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2013年6月18日 (火)

人生意気に感ず「オウム死刑囚尋問。積善会と楫取。小学生が父親に」

◇平田容疑者の裁判が始まり、死刑囚の証人尋問が行われる。平成24年1月4日の私のブログは、「新年早々日本中を驚愕させるミステリーなニュース」としてオウム元幹部平田容疑者の出頭と逮捕について書いた。前年12月21日、13人目のオウム犯罪の死刑が確定した直後、平田容疑者は大みそかの深夜警視庁に出頭し元旦未明逮捕されたのだ。そこで私は、麻原等の死刑執行に影響を与えるのではないかとも書いた。それは平田容疑者の裁判の証人尋問が考えられるからだった。

◇オウム事件は日本の犯罪史上前代未聞で高学歴の多くの若者がなぜ凶悪事件に走ったか、そこには病める社会の暗い渕がある。それは社会全体の問題として私たち1人1人とつながっている。

 東京地裁は、平田容疑者の事件に関わったとされる3人の死刑囚を公開の法廷で証人尋問することを決めた。死刑囚の尋問は極めて異例。検察は逃走、奪還等を恐れて拘置所内の尋問を求めたが退けられた。国民的関心事なのだから法廷での尋問に意義がある。真の幕引きの前にもう一度、この事件を考える機会にしたい。

◇積善会本部を訪ねた。楫取の読本が五刷に達した理由の一つに仏教関係者に読まれていることが上げられる。曹洞宗が中心となっている積善会関係でこの本が読まれ、この会の創立期に楫取県令が関わったこともあって江木町の厩橋病院に理事長を訪ねることになった。瀧澤理事長から積善会の歩みを聞いた。

◇原点は明治13年に遡る。維新後の混乱期で庶民の生活は苦しく明日の糧に窮する者も多かった時代である。楫取素彦が初代県令として群馬に赴任したのは明治9年のことであった。

 仏教者有志が慈悲の念から50銭ずつ出し合って早朝ひそかに貧しい家の敗れ障子の隙間から積善会と書いて投入れ施与したのがその後の大事業につながる第一歩だった。「積善会」が発足すると下村善太郎や楫取県令等の協賛を得て会員は大いに増えたという。日本に宗教はなく、仏教は葬儀の具になっているという批判がある中で地域に根ざす仏教の確かな存在に接する思いであった。

◇ニュージーランドでアンビリバブルな出来事が。11歳の小学生が父親になったとうい。相手は36歳の女性。事実上のレイプとも。しかしNZの法は男性に対する強姦罪はない。生れた子の行末は。日本でも有り得るか。(読者に感謝)

「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

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