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2014年3月 5日 (水)

人生意気に感ず「北橘中の講演。副読本の行方。無呼吸で高速道を」

◇北橘中で「楫取」の講演をした。校舎は榛名の山並が望める気持のよい丘の上にあった。今年1月の始業式で、校長は、楫取を語り、松陰が楫取に遺した「至誠」の言葉を取り上げた。91人の1年生の瞳も生きていた。環境と校風が生徒の心を育てる。私は小学生の頃片道数キロの山の道を歩いて通学したことを話した。

 この日、新しい試みとして、初めに、私の話と重なる高校入試問題をいくつか画面で紹介した。◎アメリカと・・・を結んで貿易を始める。◎1871年に・・・が行われ、初めて「群馬県」の名称が使用されたなど。大河ドラマのことと合わせ生徒の心をひきつける工夫である。各校、感想文を書いてもらうことにしている。学校の歴史教育に切り込むという秘かな決意。私の身内に松陰や楫取が移り根を張るのを感じる。

◇生徒向け「副読本」の最終稿を校了の直前に「何か(意見が)あったら」と渡された。共に良いものという心があっても何も出来ない。楫取素彦について一片の記述もないのは何故か。楫取は「教育」と「製糸」で群馬を興そうとした。「富岡製糸」によって群馬の製糸業は画期的な発展を遂げるが、この流れをしっかりとらえて製糸王国群馬を基礎づけた行政の最高責任者が楫取であった。強力な中央集権体制の下、地域の文化と結びつけて新産業に尽力した楫取の姿は地方自治の観点からも生徒たちが誇りとすべき事だと思う。

 楫取は熊谷県時代を含めると明治7年から実質的に群馬のかじ取りを行った。楫取は水沼製糸所を訪ねて創業者星野の苦心をたたえ、星野の弟新井領一郎が生糸直輸出の道を開くため渡米するのを助けた。薩長閥といわれた新政府との間で様々な課題を解決するために楫取の存在は大きかったと思われる。明治17年、楫取が群馬を去るとき多くの県民が惜しんだ光景は、製糸王国の方向をしっかりと定めた楫取の業績への讃美を物語る。大沢知事は昨年、議会で私の質問に答えて、群馬の基礎を築いてくれた楫取に感謝したいと述べた。書物が氾濫する今日、「副読本」は通り一遍では子どもの心を捉えない。過去の「副読本」の多くがそのことを示している。

◇富山バス事故は恐い。運転手は「無呼吸症候群」とか。眠った状態で追突した。身近にこのような病状抱える人は多い。このような人を使う会社の責任が問われるだろう。本人に刑事責任を問うのは難しい。高速道はこのような危険を乗せて常時運営されているのか。(読者に感謝)

☆楫取がNHK大河ドラマ登場に決定。土・日・祝日は「甦る楫取素彦」を好評連載中です。

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