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2013年6月 1日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第60回

「日本は戦争に負けてよかったのよ」

「あらそう、どうして」

「だって、戦争に負けなければ、戦争をする国が続いていたわけでしょ。男は兵隊にとられるし。こんなに何でも自由で、いい暮らしができる国にはならなかったと思うよ」

 松井かずには、この同級生の言葉がよく分からなかった。確かに日本は良い国らしい。しかし、それは、戦争に負けたこととどのような関係にあるのか。そして、自分たちのようにお国のためということで満州に出かけて行って苦労した人や戦争であ亡くなった多くの人は、みな無駄なことをしたのであろうか。松井かずの頭に浮かぶ疑問に気付くはずもなく、同級生は、カラオケ教室のこと、買い物ツアーのこと、家を建てたこと、自動車を買い替えたことなど、松井かずには信じられないような華やかな日常生活のことを話し続ける。こんなに豊になって、こんなに楽しい生活をしている日本人は、昔の戦争のことなど思い出したくないのだろう。そんな過ぎ去ったことはどうでもよいことなのだろう。松井かずは、同級生の口元を見詰めながらこう思った。そして、このとき、中国にいる子供たちのことが思い出された。

このような日本の自由と豊かさを子供たちにも味あわせてやりたいという気持ちと、子供たちはこのような日本にやってきて大丈夫だろうか、きちんとやってゆけるだろうかという不安とが入り混じった複雑な心境であった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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