄野遊郭の楼主もパニックに陥った。私が楫取素彦物語350枚を書き上げ秋には全国に向けて出版されると話すと、かつての歴史の仲間は驚いた。札幌の夜は静かに更けていった。(読者に感謝)

 ☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む

 

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