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2013年9月19日 (木)

人生意気に感ず「津波訴訟。大川賞と船越小。柳条湖。巨大隕石」

◇津波訴訟の判決に注目した。石巻市の私立幼稚園。送迎バスが流された。「巨大地震後の津波は予見出来た。津波警報などの情報を積極的に収集する義務があった」、「園の防災マニュアルに従って高台の幼稚園に待機させ保護者に引き渡せば命は失われなかった」仙台地裁はこう指摘。

 園のマニュアルは「保護者の迎えを待って引き渡す」とあるのに従わず、バスは海側に下った。遺族は、「後世に伝えるため判決が欲しかった」と語る。裁判所は和解を進めていた。私もこの場合、判決は大きなメッセージになると思う。東日本の教訓を風化させない形で残さねばならぬ。混乱のパニックの中、責任者のとっさの判断が多くの生死を分ける。

◇ここで思い出すべきは、「大川小」と「船越小」。大川小は同じ仙台石巻市。108人の児童のうち74人が犠牲に。訪れる人が後を絶たない。裏の山に登らなかったことが悲劇に。一方岩手県の船越小では校務員が「鬼気迫る様相」で裏山登りを迫った。136人の児童は懸命に登り、5分後に津波は校舎を呑んだ。「校庭で5分も考えていたら全校呑まれた」と校長は語った。

 今回の石巻市の幼稚園の判決と上の2つの小学校の例は長く後世に伝えられるべきだ。何が起きるか分からない時代、「大丈夫」の群馬もマニュアルを作り日頃から備えるべきだ。

◇柳条湖事件から82年の式典が瀋陽市の「九・一八歴史博物館」で、そして吉林省の長春市でも式典が開かれた。満州事変のきっかけとなった事件。中国は日本の侵略の発端とみる。

 昨年9月(7日~10日)私は訪中団団長として、瀋陽と長春を訪ねた。反日デモで緊迫した状況下、9・18が目前に迫り「九一八を忘れるな」のスローガンが目に突き刺さった。私は著書「炎の山河」で満州国に関する悲劇を書いているので特に関心があった。今年の式典は厳重な警戒下大きな混乱はなかったという。

◇私は恐竜時代を終わらせた巨大隕石衝突に興味を持つ。それは6千5百万年前で直径は最大14キロといわれるが、今回九州大学の研究で、2億年前最大8キロの隕石が落ちたことが分かった。日本の岩石にもその証拠が。いつかはまた起きるのであろう。

◇昨夜、先月の楫取の会の反省会が行われた。私は楫取のデジタル紙芝居を演じた。11月20日からの萩への歴史ツアーも説明された。(読者に感謝)

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