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2014年4月30日 (水)

人生意気に感ず「日本のアウシュビィッツ。オバマの不倫。楫取」

◇「重監房」が資料館として再現され、今日30日開館となる。草津町にあったハンセン病患者の懲罰施設だ。信じ難い人権侵害の歴史を私は、栗生楽泉園(くりうらくせんえん)の入所者証言集で知った。入園者自治会が作ったもので、上中下三巻が平成21年9月、当時の県健康福祉部長から送付された。懲罰で入れられたら生きて出られない地獄だったと証言者は語る。「やせて、汗かいて、病んで、尿や糞をたれ流し、それが布団に滲み通り、凍った布団に寝てる。死んで凍るんじゃなく、生きているうちに凍っちゃうんだもの酷い話だよ」、「夏なんか、南方で戦死した人に蛆がさがっている話を聞くがまったくあの通りだよ。包帯をとるとぼろぼろ蛆が出る」、証言者は、このような過酷な事実を語り、「あれは日本のアウシュビィッツだよ」と振り返った。

 私は、ハンセン病施設の現実をシベリアの強制抑留のようかと思ったことがあったが、重監房はナチスのアウシュビィッツ並みだったのだ。

 人間は偏見を抱くとき限りなく冷酷になれる。ハンセン病に対する誤解、この世に存在してはならないという思想が、人間扱いの否定を正当化した。県議会も関わってきた問題であるが、人権という視点からの強い取組みはなかった。そのことが反省されねばならない。楫取素彦の「廃娼」を初め、群馬県には、人権を考える重要な材料が存在する。

◇中国は有史以来の国力の躍進を続け、その必然の結果のように海洋進出を狙っている。その行く手にたちはだかるのが日本である。国際関係は力のバランスで動くから、日本は強い力で毅然とした態度を貫かないと中国を誤らせることになる。

 「強い力」の要素は平和憲法と日米安保同盟である。オバマの来日は、日米同盟の強化を確認した。対中関係はこれによって、良い方向に少しずつ向うと思う。中国はしたたかであるから日本もしたたかに対応しなければならない。したたかさには忍耐と賢明さが不可欠である。

◇オバマが旋風のように去った。国賓なのにミッシェル夫人の同伴がなかった。一説では、大統領の不倫で離婚の危機にあるという。事実とすれば、大統領家も大変だなあと思う。

◇昨日は、上野の里博物館で楫取素彦を語った。また9月24日伊香保で「楫取素彦と伊香保温泉」と題した講演を行うことが決まった。

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2014年4月29日 (火)

随筆「甦る楫取素彦」第81回

◇明治元年(1868)、遂に明治となり(9月)、楫取は40歳となった。先ず、この年の長州における楫取の地位と役割の主なものを楫取家文書から拾うと。

  1月 3日、鳥羽・伏見に於いて賊兵討伐に当り、禁中(宮中)に勤務し、諸方面の駆け引きを命ぜられる。

  1月 9日、参与職制度事務掛を命ぜられる。

  1月10日、徴士参与職仰せ付けられる。

  1月20日、制度事務局判事仰せ付けられる。

  6月 8日、奥番頭現勤仰せ付けられる。

  10月 5日、藩主の駕に随って国に帰る。

 幕府は亡んだが、それは封建制度が終ったことを意味しない。徳川氏はなお大名としての地位を保つことに懸命であった。薩長は徳川の勢力が残ることを恐れた。天皇を中心とする新しいそして力強い国家をつくり、外国に対応することが前年12月の「王政復古」の目的である。徳川の力を一掃しなければ王政復古の目的は達せられない。これが、徳川慶喜に対し、官位返上と領地の返還を命じた理由である。

 この辞官納地の命令に対し、旧幕臣、会津、桑名両藩は憤激した。明治元年1月、慶喜は兵を率いて上京しようとし、ここに羽鳥・伏見の戦いがおこり戊辰戦争(ぼしんせんそう)①が始まった。新政府軍は各地で旧幕府軍を破った。朝廷の錦の御旗が現れると旧幕府軍は戦意を失って総崩れとなったといわれる。日本の伝統に於いて天皇の権威がいかに大きいかを示す事実である。この戊辰戦争の戦死者数は、新政府軍、3,558人、旧幕府軍4,707人であった。この数字は、この戦いが簡単な戦いでなかったことを物語る。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年4月28日 (月)

人生意気に感ず「世界遺産登録に。沼田と鹿児島の選挙。楫取の講演」

◇富岡製糸場などが世界文化遺産に登録されることが確実となった。25日、県世界遺産推進課から一報があった。本県の文化発展にとって大きな朗報だ。また、物づくり立県群馬の原点、女性の活躍重視と上州のかかあ天下、郷土の誇りと歴史教育等々、県民の精神を高揚させる材料だ。

 平成20年10月に長崎県の「キリスト教関連遺産」を視察した。富岡製糸場と同時期に世界遺産暫定一覧表に登録され本登録に向けて懸命に取り組んでいた。壮大なキリスト教の歴史遺産を見て群馬はかなわないと思った記憶がある。

◇明治5年にスタートした富岡製糸場は新生日本の国運をかけたものだった。明治9年に県令に赴任した楫取素彦はこの生糸という新産業で群馬を発展させようとした。富岡製糸場に関して、民間払い下げ、取り壊しの問題が生じた時、楫取は存続に向けて懸命に動いた。現在、群馬が大きく脱皮し飛躍する時である。時代を担う子どもたちに「富岡製糸場世界遺産登録」の意義を教えるべきだ。世界遺産登録を表面的なものに終わらせないためのカギは県民の心に「登録」することであり、その重点は教育の役割と使命である。

◇沼田市長選は僅差で星野巳喜雄さんが破れた。かつて同期の県議だった人である。私は、彼の素朴な人柄、情熱と高い志などを挙げて応援した。彼の伝統である草の根のいい選挙をやっていたが残念だ。「精一杯頑張った。誇りある結果を受け止めたい」と語った。選挙は戦いであるが、民主主義のための戦いである選挙は次のステップを生む。沼田の新しい発展を期待したい。

◇鹿児島の衆院補選に注目していたが、自民が大勝した。消費税増税後の選挙は増税を行った政党が負けるのが普通だ。普天間飛行場移設問題もある。自民党としてほっとしている。安倍政権の支持率も、増税後ほとんど落ちていない。安倍さんは、大局に於いて頑張っていると思う。オバマとの対決も見劣りしなかった。中国との対決はこれからが正念場。余裕と謙虚と歴史を重視してほしい。

◇中学での楫取講演を進めている。伊勢崎市の中学で決定(予定も含め)しているのは、第一中、第三中、境西中、境南中、四ツ場学園。いわゆる政治活動とは無関係である。選挙をしない私は今後全県下で展開していく決意。(読者に感謝)

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2014年4月27日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第80回

◇慶応3年(1867)、楫取39歳。先ずここで記載すべきは、この年10月14日、将軍慶喜(よしのぶ)は大政奉還の申し出をし、朝廷はこれを受理した。そして12月9日王政復古の大号令が発せられ、天皇を中心とする新政府が樹立され、260余年に及ぶ徳川幕府の支配は崩壊した。ついで同日夜半の小御所会議(ごしょかいぎ)で慶喜に対し官位辞退と領地返上(辞官納地)を命ずることを決定した。

この年の楫取の動きは次のようであった。6月、世子(大名のあとつぎ)毛利広封公(元徳)の書物掛となる。これは藩主敬親公が毛利家の将来を託する後継者の教育を儒学者の楫取に託したものである。

9月、遊撃隊副総督を命ぜられる。この遊撃隊は奇兵隊に次ぐ大軍勢であった。

 また、9月には次のようなことが続いた。藩の奥番頭に抜擢され、藩主より楫取素彦と改名を仰せつかる。

今まで楫取の名で記述してきたが、小田村から楫取になったのは実にこの時であった。

11月、坂本竜馬、暗殺される。竜馬は京都の夜、同志中岡慎太郎と話している時刺客に襲われた。32歳の死。正に維新前夜、もう少し生かしたかった男である。

また、この年群馬では前橋城が竣工し、藩主松平直克(なおかつ)が帰城する。大間々町で大火、230軒焼失。

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2014年4月26日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第79回

◇慶応2年(1866)、楫取38歳。幕府滅亡へのカウントダウン、あと2年。この年、楫取には人生の大事として2度目の入獄があった。

 

 第一次長州征伐で破れた長州藩に対して幕府は処罰のけじめをつけたかったが、正義派が復権した長州藩は、幕府の指示に従わず、服罪使も派遣しなかった。支藩の藩主たちは幕府の再三の出頭命令を病気を理由に拒否した。幕府が一外様大名になめられ、こけにされることは天下に対して示しがつかないことだった。遂に将軍家茂は第二次征長を諸藩に命じる。長州藩は、これに対し、表面は恭順を装いつつ臨戦態勢に入った。幕府は隣藩広島藩を拠点にして指示命令を発していた。老中小笠原長行は、山口の藩主、父、子と孫、支藩主とその家老に広島への出頭を厳命した。これに対し、山口藩は、藩主、父、子と孫の名代として宍戸親基を、支藩主及び家老の名代として楫取を広島に赴かせた。幕府は、2人の名代を広島藩に拘禁してしまった。楫取にとって、2度目の入獄であった。

 

 この年6月に始まった第二次長州征討戦は四境戦争と称された。大島口、芸州口、石州口、小倉口の4つ藩境で戦われたからである。山口藩は各地で善戦。特に大村益次郎指揮下の長州軍は連戦連勝した。幕府側は、拘禁中の宍戸と楫取を釈放した。2人に停戦の仲立ちを期待したのであるが長州藩は応じなかった。しかし、7月、将軍家茂が大阪城で死去したのを期に戦は事実上終わった。

 

 この戦いにおける楫取の活躍は「彼の生涯で最もメモリアルなものであり長州藩の維新史に於いても極めて重大で意義深い」と評する人がいる。

 

 開港・貿易開始は、国内物資の不足を生み物価は上がり、庶民の生活は一層苦しくなった。そこで、当然のこととして一揆や打ち壊しが激増したが、この年は、それがピークになった。11月、四境戦争で長州の勝利が決定的となると、長州を訪れる他藩の使者も多くなった。ここで12月楫取は他藩応接掛を命ぜられた。

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2014年4月25日 (金)

人生意気に感ず「オバマ、尖閣を守ると明言。太平洋国家と中国。沼田市長選」

◇「尖閣は日米安保の対象内」オバマの発言にほっとした。昨日の記者会見での発言である。米政府高官はこれまでたびたび同様の発言をしていたが、大統領の発言は初めて。しかも、日本に国賓として招かれて発言した意味は大きい。最大の効果だ。

 私はアメリカ映画が好きなので、颯爽と歩く長身のオバマを見て「招かれざる客」のシドニー・ポワチェを思い出した。人種差別の激しい南部の娘が東部から恋人を連れて帰る。それは何と黒人だった。招かれざる客は、やがて偉大な人物であることが分かる。オバマは国を挙げて招いた客だ。

 二人は銀座のスシ屋で夕食した。オバマは「人生で一番美味しいスシ」と語ったという。これはおもてなしに対する感謝の言葉。安倍総理も記者会見で「人生で一番うまかった」と振り返った。これは、尖閣発言と信頼回復を得たことへの喜びを表すものだろう。

◇オバマはいまもこれからも両国は太平洋国家だと強調した。太平洋には、両国の熱い歴史がこめられている。それは、太平洋国家を支える歴史だ。ペリーの来航で開国し和親条約を結んだ。続いて結んだ通商条約を批准するため日本人は太平洋を越えてアメリカに渡り国賓として大歓迎を受けた。154年前のポーハタン号である。太平洋は文字の通り平和の海であったが、73年前開戦し両国はこの海で激しく燃えた。日米安保条約は太平洋の平和を守る意味がある。オバマが両国は「太平洋国家」と発言したことにはこのような意味がある。

◇この太平洋に核を振り上げて挑発している国が北朝鮮である。オバマは、北朝鮮が現在の政策を変えないかぎり、その国民に未来はないと語った。その通りである。

 中国も太平洋に進出しようとしている。中国とすれば、その目的に立ちはだかるのが日本であり日米安保なのだろう。私は、武力による威嚇ではなく平和約に太平洋に出てもらいたい。日本国憲法はそれを歓迎している。アジア重視の米国、太平洋進出を目指す中国、両国にとって最も大切な要、それが平和国家日本である。自信をもとう。

◇沼田市長選の決起集会に出た。星野候補は、同期の県議だった。私と同じような選挙スタイルを貫いてきた男の必死の姿に自分を振り返って胸にこみ上げるものがあった。壇上で支援を訴える障害者の母の姿があった。長い経験から激戦を制するのはこの陣営だと確信した。(読者に感謝)

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2014年4月24日 (木)

人生意気に感ず「国会で働く仲間と朝食会。オバマの決断。世界遺産」

◇今日は早朝、高崎駅で国会で働く友人たちと朝食会を行う。高崎駅は、東京から来るにも、東京へ戻るにも便利なのだ。間もなく県議会が重要課題を迎えて動き出す。TPPもその一つ。国会内でのオバマ来日に関する緊張の様子と情報が伝えられるかも知れない。

◇昨夕、オバマ大統領が来日した。首都の警戒ぶりは空前だ。日本の安全神話は通用しないし、アメリカを恨み敵視する勢力は世界中に存在するから、何が起るか分からないのだ。

 複雑な世界情勢と力のバランス関係の中で注目されるオバマの動きである。アメリカは中国が台頭する中で、アジア重視を打ち出している。アメリカにとって、その要であり、最前線は日本だ。日本は、尖閣で中国と対立する中で、アメリカとの同盟は決定的要素である。オバマ大統領が日本に来て、自らの口で何を語るか世界が注目する。特に中国は固唾を呑んで見ているだろう。

 中国は有史以来の力をつけ、屈辱の近代史を反省し、中華思想を世界に示そうとしている。一方で、アメリカは戦争に疲れかつての力は発揮出来ないと思われ、中国はそれを計算して動いている。ここでオバマが対中国で強い決意を示さねば、アメリカの威信は更に低下するだろう。アメリカの威信の低下は、世界の民主主義の低下につながる。独裁国家中国が民主主義に挑戦しているからだ。

 TPP問題がぎりぎりのところに来ているようだ。これは国民の生活に直接関わることで、自民党の公約と国会議決は守らねばならない。安倍首相は、幸運にめぐり合った首相といわれるが正念場を迎えている。これらの集約が両首脳の記者会見と共同声明である。歴史的瞬間をしっかり見守りたいと思う。

◇大沢知事は、イコモスの勧告が30日になる可能性が高いと語った。「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界文化遺産登録が近づいた。群馬県は知名度最下位クラスといわれてきた。文化で郷土の誇りを取り戻す時である。これを教育や観光などあらゆる面で活かさねばならない。県民の力が試されている。

◇韓国政府は船の沈没につき、船長はじめ操船担当の全員が「団体で集まり乗客より先に脱出した」として、全員に遺棄致死罪を適用すると判断。侍日本は大丈夫だろうか。(読者に感謝)

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2014年4月23日 (水)

人生意気に感ず「オバマ来日の意義。ふるさと塾、国家の役割とは」

◇今日はオバマが来日する日。私には単に一人のアメリカ大統領の日本訪問とは思えない。壮大な世界史の一頁が目の前に開かれたように思える。世界最大の権力を手にした黒人大統領オバマ。歴史的視点がなければその重みは理解出来ない。安倍総理はどのように対面し何を手に入れるのか。中国と北朝鮮は敵陣営の出来事として鋭い視線を注ぐ。

◇オバマの来日の課題は日米同盟の強化確認とTPPの妥結である。オバマを空手で帰すことはあり得ないから必ず一定の結論を出すだろう。

 オバマ大統領の出現は人類の進歩と民主主義の到達点の象徴である。今月の「ふるさと塾」(267)は、オバマの出現を意識しながら私は語るつもりだ。

 「ふるさと塾」の主題は「ポーパタン号と咸臨丸」。長く続いた鎖国の扉を開いた国はアメリカだった。ペリーに続いてやってきたハリスは執念によって日米修好通商条約を結ばせた。この条約の批准のために日本の使節はポーパタン号でアメリカに向かった。咸臨丸の役目は護衛だった。二隻は荒れる太平洋を乗り切った。今日におきかえれば宇宙へ行くような冒険であった。万延元年(1860)のことで、前年、吉田松陰は処分された。松陰30歳、楫取素彦は31歳だった。日本の使節は国賓として空前の歓迎を受ける。日本人はアメリカの進歩した社会と工業を見て呆然としあきれるばかりであった。この旅行中日本では桜田門外の変が起き、井伊大老が死ぬ。翌1861年南北戦争が起き、その中で1863年リンカーンは奴隷解放を宣言した。一方通商条約に基づいて始まった貿易は日本の社会に大きな影響を及ぼした。特に群馬が受けた影響は大きかった。154年を経て、黒人大統領オバマが国賓として来日し、貿易に関する重要な取り決めを行おうとしている。壮大な歴史の流れから私たちは何を学ぶのか。

◇国家の窮極の役割は何か。もとより国民の生命と安全を守ることである。最近の日本では「3・11」でそれが問われた。韓国の沈没船対策では正に国の能力が問われ、政府は激しい批判にさらされている。新聞は「我が国は三流国家だった」と社説で書いている。船長が責任ある救助活動をしないで、義務を放棄して真っ先に逃げたことは、国の危機管理・指導の不徹底を現すものだ。韓国は常に北朝鮮の挑戦を受けている。民主主義は人命を尊重するという体制の優位を示さねばならない。(読者に感謝)

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2014年4月22日 (火)

人生意気に感ず「オバマ来日。高い日本への評価。韓国のメディア」

◇明日、オバマが来日する。大統領当選のあの熱狂はどこへ行ったのか。オバマの魅力があせようとしている。そして、オバマの前に中国が立ちはだかる。

 2009年1月、2百万人もの人々がオバマ大統領の就任演説を聞くために集まった。オバマは受け継いできた建国の理念を人々に訴えた。それは全ての人は平等かつ自由で幸福を最大限に追求する権利をもつという神の約束だ。史上初の黒人大統領は、正にこの理念によって生まれ、この理念を語るにふさわしい存在であった。

 長い黒人奴隷の歴史を考えるとき、オバマ大統領の出現は正義と人権の象徴である。このことを、オバマの来日を機に私たちは改めて考えるべきだ。

 オバマが中国や北朝鮮と対立する深い意味は、これらの国が自由や人権を尊重しない点にある。オバマが掲げる理念は人類普遍の原理である。この理念と原理を日本はアメリカと共有していることが重要である。

 日本を支える基盤である日本国憲法がこの理念に基づいているからだ。押しつけられた憲法だと軽々に言う政治家は多い。押しつけられたとしても、その中味が重要なのだ。このことを抜きにしては、憲法改正論も空虚になることを知るべきだ。

◇最近の調査によれば東南アジアの日本に対する評価は極めて良いようだ。それは格調高い平和憲法の下で、伝統の文化、高い技術を育てているからだあろう。私は、このことを、アジアの留学生が多く入学する日本語学校の入学式で実感した。

 日本は西欧に組する面とアジアの一員としての面と2つの顔を持つ。両者の調和が必要だ。それは、現実の動きの中で日本の歴史と伝統を尊重するということでもある。アメリカも中国もある意味で極端であるが、日本は中間にあって、今後の世界とアジアで重要な役割を果せると思う。私は中国と深く関わる中でこのことを実感する。

◇韓国のメディアが一斉に厳しく政府を批判している。「恥知らずの国」、「無能の国」とか。中国では有り得ない。政府を批判する自由は民主主義の基本である。脱北者が韓国に来て政府の悪口を言っても罰せられないと驚いたといわれる。5年前のありあけ号の似た事故で日本は全員を助けた。韓国が注目している。

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2014年4月21日 (月)

人生意気に感ず「沼田出陣式。沈没船脱出。オバマ来日」

◇沼田の市長選出陣式は真冬のように寒かった。4期に挑戦する星野己喜男氏は県会の同期である。支援者に変化があって大半が相手候補につき星野は危ないというのが大方の見方。

星野氏の選挙歴は私と似ている。金もなく地盤のない状態から出て一人一人に会って支援者を広げる草の根型だ。これが彼の政治の原点となっている。「私は同期で政治姿勢を最もよく知っている。今、地方が試されている困難な時、沼田は3期の実績で基礎が出来た、4期目はその上にたって夢を実現する時です」私は壇上で公訴えた。従来応援していた尾身幸次さんも、建設業界のほとんども、みな相手側についた。星野氏の絶叫する姿は危機感を現していた。

◇「可能な限り外に出て救命胴衣を着られるようにしてください」管制センターが繰り返しこのように呼び掛けるのに対し「脱出させれば救助出来る人ですかと訪ねたんです。」船内からは何度もこのように答えている。一刻も速く先ず外に出させるのが先だろう。家族が地団駄を踏んで叫び詰め寄る気持ちが伝わる。

 正しい情報が伝えられていないことも含め政府の対応のまずさが現れている。人命の安全確保と救助は国家の最大の使命だ。家族たちが集団で大統領に訴えようとして警察に阻止されている。この構図は朴政権が窮地に立たされていることを物語る。従軍慰安婦問題で日本を攻撃する姿勢にも影響するに違いない。船長が身分を偽って先ず第一に逃げ出して助けられた様も政府批判の一材料になるだろう。私は映画「眼下の敵」のシーンを思い出す。ナチスのUボートから脱出する同志を最後まで助けるクルトユルゲンス演じる艦長の姿だ。

◇こんな中、オバマ大統領が日本と韓国にやってくる。韓国民は心を切かえて大統領を歓迎出来るのか。

 日本は国賓として迎えるがアメリカの姿勢は冷静に見える。夫人の同伴もない。中国の台頭と脅威に対し日米同盟を確認し強調する目的は十分に達せられるのか。

◇日本人がアメリカで国賓待遇を受けた最初の例は、万延元年(1860)、日米修好通商条約の批准のためにポーハタン号でワシントンを訪れた時。大変な歓迎を受けた人々は新しい世界に接してただ呆然とした。前年吉田松陰は処刑された。直前、肖像画に松陰は楫取素彦の勧めで自賛を書いた。松陰30歳、楫取は31歳だった。天国で彼らは、オバマの来日をどう見ているか。(読者に感謝)

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2014年4月20日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第78回

 この年群馬の出来事はというと、新島襄が箱館から出発している。松陰の「下田滔海(とうかい)」失敗から10年後である。帰国して新島の感化でキリスト教徒となった湯浅次郎が県議会で県令楫取素彦と出会うのは明治9年のことであった。

◇慶応元年(1865)、楫取37歳。明治維新まであと3年。楫取家文書によれば、「2月15日、野山獄出る、5月14日、山口を出発し三条以下5卿への内使として太宰府に赴き、坂本竜馬、中岡慎太郎と会し藩長連合を策す」とある。

 楫取が野山獄を出る迄には以下のような経緯があった。いわゆる俗論党と正義派の対立は、幕府に恭順(従うこと)を示すグループと反幕尊王派の対立で、楫取の兄松島剛蔵等を処刑した俗論党の首領は椋梨藤太(むくなしとうた)であった。正義派の高杉晋作は俗論党の処置に怒り、挙兵してこれを破り藩政を取り戻し、即日、楫取は出獄した。そして、楫取は、再び藩主の侍儒・側近として密令を帯び大宰府の三条卿等の元へ向かったというわけである。

 正義派が政権を奪還したとはいえ、表向きはひたすら恭順の態度をとり内実は密かに富国強兵、武備の充実に努めた。恭順を示すために藩士は藩外に一歩も出ないことにしていたので、楫取は塩間鉄造と変名して大宰府に赴いた。

 「楫取素彦翁談話」では、次のように、坂本竜馬との対話などが生き生きと語られている。竜馬は、楫取に、「このように薩長が反目していては天下のことが思うようにならぬ、木戸にあって話したい、ついては貴様から先に話してくれ」と言う、楫取は、「私の考えも同様で木戸も異論はないと思うが、試みに手紙を書くから返事が来るまで待て」と言って、楫取は木戸孝允に手紙を書いた。それに対して、木戸から速やかに返事が来て、「差し支えないから坂本という者に来て宜しいと言ってくれ、今、馬関に散在している各部隊の者に粗暴の事をせぬように注意しておくから心配なく来るように」とあった。「この手紙を坂本竜馬に見せて、薩長連合の端がひらけたようなものじゃ」と楫取はこのように振り返っている。

 ところで群馬の関係では、この年安中藩の新島襄が乗ったワイルドロヴァー号は、7月20日、アメリカのボストンに到着した。襄はボストン到着の直前船中で、南北戦の終結とリンカーン暗殺を知らされ驚いたことを自叙伝に書いている。ちなみに、南北戦争終結は、この年(1865)4月9日であり、リンカーンの死は、同4月14日であった。

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2014年4月19日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第77回

寿子は、このように、獄中の夫に心をこめ差し入れをした。時には季節の緑や花もあった。次は、応えて楫取が詠んだ歌である。

「青柳の緑はいとも結びつつ

           妹が垣根の春ぞこひしき」

「梅が枝に妹が情も見ゆるかな

           花のかほりに身をばよそへて」

 一連の出来事から羨ましいような夫婦の愛情が窺える。平穏の時でなく、死が迫る状況でのことである。これらのことを詳しく書いたのは、楫取と寿子の絆がいかに強いものであったかを示すためである。このことは、取も直さず楫取と松陰の絆が深いことを意味する。非常時、まさかの時に示す、寿子の行動力は、知行合一そのものである。楫取は常に寿子を松陰と重ねて見ていたことだろう。このような寿子が群馬の県令としての楫取に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。清光寺開基に伴う行動、及び、新井領一郎渡米の際松陰形見の短刀を渡したことなどは、この文脈でとらえることが出来る。

 風前の灯と思われた楫取であったが、高杉晋作の挙兵とその成功により出獄することが出来た。幕末長州における楫取の活躍は増増盛んになる。

寿子の妹・文子について。文(文子)は久坂玄瑞の妻であったが、久坂が禁門の変で自刃したため未亡人となった。寿子が明治14年、43歳で没した後、明治16年、楫取の後妻となった。初め渋ったが母滝の強いすすめがあり、名を美和子と改めて入嫁した。寿子の墓は、東京青山にあるが美和子は楫取と共に防府の墓に眠る。

 群馬の人は、維新後の楫取を見て、このような血風を駆けぬけた姿を想像出来ない。しかし、このような体験こそ、群馬県令としての彼の大地に伸びた根であった。

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2014年4月18日 (金)

「楫取の映画を作る。沈没船内の人々。TPP。栃木の女児殺害」

◇楫取素彦の映画をつくる試みが具体的に一歩進み出した。発起人会を作る作業を始めた。次は私が書いた趣意書案である。

「私たちは奔流のように激しく動き先が見えない海のような社会で生きています。今こそ、時代の原点を見つめ、そこから生きる指針と勇気を汲み取るべきだと思います。そこで、初代県令楫取素彦の映画をドキュメンタリードラマの形で作製することに致しました。

 明治の初め、人々は新時代建設の意気に燃えていました。その先頭に立つ楫取の姿を私たち市民県民の手で現代に甦らせたいと思います。私たちの目指す作品が郷土への愛と誇りを育む糧となり同時にわが群馬を全国に発信する一助になれば幸いです。皆様のご協力を心からお願い申し上げます」

 NHKの大河ドラマに先立って発表できればと考えている。

◇韓国の旅客船事故は悲惨だ。「お母さん愛してる」とケータイからの発信があった。脱出した高校生は販売機の下敷きで動けない女子高生がいたと伝える。映画ポセイドンアドベンチャーを思い出す。沈没し逆さになった船の空間で脱出を試みる人々の姿を描いたもの。今回も、狭い空間での恐怖と闘っている人々がいるのか。家族の様子を報道は伝える。ある男性は息子はもう生きていないと語り、ある女性は息子はきっと生きていると訴える。「岸壁の母」と同じで母の執念だろう。

 人道主義から日本は全力で救済の手を尽くすべきだ。結果として、韓国の国民感情にも資するだろう。

◇県政の場でも長いこと課題となってきたTPP協議がアメリカとの間で大詰めを迎えている。コメについては、輸入の関税を残し、米国産米の輸入枠を広げる方向らしい。

 23日からオバマが来日する。日米同盟強化にも、経済の連携は重要だから、その点でもTPP交渉は重要である。

◇栃木県今市市の女児殺害を別件で逮捕された男が供述を始めたという。この事件については栃木県議会を訪ねた時の思い出がある。

 平成17年12月7日に栃木県議会を傍聴した時、今市市出身の議員がこの事件を取り上げていた。多くの傍聴者は今市市の人々だった。

 当時小1の吉田有希ちゃんが心臓を刺されて殺された。栃木と群馬にかけては少女の誘拐や殺人が多く起き未解決である。注目だ。(読者に感謝)

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2014年4月17日 (木)

人生意気に感ず「スタップは存在する。大型船沈没。巨大クジラと巨大イカ」

◇小保方さんの目に笹井氏の姿は救い主のように映ったことだろう。スタップ細胞の存在について語る記者会見を私は興味深く見た。こういう事態を避けてやれなかったことを詫びたいと述べた。入院中の小保方さんは、厳しい質問に答えてくれることに申し訳ないと語った。

 笹井氏はES細胞研究の権威。冷静に科学的に理路整然と語る姿が印象的だった。1月の最初の会見時「25年の研究生活で一番すごい想定外のインパクト」と強調。その後、姿を現さなかった。小保方さんの反論の会見の状況も、笹井氏の会見の決意に影響を与えたかもしれない。

 笹井氏はスタップ細胞の存在について最も価値ある仮説と発言。その存在を確信しているように見えた。小保方さんについて豊かな発想力と高い集中力があると今も思っている、と述べた。

 小保方さん以外の人が作れたか否かが重要な点だが、笹井氏は、論文発表前に少なくとも一人、発表後に一人が成功したことを明かした。これは、小保方さんの発言を裏づける。スタップ細胞が存在するとすれば、やがて検証されて事態は落ち着くべきところに落ち着くだろう。科学者として過失があったのは事実。それも含め小保方さんの名誉がどのように回復され、スタップ細胞が科学の常識をどのように書きかえていくのか見守りたい。

◇大型旅客船が沈没し、多くの犠牲者が懸念されている。タイタニック号を思い出す。多くの修学旅行の高校生を乗せた韓国船。280人以上が不明。逃げ遅れて船内に取り残されているらしい。90度傾いた船内の壁を歩いて脱出した人、船内の空間からケータイで助けを求める人など、即死でないとすれば地獄のような状況ではなかろうか。船内放送は、動かぬよう求め、非難が遅れたことも報じられる。まさかの時に命を預かる人の対応のいかんが多くの人の生死を分ける。隣国の事故を他人事と思ってはならない。

◇16m・30tを超えるマッコウクジラが打ち上げられた。ダイオウイカの吸盤の跡がくっきり。深海には巨大イカが無数に生息し、マッコウクジラはそれを好物とし深海に潜る。暗い深海にうごめく巨大イカは謎の存在だ。マッコウクジラは我々の知らないことを知っているのだろう。興味は尽きない。(読者に感謝

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2014年4月16日 (水)

人生意気に感ず「警察学校の若者たち。スタップは本物。小樽の日中友好協会」

◇「敬礼」の声と同時に生徒たちは一斉に立った。警察学校の新任警察官。権力で市民を守り、時に対峙する。愛国心、人権感覚、志、教養、こういうものが求められる最前線の若者たちに私は楫取素彦と吉田松陰を語った。80分があっという間に過ぎた。聴衆が熱心に耳を傾けるとき話す人は廃れないのである。黒船に乗り込む松陰、単身でニューヨークに渡る新井領一郎の姿に学んで欲しいと訴えた。

 他では力説しない廃娼運動を語った。人間尊重、女性解放を時代にさきがけて断行した楫取の勇気と見識はこれからの警察活動に於いて何らかの役に立つのではないか。

◇小保方晴子氏に注目している。理研の発表に始まる総叩きによって一度は葬り去られたかと思ったが反撃に転じなかなか善戦している。論文の作成にミスがあったが、スタップ細胞はどうやら存在するらしい。2百回作ったということ、第三者の成功例も事実のようだ。小保方氏と共に論文をまとめた笹井氏が今日午後記者会見する。笹井氏はES細胞から体の組織をつくる研究の第一人者で、「スタップは本物だ」と既に発言している。また、ハーバード大のバカンティ教授は「スタップ細胞は必ず存在する」といい、小保方氏に対し「ボストンに戻っておいで」と語っている。面白くなってきた。理研が性急に幕引きをしようとしたのは何故か。これからの成り行きにどう対応するのか。日本でごたごたしている間に技術的な成果がどこかへ流れてしまうということはないのか気になる。

◇私は中国の独裁政権が生き残る上で最も重要な国の一つが日本なのだと思う。13億人以上の国民と深刻な矛盾を抱える中国は現在危機にある。急速に進む少子高齢化、それに対する福祉、悪化する環境等を打開するためには日本の協力が必要だ。医療や技術に関しても同様である。一方、軍事的暴走に対して毅然とした対応をとらねばならない。私たちは賢くしたたかに中国と友好を進めねばならない。この点で歴史的視点は極めて重要だ。両国関係は特に過去があって現在があるからだ。

 最近、小樽市日中友好協会会長の佐藤幸子さんからメッセージを頂いた。それには、「遣唐使、遣隋使の長い歴史を思いますと、今のことは瞬きをするような一瞬のことと思われます。気を長く持って努力致しましょう。」とある。佐藤さんの祖父は榛名神社の宮司とか。

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2014年4月15日 (火)

人生意気に感ず「警察学校で講演。鳥インフル。小泉・細川。中国の動き」

◇今日は警察学校で楫取素彦の講演を行う。百人以上の新入生が対象。現在、各地の大学や中学校で行っているが、警察官の卵に対しては少し違った思いがある。

 現在警察官の志気がゆるんでいる。社会を支える崇高な職務を担うという自覚が足りないと思う。楫取や吉田松陰が生きた時代とその生き様から学ぶことは多い筈。社会への奉仕に命をかけた彼らの高い志を伝えたい。民主憲法の元で権力行使の先端に立つ警察官には人権感覚と教養が求められる。今日の話がその一助になればと思う。先日、打ち合わせの時に見た生徒たちはげんきがよかった。彼らとどのように対面するか楽しみである。

◇熊本県の「鳥インフルエンザ」が緊迫している。時間との勝負である。熊本県の対応は速かった。養鶏場から県への第一報は12日午後3時半。14日夜までに11万2千羽を殺処分した。

 隣接する宮崎県の一部地域は感染地から10キロ。宮崎県は、発覚30分後に会議を開き消毒ポイントの設置を決めた。宮崎県は4年前の口蹄疫発生時の苦い経験を生かしているのだ。

 宮崎県の当時(平成22年5月)の口蹄疫による牛と豚の惨状は大変だった。症例が確認されたが口蹄疫と気付かなかったため被害が拡大した。私のブログでは、平成22年5月18日現在の殺処分対象は11万4先頭とある。

 鳥インフルは今、地球的規模で広がっている。渡り鳥が伝えるといわれ。鳥はこれから北上するから東日本も危ない。群馬県も予防の対策をとらねばならない。

 ウィルスが変異して「新型」になることが心配だが、今回のウィルスは、中国で人への感染が確認された型では、一応なかったといわれる。

◇政府のエネルギー政策発表に対応して、小泉・細川両氏が動いた。政府は脱原発を明確にせず、再稼動の方向を明確にしたからだ。両氏が中心になって、「自然エネルギー推進会議」を設立し、再生エネルギーの普及に取組み、選挙では脱原発候補を応援するという。

◇群馬県日中友好協会会長として中国の動向は常に気になる。上海で微妙な変化を感じていたが、胡耀邦元総書記の息子・胡徳平氏が来日し、安倍総理と極秘に会ったらしい。この人は習近平主席とも親しい。胡氏の来日は中国指導部の了解に基づいているらしい。両国は互いに必要の間柄。解決の道を捜しているのだろう。

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2014年4月14日 (月)

人生意気に感ず「原発ゼロを転換。中国のPM2.5。鳥インフル。中国料理教室」

◇安倍政権は「原発ゼロ」を転換する方針を決めた。「3.11」から3年が経ち原発事故の恐ろしさが風化しつつあった。政府は、「原発比率を可能な限り低減する」としているが、原発事故への対策が整わない中、将来の原発比率を示さずに再稼動を進めようとするのは、原発事故の教訓を活かさないことだ。

 まだ、約13万人の人が避難している。南相馬市の市長は「再稼動は避難を強いられている住民を棄民扱いすること」と訴えている。「3.11」の最大の教訓は日本人が心を一つにすることだった。それは被災地の人の立場を理解することに他ならない。あの災害は日本人の心が自分本位になっていたことに対する天の戒めであったと思う。事故の風化は日本人の心の風化を意味するといえる。

◇3月と4月に上海を訪ね、中国が日本を必要としていることを知った。その1つは環境問題である。中国政府はPM2.5の濃度を2017年までに12年比で25%削減する目標を出し達しない企業には廃業を迫るという。これをクリアするために日本の技術を必要としている。

 PM2.5は企業存続にとって重要だがより重要なのは健康である。これらの面で貢献することは日中友好にとって極めて重要である。海のような自動車の中で中国人は携帯を操作してPM2.5の濃度を気にしていた。私は、中国が将来原発を増設しようとしていることが心配だった。今後、日本が世界に誇るべきものは平和憲法と再生可能なエネルギーでなければならない。

◇熊本県で鳥インフルエンザが発生、11万羽が死んだ。感染が広がったら大変だ。群馬の養鶏業者は気が気でないだろう。

 忘れられているが、鳥インフルから変異した新型インフルの脅威は依然として迫っていると見なければならない。鳥インフルの蔓延は「新型」の発生の危険を高めるだろう。県議会で私は警告を発してきた。平成21年には、メキシコからブタ発生の新型が襲来しパニックに陥った。幸にも弱毒性で被害は少なかったが、もう風化が進み忘れられている。鳥由来の強毒の新型に備える時。

◇今年も中国帰国者が日本人に教える料理教室が開かれ(13日)、県職員も参加していた。今年は水ギョウザでなく饅頭であるが美味しい。政府間が険悪な時だけに厳しい歴史を背負ったこの人たちの存在は日中の大切な絆だと思った。(読者に感謝)

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2014年4月13日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第76回

ある時、差し入れた瀬戸の茶碗は「づく入道」の顔に似ているので「づくにう」と名をつけられ同囚の者にも便利がられた。

楫取は後年、12月19日を昔を忘れないための記念の日とし集まりを続けた。ある年、この「づくにう」について詠んだ。

「すえ物の思ひまわせばつくづくとひとやのむかししのび顔なる」(すえ物は陶器、ひとやは牢のこと)

そして、同時期同囚だった人は、

「玉手箱ふたたびみんと思いきやいのちなりけりづくにうの顔」と詠んだ。

また、獄中の夫に寿子がハサミを差し入れた話がある。にぎり飯の中に小さなものを隠した。これは獄中で、爪切り髪切りなどに非常に役に立った。ソロバンに乗せて隣に通じる窓のすき間の板をころがし、次々と同囚の人たちに使われた。金属の持ち込み厳禁のことを寿子は百も承知、楫取が頼む筈はない。寿子の大胆な行動力を示すもの。こんなところにも兄松陰と通じるものを感じる。

楫取は、次のようにその心中を現している。「この小バサミは、昔元治甲子の冬、防長の国に内乱ありて某等(私たち)国事に坐し獄に下れリ。獄中寸鉄をも禁ずるは古今同一なるに、家人の厚意によりこのハサミを食物中に密蔵し獄窓に投じたり。即ち是れ、某と艱苦を偕(とも)にする一品なれば永く遺失せしむること勿(なか)れ」

明治17年甲申12月19日記 哲 。

明治17年と言えば楫取が群馬を去った年。寿子は3年前に世を去っている。推測だが、身辺の物を整理して、12月19日の記念すべき日にこの文を書いたのではなかろうか。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年4月12日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第75回

楫取はまた、2人の子に対しても教えの歌を遺した。長男・篤太郎には、「たらちねの母の諌(いさめ)をこころにて雪の窓にも文をよまなん」

母の教えを守り真剣に学問に励めと言っている。長男に儒学の家を継がせようとする楫取の意志である。

そして次男久米次郎には「亡きあとのかたみとのこすよろいびつあけてこそ知れ親の心を」と詠んだ。鎧びつを遺すことは武士の道をしっかり歩ませたいという意志を現わす。

これらの歌に2人の子の将来を思う父親の心情がよく現われている。

遂に12月19日、牢に入る日が来た。家を出る時、妻に示した漢詩である。

勤倹十年労家政 裁縫紡績幾営為

 糟糠未報阿卿徳 又向獄中賦別離

勤倹十年家政に労し、裁縫紡績いくえいい、糟糠(そうこう)①未だ報いず阿卿(あけい)の徳、又、獄中に向って別離をふす

10年間、倹約につとめ家のきり回しに力を注いだ。長いこと裁縫やはたおりのことをやってくれた。お前の妻としての労に報いることをせず、今、獄に向って別れを告げなくてはならない。

①糟糠は酒かすとこぬか。苦楽を共にした妻を糟糠の妻という。阿卿は汝、お前の意。

楫取は昔の男にしては妻に対する深い愛情をストレートに現わすことをはばからなかった。後述の寿子の死を悼む言葉には一曹それがよく出ている。このようなことを綿綿と綴って最後に次のような妻の心得と歌を書いた。

「いやしき胡乱(うろん)の者の仲間に入り申さず、士の楯を崩さず、婦徳を失わざるよう心得有るべし」、歌は、「なき罪を知る人あらば我もまた春の恵みに逢はざらめやは」

寿子は夜、子ども抱いて獄の門前で父の居る方を指して、あそこにお父様がと教えた。又、夜、妹の文子を伴って獄に行き獄吏にうまく説いて食事などを差し入れた。当時の野山屋敷は暗く物凄い光景だった。夜は更に不気味であり、文子は恐れたが寿子は少しも意に介さなかった。

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2014年4月11日 (金)

人生意気に感ず「小保方晴子の反撃。中国への礼状」

◇小保方晴子さんの記者会見を多くの人が見て、これからの推意を見たいという気持ちになったであろう。理研の調査のやり方に問題があったことも明らかになった。調査委は小娘と思って軽く扱い、早く幕引きをしたかったのではないか。記者会見の実現は予想外だったに違いない。一問一答をよく読むと慎重に言葉を選び中々のものだと思える。スタップ細胞の存否がカギになる。それはやがて明らかになるだろう。

◇教育現場にとっては、細胞の神秘を考える良い機会だ。細胞とは何かを理科の時間に、社会の動きと関連づけて教えれば理科嫌いな子どもも興味を持つに違いない。

◇中国が報じられない日はない。その度に憤ったり、いらいらしたりする。そのような中で中国を正しく知る必要性を痛感する。ここに日中友好協会の使命と役割がある。この思いから上海の友好協会に礼状を書いた。群馬県日中友好協会の役割と決意を多くの人に知って欲しいので掘文を紹介する。

 「先日の上海訪問では、汪会長はじめ皆様の熱い歓迎を受け、私たち、群馬県日中友好協会の代表は大変感激致しました。心から感謝致します。私は、短期間に3度皆様にお会いすることが出来、その度に絆を深めることが出来たと感じております。

 特に8日は温かいご招待を受け忘れられない一夜となりました。皆様が群馬県日中友好協会を高く評価されていることを改めて感じることが出来ました。私は皆様の誠意に対して、誠意をもって応え、今回の上海訪問を重要な歴史的一歩にしたいと考えております。

 懇談の席で提案された、少年たちの書道の交流は是非実現させたいと思います。小さな一歩は大きな可能性を秘めた一歩です。

 今回の上海訪問で学んだことは多くあります。日中両国は長い歴史的関わりの中で歩んできましたが、今、新たなそして壮大な歴史の舞台に立っていることを感じます。

 対立しつつも、共通の課題をもち、そして、お互いが不可欠の関係にあることを改めて実感致しました。この関係を実りあるものにすることが、私たち群馬県日中友好協会の使命であると信じます。

 最後に、皆様のご健康を祈ってお礼の言葉と致します。

 上海人民対外友好協会代表 汪小樹様

                 群馬県日中友好協会会長 中村紀雄」

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2014年4月10日 (木)

人生に意気に感ず「毛沢東と今日の中国。戦いはあるか。スタップ会見」

◇9日の朝は5時半(現地時間)に上海の街路を走った。プラタナスの並木の間にはまだ薄い闇が漂っている。しばらくすると街は目覚め、その姿は一変するのだ。実は、前日車の洪水の中で曲る角を見失いタクシーでホテルに帰った。9日は7時出発なので注意して走った。走りながらこの国と再び戦うことがあるかと考えた。

 朝の朝食を作る店があり、働く家族らしい人々が見えた。わきの路地から現れた男が鼻をつまんでチンとやっている。男が現れた奥に中国の実態があるのかも知れない。

 今回のホテル、花園飯店には毛沢東の写真があった。1960年とある。だぶだぶの服を着てズボンに手を入れて悠然と立つ姿に迫力を感じる。この時から50数年、中国は一変した。

 上海は中国最大の商業都市で改革開放政策の先端を走る。世界の工場から世界の市場に変わり、富国強兵を押し進めている。軍を抑えるシビリアンコントロールは大丈夫か。これは独裁国家に潜む危険である。日本は民主主義の力で、この独裁国家と対峙する。

 このような状況下で、地方と地方、民間と民間の重要性は一層高まっている。具体的には、上海と群馬である。私は昨夜、上海対外人民友好協会幹部の前で「リヤンゴウ(両国)ダ(の)クアンシイ(関係)、ユエ・ライ・ユエ(次第に)、チョンヤオ(重要)・ラ(了)」と挨拶した。

 そして、群馬県と上海市との文化の交流が非常に重要だという一致した認識に立って、子どもたちの書道展を共同開催しようということになった。これは、実現可能な小さな一歩といえる。前回受けた、イープ・イープ(一歩一歩)をここでも使った。

◇今回の訪中で、旅行会社の対応は極めて悪かった。優柔不断さは、組織が大きくなって官僚主義になったことを示すものか。大切な人命をあずかる企業として誠実さと謙虚さと緊張感が欠けると、私は強く抗議した。

◇小保方晴子氏が記者会見をした。「スタップ細胞は、200回以上作製し何度も確認されている事実」と語った。決死の覚悟で会見に臨んだのだろう。「スタップ細胞はある、他の研究者の成功例もある」と述べ、理研に裏切られた気持ちはあるかと問われ、「そのような気持は持つべきではないと思っております」と答えた。公開実験に協力したいとも。真実が早く明らかになればと願う。私は彼女を信じたい。(読者に感謝)

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2014年4月 9日 (水)

人生意気に感ず「サンデン、ユニクロ、県人会、感激の晩餐会」

◇昨日(8日)はサンデンの上海工場を訪ねた。中国の現地で取り組む日本人経営者の苦労と実態を聞けて大変勉強になった。自動車のカーエアコンのコンプレッサーを作っている。十数人の日本人と千数百人の中国人労働者。全体を統轄するのは副総経理の越須賀幹雄氏。会社の概要、課題、中国経済の実態などの説明を受け意見交換を行った。越須賀氏は私の親しいサンデンOBを良く知っていることが分かり親しみを覚えた。

 工場内は整然としロボット化されたラインが動き中国の若者が黙々と働いている。日本の工場風景と変わらない。かつて、廊下にはタバコの吸殻が落ち隅にはゴミの山があったという。ラインのロボットは検査に次ぐ検査を行っている。中国人の目には効率悪く映るのだろう。スイッチを切られることもあったと越須賀氏は振り返る。日本の企業文化を定着

させる苦労を知り、物作り日本の実力を上海で感じ取った。技術が移ってしまう心配を尋ねると心臓部分は日本で作り守っていると答えた。大卒の給料は約7万円、ボーナスは6~7か月。給料は1年に20%位上がっている。

 越須賀氏が語る中国の車の実態は凄い。1年の生産台数は3千万台。近い将来4千万台に達し、世界中の石油を集めねば間に合わない。エネルギー、尖閣、大気汚染、人口爆発等諸課題が結びついていることを知る。

◇中国最大のユニクロを見た。大規模な各フロアに人があふれている。値段は日本より高い。全ての商品に円形の札のようなものがついている。万引き防止装置である。払わないで通過すると鳴る仕組みなのだ。ユニクロの成功は中国人のニーズをよく把握しているからだ。

◇上海事務所で、県人会幹部と今後の計画を話し合った。群馬県日中友好協会と連絡を密にし協力し合う第一歩を始めようと合意した。

◇夜、近くのホテルで上海人民対外友好協会の幹部が私たちのために晩餐会を開いてくれたことに感激。話は弾み、「覚え書き」を今後具体的に進めることに及んだ。彼らは紳士的で教養があり高ぶるところがなかった。群馬県日中友好協会を高く評価していることが分かった。汪会長と私は文化の交流が経済等全ての交流の基盤となることで認識を一致させた。針生氏から託された「宥座の器」を組み立て、私は孔子は現代の私たちに中庸の大切さを訴えている、日中友好の原点にしたいと話した。(読者に感謝)

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2014年4月 8日 (火)

人生意気に感ず「上海の一日。赤信号を無視して。戦えば共に傷つく」

◇上海は初夏のように暑い。月曜日だが、街は比較的静か。こちらは清明節で休みなのだ。空港で山田上海事務所所長の出迎えを受ける。この日の最大の出来事は上海市長楊雄氏との懇談だった。上海市長には国会議員でも会えないと言われる。福田元総理とは旧知の間柄で、そのために私たちは長時間打ち解けて話が出来た。

 会場の衡山賓館は10分くらいの距離だが国賓なみの扱いを受けた。パトカーが前後に付き目抜き通りの信号が赤なのに進む。驚く群衆を制止する警官。これでは、凄い待遇だと誰でも思う。私は珍客をもてなす演出なのだと感じた。

 福田元総理は、清明節で休日であることを知らなかったと詫びわざわざ会ってくれたことに感謝した。福田さんは群馬が4人の総理を出したこと、群馬の農業と温泉などを巧みに説明し大澤知事に話を振った。大澤さんは群馬の農産物は安全である事を強調し草津が日本一の温泉であると説明。私は「草津よいとこ一度はおいでと歌われています」と口を挟むと市長は歌にまでなっているのですかと驚いた様子。

 知事の話が終ると楊市長は群馬との交流を深めたい、草津に行きたい、市民にも勧めると述べた。

 私は立ち上がって次のように話した。「群馬県日中友好協会の会長です。先月上海市を訪ね、こちらの友好協会と交流の覚え書きを交わしました。政府間が険悪な時こそ、民間と地方同志の交流が重要です。身近なことから交流の実績を積み重ねたいので宜しくお願いします」と。市長は大きくうなずいていた。

 最後の記念写真の時、私は、楫取素彦と吉田松陰を描いた3ヶ国読本を市長に渡した。「楫取素彦読本」を要約し、日本語、中国語、英語で解説したものだ。ストーリーは私が書いた。上海との文化交流の一助になればと思う。

◇上海事務所開所一周年記念式典は、7日午後6時から、花園飯店のジャスミンの間で行われた。来賓として福田元総理、外事弁公室副主任、日本国総領事が挨拶した。外事弁公室の祝偉敏氏は、「中国は世界で最も力のある発展途上国、日本は最も力のある先進国。力を合わせれば偉大な成果を生み、戦えば共に傷つく」と述べた。

◇式典後、福田さんを囲む懇談会は一日を振り返りつつ話がはずんだ。福田さんは今日(8日)海南島へ向かう。

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2014年4月 7日 (月)

人生意気に感ず「上海へ。市長との懇談・式典・福田さんとの夕食」

◇昨日は花冷えの1日だった。いろいろあったが最後は柔道連盟の総会と懇親会。私は挨拶で、伝統文化、スポーツ、柔道の意義を語り、その中で明朝早く中国へ向うことに触れた。

◇7日、午前1時起床。ブログを書き、数枚の原稿を書き、明け近く30分位眠り、そして走る。いつものパターンであるが、今朝は明け方の睡眠はとれない。中国への準備があるからだ。車内で眠ることにしよう。

◇私は先月に続いて再び上海に向う。今回は群馬県の一大行事である上海事務所開所式典への参加である。7、8、9の3日間の日程であるが最重要の行事は今日に集中する。今日のことに備えて県関係者がいかに力を注いだかは、渡された38ページに及ぶ厚い手作りの資料集からも窺える。

 今や、地方が海外との関係を深め経済や文化の興隆発展を期する時代。県は、これを国際戦略と位置づけて、上海に拠点を置いた。上海事務所の開設は昨年4月1日、ほぼ同時期(3月27日)群馬県日中友好協会が設立された。

2つの事業は予想外の嵐の中の船出となった。尖閣問題で日中間は最悪の状況となったからだ。そこで、上海事務所の開所式実現も難しい情勢になっていた。

 両国間は表面上は変わらないものの、内容は変化している。両国の地方レベルの交流は進めたいとのシグナルが出ていた。中国はしたたかである。国の発展に日本の力が必要だという認識をもっている。私は、政府間が険悪な時こそ、民間や地方が関係を密にすべきだと考える。今回は、日中友好協会会長として参加する。

◇今日の行事は、上海市幹部との懇談会、上海事務所開所記念式典、福田元総理との夕食会である。

 市幹部との懇談会は上海市長・楊雄(ようゆう)氏と福田元総理が中心となり、県側の主な出席者は知事、議長、私、企画部長である。

◇開所式の出席者は約100名、花園飯店で行われ、日中友好協会は来賓として挨拶する。アトラクションとして、中国伝統の秘技「変面ショー」が予定されている。期待したい。

◇福田元総理との夕食会は知事主催で参加者は約10名。私の友人の書家・郭同慶も参加。3日間の出来事は現地から報告する。歴史的に変化する中国を知る大切な機会にしたい。(読者に感謝)

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2014年4月 6日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第74回

 危険は反幕府のため東弄西走した楫取の身にも迫っていた。12月、楫取は同志とともに野山獄に投獄される。投獄を前に、楫取は死を覚悟し妻寿子に遺言状を書いた。

「昔、兄松陰がお前たちへ言い残した歌にこのようなことは武士(もののう)の常であるとあるのは、今、この時のことと思うべきである。2人の子どもを養育し、忠義の道を訓導して欲しい。四書、詩経、昜経などの書は、以前苦労して読んだので書き入れも致してある。子供たちには、これによって私の勤学の有様を知らせたいので、子どもたちが物の理解が進む迄は、お前が念を入れて紛失しないよう心づかいすべきである。

 私は大逆の罪を犯した覚えはないので、藩主から拝領の品迄取り上げられるとは思わない。これ迄に頂いた品はもったいなき物なれば大切に保存して欲しい。又家に残してある御先祖の書物、名高き人の掛物類も粗末に扱ってはならない。これは、私が物好きに集めた物ではない。子供たちが成長してこれらの手蹟を見てその人となりを考えるなら成長の助けとなるだろう」(要点の意訳である)

また、この時、松陰のことを振り返って、「先だちし人のあわれを身にそへて身の行く末を思いひけるかな」と詠んだ。間もなく首を打たれるであろう自分の身の上を松陰と重ね合わせている。寿子とすれば、兄に加え夫までが同じような最期を迎えようとしていることは、いくら気丈とはいえ耐え難い事であったに違いない。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2014年4月 5日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第73回

 イギリス軍の提督は最近京都で起きた事件について詳しく知りたがった。求めに応じて長州の使者は語った。それは次のようなことだった。長州は天皇と大君(将軍のこと)の双方から攘夷の命令をうけ極力それに従ったが、その結果得たものは大きなののしりであり、長州藩士は京都から追放され藩主は二度と京都へ上がることを差し止められた。藩主は天皇の大臣に釈明を求めるため一隊を率いて京都へ向い戦闘になった。このような状況を認めてサトウは次のように記述している。「連合艦隊が下関海峡に現れたときにはもっとも精鋭な戦士たちは不在であったわけだ。従ってそれらの戦士たちがいた場合よりも大いにたやすく勝利を得ることができたのであった」と。

 サトウたちイギリス人は、このような様々な経緯の中で、事実を知り、長州人を理解し、前記のように「長州人が好き」になるのであった。このことは、幕末の政治状況に大きな影響を及ぼすことになる。イギリスは、日本の将来は幕府ではなく長州(薩摩も加え)が担うと判断し、援助の手を差しのべるようになるのであった。

 サトウは元治元年の政局を次のように的確に判断している「長州はその部隊が京都の皇居の門から退去した直後に外国艦隊の来襲をうけて惨敗したが、これにより大君の政府は大いに自信を取り戻した。大君の政府は外国人を日本から追放して貿易を閉鎖するなど到底実行不可能なことを、天皇に対して頑強に弁明し得る立場に立ち帰ったのである。また他方に於いて、ヨーロッパの戦争方式の優越性が実証された結果、われわれにとって最も手ごわく、最も決定的な敵であった薩長二藩をわれわれの確固たる味方に改変させることが出来たのである」

 長州は幕府に恭順(慎しんで従う)を示し、3家老を切腹させその首を差し出し、4参謀と7政務員を処刑した。この政務員の中には、楫取の実兄で萩藩の洋学第一人者松島剛蔵も含まれていた。

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2014年4月 4日 (金)

人生意気に感ず「NHK訪問。道玄坂今昔。上海再訪。新教員のワイセツ」

◇チリの津波は大したこともなくほっとした。予想される緊急時に備える演習になった。同じ頃岩手で震度4の地震があるなど不気味さは続く。「3.11」から3年、あれから得た筈の教訓を生かせるかと天の声が聞かえるようだ。

◇NHKのドラマ制作部は活気に満ちていた。物入れの扉には黒田勘平、花燃ゆなどと貼ってある。幹部とたっぷり一時間話した。松陰の形見の短刀をもって単身渡米した新井領一郎の物語は必ず登場するらしい、楫取と対立する人々のこと、富岡製糸、女性解放等、私の話は熱くなった。ドラマの第一話が完成して興奮した状況を知った。

◇久しぶりに道玄坂を歩いた。昔、渋谷で飲んでここを歩き松涛町を過ぎて駒場寮の裏手に至ったことが懐かしい。松涛町には当時山本富士子さんの屋敷があり、夜、空手部の連中が酔って面会を求めパトカーを呼ばれたこともあった。タクシーの運転手さんに恋文横町の名を知っているか尋ねたら知らないとのこと。アメリカに帰った米兵たちに対する日本人女性の手紙を代筆する職業があった。私のころ、名前だけは伝わっていた。雨に打たれたハチ公を見て我が友、今は亡きナナを思い出した。ナナの方がはるかに美形である。

◇先月、上海を視察したが、今月7日から再度上海に向かう。今回は、福田元首相、大沢知事と一緒である。今回の主目的は、県の上海事務所開設のセレモニー実施である。知事と上海市の代表が対談するが、そこに私も同席することになった。上海市人民対外友好部から、先日、その要請が届いた。予定外のことであるが、群馬県日中友好協会の存在意義を果たす好機にしたい。国と国の関係は依然険悪であるが、中国政府は民間の交流を進める姿勢を示し始めた。したたかな戦略を持つ中国、そのふところの奥から出されるシグナルをしたたかに受け止めねばならない。

◇新年度、新任採用時の淋しい事件。1日採用の小学校教師が眠っている女性の胸をさわって逮捕された。大阪府の迷惑防止条例違反容疑である。研修施設に向かう途中だったという。眠っている女性の胸を触れば刑法犯の点でも強制ワイセツになる。この青年、小学校の先生として勤務したら、女児に何かをしでかすかもしれない。教員採用の難しさを思う。現教育が教育の目的を果たしていないことが新規採用の教員の姿に現われている。悪循環を断たねばならない。(読者に感謝)

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2014年4月 3日 (木)

人生意気に感ず「チリの巨大地震。楫取の3カ国読本。9条にノーベル賞」

◇昨日朝、巨大地震のニュースが駆け抜けた。チリ沿岸、M8.2、2mの津波とも。またかと思う。現在3日の午前1時半。ハワイで58センチの津波を観測、やがて、日本沿岸にも数十センチの可能性を報じている。昨日は早く寝たので、0時に起きた。午前中、大河ドラマの関係で渋谷のNHKを訪ねる予定。

 わきにある音を下げたテレビはAM3時頃地震情報ありと報じる。チリは太平洋を隔てて地球の反対側。日本とは政治・社会的関係は薄いが、昔から地震でつながる。昭和35年(1960)のチリ津波は119人の死者が出た。「3・11」の津波被害の直後であること、及び南海トラフ型地震の津波が近いと予想される状況下にあることから、東北沿岸などは騒然となっている。

 今、波の先はどのあたりか。最大速度は新幹線を超える。果てしない海原を真一文字に日本に向う大軍団の姿を想像する。朝鮮半島や中国に対しては日本列島全体が絶好の防波堤になっていることを改めて思う。

◇楫取素彦に関する3カ国読本が出来た。タイトルは「吉田松陰と楫取素彦が築く日本と群馬の礎」。著者は私で、「発行はNIPPON ACADEMY出版室」日本語を主とし、英語と中国語が添えられている。この3カ国読本は「人間塾」開塾のメッセージとして作られた。「人間塾」は、グローバル化が進む中で、各国の若者がそれぞれの文化や歴史を尊重し合いながら学び合い理解を深めることを目的とする。発想の原点は現代の「寺小屋」である。

◇先日(3月20日)、上海で、群馬県日中友好協会(会長は私)は上海の対外友好協会との間で交流の協定を結んだ。その基盤は文化の交流にある。文化は心の産物だからだ。その際「楫取素彦読本」を紹介した。そして、具体的な交流の一歩が進みつつある。今月7日、大沢知事、福田元首相と私は再度上海を訪れるが、3カ国読本を持参することになっている。

◇STAP細胞の動向に注目する。小保方さんを指導したハーバードの教授は論文作成のミスは科学的結論に影響しないと発言。ネイチャーも慎重な態度をとっている。

◇憲法9条にノーベル平和賞をという動きが広がっている。受賞者を日本国民として推薦運動を進めている。一主婦の発想だが興味あることだ。仮に実現するとすれば、9条擁護の大きな援軍になるだろう。私は近い将来、憲法の読本を書くが、一つの材料となるだろう。(読者に感謝)

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2014年4月 2日 (水)

人生意気に感ず「消費税スタート。スタップ細胞と科学の倫理。桐一の健闘」

◇昨日喫茶店でコーヒーを飲んでいたら8円の値上げと言われた。4月1日、消費増税のスタート。コーヒーのにがさがエイプリルフールでないことを突きつける。私が消費増税を最初に実感した一杯のコーヒー。このような日常の身近なものに始まってあらゆるものに及ぶ。心理的負担はジワジワと大きくなる。全体の景気に、今後、どう響くのか。増え続ける高齢者を支えるために税源は必要だ。これを負担する働き手は減り続ける。解決の確かな方策はない。羅針盤のない船・日本丸はどこに向うのか。

◇スタップ細胞が風前の灯に見える。生物界の常識をくつがえすとして世界中を騒がせた小保方晴子氏。町のどこにでもいるようなおねえさんのようなあの顔が嘘をつくとは思えない。スタップ細胞があることを信じたい。この点は小保方さんに自身があるらしい。

 調査委員会は、画像捏造と認定した。科学を記述する方法につき鋭く非難されている。真理に対する謙虚さの問題だろう。ある学者は研究倫理を問題とする。難しい表現だが、真理に対する科学者としての謙虚さを指している。小保方さんは故意でなく「過失」だと主張している。しかし科学者として求められる謙虚さを前提とすれば、過失では済まされない。

 今となれば、髪を染めたかっぽう着姿が軽さを表すように見えてくる。スタップ細胞は存在したと説明する日が来ることを祈りたい。

◇私は大学入試では生物を選び、入学後、オパーリンの「生命の起源」を読んだ。単純な元素から細胞がつくられ、果てしない年月を経て生物は進化した。細胞は生命進化の原点である。一つの細胞が何十兆個に増えて、そこに魂が宿る。一つ一つの細胞は物質であるが、頭脳が生まれ精神が形成されることは大きな神秘だ。生命の発生から、進化の過程を支配するものは神か、それとも科学で説明し切れるものか。今、この生命科学の扉が開かれようとしている。何十億年の生命の歴史の前に立つ人間の小ささ。これを自覚することが科学者の倫理だろう。万能細胞の研究は臓器の製造を日常化させ、やがて人間の製造に至るかも知れない。人間の製造は人間破壊の道。正に倫理が求められる理由だ。

◇桐一は頑張った。8強入りし、伝統の強豪平安と戦い延長で破れた。延長までいった力は互格だったのだろう。勝敗は時の運、紙一重で育英の再現には至らなかったが努力を讃えたい。(読者に感謝)

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2014年4月 1日 (火)

人生意気に感ず「さん太帰る。死刑・死後再審ならず」

◇翌日、さん太が帰ってきた。しばらくはと覚悟していたので夢のような気がした。イノシシが都会のとんでもない所に出没する話しがあった。恐らく川伝いなどで段々遠くへ行ってしまったのだろう。さん太もそうなっているのかと想像していたら、町内の人が連れてきてくれた。少し離れた家だが、雨の中屋敷のすみに入り込んでおとなしくしていたらしい。その近所の人が中村先生のとこの犬ではというのを聞いて連れてきてくれた。私の顔を見上げて嬉しそうに尻尾を振っている。「お前、返って来たのか」といって私は抱き上げた。再会は意外にはやく実現した。さん太も淋しい思いをして我が家の温かさを知ったに違いない。絆を深めることが出来た。私は、さん太が家族の一員であることを改めて認識した。

◇最近死刑に関する話題が多い。オウムの死刑囚が亡霊のように証人として法廷に現われた。前橋のスナックの暴力団抗争で3人目の死刑が確定した。袴田元死刑囚は48年ぶりに再審を勝ち取って釈放された。今回、かねて動向を気にしていた飯塚事件の死後再審に関する判決が出た。再審請求が棄却された。

 死刑が多いのは難しく複雑な社会の反映である。欲望が渦巻き、倫理は地に落ち、社会の矛盾は増える。その中であえいで生きる現代人。死刑制度は秩序を守るための最後の砦となっている。私は罪を犯す人と真面目な人間は本質的に変わらないと思う。この認識に立つとき死刑の意味を深刻に思う。

◇飯塚事件は福岡県飯塚市で小1女児2人が殺され、死刑を宣告された久間死刑囚は死刑確定後異常な早さで執行された。67日間の取調べで一貫して無罪を主張。DNA鑑定で有罪とされたが、それも「ほぼ同一」あるいは、「資料不十分で鑑定不能」という鑑定があった。処刑後に妻及び弁護団から再審の請求が出ていた。

 死後に再審を求める意味は、本人や妻の名誉のために、また、死刑制度に伴う最大の欠陥を証拠で示すためである。

 かりに冤罪であったとすれば、命は帰ってこない。取り返しがつかないことになる。死刑廃止論の最大の論拠はここにある。裁判の在り方は人権の尺度である。中国や北朝鮮などはどんどん処刑する。日本は三審制であるが誤りはある。それに備えるのが再審だ。死後の再審が認められた例はない。生きているうちに再審が間に合うかということでもあるから、冤罪による死刑は在り得ることだ。

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