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2014年6月15日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第97回

条約の締結は、未曾有の政治的混乱を招いたが、同時により深刻な社会的経済的動揺と混乱の原因となった。貿易の開始は、翌安政6年(1859)であった。長く鎖国を続けた結果として、既に産業革命を達成させた西欧列強と比べ日本の産業は未発達だった。輸出品の8割近くは、生糸や蚕種であった。輸出品の品不足から物価は著しく高騰し一般庶民は食うのが困難な状況に陥った。

 物価の上昇を貿易開始前後の江戸の例で見ると、安政4年(1857)に1両で米が64升買えたのが慶応3年(1867)には15升しか買えなくなった。実に4倍以上の値上がりである。ただでさえ、貧困にあえいでいた人々に対する大変な追い打ちであった。他方一部の商人は貿易開始によって異常な収益をあげた。人々は「世の中が間違っている、だから世直しは天の声だ」と思ったのも無理はない。

 開港を機に一揆や打ち壊しが増えたが、参加した人々の心理を支えたものは「世の不正を直す」ことだった。一揆には次のような廻状がまわったという。「世直しのために相こわし候(そうろう)につき、最寄(もより)の村々、十五歳より六十歳までの男、斧、まさかり、のこぎりの類用意致し、早速にも罷出(まかりいで)可きこと。万一遅滞に及び候村々一軒も残さず打ちこわし、焼き払い申すべき旨」(急いで参加すべきで、万一遅れた村々は……)

 近郷のあらゆる部落や村から、オノ、マサカリ、ノコギリなどを持って叫びながら集る群衆の凄じさは想像を超える。群衆心理は狂気の集団をつくり異常なエネルギーを生み出す。このような集団をコントロールして所期の成果をあげることは容易なことではない。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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