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2014年3月 2日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第63回

第15代大統領ブキャナンは日本人が最初に会った大統領であった。ブキャナンの次が有名なリンカーン大統領。南北戦争の開始は、使節団訪問の翌年1861年であった。次いで国務省に於いて批准書の交換を行った。一行は、国会議事堂、造船所、博物館、天文台、動物園などを案内されただ驚き、そして呆れるばかりであったという。日本人は、圧倒的な文明度と国力を見せつけられ、攘夷(外国を打ち払う)運動の馬鹿らしさと、立派な強い国を作ることの必要性を痛切に思い知らされたに違いない。

 私は、この文を書きながら松陰の無念さを想像する。松陰にアメリカの現実を見せてやりたかったと思う。松陰が斬首されたのは前年の10月27日であった。松陰の妹であり楫取の妻であった寿子が後に、群馬の地で、アメリカに渡ろうとする青年新井領一郎に松陰の形見の短刀を渡し「兄の魂は太平洋を渡ることで救われます」と語ったことが思い出され胸に迫る。なお使節団は帰途につきフィラデルフィアに至った時、江戸の変事を知った。前年に松陰の死罪を決定した井伊直弼が桜田門外で暗殺された事件である。

 アメリカは一行を国賓として待遇した。日本の最初の遣外使節を自国に迎えたことを大きな誇りとして国を挙げて歓迎したのだ。航海中、滞在中いっさいの費用をアメリカが負担した。フィラデルフィア市は1万ドル、ニューヨーク市は2万ドルの歓迎費を支出した。今から154年前の1万ドル、2万ドルであるから正に驚異的な額であった。

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