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2013年6月 8日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第62回

自分は日本人であるが、娘や子の孫には、自分の血と中国人の血が一つに交じり合って流れている。思えば、敗戦直後の満州をよく生き抜いてこられた。死んでいった開拓団の人々のことが思い出される。生と死を分けたものは些細なことであり、また、ちょっとした偶然であった。その些細なこと、ちょっとした偶然の故に現在の自分があり、娘があり、そして、この孫がある。人生とは、このようなものか。松井かずは、無心に眠る孫の顔をのぞき込みながらこう思うのであった。

 娘や孫にかかわっている間に、何年かが過ぎた。そして、松井かずがいよいよ帰国することになったのは、昭和五十六年のことであった。自分が帰国し、生活環境を整えてから家族を日本に呼ぼう。松井かずはそう考えた。もうこの頃は、中国の人々に日本の復興ぶりや生活の様子などが伝わり、日本へ行きたいという人が増えていた。松井かずの家族や親戚も彼女の話を聞いて、みな、豊かな国日本へ行きたいと言い出した。隣近所の中国人、職場で話を交わす中国人も、にこにこと彼女に話しかけ、日本のことをききたがった。彼女は、祖国日本が中国人に見直され、自分までが大切にされていると思え、嬉しかった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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