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2013年6月17日 (月)

人生意気に感ず「死を考える。東条の死刑。毒ピータンの恐怖」

◇一番恐いものと聞かれたら多くの人は「死」をあげる。古来、永遠のテーマだ。五木寛之の「うらやましい死に方」(文藝春秋7月号)を読んだ。先ず、世界にも稀な高齢社会がこの国に出現することは間違いなく、その中で誰もが死を考えなくてはならない切迫した事態が生じていると指摘する。異論のないところだ。

 更に五木は、続けて日本は人間が長く生きすぎる時代になった、やがて一人の若者が二人の高齢者を支える時代となり、高齢者が生きていることを後ろめたく思いながら生きねばならない社会になるかもしれない、「幸せな去り方」を真剣に考える時代に入ってきたと思うと語る。

 いちいちもっともだが、ではどうするかは結局個人の問題である。他人の「去り方」はヒントになる。文藝春秋では身近な死について広く読者の体験を募集するという。

◇死を迎えることは極めて日常的出来事だが問題はその迎え方だ。極限の恐怖は死刑だろう。最近、東京裁判におけるA級戦犯の死刑執行手段を具体的に定めた米軍の公文書が見つかったと報じられた。東条元首相の執行場面につき「悲劇的だった」との短い記録もある。私は別の記録で、死刑前日自殺しようとして発見された東条がこのまま死なせてくれと男泣きしたという話を読んだ。

 しかし、裁判における検事とのやりとりは、天皇に戦争責任が及ぶことのないようにキーナン検事に一歩もゆずらず見事だった。死刑の宣告にニコリと微笑し傍聴席の家族に眼を向け法廷のドアから消えたという。

 死を受け入れるためのヒントと実例は身近なものから極端なものまで無限に存在する。どれを参考にするかは自分の死生観・哲学である。がん死を抱える人がどこにも目立つ。健康の有難さをかみ締める。

 ◇異常な気象の下で熱中症が続出している。16日、陸上世界選手権、男子マラソン代表の川内選手は隠岐の島マラソンで、ゴール後に「水、水」と苦しげに訴え倒れた。熱中症だという。

◇私はピータンが好きだ。それは、アヒルのタマゴを腐らせたもの。毒ピータンを作る30社が生産中止を命じられた。普通2ヵ月以上かけ塩と生石灰で熟成させるところ、硫酸銅で期間を短縮させた。ニワトリを速く太らせることも報じられた。「食の安全」が信じられない。世界の大国は「安全」を提供する国でなければならない。(読者に感謝)

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