« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月30日 (月)

人生意気に感ず「運動会で大川小の悲劇を。ふるさと塾。ロシアの存在感。久保田家のこと」

◇抜けるような青空の下で小学校の運動会が行われた(28日)。整列した児童の彼方から突如大津波が押し寄せる光景を想像した。「東日本代震災の時石巻の大川小では74人の児童が波に呑まれました。運動会が出来る幸せをかみ締めます」私は、こう挨拶した。そして、7年後にはオリンピックがやってくる、大きな災害も待ち受けている、だから逞しい心と体を作らねばならない、そのための運動会ですと続けた。

◇ふるさと塾は熱が入って充実した(28日)。「ソ連なのかロシアなのか分からないという人がいます」こういう切り出しで、帝政ロシア、ソ連邦崩壊、新生ロシアの流れを語った。「崩壊」の序曲としてベルリンの壁崩壊があったが直後に訪れて持ち帰ったレンガの紹介、「崩壊」後にシベリアの強制抑留地をめぐり「望郷の叫び」を書いたことなども織り混ぜて話した。

 登場させた人物はスターリン、フルシチョフ、ゴルバチョフ、エリツィン、プーチン等である。スターリンの恐怖政治は限界にあった。フルシチョフはスターリン批判を行って改革を目指したが失脚。本格的な改革はペレストロイカ(建て直し、改革)、グラスノスチ(情報公開)を掲げたゴルバチョフの手で始まったが、締め付けを緩めたことは構成国の独立を促しソ連崩壊につながった。ゴルバチョフはノーベル平和賞を手にしたが国内ではアメリカに魂を売った売国奴という批判の声もある。かくして2大超大国の冷戦構造は終わりアメリカ一国がそびえ立つ状態になった。

◇シリアをめぐりロシアが存在感を示している。化学兵器使用に対する米国の武力攻撃の姿勢に反対したロシアは化学兵器の国際管理を提案し、米国がこれに乗ったからだ。かつてのイラクに対する武力攻撃の失敗があるから国際世論は武力攻撃を許さない。アメリカの独走をうまく止められればロシアの存在感は大きくなる。

◇久保田順一郎県会議長の就任祝賀会に出た(29日)。親子二代の議長は過去に3例のみ。この日は父親久保田富一郎さんのことが多く語られた。豪放磊落(らいらく)、太い筋と信念を持っていた。大澤知事は県議選初出馬で公認の面接の時、野球をやるかと聞かれ、ならばよしと言われたと振り返った。順一郎さんは、県議になった時「悪りいことはすんな」と言われましたと語った。会場を埋めた後援会役員の雰囲気は親子三代の政治を支えた安定度を感じさせた。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月29日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」

(1)時を超えた歴史的対面 これらの中で、先ず、特に、世上の注目を集めたのは楫取素彦、新井領一郎、この両者の子孫が百年余りの歳月を超え、かつ太平洋を越えて群馬で対面した事である。

 新井領一郎とは、明治9年、楫取の支持の下生糸直輸出の販路を開くためアメリカに渡った青年である。その折、楫取の妻寿子は、これは兄の形見です、兄の魂は太平洋を渡ることで救われますといって、一振りの短刀を領一郎に渡した。その子孫、ティム新井氏は現在カリフォルニアに住んでおられる。顕彰会が交渉して招くことになった。新井領一郎の子孫が松陰の短刀と共に前橋に来るという信じ難いニュースに顕彰会の人々は沸いた。もっとも短刀の件は諸般の事情で実現しなかった。楫取素彦の子孫とは五代目当主の楫取能彦氏及び素彦から別れた小田村家の小田村四郎氏である。

 両者の対面に私たちは不思議な思いを抱いた。時を超えて人間の思いや生きる姿が受け継がれていくというのは当たり前のことかも知れないが、それを自分たちの手で確かめることが出来たと思うと嬉しかった。ティム・新井夫妻と楫取・小田村両氏が親しく語り合う様は、タイムトンネルから現れた幕末維新の人々の姿であり、楫取素彦の甦った光景のように思えるのであった。

 土日祝日は中村紀雄諸「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月28日 (土)

随筆 「甦る楫取素彦」 第9回

楫取素彦をこのように県議会で取り上げた例はかつてなかったことだろう。200万県民の代表たる知事が議会という場で知事として発言した意味は重い。「楫取の功績に対する感謝を忘れてはならない」、「その功績をしっかり顕彰すべきだ。そのために県として何が出来るかしっかり検討したい」。この知事の言葉は、200万県民に約束した、手形である。この手形の行方をしっかり見守らねばならない。

「楫取素彦顕彰会及び賛助会の設立と諸事業」

平成24年4月、楫取素彦顕彰会と同賛助会が出来、会長にはそれぞれ、私、曽我孝之氏が就いた。曽我氏は前橋商工会議所会頭である。また、両会の顧問には、楫取素彦の直系の子孫、楫取能彦(よしひこ)氏と小田村四郎氏が就任された。

また、群馬県歴史博物館の学芸員手島仁氏は顕彰会事務局長として重要な役割を果している。この人の優れた企画力が顕彰会の歩みと方向を支えている。また、県立女子大の熊倉浩靖教授は顕彰会顧問として深い学術的知見に基づいた助言を与えてくれる。楫取素彦顕彰会が学術と文化を基本に据えて堅実な道を歩むには、これら専門家の内部からの理解と支えが必要なことである。

 顕彰会は2013年組織の陣容を整え、県及び前橋市の協力を得ていくつかの企画を実行に移した。それには、楫取素彦没百年の法要と記念事業、楫取素彦功徳碑周辺の整備と石碑隣接地の顕彰説明板設置、楫取素彦読本の発刊等がある。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月27日 (金)

人生意気に感ず「中国建国祝賀式に出る。楽天の優勝。浅間焼け」

◇26日夜のホテルニューオータニ・大ホールは満員。入口のチェックは空港のように厳重で金属探知のゲートをくぐらされた。前の方に進むと何人かの知人やテレビで馴染みの顔に会った。駒場寮で同室だった川崎市長の阿部さんは私の本の序文も書いた間柄。来期は出馬しないと語っていた。多くの生花が立つ中で一際目を引くのは演壇から一番目に立つ池田大作のもの。どうなっているのかと思った。

◇程大使の挨拶に耳を傾ける。「グローバルに変革する社会で責任ある国として外国との適切な関係をつくる。隣国をパートナーとして平和的発展を目指しウイウイの関係を築く。今年は日中友好条約35周年。それは、一衣帯水の一里塚、政治的基礎となった。今、両国の危機。それは目にしたくないこと。中日は長期にわたり発展することが重要。戦略的互恵関係を続けたい。歴史を直視し、未来をみつめ、正常になることを願う」大使は奇跡の経済発展と中国の復興に自信を示して語った。私はメモを取りながら聞いた。

 この時期に建国64年式典を行い、日中平和条約を讃えることは、日中関係の改善を意図する中国の一大メッセージと受け止めた。

◇東京から帰った夜、楽天優勝の瞬間を見た。観衆のドキドキ、ベンチのソワソワが伝わる。星野監督は冷静、マウンドの田中も動じない。

 最後の一球が優勝を決める。盛り上がる興奮の渦は喜びに沸く被災地の縮図に見えた。

 初代監督の田尾氏は「歴史的にも一番弱いチーム。1年目、ボロボロのチームを仙台のファンはやじらなかった」と振り返る。地域密着のチームだった点、高校野球に通じるものがある。

 私は優勝の瞬間、喜ぶ人々を見て育英の優勝と重ねた。共に、選手が心を合わせ地域に支えられて勝利を重ねた。人々の心に限りない勇気と希望を与えた。東日本大震災で打ちひしがれた人々にとって何よりの天の恵である。日本は、最悪の地獄の後、いくつものビッグチャンスを迎えようとしている。7年後の東京五輪もその一つ。頑張ろう。

◇「3・11」直後は県会でも大きかった防災の声が小さくなった。「忘れた頃にやってくる」を忘れてはならない。群大の片田教授が「自分一人で逃げられる」を目指す防災教育を語った。群馬では浅間に備える事の重要性をと。天明の浅間焼は1783年。230年経った。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月26日 (木)

人生意気に感ず「世界遺産登録。中共建国記念式に。原発ロボット。県職のドラッグ」

◇富岡製糸場などの来年の世界遺産の登録に向けたイコモスの現地調査が25日から始まった。イコモスはユネスコの国際記念物遺跡会議。明治、高品質な生糸を大量生産する拠点となり、群馬のシルクは長い伝統と合わせて世界のブランドになった。物づくり立県群馬の原点である。

 絹遺産群に近代群馬をつくった多くの歴史と文化と価値が結びついている。世界遺産登録は観光の点だけでなくこれらを現代に甦らせる好機。時代の大きな変化の中で、眠っていた群馬が目を醒ます時が来たと感じる。

◇今日、中共建国64周年祝賀会が、ホテルニューオータニで午後6時から開かれ出席する。尖閣問題で最悪となった日中間も底流では激しく変化している。それを肌で感じとって報告したい。

 国際戦略として上海事務所を開いた群馬と中国の動きに目が離させない。私は群馬県日中友好協会会長として出席する。一番嫌いな国はと問えば、人々は、かつてはロシアだったが今は圧倒的に中国と答える。しかし、一時の現象に我を失うのは「群盲象を撫でる」に等しい。私は日本が自信と誇りを取り戻せば中国を見る視線も変わると信じる。

◇1949年、毛沢東は天安門上で中華人民共和国の建国を宣言した。目を見張る大変化を振り返る時、あれから僅か64年ということに驚く。毛沢東は資本主義への流れを批判し文化大革命を起こして歴史の歯車を戻そうとしたが失敗した。世界の工場となり、貧しかった人々は金に目の色を変えて倫理を失ったかに見える。かつてエコノミックアニマルと批判された日本人は節度を取り戻しつつある。

 原発、巨大地震、オリンピック、これらは日本人を鍛える試練。乗り越えた向こうに、新たな歴史の地平線が広がる。サムライの精神を新しい価値観と調和させる時である。

◇原発問題は最大の試練。乗り越えるのは日本の心と技術。ここで、千葉工大が原発作業ロボットを開発した。放射能の中で作業員の動きは制約される。これにかわるのはロボットである。原子炉建屋内を縦横無尽、水中でも作業できる。正に日本の技術である。鉄腕アトムで育った世代として少年の頃の夢が実現していくことを感じる。

◇違法薬物が大問題の時県職員がその違反で逮捕された。違法ドラッグ一掃の契機とすべきである。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月25日 (水)

人生意気に感ず「県会で五輪を語る。女性の問題。ふるさと塾はロシア」

◇朝議会への途中事故を起こした。左右を見て、右手から白い車が近づくのを確認したがその前に黒い車が走っているのに気が付かなかった。私の過失である。幸い、人身はなかったが、もし人を死に至らすようなことがあればと思うとぞっとする。「車はこわいもの」という原点を忘れていたことを反省した。

◇昨日の本会議でいくつか興味ある論点が出た。1つはオリンピック関連。7年後の東京五輪を群馬の活性化につなげようという主張。例えば、群馬県の市や町が姉妹・友好都市の関係を結んでいる海外の市や町はざっと37。これらの連携を生かして宿泊施設や観光の紹介をすべきだという提案。良いアイディアだ。市町村の役割だが県がマネジメントしないと実現できない。知事は、群馬の地の利や豊かな自然を活かして前向きに進めると答えていた。安孫子議員は自分でも興奮していると言いながら大きな声で演説していた。

◇いつも女性の視点で女性問題を取り上げるのが茂木英子議員。群馬県が女性問題に関して積極性に欠けることを隣県と比べて示していた。

 例えば、配偶者暴力相談支援センターの数が群馬県は1つ。(栃木4、埼玉10、千葉17、茨城2など)又、市町村の「配偶者暴力防止法」に基づく「基本計画策定状況」については群馬県はゼロである(栃木5、茨城3、埼玉42、千葉6など)

 安倍首相は現在カナダを訪れているが出発前、日本は女性を重視する国であることを国連でアピールすると語った。女性重視は社会の活性化に不可欠だが、男女平等の点から民主主義の程度を示す。現在、いろいろな集いは女性の姿が圧倒的。これを行政の上で位置ずけることが急務なのだ。

◇今月の「ふるさと未来塾」(28日、午後7時日吉町前橋市総合福祉会館)はロシアを取り上げる。拙著「炎の山河」では昭和9年群馬会館で松岡洋右がソ連は50年後に亡びると大演説をぶった。ソ連は実際それから57年後1991年に崩壊した。

 人類史上最大のドラマの主役にはフルシチョフ、ゴルバチョフ、エリツィン、プーチン等が登場する。崩壊の序曲として1989年ベルリンの壁崩壊。直後に私は訪れて破片を持ち帰った。04年にはハバロフスクを訪ねたが橋本総領事はすさまじい石油の金が入っていると語った。エピソードを交えて日本とロシアを語る。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月24日 (火)

人生意気に感ず「育英祝勝会。中国薄氏無期。スピーディの反省。がんの労働損失」

◇21日、育英の祝勝会に出た。育英創設者の中村有三さんが感極まった様子で感謝の挨拶をしていた。私学の危機と教育の危機が深刻の時、甲子園全国征覇の効果は測り知れない。

 次は私のあいさつの要旨である「優勝の瞬間を甲子園で体験しました。立錐の余地がない観客は育英が全国の育英になったことを物語っていました。優勝候補でない普通の高校が力を合わせて奇跡を実現させました。スポーツのあり方が問われる時、体罰でなく、信頼の力で一勝一勝をもぎとりました。スポーツは一部の強者のためのものでなく全ての人のためのものであることを示してくれました」

◇中国は共産党の元幹部に無期懲役を課した。中国の現実を知る好材料である。最高指導部入りが目前だった薄熙来。

 先ず注目すべき点は裁判所も共産党の指導下にあること。司法の独立は人権確保の大前提だがこれがない。判決理由に、収賄罪(33千万円)横領罪(8千万円)及び、妻や部下に関する捜査を妨げた職権乱用罪を挙げる。職権乱用につき薄氏は「党中央に相談し指示を受けた」として否定した。中国でワイロは構造的になっている。先日贈賄で逮捕された日本人はワイロは効果的と語っている。薄氏は巨額故に罰せられたのか。政治闘争の犠牲だとの見方も出ている。この裁判は、中国が世界の大国というにはまだまだ遠いことを示しているといえる。今月26日には、中国大使館主催の建国60周年式典に招かれて出る。見たこと感じたことを報告するつもりだ。

◇福島原発事故の時巨額を投じて備えたSPEEDIの活用が出来なかったことが大きな問題となった。緊急放射性物質拡散予測システムだ。放射性物質が流れる方向に人々が逃れる結果となった。この反省を活かして、原子力規制委は「スピーディ」の一層の機能強化を図る。現行は1か所の事故に対応するものだが、それを複数の原発で同時に事故が起きた場合にも対応できることを目的。まさかの時には本県も活用しなければならない。

◇がんの時代である。群馬は議員発議のがん条例を作った。群大の重粒子線施設と力を合わせ群馬をがん対策のメッカをと狙う。

 がんによる通院、休みなどの労働損失推計は最大で1.8兆円というから大変だ。厚労省は経済的損失を数字に見積もっているが、この数字の背後にいかに多くの人がいかに苦しい思いをしているか。精神的損失の重さは測り知れない。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月23日 (月)

随筆「甦る楫取素彦」第8回

「県議会で楫取素彦を取り上げる」

この年、平成24年は楫取素彦没後百年にあたる。楫取復活には節目となるタイムリーな年。そこで、私は布石を打つことにした。5月県議会の本会議で正面から楫取を取り上げることである。

 5月31日、私は質問席に立って楫取の業績を挙げ、特に教育県群馬、物づくり県群馬の基礎を築き文化の発展にも尽くしたことを強調した上で、今年は楫取没百年に当たる、しっかりと顕彰することが非常に大切だと思うが大澤知事の考えを聞きたいと発言、知事は次のように答えた。少し長いが重要なので紹介する。

 「楫取素彦は、御指摘のとおり第2次群馬県の初代県令として教育と産業の振興に力を注ぎまして、群馬県発展の基(もとい)を築いた功労者であります。県庁に隣接する高浜公園にある功徳碑には、楫取素彦県令が元老院議官となって群馬県を去るとき、子どもからお年寄りまでとどまることを願い、数千人が別れを惜しんだと刻まれております。私は、楫取素彦が維新後の混乱期に県民から慕われ、新しく生れた群馬県の進む方向をしっかりと定めて、県令として約10年間[注]群馬のかじ取りを続け、大きな功績を残したことに感謝の心を忘れてはいけないと思っております。そして、このことをしっかり顕彰すべきではないかと思っております。没後百年を契機に、県民の方々や前橋市において、そうした楫取素彦を顕彰するという動きがでていることは大変ありがたいことで、県としても何が出来るかしっかり検討していきたいと思っております」

 土日祝日は中村紀雄諸「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月22日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」

 講演の中で面白いことがあった。松陰の妹寿子に関して前橋の清光寺を紹介した時である。清光寺の開基には、後に述べるが寿子が深くかかわっている。用意した清光寺の映像には奇兵隊が勢ぞろいした姿があった。市民号で前橋を訪れた萩の人々である。「前橋へ来てこの衣裳に変えたのでしょう」と言ったら、「いや違う、こちらからその格好で行った、写真のその正面は私です」と発言する人がいた。萩市の観光協会で活躍されておられた藤原弘毅さんであった。民間の交流が歴史の理解を進めることを確信した瞬間であった。これからは、楫取の結ぶ縁で皆さんと親類付き合いをしたいと述べて講演を閉じた。

 講演の後、地元のテレビ及び新聞の取材を受けた。また、予定していた松陰神社の宝物殿・至誠館を訪ねると待ち受けた近藤隆彦館長が松陰の資料を説明してくれた。特に心を打たれたのは松陰の遺書・留魂録である。その中で松陰が小田村伊之助(楫取素彦のこと)について書いていることを教えられた。(第7回)

 土日祝日は中村紀雄諸「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月21日 (土)

「甦る楫取素彦」 第六回

波の音が聞こえる町角に立派な楫取の説明板が建てられ、その中の一部に群馬の業績を記述する私の文があった。群馬県議会議員中村紀雄氏のブログより抜粋と添え書きのある一文を見て、こんな離れた地で私はもう一人の自分に再会したような不思議な興奮を覚えた。

「老人憩いの家」の前に「近代群馬の基礎を築いた人物楫取素彦の足跡」と大書した看板が立ち、中には、多くの人が集まっていた。山口県議会副議長の新谷氏、萩博物館学芸委員、萩市職員等の姿もあった。私は、スクリーンに映像を映すいつものやり方で群馬の楫取を話した。

 難治といわれた群馬を教育と産業振興で大きく発展させる基礎を築いたことや、夫の楫取をしっかり支え43歳で亡くなった松陰の妹寿子のことなどを中心に話した。同時に紹介した上州の山や川、現代の群馬の姿にも人々は身を乗り出すようにして興味を示した。

 群馬の楫取は、長州萩にすればとスッポリ抜けている部分である、また、長州の楫取は群馬にとって知られない存在である、これを両方で補い合うことで楫取の正しい人物像が出来る、これこそ、楫取を復活させる道だ、私は会場の人々の表情を見ながらこう思った。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月20日 (金)

人生意気に感ず「深夜の地震。リニア新幹線。汚染水。物づくりの人逝く」

◇深夜、長い揺れに目を醒ます。テレビは早くも大きく報じていた。「福島県で強い地震」、「震度5強。M5.8。3.11巨大地震の余震である」等々。最近地震がやたらと多い。「首都直下」、「南海トラフ」の気配がする。嵐の黒い雲が飛ぶ下で、東京五輪を進める。全世界の目が集まる。五輪決定は日本への期待の表明。

◇来年度着工の「リニア中央新幹線」は前例のない史上空前の大事業の進行である。ピラミッドや万里の長城の比ではないともいえる。全長286キロ、うち86%は地下。9兆円の費用。名古屋まで最速で40分。様々な課題がある。

 このリニアには、東海道新幹線が巨大地震で不通になった時のバイパスの役割がある。しかし、このバイパス自体、巨大地震に遭遇したとき大丈夫なのか。南アルプスを貫くトンネルは25キロ。地底深く閉じ込められた人々の心理的恐怖感を想像する。東京五輪には間に合わないが進行自体が世界の目を引きつける。日本の技術力と安全を守る意気込みを世界に示したい。

◇福島原発地域の汚染水流出はただごとではない。山の斜面に降った大量の雨が地形的な状態によって原子炉敷地に入り、高濃度汚染物に汚染されて海に流出している。なぜいつまで未解決なのか。原発を制御することと比べたら流水を制御するのはずっと簡単だと私たち国民は考える。もたもたしていると風評被害は日本ばかりか世界に広がる。

 安倍首相がオリンピック決定の場で公約した汚染水コントロールを早朝に果たさねば日本は世界を欺いたと言われる。19日、首相は現場を視察して「完全ブロック」との認識を示した。それは真実かという声が一方で上っている。

 「論より証拠」、今は、日々流れこむ汚染水を目で分かる形でブロックすることだ。国が本腰をいれれば出来ない筈はない。首相から現地の視察までして、なおもたもたしていれば一国の首相の信義が疑われ笑い物になる。

◇先日トヨタの最高顧問豊田英二氏が100歳で逝き、今度は19日任天堂を育てた山内薄さんが85歳で世を去った。物づくりの伝説的人物はそれぞれの時代の中で育った。時代が変化し、人物を育てる要素が消えつつある。社会の問題であり教育界の問題である。人物の伝記を副読本で取り上子どもたちの心を作らねばならない。物づくりの基礎は心づくりである。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月19日 (木)

人生意気に感ず「津波訴訟。大川賞と船越小。柳条湖。巨大隕石」

◇津波訴訟の判決に注目した。石巻市の私立幼稚園。送迎バスが流された。「巨大地震後の津波は予見出来た。津波警報などの情報を積極的に収集する義務があった」、「園の防災マニュアルに従って高台の幼稚園に待機させ保護者に引き渡せば命は失われなかった」仙台地裁はこう指摘。

 園のマニュアルは「保護者の迎えを待って引き渡す」とあるのに従わず、バスは海側に下った。遺族は、「後世に伝えるため判決が欲しかった」と語る。裁判所は和解を進めていた。私もこの場合、判決は大きなメッセージになると思う。東日本の教訓を風化させない形で残さねばならぬ。混乱のパニックの中、責任者のとっさの判断が多くの生死を分ける。

◇ここで思い出すべきは、「大川小」と「船越小」。大川小は同じ仙台石巻市。108人の児童のうち74人が犠牲に。訪れる人が後を絶たない。裏の山に登らなかったことが悲劇に。一方岩手県の船越小では校務員が「鬼気迫る様相」で裏山登りを迫った。136人の児童は懸命に登り、5分後に津波は校舎を呑んだ。「校庭で5分も考えていたら全校呑まれた」と校長は語った。

 今回の石巻市の幼稚園の判決と上の2つの小学校の例は長く後世に伝えられるべきだ。何が起きるか分からない時代、「大丈夫」の群馬もマニュアルを作り日頃から備えるべきだ。

◇柳条湖事件から82年の式典が瀋陽市の「九・一八歴史博物館」で、そして吉林省の長春市でも式典が開かれた。満州事変のきっかけとなった事件。中国は日本の侵略の発端とみる。

 昨年9月(7日~10日)私は訪中団団長として、瀋陽と長春を訪ねた。反日デモで緊迫した状況下、9・18が目前に迫り「九一八を忘れるな」のスローガンが目に突き刺さった。私は著書「炎の山河」で満州国に関する悲劇を書いているので特に関心があった。今年の式典は厳重な警戒下大きな混乱はなかったという。

◇私は恐竜時代を終わらせた巨大隕石衝突に興味を持つ。それは6千5百万年前で直径は最大14キロといわれるが、今回九州大学の研究で、2億年前最大8キロの隕石が落ちたことが分かった。日本の岩石にもその証拠が。いつかはまた起きるのであろう。

◇昨夜、先月の楫取の会の反省会が行われた。私は楫取のデジタル紙芝居を演じた。11月20日からの萩への歴史ツアーも説明された。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月18日 (水)

人生意気に感ず「県議最初の動き。中国文化センターで。特別警報。盗撮。」

◇議会の仕組みが変わって、4期制から3期制になった。通年制への一歩。9月議会は12月16日迄の長丁場となる。昨日(17日)は開会日で、恒例の「知事発言」があった。

「提案説明に先立ち一言申し上げます」こう言って最初に触れたことは育英の優勝で次のように語った。「最後まで勝負を諦めない姿勢と、一戦一戦成長していく選手の姿は県民に大きな夢と感動を与えてくれました。県民を代表してお祝い申し上げるとともに県民栄誉賞を授与し偉業を称えたいと考えております」

 これに続く、「20年のオリンピックは本県が大きくはばたくチャンスです」、「県内景気は着実に持ち直しております」、「八ッ場ダム早期完成に向けた大きな一歩です」等の発言が注目された。

 今議会は県民の生活にとって重要な項目が盛り沢山。順次この欄で報告していく。

◇この日3時に始まる「在日中国人芸術家9人展」に向った。会場の中国文化センターは、虎ノ門の森ビル1階。執行委員長は、30年来の友人郭同慶氏。同氏は東京芸術院院長、中国文化センター講師。テープカットには福田康夫さんも駆けつけた。私は9人展顧問、日中友好協会会長と紹介された。

 大使館公使韓志強氏の挨拶に注目する点があった。「両国は、特定の問題で困難な時機にあるが、こういう時こそこのような文化交流は大事である。書画・芸術の交流で両国人民の心が近づく」というもの。

 センター設置は、胡錦涛国家主席(当時)来日のとき決まり、09年のオープン除幕式には習近平副主席(当時)も参加。文化交流の拠点となっている。

◇昨日危機管理官は、氾濫危険水位を超えた河川として、利根、鏑、烏の三川をあげた。烏川の佐野橋は流出、前橋公園は冠水した。

「群馬は大丈夫」という安全神話が通用しない時代に入った。台風18号の各地の被害は「特別警報」がひと事でないことを示す警報である。

◇一生に一度の「特別警報」が出た観光都市京都ではボートで避難する客の姿が報じられた。これは海外も含めどこでもあり得ることを示す。米ではコロラド川のはん濫による大被害が報じられた。旅行には「備え」が必要になった。

◇スカート盗撮で人生を棒に振る。警察、裁判官、教員と跡を絶たない。この種の行為での懲戒処分は13人で最悪。県教委は規律の徹底を求めた。スカートに駆り立てる背景は何か。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月17日 (火)

人生意気に感ず「狂う天地。県警の駅伝。中国人芸術展に。敬老会」

◇京の山々から溢れ出した雨が狂った濁流となって歴史の街を襲っている。信じ難い光景だ。数十年に1度という特別警戒警報が京都、滋賀、福井に同時に出た。この制度が先日出来て初めてのこと。どうなってるんだ。最近の異常気象との連続性を直感する。これから頻繁にこういうことが起こるだろう。

 利根川も凄かった。自民党県連の裏側はコンクリートの堤すれすれまで水が来て北に目を移すと濁流が視界いっぱいに落ちてくるようだった。

◇この日早朝、いつものように走った。横なぐりの雨は激しく、風はゴーゴーと吼(ほ)え街路樹は狂ったように揺れ、灰色の雲が低空を矢のように走っていた。気象の大変化を肌で感じた瞬間であった。

◇県警駅伝大会に参加した(13日)。全県の各署、各部、各課が参加のオール警察である。一般参加の部で県議会チーム、県警記者クラブチームが参加。

 警察官の体育と志気を高めることが主目的と思われるが、最近の警察官の不祥事の多発を考えるとこのようなスポーツで一体感を養うことには格別の意味があるのだろう。

 県会議員は11人参加で私は9番目。2.2キロを走った。恐らく最高齢。記者クラブには負けたくないという声が聞こえてくる。しかし、私の番までに挽回不可能の最下位になっていた。私の力で全速で走った。11月3日、県民マラソンで参加する10キロを意識しながら走った。高温多湿の下ながら爽快感を得た。来月73歳を迎えるが体力気力は健在である。

◇今日から9月議会が始まる。7時半朝食会。初日は午前中で終わる予定。午後3時、虎ノ門の中国文化センターで行われる「在日中国人芸術家9人展」・開幕式に出る。福田元総理、中国大使館要人等が参加。来日して、書や絵で活躍する著名な芸術家たちで、11月には上海でもこの展示会を開く。

 執行委員長の書家・郭同慶氏は二十数年来の友人で東京芸術院院長。私は同顧問である。今回は日中友好を進める目的もあって協力した。

◇荒天下でいくつかの敬老会に出た。百歳以上は全国で5万超、群馬で868人。信長は人間五十年と歌った。戦争、貧困、癌、異変。様々なハードルを経た力は社会の基盤と挨拶。

◇この日、表千家同門会総会で挨拶。混乱の社会にとって伝統の茶は一服の癒し。もてなしの文化を世界に発信する時ですと話した。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月16日 (月)

随筆「甦る楫取素彦」

 前日、午後7時5分羽田発の便で宇部空港に向った。今魚店町(いまうおのたなまち)とは、その昔、毛利の殿様が魚を扱わせるために開いた町だというが、どんな町で、私の講演を待つのはどういう人だろうか。私の胸は期待やら好奇心でふくらんでいた。

 空港近くのビジネスホテルで一泊。翌早朝、中原正男さんの迎えの車が現れた。メールを何度もやりとりし、写真も拝見していたので初対面の気がしない。

 瀬戸内の宇部から日本海に臨む萩市まではかなりの距離があった。中国山地のなだらかな丘陵にのどかな農村地帯が広がり緑の木々の間に赤い実をたわわにつけた柿の木があちこちに見えた。中原さんは運転しながら今魚店町の歴史やら御自身の身の上を話された。

 今魚店町は小島が点在する日本海に臨むところにあり、近くに指月山を背にした萩城跡が見えた。落ち着いた静かな街並が広がる。(第5回)

 土日祝日は中村紀雄諸「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月15日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」

「萩市の講演会」(その1)

萩市との接触はある日、突然、意外な形で始まった。楫取素彦生誕の町から平成23年(2011)7月興味あるメールが届いた。萩市今魚店町(いまうおのたなまち)、この妙な名の町で楫取は生れたという。メールの主は町内会役員中原正男さんという方で、私のブログを読んだこと、その中の一節をある記念行事に使わして欲しいとある。更に説明するところによれば、この度、町が生んだ偉人楫取素彦を顕彰するために町の一角に顕彰説明板を建てる計画である。それに、私のブログ中にある、新井領一郎が楫取支援の下、吉田松陰の形見の短刀をもってアメリカに渡る話を載せたいというのだ。

 私のブログには時々予想外のところから反応が寄せられるが、今回はかつてないサプライズであった。私は喜んで承諾した。これを機に中原さんとの御縁が出来、講演会の実施など萩市との関係も深まっていった。その後の展開を振り返る時、楫取素彦の見えない力が働いているのではと思ってしまう。

 萩市今魚店町での講演はこの年(平成23年)12月20日と決まった。中原さんとの交流が始まって以来、楫取や松陰に関する情報の交換を行う中、楫取生誕の地で群馬の楫取を話す計画が急に進んだのである。(第四回)

※土日祝日は中村紀雄諸「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月14日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」 第三回

時あたかも、国難の時を迎え、その内憂外患ぶりは楫取が生きた幕末に似ている。この危機感も私たちを駆り立てた。 

 楫取素彦を21世紀に甦らせるために必要なことは何かを考えるとき、楫取には前半後半の二つの人生があったことに思い至る。一つは明治維新以前の幕末動乱の生き様であり、もう一つは明治以後の県令としてのそれである。この両方に目を向けねばならない。

 楫取の輝ける姿は群馬の県令時代にあると言われる。その通りであるが、それも前半の幕末の体験が基礎になって実を結ばせたものだ。そのいみで前半の人生は、後半を支える根の部に当たる。楫取を甦らせるためにはその根に注目し理解しなければならない。そういう視点から、群馬における楫取の実績と共に長州、及び幕末の彼の生き方に注目することにした。

そこで、まず、導入部として楫取素彦を甦らせる最近の作業をいくつか振り返りたい。それは萩市に於ける講演会から始まって、県議会の取り上げ状況、楫取素彦顕彰会の設立と記念事業等に及ぶ。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月13日 (金)

人生意気に感ず「遂に太陽系脱出。消費税3%上げ。がん特区。虐待」

◇ボイジャーが35年かけて太陽系を脱出。太陽から187億キロの彼方を時速6万キロで飛んでいる。電源はプルトニウムの崩壊熱による発電だという。私は、宇宙の大きさをまるで実感で出来ないで生きてきた。ビックバンに始まる膨張宇宙の果ては137億光年といわれてもピントこない。それでも最近、身近かな「はやぶさ」の快挙などにより、いくらか宇宙の広さの実感が持てるようになった。

 無限の恒星があり、それを回る惑星も限りなくある筈だから、どこかに知的生命がいるだろう。小さいときおとぎ話だったことも、今では誰でも信じている。ボイジャーには知的生命へのメッセージがレコードになって積まれている。それには日本語も。しかし次に恒星を過ぎるのは4万年後で、その時人類は存在するか。他の星で生き延びているか。想像の域を遥かに超える。

◇地上の話に戻って、先ず、消費税。来年4月から現行の5%を8%に上げる、つまり3%上げることがほぼ確実だ。高齢少子社会を支えるために不可避。これ以上国債を発行して借金を増やすことは出来ないからだ。

 消費税上げは景気の回復が条件となっている。最近の各種指標は好調だし、五輪決定も好材料になっている。

 1%上げると税収は2.7兆円増となる。一方、3%の引上げで国民の税負担増は約8兆円となる。これが景気の足を引っ張ることを恐れ、政府は、2%分の税収(2.7兆×2=5.4兆円)を経済対策に回す考えだ。

◇「がん特区」内定はビッグな朗報だ。県が目指す「医工連携」が前進する。県が政府に求めていた「群馬がん治療技術総合特区」である。

 群大の重粒子線治療実現を機に進めてきた。県のがん特区構想の柱は、①世界最先端がん医療技術の創出、②高度ながん医療人材の育成、③医療関連企業の集積。これらは日本が得意とする新たな産業分野で、これまで蓄積した技術を中国や韓国に真似されて悔しい思いをしてきた日本が新たに胸を張る分野である。物づくり立県群馬が目指す新たな地平線でもある。国際戦略で観光客の呼び込みを狙うが、外国人医療観光とも結びつく。

◇今年上半期の心理的虐待児童は5,670人で過去最多だった。次いで多いのは身体的虐待で食事をさせないなどが続く。子連れ母の再婚や内縁関係などの社会状況も背景にある。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月12日 (木)

人生意気に感ず「中国へのリスク管理。尖閣国有1年。教育長と。ある結婚」

◇昨日、県と保険会社の間で企業の海外活動支援に関する協定締結式が行われ、私は、日中友好協会会長として出席した。「東京海上日動火災保険」は中国などに関する膨大な情報を蓄積している。海外に出る県内中小企業にとって的確な情報を得て危機管理をすることは社運を左右する。協定の主目的はこの情報の提供である。

 私は、この会社のセミナーに出席して中国のワイロ事情を質問したことがある。中国は賄賂(ワイロ)大国と言われるが対応を誤ると地雷を踏むことになる。私の質問に対し、多くの例を踏まえてアドバイスが出来ると答えていた。

◇自動車マフラー最大手のフタバ産業の元専務が中国の役人にワイロを送り逮捕された事件が報じられている。会社の違反に手心を加えてもらうために多額の金品を送った疑い。

 重罪が予想された事例だったが、罰金が大幅に減り、業務停止もなかったという。中国の知人によるとワイロは構造的で当たり前だ。こういう社会で日本企業が生きることはさぞ難しいことだろう。日本は粛々と正道を歩まねばならない。それにしても全てを承知した上のアドバイスは貴重である。

◇尖閣諸島国有化から今日で一年を迎えた。10日には8隻が侵入し、国有化以来計63回に達した。繰り返しは、日本に領土問題の存在を認めさせようとする魂胆。「三国志」に見られるように権謀術数の国なのである。隙があれば付け込まれ術中に陥る。日本は賢く強くならねばならない。今、自信と勇気が求められている。東京五輪の決定は日本の真の力を世界に示す時なのだ。

◇昨日、県教育長を訪ね、五輪決定を教育再生に活かすべきだと伝えた。訪問の主目的は楫取素彦に関すること。楫取素彦顕彰会は、「楫取素彦読本」の感想文コンクールを実施する予定である。前橋市教委は協力を約束してくれている。応募を学校へ呼びかけるなどである。このことは県教委の協力も不可欠なのでその相談であった。吉野教育長は主旨をよく理解してくれた。顕彰会は、楫取を広めることで、手薄な近現代史に切り込み、郷土愛を育むことにつなげたいと願っている。楫取素彦顕彰会は地域の教育力の一翼である。

◇与野党の参院議員、世耕弘成氏と林久美子氏が結婚。挙式はない。驚きだが結婚の多様化の一つの象徴。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月11日 (水)

人生意気に感ず「県議会の活性化。五輪の効果。シリア攻撃。111歳」

◇初代県令(現知事)楫取素彦の下で第一回の県会が開かれたのは明治12年。議事録からはなかなか質の高い活発な議会活動が窺えて面白い。もとより現在の議会とはよって立つ民主主義の基盤が違うから単純に比較は出来ないが、それでも学ぶべき事がある。

 現議会が本来の役割を果たせるようにと、私たちは議会改革につとめてきた。私の胸には、明治の議会人の気愕あふれる姿があった。現在の議会改革の到達点が議会基本条例の制定であった。制定されたとはいえ、段階を昇る過程である。昨日、推進委があって、一事不再議などいくつかの課題が議論された。私もかねて主張してきた議会事務局の充実などにつき発言した。東京五輪に応える議会の役割と関係するのだ。

◇東京五輪は、現在の日本が置かれた状況を考えると正に天恵。それを受け止めるのは地方。そのために地方議会の役割は大。

 先ず教育である。子どもたちの学習意欲を高め国際化教育の効果を上げるべきだ。各国の歴史や文化を知るチャンス。同時に日本の歴史と文化への理解を深め国や郷土に対する愛と誇りを育てることが重要だ。これは国際化教育の大切な柱である。

 この際スポーツの重要さは誰もが考えるだろう。体罰による強化が大問題になった直後である。五輪ではスポーツ界の変化が問われる。また、スポーツをプロのものとせず、全国民のものにするチャンスなのだ。弱者優先のスポーツへの転換が気付かれ始めた。一気に進めるチャンス。その象徴がパラリンピックである。

 本県は高速交通網が整い、距離が近く自然が豊かである。群馬の特色を観光の振興に活かしたい。利益だけを追うのでなく、「おもてなし」で世界の人と接することが何よりだ。「おもてなし」は心であり、観光の本質である。

◇シリア攻撃が避けられるかもしれない。ロシアが化学兵器の国際管理を提案し、シリアは同意を示し、オバマも評価している。安倍総理もプーチンに支持を伝えた。オバマも振り上げた拳を下ろすチャンスと受け止めるだろう。

◇敬老の日が近づく。県内の100歳以上は868人。最高は女性の細野シンさんで111歳。明治35年生まれ。この年楫取素彦は74歳で元気だった。101歳の野村俊一さんは元気でゲートボールを。頭もクリア。凄い。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月10日 (火)

人生意気に感ず「八ッ場と五輪。中韓の反応。第四の矢か」

◇八ッ場ダム推進協議会が衆院議員会館で行われた(9日)。ここでも五輪決定が話題になった。ダム完成は決定だが工期はのびる。その変更は、都県議会の議決等の手続を経て決定される。

 大会決議案が満場一致で可決された。その内容は、変更手続を早急に、徹底したコスト縮減と一日も早い完成を求める等である。

 完成時期は平成31年度になる見通しで、これはオリンピックの前年である。地元から上京した代表は「完成したダム湖で五輪を迎えたい」と訴えていた。私は、群馬県の八ッ場ダム議連会長として、「大会決議要望書」を国交省の代表に手渡した。

◇多くの弁士が登壇した。論旨の一貫性、声の品格と重み、話の深さなどの点で様々であった。政治家のレベルが如実に現われていた。下流地域を代表した江戸川区長の話は良かった。

◇昨日は都内至る所で五輪決定の熱気を感じた。安倍総理は確かな役割を果たした。私も発言をテレビで見たが、汚染水対策につき、一国の総理として、心配のないことを数字を示して明確に論じた。あのさわやかできっぱりした態度は世界に響いたに違いない。

 海外メディアは、「安倍首相の演説が決め手となった」、「国家指導者のなめらかな演説は原発問題の不安解消に寄与した」等絶賛。

◇注目するのは目下最悪の緊張関係にある中韓の反応である。韓国を代表するメディアは、「五輪を東日本大震災からの復興のチャンスにするという日本人の情熱が放射能の恐怖を抑えた」と積極的に評価し、そこには祝意が感じられる。それまでの水産物輸入禁止などに示した態度を一変させた。「ざまあみろ」でなく素直に受け入れるべきだ。一方、中国は「東京敗退」の誤報を発して国民から大批判を受けている。早トチリの原因は、敗退を望む強い心情でなかいか。

◇五輪の経済効果は一説に150兆円という。しかし、最大の効果は日本人の心に希望と勇気を与えた点だ。東日本代震災で地獄を見た日本に立ち上がりの目標が与えられた。正に天恵である。日本人の心の中心は教育問題だ。体罰やいじめを解決し、スポーツを再生させる契機である。

◇東京五輪は第四の矢、しかも最大の矢になる可能性が高い。純粋の経済だけでなく、国民の働く意欲向上を考えるからだ。サムライ日本の心意気を示したい。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 9日 (月)

人生意気に感ず「東京五輪だ。楫取素彦一周年。犬と猫と人間と」

◇8日の朝は緊張してその瞬間を待った。その間テレビはアルゼンチンの景色を写した。国境にあるイグアスの滝は懐かしい。2度訪れている。その時は来た。封筒がロゲ会長に渡され、それを開くとTOKYOとあった。湧き立つ会場、待っていた国内の人々の大喚声。

 遂にやった。直前のプレゼンテーションで安部さんの対応がよかった。フクシマの汚染水は大丈夫と一国の首相が断言した意味は重い。この発言は、内に対しては、福島の復興を約束する意味を持つ。

 五輪実現の第一の意義は日本人の心の問題だ。自信を失い、パワーは落ちていた。これを機に自信を取り戻し心を合わせて難関に立ち向かう勇気を持つことが出来る。先ず東日本大震災の復興である。

 経済効果は持論絶大。避けることが出来ない消費税増税を支えることが出来る。消費税は、日本の未来を開くための苦しいが重要な負担である。

 私は昭和39年の東京五輪を覚えている。日本を一変させた。今回は日本にとってより重要だ。人生で東京五輪を2回経験できる幸せをかみ締める。

◇9月6日楫取素彦の一周年記念が終わった。大きな会の時一番気がかりは集まり具合だ。ほぼ満席となってホッとした。

 冒頭の挨拶で、私は、顕彰会の目的は楫取を甦らせることであり、それによって私たちは自信を得て古里群馬を発展させる力を生むことが出来ると訴えた。一年前と比べ、楫取はずいぶん広まった。今回をステップに更に広まるだろう。シンポジウムの後何人もの人が質問した。会場の質問は一体感を生むのに効果があった。

 翌日7日からブログで「随筆・楫取素彦」の連載を始めた、土日祝日に書く。楫取を広めるための一つの挑戦である。同じ6日、「人間塾」の開塾式でデジタル紙芝居・楫取素彦をやったが、好評だった。脳梗塞で右手が使えなくなった画家が左手で書いた、金沢子郷さんの書と同じで、心で書いたものには人を打つものがある。

◇「シネマまえばし」で「犬と猫と人間と2」を観た。被災地に取り残された動物たち。助けようとする愛護団体の人たち。動物たちどころではないという見方もある。人間を助けたいという心の現れでもある。家族の一員となっていた動物。ナナやトコと似ている顔があった。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 8日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第二回

 一例を上げて言えば、県庁隣接地に建つ楫取素彦功徳碑の一文に関することである。「県民の君を慕ふこと慈父母の如く、去るに臨み、老幼路を遮(さえぎ)りて留まらんことを乞い、送る者数千人、惜別(せきべつ)の情に勝(た)えず」とある。数千人は多少オーバーかも知れぬが、楫取辞任が全県的な出来事であったことがうかがえる。このことからして、当時の県民の間には、楫取のことが吉田松陰の義弟ということもあって県内隈なく絶対的存在として知れわたっていたに違いない。楫取が去って、およそ130年が過ぎたが、楫取の存在を知る人が非常に少ないということはどういうことか。納得がいかないというのはこのことである。

 名木も手入れをしなければ枯れる。楫取功徳碑が苔むし、雑草に覆われていたことはこれを物語る。私は先ず県教育界の姿勢に不満を抱いた。道徳教育を叫び、郷土愛を強調しながら足元の名県令に全くといえるほど目を向けないとは何としたことか。

 これが、楫取素彦顕彰会を立ち上げ、楫取素彦を甦らせようと考えた第一の理由である。時あたかも、国難の時を迎え、その内憂外患ぶりは楫取が生きた幕末に似ている。この危機感も私たちを駆り立てた。 

(注)○楫取素彦功徳碑は明治23年10月建てられた。

   ○素彦は明治9年に群馬県令となり明治17年に辞任した。

  土日祝日は中村紀雄諸「甦る楫取素彦」を連載しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 7日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」

第一章 最近の出来事

一、私が人々の前で楫取素彦について初めて触れたのは、講演・「奴隷船マリア・ルーズ号事件の波紋」であった。明治5年、横浜沖に停泊中のベルー船籍の船から中国人・苦人(クーリー)が海に飛び込んで脱出した。このことから船の正体が分かり、明治政府は実質奴隷扱いの中国人230人余りを解放した。既に世界の奴隷制度はほぼ終わりを遂げつつあった。開放には、明治の政治家の心意気が示されていたのである。争いとなり、ペルーは訴訟の中で、なんと、女郎の証文を提出して日本の公娼を、これこそ「奴隷制度」だと厳しく指摘した。窮地に立った政府は太政布告によって娼妓の解放を宣言した。波紋の及ぶ先に群馬の廃娼運動がありその中に楫取の存在があった。

 その後、楫取の断片を追ううちに、それらの根底に確かな手応えと共に強く魅かれるものがあることを感じた。しかし、同時に、楫取への思いが深まるにつれ納得いかないものも生まれてきた。(第一回)

(注)リンカーンの奴隷解放布告は、1863年(文久3)

   ペルーの奴隷制度廃止宣言は、1873年(明治6)

   太政官布 第295号

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 6日 (金)

人生意気に感ず「人間塾の紙芝居。オバマはやるのか。五輪再び」

◇6月の楫取素彦記念事業に参加するため来橋された五代目当主の能彦氏を囲む懇親会が行われた(5日)。眼下では夜の利根川が静かに流れていた。

 今後の楫取の発展に関わる人々が集まり話しが弾んだ。メンバーには清光寺住職夫妻、女子大学長、人間塾の関係者の顔もあった。

 乾杯の後、「デジタル紙芝居」の披露があった。実は6日、「人間塾」が開塾する。紙芝居はその一環なのだ。人間塾構想は留学生に日本の文化と歴史を知ってもらうことを意図する。楫取と松陰の15枚の漫画にナレーションが入る。アジアの諸校に同時に伝え同時授業が進行する。中国語と英語の解説も行われた。グローバル時代に楫取を甦らせる準備が進む。

◇今日は、10時に知事、続いて前橋市長を表敬訪問し能彦氏を紹介する。午後2時、人間塾開塾式4時、テルサ本番の打ち合わせ、6時半より楫取素彦一周年イベント開始となる。

◇シリア攻撃はあるか。米上院外交委は僅差で攻撃を認めた。これから上院本会議、下院の審議が続く。イラクでの失敗、それと関連した国連総会の存在はきわめて重い。国連の議決なしで決行した後のことをオバマはどう考えているのか。

 記者会見で興味あるやりとりがあった。「ノーベル平和賞を受賞しながらシリアを攻撃するのか」(スウェーデンの記者)。「国際社会が沈黙を守ることは許されない」、「私は受賞演説で、暴力があふれ悪が存在する世界に直面した時の責任につき話した」(オバマ)。

 オバマは、受賞の時、人道的見地からの武力行使は正当化出来ると訴えていた。一つ一つは一般論として正当としても、それを具体的にイラク攻撃に結びつけることが可能なのか。あの同時多発テロ、それに続くイラク攻撃、これらから、世界は何を学んだのかが問われている。あの時、県議会でも反対の発言は許されないような空気が支配した。今、それを思い出す。

◇再びの東京五輪は実現するか。正に秒読み。8日午前5時に分かるという。私は賛成の立場。危機の時、日本人は力を合せてそれを克服し成功に導くことが出来る。日本の存在感を世界に示し、内に対しては復興の力を呼びかけることになる。戦いに敗れた日本であるが日本の力はこんなものだと示したい。真の強さは平和を支え、世界に貢献する力だ。歴史的大転換期の訪れを息を呑んで静かに待つ。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 5日 (木)

人生意気に感ず「婚外子に関する違憲判決。楫取の記念事業。また竜巻」

◇(婚外子であることは)「自分で選ぶことも、取り消すことも出来ない」。こう言って最高裁大法廷は民法の規定につき憲法違反の決定を下した。違憲とされた民法の規定は、民法第900条4項。共同相続人の中に、婚姻によって生れた子と婚外子がいる場合、婚外子の相続分は前者の2分の1と定める。これは、婚外子にとって不当な差別で憲法14条に反するというもの。

 長いこと、理由のある差別として合憲とされてきた。法律に基づく婚姻と家族制度を守るためである。しかし、社会が大きく変化した。年間の婚外子は2万3千人。民法の規定は今後国会で改正されることになる。

 これまであきらめられていた婚外子の人には朗報。法律に基づかない結婚(事実婚)が増える、家族制度が崩れるという批判も多い。時と共に、世の中は、法律を乗り越えて迄、大きく変化するものだという感を受ける。

◇楫取素彦顕彰会一周年記念事業が明日(6日)に迫った。前橋テルサの大ホールで午後6時半から。人の前に立つので久しぶりに床屋に行ってきた。

 二部に分かれ、一部は松蔭大学の客員教授長谷川勤氏が「楫取素彦と吉田松陰」について講演、二部は長谷川氏、楫取能彦氏、私で鼎談を行う。能彦氏は五代目当主である。明日は先ず、知事と前橋市長を表敬訪問する。

 昨年来、楫取素彦を知る人は大分増えた。明日のイベントを機に更に発展することを顕彰会は願っている。明日の流れは講演にも先立って3人が短く挨拶する(各3分)。私はこの会の意義につき本質的なことを訴えるつもりだ。なお、翌7日から、私のブログの土・日・祝日の部で、「随筆・甦る楫取素彦」の連載を始める。「楫取素彦読本」は、小中学生向きとして出したが現在6刷を重ね入門書として一定の役割を果たしつつある。随筆は次のステップに挑戦するものである。

◇午前4時、外は激しい雨。異常気象が窓をたたく。昨日、また大きな竜巻があった。山を北方に控えた関東平野は竜巻が起きやすい条件をもつという。寒と暖の気流の変化が原因とすれば、今後竜巻は稀な現象ではなくなるだろう。巨大地震も近づく。不気味な竜巻は大変な時代の序曲を暗示させる。日本人の心は大変化に付いていけるのか。オリンピックの決定は私たちを鼓舞する響きとなるか。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 4日 (水)

人生意気に感ず「五輪秒読み。原発汚染。巨大竜巻。育英に市民栄誉賞」

◇五輪決定が秒読みに入った。日本時間8日の朝。アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれるIOC総会で決まる。日本優勢が伝えられるが懸念材料は原発問題。汚染水漏れの事故評価「レベル3」を世界が注目し始めた。大量の汚染水海洋流出はイメージが悪い。直前に来て、国が責任をもってきちんと対応することを有効に示せるかがカギとなる。

 日本が掲げるのは「復興五輪」。復興が遅れているのにという反対論もある。私は1964年の東京五輪を思い出す。日本人の心が一つになって沸いた。自信を失った日本人がもう一度自信を取り戻して復興の力を生み出す時である。

「復興五輪」を掲げる以上、原発問題の解決と被災地復興は、世界に向けた公約だから、実現させないわけにいかない。経済の活性化も弾みがつく。経済の復活は「復興」のカギ。

私は東京五輪に賛成だ。実現すれば、高速交通で結ばれた近県群馬にも大きな影響がある。カウントダウンが始まった今、ビッグサプライズを息を殺して待つ思いである。

◇原発汚染水漏れは東電の管理上の過失だとして福島県民が東電社長らを刑事告発する動きだ。過失責任は、先ず義務の存在、それを果たすことが可能なのに怠った時発生する。

 容疑は、公害犯罪処罰法違反。同法は「事業活動」に伴う公害を発生させた場合を対象。汚染水対策が東電の「事業活動」に当るかなどが争点に。どういう展開になるか注目したい。

◇埼玉から千葉にかけた竜巻は近年にない異常現象で、かつ、今後多発する恐れがあるとして受け止めた。電柱が割れ家がつぶされ、校舎の屋根が飛んだ。

 上空と地上の温度と湿度の差がものすごい上昇気流を起こした。上下の差は40度という。昨年5月茨城県で発生したときはこの差が45度あった。こういう温度差が、今後異常気象の中で頻発するとすれば、竜巻も頻発する恐れがある。竜巻はアメリカの出来事かと思っていたが、身近かな存在になった。

◇前橋育英に創設の市民栄誉賞が授与される。前橋市民の心に大きな希望と勇気を与えたことを思うと適切なことだと思う。この賞は、市民が誇りとする顕著な功績があった個人や団体を対象とする。スポーツに限らない。育英の快挙は少年たちが心を一つにして不可能を可能にしたことを考えると第一回にふさわしい。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 3日 (火)

人生意気に感ず「カネボウ白斑事件。藤圭子の死。駒場の知人。大竜巻」

◇カネボウの白斑被害が大きな社会問題になっている。訴訟に発展したらカネボウは敗けるだろう。顔に広がる白い島というか領域は目立つから女性は人の目を気にして、引きこもりとなったり、就活に響いている人もいるらしい。

 診察した医師の連絡、成分についての大学教授の指摘などは、被害拡大を防ぐチャンスがあったことを示す。可能性があったのに回避の対応をしなかったのは過失である。白斑は直らない恐れもあるとか。女性の社会参加が加速している社会である。化粧品を軽く扱ってきたとしたら間違いである。他の化粧品にも問題が出るかも知れない。共通の根があるから連鎖反応となって噴出する恐れがある。カネボウの「白斑」は警鐘となるだろう。

◇藤圭子の自殺に注目するのは、その生い立ちが特異でドラマチックだからだ。小さい時の貧困は私の体験と重なって見えるところもある。父は浪曲歌いで母は三味線引き。寺の軒先や床下で寝ることもあったという。

 それが一世を風靡する歌手となり宇多田ヒカルの母として注目を集め、13階から飛んで62年の人生の幕を閉じた。不思議な人生。

 毎年3万人を超える自殺者たち。悩んで追い詰められていく過程は正常で、死を決意する時は異常な心理の人が多いのだろう。藤圭子のことは分からない。遠くから想像するだけだ。家族の絆が健在なら自殺は避けられたかも。日本の社会から温かい家族が失われていく。

◇東大駒場時代の知人と県庁であった。別の世界で生きてきた人の話は、長い時間の中の成果が凝縮されていて面白かった。建築家の彼は、古代の日本の建築技術の素晴らしさを語った。三十三間堂も五重の塔も初めは倒れたという。方丈記にも描かれているように古代から日本は地震大国だった。古代の建築家はそれを乗り越えたのだ。埋めて固定せず石の上に柱を置く知恵、空間に下げる心柱の発想。これらは現代建築にも生きている。西洋の建築は自然を支配する考え、日本は自然を生かしこれと協調しようとする。彼は「和魂和才」を強調していたが、私も近づく大地震に備えるためにこの哲学が重要だと感じた。

◇千葉、埼玉の竜巻は巨大な竜が荒れ狂う姿に見え、被害は爆撃の跡のようだった。稀な現象だった竜巻が普通に起こる時代に入る。「特別警報」が頻繁に出される時代になる。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 2日 (月)

人生意気に感ず「関東大震災のパニック。シリア攻撃。学徒出陣の歌」

◇関東大震災から90年経過した。記録映像が伝える惨状は言語を絶する。死者は10万5千人を超えた。先日の総務企画常任委員会では県の「バックアップ機能」が議論された。

 予想される首都直下巨大地震に備え県は首都圏の人々をどのように支援(バックアップ)するかが重要な論点なのだ。

 大震災の教訓を生かさねばならない。史実は語る。人がいかにパニックに陥り、軽挙妄動に走るかということを。県内からも南の空が赤く見え、朝鮮人が火を放ち井戸に毒を入れているなどの噂が流れた。このような中で朝鮮人17名殺害という藤岡事件は起きた。

 群馬県史によれば、安全のために藤岡警察署に収容されていた14名の朝鮮人を、青年団が押しかけ引渡しを求め、逃げる朝鮮人を追って全員を殺害した。

◇この震災時、県庁内で救護団が結成され、これが中心となって各種救護団がつくられ東京で救護活動に当たった。他見と比べ群馬が団体数も人数も最多だった。東京からの避難民は4万2773名に及んだ(群馬県史)。

◇東日本大震災では、多くの群馬県人が救援活動に当たったが、仮に首都直下型が起きたら、本県は、その距離関係から一層大きな役割を果たさねばならない。それに備えて、各自治体が今から東京都各地と連携して対策を研究しておくことが求められる。県はその仲介役を果たさねばならぬ。先日も委員会で私はこのことを発言した。

◇シリアに対するアメリカの攻撃が迫っていると報じられる。アメリカは、果たして振り上げた拳をどうするのか。世界の世論に最大の影響を与えているのはイラクの時の失敗だ。

 ニューヨークの同時多発テロで全米がパニックになり、ブッシュはイラクと結びつけた。しかし、攻撃の大義を支える大量破壊兵器はなかった。超大国も虚報に踊らされることを我々は見た。アメリカでもイギリスでも、今回のことでデモが大きな役割を果たしている。マスコミが共同作戦をとっているからだ。しかし、化学兵器の使用は止めねばならぬ。このジレンマをどう解決するか。国連の真価が問われる。

◇新聞で「学徒出陣」の歌を見る。「決死隊を志願せる兵に慰安婦を抱かせ最後の労(ねぎら)いとする」「かかることありてはならぬうら若き母犯さるる子のいる前で」私は同種の話は聞いた。「記録にない」で割り切れないのが事実だった。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 1日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第88回

「私の原稿に刺激されたためじゃないだろうが、木村君は、すごいことを言うね。そこいらの評論家より筋が通っているじゃないか。私も、自民党の県会議員として耳が痛いけれど、君の言う通りだと思うよ」

木村誠は、私の言葉を聞いて、その強張った顔に初めて笑みを浮かべた。また、李沢民は言った。

「私の国、中国の将来も不安です。先生の原稿を読んで、改めて、中国の歴史を今までとは違う角度から考えたよ。中国の国民、5千年も力で抑えつけられた生活してきた。この長い歴史の中で見れば、中国の民衆が目覚めて自由を求め始めたの、つい最近のことね。辛亥革命があり、五四運動があり、共産党が生まれ、中国の国ができた。そして、文化大革命の嵐があり、天安門事件が起きた。これらの大きな流れ、日本と関わっていること改めて考えたよ。中国は、今、経済は、日本と同じ方向を目指してすごい勢いね。しかし、政治は社会主義。この二つの関係心配ね。生活が豊かになれば、人々、心の自由も求めるよ。しかし、その時、天安門を思い出す。中国の若者、これから大変です。物の豊かさだけを求めると失敗する。このことも、日本から学ばなければならない。中国と日本は、昔から関係が深いけれど、先生が書いた満州開拓民の人たちは、日本と中国の新しい絆になるのではないですか」

「一人でも多くの人がそう考えるなら、開拓団の悲劇も無駄でなかったことになりますね。

 戦後50年の節目に、歴史を振り返って、日本と中国がお互いに学ぶことが、両国のこれからの友好と発展のために大切なことなんだね」

私は、2人の話に教えられる思いで、こう言った。

☆「炎の山河」は間もなく終わり、その後は、「甦る楫取素彦」を土・日・祝日に連載します。ご期待下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »