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2014年6月21日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第98回

 ある打ち壊しに際して指導者は次のように指令した。「やあやあ者共、火の用心を第一にせよ。米穀は打ちちらかすな。質物には決して手をかけじ。質は諸人の物なるぞ。又、金銭、品物は身につけるな。此の働きは私欲にあらず。是は万人のためなるぞ。此家の道具は皆ことごとく打ちこわせ。猫のわんでも残すな」略奪を禁じる一方、徹底した破壊を命じている凄さ。狙われた家はたまったものではない。攻撃の対象は、横浜へ生糸、茶などを売る商人を筆頭に、穀屋、高利貸などであった。一揆や打ち壊しは、物を奪わず壊すだけのものから、奪って貧民に分け与えるものまで様々な形態があった。この波は上州にも押し寄せる。そして、その勢いには上州の特性も大きく関わっていた。

「上州の世直し一揆」

 上州の世直し一揆の発端は慶応4年(1868)2月のことだった。明治と改元されたのはこの年9月である。上州世直し運動の嵐はこの年2月の西上州から始まり、東上州、北上州へと吹き荒れた。4月江戸城は明け渡されるが脱走した幕兵の中には上州に逃れ、一揆にまぎれ、またはこれを利用して朝廷側への反抗を企てる者もあった。上州は幕府の直轄地や旗本領が多かったからである。朝廷側は上州が重要拠点ということもあって、鎮圧には特に神経を使った。時には一揆を朝敵と呼び、参加者を博徒とみなして罰するなどした。このような状況は、後に、楫取素彦顕彰碑に県民性のことを「軽佻」、「剽悍」、「躁急」、等と刻まれたことと無関係ではない。

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