« 人生意気に感ず「大河ドラマ館つくる。第三回孔子文化賞受賞」 | トップページ | 随筆「甦る楫取素彦」第86回 »

2014年5月 9日 (金)

人生意気に感ず「聖職者の子供性的虐待。明治議会のキリスト教。四ッ葉学園」

◇聖職者の子どもへの性的虐待が波紋を広げている。なぜプロテスタントでなくカトリックの聖職者にこの問題が起きるのか。カトリックに関する本質的問題を含む。

 宗教は人間にとって本質的問題である。人間の心の問題として太古から始まり永遠に続く。だからどの宗教も古くからの課題を抱え新しい課題につきあたり苦しむ。イスラム教は極端な女性差別に象徴されるように、本質的に宗教改革が行われない体質を続けている。キリスト教は16世紀初めに大きな宗教改革が行われカトリックとプロテスタントに分かれたが、カトリックは大きな課題を抱え苦しんでいる。その一つとして神父は妻を持てないことがある。理由は、どこへも命がけで飛んでいかねばならない。神の前で人と平等に接しなければならない。妻(家族)を特別扱いにするべきでない等。しかし、いかにも不合理であり、人間の平等を掲げながら人間の本質を無視している。妻を持ち家族をもって人間としての喜びも悲しみも苦しみも分かる。そして他者への理解も深くなる。妻帯禁止だけが理由とはいえないだろうが、カトリックの醜態は酷い。04年から10年間で子どもへの性的虐待で聖職者848人が身分を剥奪された。他に2千500人以上が何らかの処分を受けたといわれる。2月の国連の報告は全世界で子どもの被害は数万人と報告。又、民間団体からはカトリックの隠蔽体質が指摘されている。世界の人類に影響力を持つカトリックは21世紀の宗教改革を迫られている。

◇明治の初め県会議員には少なからずキリスト教徒がいたが、彼らはプロテスタントだった。新島襄は明治7年に安中でキリストの教えを説いた。これが日本のプロテスタント布教の最初と言われる。キリスト禁教は改められていたが実際の布教が行われる状況ではなかった。県令楫取が中央政府に対応方を尋ねたら政府は「新島なら放っておけ」と答えたといわれる。新島の教えでキリスト教徒となった湯浅治郎は県会で楫取と出会い、「廃娼」で力を合わせた。

◇昨日、四ツ葉学園で楫取の講演をした。約130人の生徒はノートをとりながら耳を傾けた。終了後何人かが質問したがその中に、県令が群馬を去るとき多くの人が惜しんだのは県令のどういう人柄が愛されたのかというのがあった。代表の御礼の言葉も見事だった。生徒は私の話を心で受け止めてくれたのだ。(読者に感謝)

☆楫取がNHK大河ドラマ登場に決定。土・日・祝日は「甦る楫取素彦」を好評連載中です。

|

« 人生意気に感ず「大河ドラマ館つくる。第三回孔子文化賞受賞」 | トップページ | 随筆「甦る楫取素彦」第86回 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人生意気に感ず「聖職者の子供性的虐待。明治議会のキリスト教。四ッ葉学園」:

« 人生意気に感ず「大河ドラマ館つくる。第三回孔子文化賞受賞」 | トップページ | 随筆「甦る楫取素彦」第86回 »