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2014年9月28日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第130回

「第二回県会」(明治13年)
 第二回通常県会は、明治13年5月3日に開かれた。当時の様子は今日と大分異なる。午前7時に議員と県会諸係は議場に出席。県令楫取素彦は午前9時、県官及び郡吏数名を率いて臨場し開式の辞を述べた。この間2時間議員は何をしていたのか。今日の議会は、9時過ぎから議会運営委員会、議員団総会等が行われ、議会開会は午前10時と決まっている。明治の議員たちは待機して、これらに当たることを話し合っていたのではなかろうか。
 実は、定期議会は3月と決まっていたのになぜか延びていた。当時、議会に対する関心は非常に高く、早く開けという要望、あるいは農繁期を避けて開くべしという意見などが出された。それにしても定期に開かず、理由も示さないとはどういうことか。今日からは考えられない。この頃、県令の妻寿子は重篤な病にあった。そのことが関係するのかは不明である。
 開会に関する伺書(うかがいしょ)や上申書からは当時の状況が窺えて面白い。
 県会議員佐藤善一郎は伺書で、「議会の開閉は専ら閣下の命ずるものだから招集の日を待つべきは勿論なれど都合もあるので大体のことを知りたいので開会日をお伺いいたします」と求めた。
 また、開会期日が4月中旬を過ぎてしまったので農繁期を避けて7月に入って開催して欲しいとの建議が2人の県議から出された。
※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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