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2013年4月14日 (日)

『炎の山河』第5章 地獄の満州 第44回

「どんなことがあっても帰ります」

松井かずは、石のように動かない。その姿からは、何が何でも日本へ帰りたいという一念が伺えるのであった。しかし、どうしたことか、翌日、大連から予定の船が出ないという報が伝わり、彼女の日本行きは実現しなくなってしまった。船が出ないというのは本当なのか。誰かの策謀なのか。彼女は混乱し途方に暮れたが、どうするとこもできなかった。

 実は、この頃岸首相の中国敵視発言があって、中国側は態度を硬化させ、天津協定に基づく残留婦人の一時帰国も進まなくなってしまった。松井かずも、あるいはその影響を受けたのかもしれない。その後、前記のように文化大革命の動乱に巻き込まれ、緊張の中で、彼女は子供たちと共に生きるために精一杯の生活を続けなければならなかった。

  次に、大きな動きが始まるのは、1972年(昭和47年)、日中国交回復が実現したときである。この日日中国交回復によって、凍結されていた中国残留者の帰国問題が再び大きく動き出すのである。しかし、それまでの間に、貴重な歳月が流れた。中国残留者たちは、人生における貴重な年月が過ぎてゆくことを恨めしく思いながらも、どうすることもできなかった。

 松井かずは、日本の政府は、なぜ早く中国政府と交渉して自分たちを日本へ帰してくれないのか、いらだたしく、そして不思議に思った。

※土日祝日は中村紀雄著『炎の山河』を連載しています。

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