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2013年6月30日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第69回

 ここに至るまでには、かなりの経緯があった。この年4月15日、改革派で学生の民主化運動にも理解があるとされた胡耀邦(こようほう)が死んだ。胡耀邦は学生運動に対する対策が手ぬるいとされ、総書記の地位にあったが失脚し、学生たちの同情を集めていた。胡耀邦の追悼大会で、学生の要求した胡耀邦の名誉回復は認められなかった。これは、学生たちの民主化の要求を政府が否定することを意味した。

 この追悼大会を契機として、民主化を求める学生の運動は大きく燃え上がった。天安門広場には、20万人の学生が結集し、民主化を要求。北京では、16の大学で授業を放棄しストに突入した。党の最高実力者鄧小平は、このような民主化運動を非合法的な「動乱」であると指摘、このことは、学生運動の燃え上がる火に油を注ぐ結果となった。

※土日祝日は中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月29日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第68回

⑬日本のテレビに映る中国の悲劇 ―天安門事件、また内乱かー

 北京の広い天安門を埋め尽くした民衆の中に、戦車が突入したのだ。パンパンという乾いた銃声。暗い中にオレンジ色の光が走る。人々の絶叫、黒いかたまりとなってにげまどう群集。テレビは、夜の天安門広場の、まさかと思える場面を写し出していた。

別の場面では、戦車に駆け登った若者たちの姿、炎上する装甲車、北京の街路を進む戦車の列、戦車の前に立ちはだかる若者など、ショッキングな映像が次々に飛び込んでくる。映画の場面なのか、これが現実なのかと、私は身を固くしてテレビを見詰めていた。映像に交じって、戦車にひかれてペチャンコになった市民のこと、ガソリンで焼かれ橋げたから吊るされた兵士のことなど、信じられぬような情報が伝わってくる。戒厳部隊の兵士約10万が、戦車と装甲車を先頭にして天安門広場に突入したのは、1989年、平成元年6月4日未明のことであった。

※土日祝日は中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月28日 (金)

人生意気に感ず「代議士問題。御曹司実刑。盗撮カメラ。中国問題」

◇佐田代議士問題では私のところへも厳しい意見が寄せられている。その一つ「家族に対してこれほど愚かで不誠実な人間が国民に対して誠実な心を持っているとは到底考えられません。即刻辞職させるべきではないでしょうか」佐田氏は議長に、議運委員長辞任を伝えた。衆院議長は週明けに許可する見通し。党内で、参院選前なのにと反発が出ている。自民党県連一区は今日幹部が対策を協議する。

◇背任罪に問われた大王製糸前会長の4年の懲役実刑が確定する。天国から地獄の気持ちだろう。大会社の御曹司。飛行機で塾へ通い東大へ入ったが真の学問はしなかったのだろう。金を金と思わなかった。カジノで負け子会社から55億円余を不正に借りて損害を与え会社法の特別背任罪に問われた。最高裁の判決が下りたのだ。創業家の落城を見る。祖父の創業者はリヤカーで紙を集めた人だという。

◇滋賀県の小学校教諭は、児童女子トイレ便器に盗撮カメラを取り付けた。児童が発見し届けた。47歳の教諭は「非常に申し訳ないことをした」と陳謝。学校は建造物侵入罪で警察に届けていた。県教委は26日、教諭を懲戒免職にし校長を訓告にした。47歳の男性教諭は盗撮の世界とどう関わっていたのか。家庭は、教師像は、学校は児童たちにどう説明するのか、いろいろ気になる。

◇昨日(27日)、県庁ビジターセンターで、「中国、アジアにおける販売戦略」を聞いた。群馬県日中友好協会が後援者となっている企画なので無理して前半に出席した。中国の現実を肌で知っている女性講師の話は面白かった。ちょうどその直前ラジオの解説で同様のテーマを話していた。それは、最悪の日中間も落ち着いて来て、品質重視になりつつある、日本製のコナミルクとオムツが非常に売れている、つまり日本は高付加価値で勝負すべきだ等指摘していた。

 講師は、食の危機が深刻であることを指摘した。「三本足のニワトリを知っていますか」という。はてと思ったら、過剰な抗生物質投与によって奇形が生まれ肉となって流通しているというのだ。10年後富裕層は4億円人になる。「環境」、「食」、「高品質」で日本が果す役割は大きくなりそうだ。

◇中国で暴動が多発。ウイグルで27人の死者が。暴動が全国に広がり王朝が倒れるという歴史を繰り返してきたが、現在は強大な力と経済発展でそれを抑えている。しかし、格差の広がり、一党独裁、人権抑圧、環境問題などは深刻でいつ一つの炎となって荒れ狂うか分からない。(読者に感謝)

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2013年6月27日 (木)

人生意気に感ず「上野村中で楫取を。国会議員の女性スキャンダル。Ips細胞」

◇御巣鷹の麓、上野村中学で「楫取素彦」を話した。深い山と杉の木立に囲まれた学校は「山村留学制」などもあり、充実した教育環境で、生徒たちの表情は生きていた。僻地の遅れた教育というイメージはない。楫取講演のきっかけは、前校長が「楫取素彦読本」を全生徒に読ませ感想文を書かせたこと。

 感想文には、「楫取さんという人が吉田松陰の妹を妻にしたことに驚きました」、「国禁をおかしてアメリカに渡ろうとした吉田松陰の勇気に感動しました」等生徒たちの新鮮な受け止めが綴られていた。

 私は、生徒たちの姿を想像し彼らの前で話すことを楽しみにしていた。会場の音楽室には全中学生と数人の小学生、それに教員たち計約60人、生徒たちは木のイスに整然と座り私語もなく耳を傾けてくれた。

 楫取の支援を受け、松陰の短刀を持ってアメリカに渡った新井領一郎の話、昨年前橋でこの新井と楫取の子孫同志が対面した話などに生徒は目を光らせていた。楫取の妻が創建に尽力した清光寺の写真を見せた。「この寺を知っている人は」と問うと、意外にも一人が「ハイ」と答えた。聞けば前橋からの山村留学生だという。一時間はあっという間に過ぎた。生徒代表が進み出てお礼の言葉を述べ、今日学んだことをこれからも生かしていきたいと語った。教育の健全な姿を見て救われた思いがした。

◇帰途、ケータイに入った某国会議員秘書の声に驚く。「お詫びです。明朝の週刊新潮に女性スキャンダルの記事が載ることになりました。幹部の皆さんだけにと。この時期に誠に申し訳ありません・・・」「・・・」。思わず絶句。信じられない、そして、またかと複雑な思いだった。

◇参院選が刻々と近づいている。山本一太氏が「何が起きるか分からない」と言って油断を戒めていたことが思い出される。影響を最小限に食い止めるため、議運委員長の辞任は当然で止むを得ない。県会でもこのポストは重要だが、衆院ではNo3の要職。本人も全てをしきっていると語っていた。

ips細胞が世界初、目の難病の移植手術に使われることに。山中教授がヒトの細胞で成功して6年で実用化に一歩踏み出した。再生医療の分野は無限に広がる。先日、難病・パーキンソンの会に出たら、「目」での実用化が突破口になると多くの人が喜びを現していた。(読者に感謝)

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2013年6月26日 (水)

人生意気に感ず「楫取を売り込む。柔道の危機。県議の自殺」

◇楫取素彦の件で上京し忙しく動いた。某民法テレビ局のプロデューサーA氏に「楫取」の動向を説明した。吉田松陰との絆、楫取が生糸産業の発展と廃娼運動に果した役割などを話した。群馬という地域を越えた普遍性のあるこれらの問題にA氏は強い関心を示していた。楫取をテレビで取り上げる可能性につき話すことになっていた。一つの布石となる会談であった。

◇日本映画大学の学生O君と川崎市で会った。今日、映像に関する技術の発展には目覚しいものがある。映画の製作も驚くほど身近かなものになっている。楫取素彦顕彰会では、楫取のミニドキュメンタリーを模索しているが、O君から有益な示唆を得た。今後の協力を話し合うことが出来た。

◇先日の群馬県柔道連盟の会合で、会長が挨拶の中で中央のトラブルにつき心配している姿が印象的だった。私も、日本の柔道界は試練の時を迎えている。これを乗り越えるために地方の柔道界の役割は大きいと挨拶した。

 柔道の中央のトラブルとは、暴力指導や助成金不正受給を巡る問題である。これを機に柔道界の大改革が最大の課題になっている。

 全柔連の村上春樹会長は年内の辞任を表明した。組織改革の一歩として谷亮子氏等女性理事を起用するという。村上会長は、モントリオール五輪で日本勢初の無差別級金メダルを得た柔道界の英雄である。お家芸の日本柔道は危機にある。柔道界のすそ野には武道必修化を受けた全国の中学生たちの姿もある。嵐を凌いで柔道界が再生することに日本のスポーツと精神文化がかかっている。

◇岩手県の県会議員の自殺(?)には無関心でいられない。県立病院の受診の際番号で呼ばれ、「刑務所に来たのじゃない」と怒鳴りそれをブログに書いた。批判のメールが殺到しブログは「炎上」、謝罪の会見をし、その後落ち込んでいたという。

 私も日赤などでよく番号で呼ばれホッとする。名前で呼ばれると病名まで知られる。病院には身を小さくして来ている人も多いのだ。

 番号で呼ばれることに反対する人は少ないだろう。この県議は勉強不足と不見識をさらけ出した。県会議員とはこの程度かという世の認識を広めることになった。

◇安倍首相は長州人を意識している。上州人のアイデンティテーは何か。そのためには歴史を岩盤まで掘り下げて現代を知ることが必要ではないか。(読者に感謝)

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2013年6月25日 (火)

人生意気に感ず「都議選の結果。参院選は。沖縄慰霊の日。霊峰」

◇目前に迫る参院選、その前哨戦たる都議選の結果は予想以上だった。当落の数字は自民の圧勝と民主の壊滅を物語る。有権者が如何に民主党に懲りているか、そして安倍政権への経済を中心とした期待が大であるかを示す。民主党が強さを誇った東京都に於いてこうだった。前哨戦は昨年末に示された大きな流れの出現が変わっていないことを突きつけた。

 加えて無気味なのは投票率の低下である。前回54.49%だったのが、今回は43.50%。約11ポイントの低下はただごとではない。反自民の受け皿を政策で示せなかったことが原因と言われるが、それだけではないだろう。最近の選挙一般にいえる無関心さを物語るものに違いない。参院選は、自民の圧勝と投票率の更なる低下となるだろう。

◇安倍首相は、我が国の暦で格別の意味をもつ日と語り、仲井真知事は「生涯癒すことの出来ない深い痛みを負った」と振り返った。

 6月23日は沖縄戦終結の日で、沖縄戦没者慰霊の日であった。昭和20年6月23日、牛島司令官等の自決で沖縄戦は事実上終わり、米軍は7月2日沖縄作戦終了を宣言した。

 県民まで総動員した最後の決戦は壮絶を極め住民の犠牲は10万人に達した。かつて、「ふるさと塾」で取り上げたが米軍の手による記録写真は息を呑むものだ。その中に、穴から出された泥まみれの裸の幼児が米兵の水を息もつかず飲む一枚がある。陸軍は沖縄を本土の防衛線と考えていた。米兵と死闘を展開したある指揮官は自決前「県民二対シ将来特別ノ御高配ヲ」と打電した。

 戦後、基地の島として受ける苦しみは、沖縄県民にとって戦争の悲劇の継続である。「沖縄戦の教訓を継承すると共に、わが国が築いてきた平和主義の堅持を強く望む」と表明した仲井真知事の訴えの意味は重い。

◇富士山の世界文化遺産登録決定は朗報である。バスツアーで富士山がくっきり見えると歓声を上げる。飛行機でも新幹線でも同じだ。太古から富士山には私たちの心と呼応する力がある。文化を培ってきた霊力というべきもの。万葉集で詠まれ浮世絵に描かれ、現代では世界の観光客をひきつける。45キロ離れた美保松原も含めて認められた。世界の舞台に甦った霊峰は日本人に勇気を出せと呼びかける。

◇昨日、ナナに届けられた一束の花がナナ小屋に置かれた。首をかしげたナナの姿に見える。ナナよ。(読者に感謝)

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2013年6月24日 (月)

人生意気に感ず「我が友ナナ死す。23日午前0時、満月の夜。満13歳」

ナナ、遂にお前と別れる時が来た。ゆうべは、悲しげな声で私を呼んでいたな。もう一度元気なお前の姿を見たかったぞ。昨夜遅く赤城アニマルクリニックで診察を受け、今朝七時、もう一度診察を受けることになっていたのだ。それを待たずにお前は逝った。助けられなかったのが心残りでならない。

 お前は足腰が立たないのに、小屋からはい出して、小屋の南のいつもの狭い所にうつ伏せていた。最後の力を振り絞ってお前が好きなあの場所を選んだのだね。よくやった。偉かった。

 あのフェンスのすき間から鼻を突き出していたお前の姿が目に浮かぶ。私の足音を察知するとお前は黒い鼻を出して私を迎えた。私が飛び上がって鼻づらを叩くと、お前は身をひるがえして門から入る私を待って「ウワン、ウワン」とほえたものだ。お前はもう一度あれをしたかったに違いない。

お前の死を知ったのは、昨夜、23日の午前0時だ。お前の好きな場所は、アジサイの花で覆われ、頭上には、雲の切れ間に満月が輝いていた。人間なら超がつく美人のお前にふさわしい場所をお前は選んだのだね。

 もし、口が利けたなら、最期に私に訴えたかったことがあったに違いない。それは、数年前のフィラリアを克服したことかな、それとも鍋割の絶壁を登った時のことだろうか。フィラリアの時は、お前の血管は細い線虫でいっぱいになった。騙して強い薬を飲ませるのに苦労したんだぞ。アンコにくるんだ薬をお前は疑わしそうな目で眺めたな。鍋割の急斜面では、怯えるお前を強引に引きずり上げたものだ。上から並んで見た下界は素晴らしかったな。よく頑張ったと頭をなでられたお前はいかにも嬉しそうで私の顔をなめた。それを見た私も嬉しくなってお前を抱き締めた。あのことが昨日のように思い出されるぞ。

 お前は13年前我が家にもらわれて来た。ぬいぐるみのように可愛い奴だった。お前に付けられてきた血統書には、天然記念物秋田犬・犬名「菜花號」とあった。3月21日、菜の花の時期に生れたので、この名がついたのだろう。我が家ではナナと呼ぶことにした。いずれもお前にふさわしい名だった。

 父親は「上州勘九郎」、母は「優華」で、父は第65回関東展優秀一席という賞歴をもつ。この血統書には他に曾祖父母のことまで書かれている。私はよく人に私の血統より優れていると言って自慢したものだ。

 成長するにつれ、お前は鼻筋の通った品格のある典型的な秋田犬になった。散歩につれて行くと、犬をつれたおばさんが「いい犬だねえ、それに比べ、お前は足が短くきりょうが悪い」といって自分の犬をながめながらお前を誉めていた。お前の仲間であるハチ公は忠犬の見本とされるが、お前はハチに劣らぬ忠義な犬だった。ロシアのプーチン大統領の所に行った仲間もいるが写真で見る限りお前が上だった。

 ナナよ、ありがとう。お前は私の心の友だった。書斎の扉の外から伝わるお前の息使いや体を動かす気配さえもが、私を励ます力であった。お前はもういない。

 振り返って、一つ心残りなのは、小犬を育てる母犬としてのお前を見れなかったことだ。その親子の姿を含め、お前のことは、これからも私の胸にいつまでも生き続けるだろう。ナナよ、安らかに眠れ、さようなら。

満月のアジサイの下ナナ逝きぬ

          遠吠えの音(ね)天に響きて

お前の友、お前の主人

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2013年6月23日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第67回

⑫ 松井かずが見た日本

 松井かずは、この昭和天皇の死に関する日本の動きをテレビの前に座り、目を丸くし、固唾をのんで見ていた。日本の国はすごい、と思う一方で、昔の満州のこと、そこで死んでいった多くの開拓民、そして、今でも日本への帰国を求めている残留婦人など多くの日本人のことを考えると、戦争はまだ終わっていないという思いがするのであった。

 このような騒ぎが治まってしばらくした時、松井かずにとってもっと衝撃的な映像が飛び込んできた。天安門事件である。中国は、松井かずが中国にいた間も内乱の連続であった。日本が破れた後も、共産軍と国民党軍の争いがあったし、近くは、文化大革命の混乱があった。目の前のテレビに映し出される映像は、文化大革命よりひどい内乱の到来に思えるのだった。

※土日祝日は中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月22日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第66回

⑫ 松井かずが見た日本

 喪に服す人々の自粛ぶりは、まちの隅々に至るまで徹底していた。競馬、競輪、競艇などの公営ギャンブルは全国でレースを中止、全国大学ラグビー選手権決勝戦や全日本バスケットボール女子決勝戦は延期された。東京浅草のポルノ映画館では、表の成人映画案内の派手な写真を並べたケースの上に、前張りならぬ黒い幕が張られた。また、パチンコ屋からは、音楽とネオンが消えた。テレビ各局は、天皇の特別番組一色となり、民放からはCMが消えた。

 このような国を挙げての反応は、日本国民と天皇制との関係、国民の昭和天皇への思いを示すものであるが、また、一面、日本の国民性の特色を示すものである。何か大事が起きたとき、皆一斉に同じ方向に走り出す。そして、その方向が誤れば、まっしぐらに破局につっこむし、うまくいけば、世界が驚くような成果を生み出す。前者の例が50年前の敗戦であり、後者の例が現在の経済大国の実現といえるのではなか。その経済大国の故か2月24日の大喪の礼には、世界の163ヶ国、28国際が弔問のため、代表や使節を日本に送り、史上最大規模の葬儀となった。昭和64年は新しい時代の始まりとなり、時の官房長官小渕恵三は、新元号”平成”を発表。ここに、平成の時代がスタートした。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月21日 (金)

人生意気に感ず「宇宙エレベーター。はやぶさを再び。TPPの動向」

◇宇宙旅行の時代が現実になりつつある。可能にするのは技術力。究極の物作りだ。「はやぶさ」を実現させた群馬の町工場を直ぐに連想した。

 政府は19日、個人による宇宙船保有を世界で初めて解禁する方針を固めた。来年の国会で関連法案を成立させる。「マイ宇宙船」は宇宙エレベーターから発射。地上からのロケット打ち上げとは比較にならぬ低コストですむ。

◇かつて、科学雑誌で、地上から遥かな天空に延びる宇宙エレベーターの構想を読み、ワクワクと同時に信じ難い思いを抱いた。

 実は企業は既に取り組んでいる。大手の大林組は、昨年全長9万6千キロのケーブルで海上から延びる「宇宙エレベーター」想像を発表、2025年の着工を目指して調査研究を進めている。

 ケーブルには鋼鉄の20倍の強度をもつ炭素センイ(カーボン)を使う。このエレベーターから、小型船を地球の遠心力を利用して発射させるのだ。

 宇宙開発はリスクを伴う。高度な技術と人命尊重の理念の結合が重要だ。

 2010年(平成22年)の「はやぶさ」の快挙は世界をアッと言わせた。これを支えた町工場に富岡市の「IHIエアロスペース」があった。3億キロ離れた所にあるわずか535mの「イトカワ」に導きサンプルを得て帰還させた。60億キロ、7年間の旅。はやぶさの成果は、持ち帰った物質もさることながら惑星間宇宙往復技術の確立である。

 今回の「小型宇宙船」、「宇宙エレベーター」も日本が誇る物づくり、先端技術、宇宙を開く技術が結集して可能となる。これらは子どもたちの夢をかき立てる。私はアトムと共に成長したが、今日の状況はその時の空想を遥かに超える。理科離れが叫ばれているが、教室に「宇宙」を持ち込んで子どもたちの心を開く時。教育界は何も出来ないのか。

TPPで、コメなどの「聖域」が守れるか。聖域5品目で関税を守り抜くことは難しいだろう。大勢はじわじわ動いている。農業界は山本一太に表立った推薦を出さないなど抵抗を示している。ある新聞の調査では、聖域死守は半数以下になるだろうという。日本農業が時代の波を受けて大きく変わろうとしている。

◇7月9日、県庁舎2Fのビジターセンターで、楫取素彦の公演をする方向だ。今月26日は上野村の中学、29日は前橋の生涯学習センターで行う。宇宙時代の要点は足下の重視である。(読者に感謝)

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2013年6月20日 (木)

人生意気に感ず「維新の内紛。支倉常長と岩倉具視。出会サイトの闇」

◇昨日(19日)、参院選山本一太氏の選対会議があった。わが群馬選挙区は勝ち方が問題となる。高い目標を定めて頑張ることになった。

 参院選の前哨戦である都議選で注目される1つは日本維新の動向。共同代表の石原氏は公然と猛烈な橋下批判を始めた。「終わったね、この人」とか、従軍慰安婦発言について「大迷惑だ」と批判、橋下氏は、都議選惨敗なら共同代表辞任もあり得ると発言し出した。一大施風を起こした「維新」は橋下と共に消えるのか。「維新」の旗の下で戦っている多くの人たちの心中やいかに。

◇伊達政宗がスペイン、ローマに派遣した支倉常長(はせくらつねなが)の資料が世界記憶遺産に登録される。4百年前の壮挙に改めて目を見張る。太平洋を越え、日本人とし初めて大西洋を横断し、マドリードでキリスト教に改宗、ローマに至り7年後に帰国した。戦国の侍たちの逞しさに舌を巻く。180人余の人々が出発したのは今回大津波に襲われた石巻市の小さな漁村・月浦だ。世界遺産登録は月浦はもち論、東北被災地の人々に限りない勇気を与えるだろう。

◇注目すべき史実がある。明治5年から始まった遣欧使節がヴェネチアで支倉常長の文書と出会ったことである。代表岩倉具視は大変に驚くと共に、これを西欧との文化交流を進める上での有力な材料として使った。遅れた日本というイメージを改めることに必死だった明治政府にとって、遠い昔、遥かな日本から来てクリスチャンになりローマの市民証を得た日本人の存在は、測り知れない援軍だったろう。

 岩倉たちは、アメリカでは新島襄に実際助けられ、イタリアではタイムトンネルから現れた支倉常長(はせくらつねなが)に助けられた。支倉の篤実な人柄はヨーロッパの高官たちに強い印象を与えたという。

 明治9年明治天皇は、岩倉具視を従えて東北を巡幸し仙台で支倉遣欧使節団の資料を見たことが、当時大きく報じられ注目された。日本人にはこのような勇気と熱い血が流れていることを今こそ自覚すべきである。

◇出会い系サイトで2千万円以上も料金を払わされたとはあきれる。「サクラ」に詐欺男は訴え東京高裁は19日、詐欺を認め2234万円の賠償を命じた。一審は男の訴えを棄却したのだからきわどい。弁護団は、同様の被害が全国で跡を絶たないとして、仙台、さいたま、横浜、名古屋、広島の各地裁でサイト業者を訴える。サイトの実態があぶり出されるのか。(読者に感謝)

「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

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2013年6月19日 (水)

人生意気に感ず「東京五輪の課題。死刑囚尋問。憲法96条改正」

◇2020年の東京の五輪実現が優勢になっている。9月7日のIOC総会で決まる。ライバルはトルコのイスタンブールとスペインのマドリードだが大きな問題を抱える。イスタンブールはイスラム圏初で期待がもたれたがトルコ全土に広がっているデモは大きなマイナス要因。これがなくてもイスラム世界には文明の衝突を背景とする構造的な治安の問題が横たわる。また、マドリードには経済危機脱却の見通しが立たないという不安がある。

◇東京に決まれば昭和39年(1964年)以来2度目の日本開催となる。その効果は非常に大きい。落ち込んでいた日本の力がようやく上向きつつあるがそれを加速させる。首都圏に近く高速交通で結ばれる群馬は五輪の輪に入った状態で活気づくだろう。

 五輪は平和と文化の祭典である。この理想にふさわしいものを実現して日本の真の国力を世界に示す時である。そのシンボルは五輪の旗と共に立つ日本国憲法である。平和の象徴たる平和憲法のイメージを傷つけてはならない。

 それまでに、日本のスポーツを立て直すことが非常に重要である。体罰でしごく強化方法を改め、スポーツを真に国民のものにしなければならない。中学、高校のクラブ活動の在り方にもつながる問題である。

◇昨日に続いて死刑囚尋問を書く。死刑を考える機会なのだ。多くの人は自分とは無関係の制度としてその是非を論ずるが、オウム事件や頻発する死刑の事件を見れば身近な極刑なのだと思わざるを得ない。

 公開法廷の尋問には死刑囚の心の平穏を乱すことを理由にした反論がある。死刑の過酷さは死を待つ過程の辛さにもあることを考えれば当然であるが、法廷で遮蔽壁を設ける等の技術的工夫もある。また、今回は司法の民主化を進めた裁判員裁判の下で行われる点が重要だ。「裁判を国民の手に」の理念は公開法廷での証拠審理を求める。証人尋問はその一環である。

◇憲法96条は改正案発議で衆参の各院毎に3分の2以上を求める。この極めて高いハードルを下げようとしているが、安倍首相は、平和・人権・主権は3分の2以上の要件を貫くと述べた。そこで、では、これら3つも条件を満たせば戦前の憲法に戻れるのかと質問された。それはあり得ない。改正には限界があり、現憲法の基盤たるこの3つを根本から変えることは出来ない。このようなことも含めて議論する機会である。(読者に感謝)

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2013年6月18日 (火)

人生意気に感ず「オウム死刑囚尋問。積善会と楫取。小学生が父親に」

◇平田容疑者の裁判が始まり、死刑囚の証人尋問が行われる。平成24年1月4日の私のブログは、「新年早々日本中を驚愕させるミステリーなニュース」としてオウム元幹部平田容疑者の出頭と逮捕について書いた。前年12月21日、13人目のオウム犯罪の死刑が確定した直後、平田容疑者は大みそかの深夜警視庁に出頭し元旦未明逮捕されたのだ。そこで私は、麻原等の死刑執行に影響を与えるのではないかとも書いた。それは平田容疑者の裁判の証人尋問が考えられるからだった。

◇オウム事件は日本の犯罪史上前代未聞で高学歴の多くの若者がなぜ凶悪事件に走ったか、そこには病める社会の暗い渕がある。それは社会全体の問題として私たち1人1人とつながっている。

 東京地裁は、平田容疑者の事件に関わったとされる3人の死刑囚を公開の法廷で証人尋問することを決めた。死刑囚の尋問は極めて異例。検察は逃走、奪還等を恐れて拘置所内の尋問を求めたが退けられた。国民的関心事なのだから法廷での尋問に意義がある。真の幕引きの前にもう一度、この事件を考える機会にしたい。

◇積善会本部を訪ねた。楫取の読本が五刷に達した理由の一つに仏教関係者に読まれていることが上げられる。曹洞宗が中心となっている積善会関係でこの本が読まれ、この会の創立期に楫取県令が関わったこともあって江木町の厩橋病院に理事長を訪ねることになった。瀧澤理事長から積善会の歩みを聞いた。

◇原点は明治13年に遡る。維新後の混乱期で庶民の生活は苦しく明日の糧に窮する者も多かった時代である。楫取素彦が初代県令として群馬に赴任したのは明治9年のことであった。

 仏教者有志が慈悲の念から50銭ずつ出し合って早朝ひそかに貧しい家の敗れ障子の隙間から積善会と書いて投入れ施与したのがその後の大事業につながる第一歩だった。「積善会」が発足すると下村善太郎や楫取県令等の協賛を得て会員は大いに増えたという。日本に宗教はなく、仏教は葬儀の具になっているという批判がある中で地域に根ざす仏教の確かな存在に接する思いであった。

◇ニュージーランドでアンビリバブルな出来事が。11歳の小学生が父親になったとうい。相手は36歳の女性。事実上のレイプとも。しかしNZの法は男性に対する強姦罪はない。生れた子の行末は。日本でも有り得るか。(読者に感謝)

「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

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2013年6月17日 (月)

人生意気に感ず「死を考える。東条の死刑。毒ピータンの恐怖」

◇一番恐いものと聞かれたら多くの人は「死」をあげる。古来、永遠のテーマだ。五木寛之の「うらやましい死に方」(文藝春秋7月号)を読んだ。先ず、世界にも稀な高齢社会がこの国に出現することは間違いなく、その中で誰もが死を考えなくてはならない切迫した事態が生じていると指摘する。異論のないところだ。

 更に五木は、続けて日本は人間が長く生きすぎる時代になった、やがて一人の若者が二人の高齢者を支える時代となり、高齢者が生きていることを後ろめたく思いながら生きねばならない社会になるかもしれない、「幸せな去り方」を真剣に考える時代に入ってきたと思うと語る。

 いちいちもっともだが、ではどうするかは結局個人の問題である。他人の「去り方」はヒントになる。文藝春秋では身近な死について広く読者の体験を募集するという。

◇死を迎えることは極めて日常的出来事だが問題はその迎え方だ。極限の恐怖は死刑だろう。最近、東京裁判におけるA級戦犯の死刑執行手段を具体的に定めた米軍の公文書が見つかったと報じられた。東条元首相の執行場面につき「悲劇的だった」との短い記録もある。私は別の記録で、死刑前日自殺しようとして発見された東条がこのまま死なせてくれと男泣きしたという話を読んだ。

 しかし、裁判における検事とのやりとりは、天皇に戦争責任が及ぶことのないようにキーナン検事に一歩もゆずらず見事だった。死刑の宣告にニコリと微笑し傍聴席の家族に眼を向け法廷のドアから消えたという。

 死を受け入れるためのヒントと実例は身近なものから極端なものまで無限に存在する。どれを参考にするかは自分の死生観・哲学である。がん死を抱える人がどこにも目立つ。健康の有難さをかみ締める。

 ◇異常な気象の下で熱中症が続出している。16日、陸上世界選手権、男子マラソン代表の川内選手は隠岐の島マラソンで、ゴール後に「水、水」と苦しげに訴え倒れた。熱中症だという。

◇私はピータンが好きだ。それは、アヒルのタマゴを腐らせたもの。毒ピータンを作る30社が生産中止を命じられた。普通2ヵ月以上かけ塩と生石灰で熟成させるところ、硫酸銅で期間を短縮させた。ニワトリを速く太らせることも報じられた。「食の安全」が信じられない。世界の大国は「安全」を提供する国でなければならない。(読者に感謝)

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2013年6月16日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第65回

⑫ 松井かずが見た日本

 日本では、昭和64年1月7日、昭和天皇が世を去った。衝撃は、日本中を走り、人々の反応は大変なものであった。7日、皇居に弔問に訪れ記帳する人は、27万9470人に達した。新聞は、上田馬之助という87才の老人が、“お供をする”という遺書を残して自殺したニュースを伝える。また、テレビは、雨の皇居前広場で石のように土下座する人の姿を映す。私は、この興奮ぶりを見ながら、50年前、敗戦を迎えた人々の皇居前の様子もかくやと思った。一つの時代が終わり、歴史の幕が降ろされたという思いと、50年前の日本が今も続いているという思いが交差して、私の心は複雑だった。

※土日祝日は中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月15日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第64回

 彼女は、家族を全部日本へ呼び寄せたいと考えていた。しかし、その準備はなかなか容易ではなかった。迎える日本の側と、送り出す中国の家族の側と、両方にいろいろな条件が整わねばならないからである。数年はあっという間に過ぎた。

 この間、末娘が日本に来て、しばらく母子の生活が続いた。この末娘は、その後中国で結婚式を挙げることになっていたので、そのときは、松井かずは末娘と一緒に中国へ行き、結婚式に出席した。やがて、この末娘の夫婦がまず日本に定住することになり、その後、その姉である三女が日本に住むようになった。これだけでも、松井かずにとって大仕事であった。残りの家族につき、保証人をさがし、男性については職場を確保して、それは並大抵のことではなかった。このような努力を続ける中で昭和六十三年が終わり、六十四年を迎えた。この年は、日本、中国両国にとって大変な年、それぞれにとって、歴史の曲がり角となるような出来事が起きた年であった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月14日 (金)

人生意気に感ず「ある出会い。議会閉幕。参院選の風景。ブラジルの治安」

◇意外な出会いは思いがけずに訪れる。相手は人に限らない。昨夜書棚を捜していて以前頂いた県立がんセンター院長長廻(ながさこ)氏の著書を目に止め、私のことが書かれているのに驚いた。長廻氏とそこに書かれた私に出会った感じだ。

 氏は新古書店で私の自伝「上州の山河と共に」を入手し、良い買い物をしたと言い、同世代として昔の東大を振り返っている。最近の東大は受験勉強に金と受験をかける豊かな階層の子女が多いが昔は違ったとも言う。引き込まれて読んだ。昔の駒場寮や向ヶ丘寮の血気の面々を思い出した。

◇5月議会が閉会した。今議会の特色の一つは、役員を決めることであった。議会役員の頂点は正副議長である。会議終了後就任祝賀式が行われた。久保田順一郎新議長は粉骨砕身職責を果たすと決意を述べた。父親の故富一郎氏も議長を務めたから親子二代の議長職である。一見、いかにも地味でハッタリとは無縁の人。静かな闘志を秘め、外見に似ずピアノを演奏し人々を驚かせる。私は乾杯の挨拶に立って、「最も困難で最も重要な時の県政の楫取りに健闘を祈ります」と叫んだ。私に歩み寄る人々は、楫取素彦読本が広まっていることを語り私を喜ばせた。

◇朝、開会前に石井みどり参院議員が現れ、各県議に握手して回った。夜には歯科医師会館で励ます会が行われた。私は、この人の群馬県担当県議である。混乱し難しい国政にあっては大局に立って理性的に国政を論ずる参院の役割は大きい。良い歯科診療を進めることは国家、国民の為だからその為に頑張ろうと訴えた。

◇日本が連続出場するサッカーW杯。会場となるブラジルは開幕まで1年で準備に追われる。その先には南米初のオリンピックが控える。日系人の胸には、2つの大会に寄せる熱い期待があるだろう。

 ブラジルは移民大国で日本人移民が非常に多い。世界の人々が集まることで大きな課題は治安である。

 私は2回ブラジルを訪れたが、平成17年の議長の時は県人会が心配して2人のボディガードをつけてくれた。見上げるような大男は熱い季節なのに黒い外套をまとっていた。中に複数の銃器を携帯していたのだ。常に私の左右で鋭い目を光らせる。街を歩くとき暗黒街のボスになったような妙な気分を味わった。(読者に感謝)

「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

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2013年6月13日 (木)

「疑惑の地に建つ県住。黒柳徹子来る。ニューギニアの魔女」

◇元総社の染谷川に沿った荒地に公社住宅が完成し落成式が行われた(12日)。いわゆる高木疑惑のシンボルとも言えた土地。出席した多くの1・2期の県議は当時の生々しい議会の攻防を知らないだろう。公社職員の経過報告はさりげなく事件の流れを語っていた。それを聞く私の胸に平成20年の特別委の光景が甦った。

 「トライアングル」という言葉が語られた。小寺知事(当時)、高木元県議、公社を指す。上空に高圧電線が走る荒れた土地を県は高木建設から高額で取得、公社がカラクリに巧みに使われた。取得1年後に知事は方針を変え以後10年以上も放置、その損害は10億円を超えると言われた。

 この年の9月議会で、私の質問に対し、大澤知事は「小寺前知事に最終的な責任がある。それは極めて重い」と述べ、また「前知事のもとで起きたこれらの問題を大きな教訓として活かすことをこれからの大澤県政の原点としなければならない」と決意を表明した。住宅の側を流れる染谷川は全てを知っている。私としては、ここに真実の経過を語る説明板を建てたい思いだ。

◇黒柳徹子を招いた菓子祭りは市民文化会館の大ホールを埋め尽くす盛会ぶり。私は顧問として次のように挨拶した。「お菓子は昔から庶民の文化でした。今日、長い歴史をもつ伝統の文化を市民の手で盛上げる意義は誠に大です。今回、ユニセフ国連大使として活躍する黒柳さんのお話から多くのことを学べるでしょう」

 私は話の中で、菓子組合の中には安政年間創業の店があること、初代県令楫取素彦も前橋の菓子を愛したに違いないということにも触れた。楫取の義兄吉田松陰が斬首されたのは安政6年、楫取の群馬県令就任はその17年後の明治9年であった。舞台の袖で私の話を聞いていた黒柳さんに「楫取素彦読本」を贈呈した。

◇ニューギニアで衝撃の事件が起きている。2日、20歳の女性が魔女とされ公衆の前で焼き殺され、このような惨殺が相次いでいるという。国連は「憎むべき犯罪」の対策を求め、ニューギニアの議会はこの種の犯罪に死刑を適用する法改正を可決した。

 中世ヨーロッパでは連日多くの女が魔女裁判にかけられ焼かれた。私のニューギニア訪問は平成13年10月でその前月にニューヨークの同時テロがあった。あの緑の秘境を思い出す。(読者に感謝)

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2013年6月12日 (水)

人生意気に感ず「人口減社会。中国の大国主義。食文化への信頼」

◇県会の「障害者・子育て対策特別委」で「出生率」に関して議論された。1・41となり、16年ぶりに1.4台に回復したとはいえ、生まれた子は前年より1万3705人も少ない。

 国立人口問題研究所によれば今後人口は減り続け、2010年の1億2千8百万人が、30年後には1億7百万人になる。実に2100万人の減少である。同時に高齢化率(65歳以上人口率)は36%に上昇する。これは高齢者対策の深刻化を意味する。現在の日本は、75歳以上の3人に1人が要介護、5人に1人が認知症と言われるが、今後を想像すると空恐ろしい。

◇少子化と高齢化は同時に進む。これは働く世代が減り、高齢者医療・福祉の需要が増えることを意味する。有効な対策がないと日本は沈没する。地方自治体は必死で工夫しなければならない。私が委員長を務める特別委員会の責任は重い。これから行われる県内、県外の調査では、良い先進事例に取り組む地域を選び刺激を受けたいと思う。

◇オバマ大統領と対談する習近平氏を見ると、世界を2分して支配するような大国主義が感じられる。中国の軍幹部は、かつて、ハワイのあたりで太平洋を東西に分けようと発言、今回、習主席は、太平洋には中・米の2つの大国にとって十分なスペースがあると語ったといわれる。2つの発言は中国の本音の部分でつながっているのか気にかかる。

 日本は太平洋で生きる国である。「少子高齢化」を乗り越えて立ち上がらねばならない。明治維新の頃の人口は7千万人以下だったことを思えば日本の興亡のカギは人口の多さではない。

◇国連の人口予測によれば、中国や韓国は日本に20年位の時間差でそっくりの動きが起るらしい。1人っ子政策を続け福祉に手が回らない中国には大きなつけが回ってくるのではないか。世界に先がけて超高齢化の洗礼を受ける日本がこの試練を乗り超えればそのノウハウを世界が学ぶことになるだろう。環境問題を乗り越えた日本に出来ない筈がない。

◇司厨士(西洋料理人)協会の総会、懇親会に出た(11日)。この人たちは多くのホテル等で料理を扱う。食の安全が問われる時、料理人は人々の生命と健康を預かる立場。彼らの仕事は特別な、「物づくり」だと思った。ホテルのはなやかな食卓を真に支えるのは信頼である。「皆さんの役割は大きい」と挨拶した。

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2013年6月11日 (火)

人生意気に感ず「障がい者特別委。楫取読本5刷成る。オバマと習近平」

◇「障がい者・子育て対策特別委員会」が行われた(10日)。「福祉の原点となるこの委員会の役割を果たせるようしっかりと取り組みたい」委員長の私は冒頭、このように挨拶した。そして、健康福祉部長は、「障がい者対策は大沢知事が最も力を入れる部門」と決意を現した。私意外の10人の委員が皆熱心に質疑した。

 企業は障がい者雇用の義務を負うが、それは県も「企業体」として同様で、県の直接雇用の状況が説明された。少子化対策については、本県の出生率が全国平均を下回ったことに執行部はショックを受けていると語り、委員はこれを機に、この問題を、改めてしっかり議論すべきだと訴えた。

 大沢幸一委員の発言は、若年性認知症の妻を抱える体験に基づくもので聞く人の胸を打った。

◇恒例となった自民党常任委員と刀水クラブ記者との懇談会が開かれた。新聞は社会の「公器」と言われるが議会も「公器」である。両者は同じ目的をもつが緊張関係にある。懇親はよき緊張をつくるために有益だと思った。

 自己紹介では自己ピーアールと自慢もどうぞと言われ、私は楫取の「読本」が5刷に至ったこと及び秋の記念事業について話した。

 ちょうどこの日、「楫取素彦読本」第5刷が入荷した。昨年8月14日第1刷発行以来のスピードである。第5刷の冒頭には、野村興兒萩市長の「推薦のことば」が載った。それには、「楫取素彦がどんな人物で、幕末から明治に至る激動の時代をどのように生きたか、またいかにして群馬県発展の礎を築いたかこの本を読んできっと多くのものを学びとることができると思います」と書かれている。

◇秋の記念事業は、楫取素彦顕彰会設立一周年を記念して、9月6日、前橋テルサで行われる。「楫取素彦と吉田松陰」と題した講演と楫取家当主楫取能彦氏の参加を得て行われるてい談が予定されている。

◇黒人大統領オバマと習近平主席の対談は壮大な世界史の到達点を象徴する。習主席は「太平洋には両大国を受け入れる十分な空間がある」と語り、オバマ大統領は「中国の平和的な台頭の継続が重要」と伝えた。両方の言葉に深い意味を感じる。大統領の言葉には「人権」、「領土」などに関する中国の姿勢に対する批判がこめられている。太平洋は平和の海である。両大国の支配に任せてはならない。アジアの先進平和国家日本の役割が大きいことを改めて思う。(読者に感謝)

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2013年6月10日 (月)

人生意気に感ず「三俣事件死刑確定。和歌山異常地震。参院選のこと。ワイセツ市長のバイタリティ」

◇前橋市三俣町のスナック前を通る度に思い出す。4人が殺害された平成15年の暴力団抗争事件である。7日、実行犯の1人に対する最高裁判決が下り死刑が確定する。もう1人の実行犯に対しては、既に平成21年死刑が確定した。2人に実行を指示した元組長に対しても、一・二審で死刑が下り現在上告中である。

 7日の最高裁判決は「一般客も殺害され地域社会に与えた衝撃は測り知れない」と判示。店内の一般客男女3人が射殺された。平和なまちを恐怖におとし入れ、議会に暴力団対策の必要性を突き付けた事件だった。

 私は、県営住宅から暴力団を排除するための条例改正を主張し、執行部が消極姿勢を示す中、県警の協力を得て強行し、平成19年6月議会で遂に条例改正は実現した。広島県、福岡県に次ぐものであるが議員提案としては全国初の快挙であった。委員会や本会議で「暴力団は市民の敵」と強調していた私の身辺を案じた県警は、当時、毎日自宅を見回ってくれた。私の議会生活を振り返る時、思い出に残る出来事である。

◇8日の和歌山県の連続した地震発生はいかにも異常である。「南海トラフ型」が近いとされる中、それとの関連を誰もが意識したに違いない。当地の人々の不安は大変なものであったろう。

 8日、午後4時10分頃から8時47分にかけ和歌山市を中心に、最大震度4の地震が7回発生。和歌山城の石垣の一部が崩れ、阪和線の遅れが出て1万3千人に影響が出た。近づく巨大地震の足音か。そう受け止めて全国が警戒する必要がある。

◇自民党県連大会(8日)、山本一太氏の事務所開き(9日)と続き、参院選が近づいてきた。政界をめぐる波は変転極りなく、波に乗って思いがけず当選する者、不運にも波間に消える者、政界劇場の興味は尽きない。目先を追って「維新」に走った人たちの嘆きも伝わる。自民は追い風に恵まれている。一番の敵は油断であるとの声が大会でも事務所開きでも聞かれた。

◇おかしな選挙結果が報じられている。ワイセツで有罪判決を受けた前尾鷲市長が今度は市議選に当選した。学習塾経営の時女子高生を触った。市長に当選したが2度の不信任決議により失職し出直し市長選で敗れ、今月9日の市議選に当選。女子高生の件は控訴中。そのバイタリティに驚く。どんな人物なのか。学習塾関係にいろいろな人物がいる。(読者に感謝)

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2013年6月 9日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第63回

 日本へ帰ってみると、母の病気が進んでいた。母ふじは、沼田のほたか病院へ入院していた。松井かずは、母の枕元で、中国のことを語った。母が眠ったかと思い、話を止めると、母を彼女に手を伸ばし、話の先を聞きたがった。

「お前も苦労したね」

母は目を閉じたまま、ぼつりと言った。

「早くお前の家族に会いたい」

「できるだけ早く家族を呼ぶから、早く良くなってください」

 松井かずは、こう言いながら母の額の汗を拭った。

 ふじは、松井かずの帰国後十九日して、この世を去った。八十四才であった。わずかな間ではあったが、母の看病ができ、死をみとれたことは、彼女にとってせめてものなぐさめであった。

 松井かずは、前橋に移り、広瀬町の市営住宅に入って、ひとまず自分の生活を安定させながら中国の家族を呼び寄せる準備を進めることにした。

※土日祝日は中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月 8日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第62回

自分は日本人であるが、娘や子の孫には、自分の血と中国人の血が一つに交じり合って流れている。思えば、敗戦直後の満州をよく生き抜いてこられた。死んでいった開拓団の人々のことが思い出される。生と死を分けたものは些細なことであり、また、ちょっとした偶然であった。その些細なこと、ちょっとした偶然の故に現在の自分があり、娘があり、そして、この孫がある。人生とは、このようなものか。松井かずは、無心に眠る孫の顔をのぞき込みながらこう思うのであった。

 娘や孫にかかわっている間に、何年かが過ぎた。そして、松井かずがいよいよ帰国することになったのは、昭和五十六年のことであった。自分が帰国し、生活環境を整えてから家族を日本に呼ぼう。松井かずはそう考えた。もうこの頃は、中国の人々に日本の復興ぶりや生活の様子などが伝わり、日本へ行きたいという人が増えていた。松井かずの家族や親戚も彼女の話を聞いて、みな、豊かな国日本へ行きたいと言い出した。隣近所の中国人、職場で話を交わす中国人も、にこにこと彼女に話しかけ、日本のことをききたがった。彼女は、祖国日本が中国人に見直され、自分までが大切にされていると思え、嬉しかった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月 7日 (金)

人生意気に感ず「高齢者を鎖で虐待。道州制。減災対策のカルテ」

◇高齢者虐待が跡を絶たない。鎖で閉じ込めた事件が神戸で発生した。群馬でもかつて、鬼石町の「御獄特養老人ホーム」で身体拘束が日常的に行われたことが大きく報じられ大問題となった。私は、民間の「抑制廃止研究会」の役員として、身体拘束や虐待の問題に取り組んでいる。今議会では障害者対策を扱う特別委員会の委員長である。

◇神戸の事件は、老夫婦が外に出られないように介護施設の職員がバイクのロックチェーンで扉を固定した。居住介護支援事業者は営業停止となった。介護保険法の人格尊重義務違反である。

この種の事件が絶えないのは、業者の人権感覚がとぼしいからである。人間を物と見て営利中心に事業をやっている。誰もが避けられない人生の終期を物として扱われてはたまらない。人権が弱者の為の論理なら終わりに近い高齢者の人権こそ尊重されるべきだ。

◇昨日の常任委では道州制と地震対策を取り上げた。地方分権と行政改革を進めこの国を甦らせるためには、地方が力を発揮できねばならない。現在は東京に日本の力が集中し過ぎ地方が伸びないでいる。道州制を国任せでなく、地方が積極的に研究すべきだと私は主張した。県庁内では、知事の支持もあり、研究会がスタートした。

◇地震の減災対策は焦眉の急である。危機管理室は、人の命を60%、経済的損害を50%、それぞれ減少させるという目標をたてた。それを実現させる具体策を示せと私は質した。黙っていれば画餅に終る恐れがある。私は最大の被害が予想される四国の取組みと比べたら簡単だと発言した。

 四国の例とは高知の黒潮町である。南海地震で34mの津波が予想されている。以前盛り場で「夜の帝王」と呼ばれた大西町長は、一人一人の避難カルテを作ることまでして犠牲者ゼロを目指している。南海の闘う男の黒い肌が目に浮かぶ。群馬で万一多くの犠牲者を出すことがあれば恥ずかしい。

◇危機管理監は、この夏35市町村と連携してDIG(デイグ)、HUG(ハグ)と呼ばれる訓練を実施すると語った。これらは防災先進県で行われているもので、地域の参加者が地図を囲み危険箇所や課題を書き込み独自の防災マップを作ったり、地図上で疑似体験を行ったりする。黒潮町の避難カルテと通ずるところがある。防災は地域の自助、共助が要であり、それをサポートするのが自治体の役目。(読者に感謝)

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2013年6月 6日 (木)

人生意気に感ず「世界遺産の意味。W杯の興奮。がん先端技術。ナナの老化。」

◇昨日の常任委員会では、「世界遺産」「上海事務所」等に関して質問した。富岡製糸場の世界遺産登録が確実視される中、最後のイコモス調査官の来日が迫る。追加資料提出が求められた時の対応や文化価値の普遍性について質した。

 群馬と同時に仮登録されたのは長崎のキリスト教遺産群だった。圧倒的なカトリックの歴史を背景とする長崎にはかなわないと思っていたら逆転した。富岡製糸場が世界の絹の文化に果した意義は壮大。それを易しく語れる体制づくりが世界遺産を生かす柱になる。

 上海事務所の「オープニング」の招待者の人選を慎重に進めること、私が会長を務める日中友好協会との連携を生かせと主張した。

◇W杯決定の興奮は続く。私の周りの人々は余韻を楽しむように昨日も話題にしていた。殺伐とした心の砂漠が広がる中、迫真にして真実のドラマがオアシスで水を得たように人々の心をとらえた。負けていた最後の瞬間に本田がPKを決めた。諦めないことの大切さ、力を合わせて成せば成ることを示した。日本中が沸く姿を見て日本は一つという健全なナショナリズムを感じた。

◇政府は規制緩和によって、再生医療を進め、また、医療産業活性化の後押しを図る。群馬県の医工連携戦略の方向と一致する。

 日本では3人に一人ががんの時代。これは世界傾向であり、今や「がん」は人類共通の敵となった。日本の医療技術を世界に普及させることは、人類への貢献であると同時に大きなビジネスチャンスの道である。

 日本企業が先端がん治療器を世界に広めようとしている。日立、東芝、三菱、住友重機などが世界の市場開拓に乗り出そうとしている。群大の重粒子線装置もいよいよ存在感を発揮する。

 中国もこれから医療の時代になることは目に見えている。私が関係する大連の大学関係者が私の講演を聞いて重粒子線治療につき問い合わせてきたことはそれを物語る。

◇先日秋田犬のナナを獣医に診せた。2年前血液中にうようよする線虫フィラリアを見てぞっとした。今回は無事でホッとした。最近よぼよぼしてきた。鼻筋の通った血統書付きの美人も年には勝てない。満13歳を過ぎた。大型犬の寿命は比較的短く人間なら80歳位だという。

 最近は私が数日ぶりに帰っても飛びつかなくなった。心の情熱も衰えている。年を乗り越える意志の力がない点が人間と異なる。淋しいことだ。(読者に感謝)

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2013年6月 5日 (水)

人生意気に感ず「道州制。野中氏の尖閣発言。マンモスの血液。アトランティス大陸か。ヘイトスピーチ。W杯の快挙」

◇今日から常任委員会が始まる。今議会、私は、「文教警察」から「総務企画」に移った。県政の方向性や全般のことを扱う重要な所で企業局も所管。今日は、「企画」と「企業局」に関する審議を行う。「企画」関係の私の質問は「道州制」になるだろう。

◇「道州制」は、現在の道府県制をかえて全国を道といくつかの州にするもので、国のかたちを問い直すもの。日本が閉塞状況を抜け出し活力を取り戻すための壮大な切り札となる。国任せでなく、私たちは地方の問題であることを自覚して取り組まねばならない。時々、進捗状況を発信したい。

◇先日、「時事放談」を見ていたら、野中務氏は中国に招かれて出かけることを話した。中国に於ける野中氏の「尖閣」に関する発言が波紋を広げている。「日中双方が尖閣問題の棚上げを確認したと聞いた」というもの。幹事長や官房長官を経験した人の発言だから放置出来ない。政府は直ちに否定した。

 菅官房長官は「中国との間で棚上げや現状維持を合意した事実はないし棚上げすべき問題も存在しない」と。「棚上げ論」は外交の裏話として文藝春秋などで盛んに取り上げられたが今それを表に出して認めると中国に大きな譲歩をすることになる。巧妙な術中にはまる。「固有の領土」、「領土問題は存在しない」との日本の立場を崩すことになる。野中氏の発言は戦略的にまずい。「時事放談」でどう釈明するか興味をもつ。

◇時々伝わるマンモスのニュースは夢をかき立てる。昨年北極に近い島の凍土から出たマンモスから血液を採取したというのだ。液体の採取は史上初。50~60歳のメスで肉は赤味を帯びている。血液は零下17度の冷凍庫内で凍らない。その特別な性質を研究するという。新鮮な組織からマンモスのクローンが誕生するかも。タイムカプセルから現れる巨獣は私たち何を語りかけるか。

◇もう一つのロマン。大西洋の深海にかつて大陸があった証拠が発見された。日本の潜水艦シンカイの成果。謎の大陸アトランティスの伝説につながるものか。

◇「ヘイトスピーチ」が問題となっている。ヘイトは憎しみ。在日の朝鮮人などに対して、「殺せ」「出て行け」などと叫ぶデモが増えている。表現の自由の限界を超えるものだ。成熟した平和国家日本のイメージを傷つける。

◇サッカーW杯連続出場の快挙は日本中をわかせた。久し振りのサムライ日本の意地を示した。意志の力と団結の心は私たちに勇気を与えてくれた。(読者に感謝)

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2013年6月 4日 (火)

人生意気に感ず「八ッ場。浅間山。維新崩壊。アフリカ会議」

◇昨日の本会議で萩原渉県議は「八ッ場」を取り上げた。私は、「八ッ場推進議連」会長として強い関心をもつ。地域には、ダム建設をめぐって積み重ねた半世紀の歴史がある。その過程を無視して一片の理想論の下に、建設を白紙に戻そうとした民主党。政治とは何かを問う壮大な実験場でもあった。

 やっと本体工事が決まった。4年の遅れをいかに取り戻すか。当初予定した平成27年の完成は極めて困難。地域住民の生活再建事業がダム完成にかかる。この地の歴史と特色を生かして新たな観光が甦える。下流都県の治水利治と共に。

◇「八ッ場」に次いで、浅間山の対策も取り上げられた。「3.11」の衝撃は地下のマグマに力を及ぼしているだろう。専門家は活火山が長いこと沈黙していること自体が異常で無気味だと指摘。本県には5つの活火山がある。渋川出土のよろい人骨は6世紀の榛名山噴火の惨劇を物語る。安全神話を吹き飛ばすドラマが近い。

◇日本維新が橋下氏の言動で崩壊しつつある。かつて戦国時代、安国寺恵瓊が信長のことを「高ころびにころげ落ちる」と予想したことを思い出す。沈没する船から逃げるネズミのように「維新」から離脱する政治屋があとを断たない。都議選と参院選の結果に興味が集まる。

◇アフリカ開発会議が横浜宣言を出して幕を閉じた。安倍首相は「成長はアフリカにあり」と語っていた。地の果てアフリカは、日本企業にとって限りない成長の地平線である。1月のアルジェリアのテロで日本企業が多くの犠牲者を出したことが記憶に生々しい。

 サハラ南部のサヘル地域の安定化のため、日本は今後5年間に1千億円拠出する。多くのアフリカの首脳たちを両陛下は皇居で迎えられた。それは、アフリカがぐっと近づいたことを示す光景だった。アフリカは長い歴史の過程で先進列強に支配され踏みにじられてきた。有色人種で世界の先進国、そして、平和の国日本に彼らは、信頼感をもっているだろう。裏切ってはならない。

 私にとってアフリカとの出会いは、少年の頃の山川惣治の「少年王者」だった。舞台はコンゴの奥地マウントサタンの谷底から始まる。ライオンにくわえ出された慎吾はゴリラに育てられ動物たちの王となり悪と戦う。あの暗国大陸に日本車が流れている。歴史の動きはダイナミックだが、アフリカが近代化され尽くした後地球文明はどうなるか不安である。(読者に感謝)

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2013年6月 3日 (月)

人生意気に感ず「世界遺産と養蚕。憲法は押しつけか。改正の原点」

◇養蚕に企業の参入が増えている。世界遺産登録が近づくのに養蚕がどんどん消えていく状況を心配していた。繭を原料とする化粧品などを作る企業だ。桑園を確保して桑栽培を始めるところが増えだした。

 それを支えるものは、農地法の改正である。企業の農業経営参入が規制緩和により容易になったのだ。

 「富岡製糸場と絹遺産群」の世界文化遺産登録が確実だが、背景には群馬の養蚕と絹に関する壮大な歴史がある。「鎌倉」がかなわなかったのに「富岡」が認められた根本には絹の大衆化がある。

 明治政府は当時世界最大級の模範工場の情報を公開したため器機製糸業は全国に普及した。それまで高級品として上流階級のものだった絹は大量生産で価格が下がり大衆のものになった。

◇シルクには人類文化の長い歴史が伴う。漢の皇女は国の秘密であるマユを髪に隠して辺境の異民族に嫁いだ。貴重な交易品の絹は漢からローマに至り、その間の長大な道筋はシルクロードと呼ばれた。このシルクロードは、近代において、東の果ての日本の群馬に至って新たな発展をもたらした。「世界遺産」をシルクの歴史に位置づけて生かさねばならない。それを支えるものが地域の養蚕業である。

◇憲法改正の論議が騒がしくなっている。軽々に「押しつけ」論を口にする国会議員の姿が気になる。原点を見ようと思って、昨日、県立図書館で第90回帝国議会誌を借りて読み始めた。憲法改正草案が審議された議会であった。

 昭和21年3月に改正の草案要綱が示され4月に衆院の選挙が行われ、その後の議会で約2か月にわたって草案が審議された(貴族院は約1か月半)。それでも人はアメリカに「押しつけられた」と言うが問題はその中味だ。私は基本的に素晴らしいと思う。

 審議録巻頭の幣原善重郎の言葉は胸を打つ。敗戦に至った経緯を反省して、国家再建に臨もうとする決意があふれている。当時の日本国民の姿を代表するものだ。反省して新しい国をつくろう、そのためには新しいルールである憲法が必要だと国民は考えた。憲法改正には、外圧とは別に、このような日本国の内在的要因が大きく働いたことを知るべきだ。亡くなった何百万という犠牲者の遺志もここにあると思う。「前文」のまずさは「読むに堪えない」とある議員が言ったが、底に流れる人類の理想を無視する人の弁である。(読者に感謝)

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2013年6月 2日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第61回

 松井かずは、八か月日本に滞在し、昭和51年、また中国に戻っていった。祖国日本の復興を身体全体で確かめ、肉親にも会えた。そして、日本へ帰国できる確かな道も開けた。日本を後にしながら松井かずは、自分のこれまでの人生が無駄でなかったと思え、嬉しかった。もう慌てることはない。中国で自分のやるべきことをきちんと済ませ、晴れた気持ちで日本に帰国しよう。彼女はこう思った。

 中国でやるべきこと、それは、主に子供のことであった。4人の娘は次々に結婚適齢期に入ってゆき、松井かずには、母親として娘たちを見守って手を差し延べてやることがいろいろあった。彼女が中国に戻ってから、まず、長女と次女が結婚した。そして、娘たちは妊娠し、出産した。長女の子は1500グラムという大変な未熟児で生まれたので、松井かずは必至で世話をし、その育児を手伝った。孫の誕生は、彼女にとって感慨深い出来事であった。自分の出産のときは、生きること、育てることで夢中であったが、娘の出産を助け、孫を手にとってみると、その温もりを通して、中国との関わりの深さ、中国で生きてきたことの重さを改めて感ずるのであった。

※土日祝日は中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2013年6月 1日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第60回

「日本は戦争に負けてよかったのよ」

「あらそう、どうして」

「だって、戦争に負けなければ、戦争をする国が続いていたわけでしょ。男は兵隊にとられるし。こんなに何でも自由で、いい暮らしができる国にはならなかったと思うよ」

 松井かずには、この同級生の言葉がよく分からなかった。確かに日本は良い国らしい。しかし、それは、戦争に負けたこととどのような関係にあるのか。そして、自分たちのようにお国のためということで満州に出かけて行って苦労した人や戦争であ亡くなった多くの人は、みな無駄なことをしたのであろうか。松井かずの頭に浮かぶ疑問に気付くはずもなく、同級生は、カラオケ教室のこと、買い物ツアーのこと、家を建てたこと、自動車を買い替えたことなど、松井かずには信じられないような華やかな日常生活のことを話し続ける。こんなに豊になって、こんなに楽しい生活をしている日本人は、昔の戦争のことなど思い出したくないのだろう。そんな過ぎ去ったことはどうでもよいことなのだろう。松井かずは、同級生の口元を見詰めながらこう思った。そして、このとき、中国にいる子供たちのことが思い出された。

このような日本の自由と豊かさを子供たちにも味あわせてやりたいという気持ちと、子供たちはこのような日本にやってきて大丈夫だろうか、きちんとやってゆけるだろうかという不安とが入り混じった複雑な心境であった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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