« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月31日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第40回

⑧ 望郷の念やまず。父の手紙来る。

 ところで、松井かずたちの中国残留者に大きな影響を与える日本と中国の関係は、複雑な国際政治の中で激しく揺れ動いていた。例えば、中華人民共和国の成立後、1953年(昭和28年)から、民間レベルの努力が中心となって集団引揚げが再開されていたが、これも、ある時期の日本政府の中国敵視政策のため打ち切られ、その後、日中国交回復が成立する1972年(昭和47年)まで引揚げの問題は明るい日の目を見ることができなかった。これも、米ソの対立に象徴される世界の冷戦構造に本意的な原因があった。つまり、このような世界の緊張関係の中で、中国政府は、日本の首相のみ近い発言に対しても微妙な反応を示すことが多かったのである。また、日本の内閣が変わることによって中国政府の態度に変化が生ずることもあった。

 ある時、撫順公安局の役人が、松井かずの所に来て、日本と文通が許される旨を伝えた。

「えー、本当ですか」

彼女は思わず叫んでいた。夢かと疑いたくなる気持ちであった。遠い祖国へ通ずるかすかな一本の糸を見つけた思いであった。彼女は、ときめく思いで両親への手紙を書いた。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月30日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第39回

 これらを見ただけでも、物凄い変化、そして松井かずが想像していたのとは逆の方向の変革の流れが滔滔と始まっていたことが分かる。男女同権ということで、女性も、男性同様、満20才以上の者は等しく選挙権を獲得。また、徹底した農地改革によって、農地の9割が実際に農地を耕す農民の手に帰することになって、従来の小作人は地主の支配から開放されて農村の民主化が大きく進んだ。

 そして、戦後の日本の発展にとって何よりも重要なことは、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本理念として日本国憲法が成立したことである。

 これら一連の民主的改革によって、国民は束縛から解されて大きな自由を得た。人々は、封建的な足かせをはずされて行動の自由を得ると共に、精神の自由を獲得したのである。このように、自由になった国民の間から爆発的なエネルギーが生まれ、それは、国の再建、経済の復興という国民共通の目的に向かって奔流のように動き出したのであった。

 松井かずが恐れたように、過去における歴史の常識、そして数千年の間繰り返された民族の興亡の歴史の教えるところによれば、戦いに敗れた民族は、殺されたり奴隷のように扱われたり、徹底的に抑圧されるものであった。ところが、戦争に敗れた日本国民は、かつてない自由を得たのであった。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月29日 (金)

人生意気に感ず「生活保護費を適正化する条例。驚異の人口減少。堀越解散命令」

◇面白い条例を作ったものだ。生活保護費等をパチンコ、競輪などに浪費する者の通報を義務づける。兵庫県小野市の福祉給付金制度適正化条例(27日可決成立)。過度の飲酒や風俗遊びも対象となり元警察官等の適正化推進員が通報を調査する。

 不正受給不正使用の実態は目に余る。国会も立法で適正化を図ろうとしている。しかしこの条例はお粗末ではないか。簡単に通報され調べられたらたまらない。受給者は日常生活を監視され精神的に傷つくだろう。人権問題になり得る。市議会の審議状況を知りたいものだ。

◇埼玉県議会では、貧困ビジネス規制条例を27日可決成立させた。生活保護者など生活困窮者を救うために悪質業者排除を狙う。1つの部屋を2つ以上の世帯に分割しないなどを求め、一定の無料低額宿泊所などの利用契約書を県に提出させる。

◇地方議会の役割が問われている。先日、県議会の勉強会に招いた講師は、地方議会は「立法府」だとして条例の積極的作成の意義を強調した。

 選挙で選ばれる議員は市民の生活の実態を知る立場にある。市民の為を思えば適切な条例を作ることが効果的なことが多い。今や、地方議員には条例制定能力も求められる。群馬県議会は最近「がん対策基本条例」、「議会基本条例」を成立させた。

◇日本の沈没を示すように人口が減る。27年後、県人口は、厚労省推計162万人。現在の県人口は200万人を少し切ったところ。上毛カルタはその誕生の1947年頃の人口を「力合わせる160万人」と歌った。下降線はそこを経て更に下がるのか。

 厚労省は27日、2040年の地域別将来推計人口を公表。群馬は関東で減少率最高。県内市町村は吉岡町を除き全て人口減少。南牧村の減少率は何と全国最高である。

 吉岡町と南牧村は両極端を示して興味深い。吉岡町の増加率は北関東3県で最高。県内年少人口も吉岡町は最高で南牧村は最低なのだ。

◇高齢少子化が進む中で働く者の負担は一層増える。国政の最大の課題であり、県政でも同様だ。負担は平等であるべきだ。このことは政治参加の平等を要求する。現在問題となっている一票の格差はここにつながることを知るべきだ。

◇堀越学園に解散命令が出た。活動中の学校法人に対する前代未聞の措置。元理事は逮捕され地裁で実刑。私学経営者の営利企業感覚は県教育史に汚点をつくることになった。(読者に感謝)

☆「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月28日 (木)

人生意気に感ず「日中友好協会成る。八ツ場の遅れ。ホリエモン出獄」

◇大きな懸案を遂げてほっとした。昨日(27日)、日中友好協会は嵐の海へ見事な船出を果たした。全国に数ある同協会の中でもその規模とスタート時の異常さに於いて注目すべき存在だと思う。正式に会長に就いた。

 昨年7月より6回の発起人会を重ねたがその間、10月、尖閣問題が発生し日中関係は最悪の事態に至った。しかし、こういう時こそ民間の友好協会は必要なのだと信じて貫いた。

◇設立総会は山口事務局長の周到緻密な計画通り進んだ。私は発起人代表として経過を述べ、議長を務め、役員案が承認されると、会長として挨拶し、この会の役割を果たしたいと決意を述べた。

 名誉会長に就いた大沢知事は共に国際戦略を進めると語り、中国大使館の韓志強公使は日中関係は必ず回復する、日中友好協会設立の意義は大きい、群馬との交流を進めたいと挨拶。

◇友好協会の船出を力強く支え総会をより意義のあるものにしたのは、先だって行われた講演だった。講師の元中国公使橋下逸男氏の語るところは、日中国交正常化の歴史的場面に立ち会った人の話として説得力があった。氏は、日中が2千年の歴史をもつ最も重要な関係であること、この歴史を踏まえて全体を見ることが大切であること、そして、あのような国交正常化は毛沢東と周恩来がいたから出来たと語った。

 橋下氏の「両国関係の現状と将来」と題した話は示唆に富み多くの点で今後の勉強のきっかけを与えるものであった。生かしたいと思う。

◇八ツ場ダムの完成が遅れる。計画の2015年度は困難だが出来るだけ早い完成を目指すと国交省。私は推進議連会長として過日太田国交相に早期の本体着工を訴えた。地元住民のため、下流域の治水利水のため一刻も早い完成が望まれる。遅れは民主政権失政の象徴である。

 都のダム負担金差し止め訴訟控訴審判決が明日(29日)言い渡される。原告は治水(洪水対策)利水(水需要)の効果を否定している。

◇虚業とマネーゲームの権化のように騒がれたホリエモン(元ライブドア堀江社長)が出獄した。週刊誌の獄中日記を時々見ていた。

 20キロ近くもやせた姿は精神の緊張とスリム化も示すと見える。獄生活の成果は大きかったのではないか。どのように再起を果たすか興味がある。ロケット事業などを行うと語る。若者世代への影響は大きい。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月27日 (水)

人生意気に感ず「選挙無効判決。日中友好協会。日中韓交渉」

◇衆院選を違憲で無効とする判決が出た(25日)。最近の自民党県議団総会でも問題になっていた。それは7月の参院選対策に関わるからだ。選挙区の是正を怠った国会に対して有権者は不信を募らせている。きちんと説明出来なければ投票してもらえないだろう。近く行われる国会議員との会議で問題提起しようということになっていた。

 一票の価値が選挙区によって異なるのは素朴な感覚からも不平等だ。憲法14条の平等原則違反だとする訴訟は60年も前からあった。以来、判決は合憲、違憲状態だが合憲、違憲だが選挙は有効と変遷を辿った。

 昨年12月の自民大勝の衆院選につき違憲無効と主張する訴訟が各地で起こり、今月高裁支部での違憲判決が相次いだが、それらは選挙を無効とまではしなかった。

 ところが遂に無効判決が出た。25日の広島高裁、及び26日の広島高裁岡山支部は、明確に、1票の不平等を憲法14条違反かつ選挙は無効と判決した。今後最高裁で争われ同じ結論になれば議員は失職する。

 そもそも、違憲の問題は選挙区の在り方で生じ、それは国会が法律で定める。国会が身を切る改革をしない結果だ。国会議員の身勝手は選挙など馬鹿らしいという感情を生む。民主主義の最大の危機である。

◇今日(27日)、日中友好協会が発足する。嵐の中の船出。昨年7月から6回の発起人会を重ねてきた。農業、商工業、観光業など経済分野を中心に分化の交流も進める基幹的役割を担う。県が上海事務所を拠点に進めようとしている国際戦略とも連携する。

 役割構成は元総理の福田康夫氏が最高顧問、名誉会長に大沢知事、会長に私が就く予定。

 発起人会を重ねるうちに昨年10月、尖閣問題が発生し、日中間は最悪の事態になった。

 しかし日中交流の重要性は不変で、むしろこのような時こそ民間交流の役割は大きい。それは日中の長い歴史が示す。2時から「日中の現状と将来」と題した講演、3時から設立総会。場所は大渡町の公社総合ビルである。

◇日中韓の自由貿易協定(FTA)の交渉が始まった。多くの品目で関税を撤廃して貿易の自由化を進める。日本側代表は三国の相互理解が深まり今後の交渉の土台が出来たと語る。

 日中間の安定化を示す事実だ。日中友好協会の船出にとって1つの好材料だと思う。(読者に感謝)

☆「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月26日 (火)

人生意気に感ず「南アフリカの驚異。韓国・漢江の奇跡。前橋工科大の躍進」

◇23日のふるさと塾でとりあげた国の1つに南アフリカがある。アフリカの暗と明を象徴する国。人種差別とエイズは前者、アフリカ最大の経済大国たる点は後者である。

 今日(26日)、南ア・ダーバンで主要新興5ヵ国BRICS(ブリクス)の首脳会議が開かれる。かつてブリクスはB(ブラジル)、R(ロシア)、Ⅰ(インド)、C(中国)を指し、Sは複数形を意味した。現在、Sは南ア(サウスアフリカのS)を指すと知って驚く人は多いのではないか。

 私は小学生の頃、南アにつき、金やダイヤがざくざくの資源国と習った。現在、日本の自動車産業を支えるのは南アのレアメタル(希少金属)だという。一例として、排ガス浄化材のプラチナは83%が南アから輸入。南アはレアメタル大国なのだ。

◇塾では南アのアパルトヘイト(人種差別政策)に触れた。南アは黒人の差別を法律で定めた国だった。撤廃後も影響を強く引きずる。教育を受けられなかった事から職種が限られ貧困の原因になっている。

◇アパルトヘイトは撤廃されたが人種差別はアフリカ大陸を覆う問題であり依然として人類の課題である。ヨーロッパのスポーツでアフリカ系の選手に対し観客席から、「ウッウッウッ」と猿をまねたヤジが飛びことがあるという。イタリアでは、このような観客を警察が捜査し5年間の観戦禁止処分にした。

 人類は昔から、白を最上位、黒を最下位に置き、肌の色で人間をランク付けし、黒人を動物のように扱った。その象徴が奴隷貿易であった。ケニア人を父母にもつオバマが人権国アメリカの大統領になったことは人類の一大進歩である。

 中国が南アを初めアフリカに大きく進出している。日本は出遅れているが、人権を掲げる平和憲法と高い技術力はアフリカに対する大きなセールポイントである。

◇韓国を振り返る。空気はきれいで、漢江(ハンガン)は静かに流れていた。経済の驚異的発展を漢江の奇跡と呼ぶ。日本よりも急速に少子高齢化が進み、北朝鮮の脅威がある。日本同様国難の時なのだ。漢江の奇跡を維持するカギは中国の巨大市場。内憂外患をどう乗り切るか見守りたい。

◇前橋工科大の卒業式に初めて出た。先端技術分野を学んだ学生の意気込みが流れていた。この大学のパワーをいかに生かすかが県都発展の1つのカギだと思った。(読者に感謝)

☆「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月25日 (月)

人生意気に感ず「韓国を走りその姿を見た。百済博物館。ふるさと塾でアフリカを語る」

◇韓国の朝を3日間走ってこの国の活力と安定を肌で感じた。大通りから裏の商店街に入って驚いた。ハングル文字あふれる光景は異様で一瞬異星人の世界に迷い込んだのかと思った。極めてまれに漢字に出会うとほっとする。

 漢字には人間の歴史と心の文化が込められている。漢字を捨てた韓国は便利さを求めて大切なものを失ったのではないか。

 ひらがなを発明し、漢字と共に用いる日本の文字文化の素晴らしさを改めて思った。

◇最後の22日は、ソウル市内の百済博物館を見た。百済は、韓国の歴史上初めてソウルを首都にして約500年の歴史を築いた。博物館はタイムマシーンのように過去の世界に導いた。私は日本との深い関係に思いを馳せた。日韓両国が互いの歴史を正しく教えることは極めて重要である。

 休戦協定を破棄し火の海にすると意気まく北朝鮮の姿は、またいつものこととほとんど無視されていた。ソウルの夜出会った数人は渋川の人で翌日板門店に行くと話していた。

ソウルの大通りの中央分離帯には五輪選手のオブジェが並んでいた。この国でよく実現できたと思う。1988年(昭和63年)のソウル五輪成功は「北」に対する勝利を象徴する快挙だった。前年の大韓航空機爆破は五輪阻止が目的だった。

◇帰国翌日のふるさと塾は「アフリカ」であった(23日)。チュニジアから始まった民衆革命(アラブの春)、日本企業(日揮)が襲われ邦人多数が犠牲になったアルジェリアのテロ、エジプト・ルクソールの気球事故等、最近アフリカの出来事が注目を集めてきた。

 アフリカは最も遠い大陸であるが、日本人がこれから大きく関わる国々であり、また人類の現在と未来に関わる重大な問題を抱えるので取り上げた。

 膨大な資源、眠りを醒ます10億を超える人口、開発を待つ限りない地平線。日本のチャンスと役割は大きいのに大幅に出遅れている。

 小学生の頃、アフリカは私にとって山川惣治の少年王者、少年ケニアの世界だった。人類と文明発祥の地アフリカは暗黒から世界の表舞台に登場しようとしている。肌の色による偏見と差別を引きずり、貧困、飢餓、難民、エイズは世界の課題である。「塾」ではこれらに触れながら、南アフリカ、エジプト、アルジェ、ケニア等を考えた。ナイルの賜エジプトは「世界の母」と呼ばれる。ケニア人の父母から生まれた子は米の大統領になった。多くの参加者があった。(読者に感謝)

☆「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円

)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月24日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第38回

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第38回

⑦ 松井かずが思いを馳せる戦後の日本は。  日本の復興

 

1945年、昭和20年の敗戦によって、一時は呆然自失、あるいは、虚脱状態に陥った国民は、各地の混乱が比較的すみやかに収拾される中で、やがて落ち着きを取り戻し、開放感を味わえる状況に入っていった。これは、アメリカ軍の占領政策が順調に国民に受入れられていったことの結果であった。そこには、新に再生日本の主役となって立ち上がろうとする人々の姿が見られた。

 新生日本の出発点に当たる、1946年(昭和21年)、1947年(昭和22年)の重要な動きを拾ってみると次のようである。

〔1946年〕(昭和21年)

㋑ マッカーサーは、民主化の基本的方向として、男女同権、労働者の団結権、教育の自由化、専制の廃止、経済の民主化を打ち出し、経済の民主化としては、特に財閥の解体を指令した。

 選挙法改正(婦人の参政権を認める)

 天皇、神格を否定し、人間宣言

〔1947年〕(昭和22年)

㋑ 農地改革

 日本国憲法の公布

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月23日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第37回

ちなみに、走資派の頂点にいた劉少奇は逮捕され、全ての地位をとり上げられ、獄中で死んだ。また、もう一方の中心人物鄧小平は、その後返り咲き、中国の最高実力者となって、現在資本主義と変わらない経済政策を押し進めている。現在の中国の変化を、毛沢東は天国からどのように見ているのか。

松井かずにとって、子供の成長を見守ることは唯一の楽しみであり、心の支えであった。しかし、子供たちのことに打ち込んでいる間も、祖国日本のことを忘れたことは片時もなかった。いつかは日本に帰るのだという一念から、周りの勧めにもかかわらず中国籍を取得せず、日本国籍を大事に守っていた。

松井かずは、いつも祖国にいる肉親のことを心配していた。群馬の奥地・吾妻の父や母や兄や妹は無事でいるだろうか。日本は、恐ろしい原子爆弾を落とされて国中が焼かれ、無条件降伏をしたという。父や母は殺され、兄や妹は奴隷にされているかもしれない。彼女は、ソ連兵の恐ろしさを忘れることができない。中国では、その恐ろしいソ連兵も自分の国に帰っていった。しかし、日本は、ソ連兵と同じ白い肌のアメリカ軍に支配されている。いつも大勢のアメリカ兵に支配されている日本の女たちのことを考えると身の毛がよだつような恐ろしい光景が、かつてのソ連兵の姿と重なって想像されるのだった。

古来、中国大陸では、民族の興亡が繰り返し行われ、戦いに敗れ支配された民族の過酷な運命を、松井かずは何度も聞かされていた。ああ、日本はどうなっているのであろうか。しかし、たとえどんな惨めな日本であろうと祖国日本に帰りたい、年と共に彼女の祖国への思いは募っていった。

松井かずたち大陸の民衆にとって、中国は閉ざされた世界であったが、外の世界は急速にそして大きく動いていた。特に、日本の変化は、彼女の想像をはるかに超えて大きかった。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月22日 (金)

人生意気に感ず「韓国の壮大な躍進。国会議員の重大な発言。日韓の絆」

◇忠清南道の道庁・新庁舎を視察した。人口201万の政治と行政の拠点。生れたばかりのメタリックな庁舎は韓国の更なる発展を期すように輝いていた。道庁はデジョン市にあったが、デジョン市は人口が百万を超えて道と同格となり、忠清南道から独立した。独立した市に道庁を置くのは不都合ということで別の地に道庁舎を作ったのだ。

 群馬と同規模の人口で議員数は41。知事、教育官等の執行部席が議員席の左右にあることに驚いた。群馬を含めた日本の議会の常識では執行部席は議員席と対面の位置にある。教育官は教育長に当たるもので韓国では選挙で選ばれる。各席にはパソコンが付いていた。写真で見る限りの議員の表情は激しく深い。政治は国民性を写す。韓国の政治は国民と共に激しく生きているのかも知れない。

◇壮大な都市建設の現場を見た。セジョン市を含めたエリアが生まれ変わろうとしている。首都ソウルは余りに過密だ。それを救うと共にこの国の新たな発展のエンジンを狙う。首都の機能を移して均衡ある都市の発展と大韓民国の未来を築くという。

◇私の想像だが、東京は首都直下大地震に備えて首都機能を移そうとしているが、韓国には北朝鮮の脅威に備える意味があるのではないか。ソウルは「北」に近い。「北」はソウルに近い所まで侵攻用トンネルを掘った事実がある。

◇有力な国会議員ホンムンビョ氏と貯水池を臨む田舎のレストランで昼食を共にし意見を交わした。私はホン氏の隣に席をとり北朝鮮に関する質問をした。ホン氏の答えは私の心を把えるものだった。「韓国の安保が日本の安保となり、日本の安保が韓国の安保となります」、「難しいことは国に任せ、皆さんとの交流が大切です」、「兄弟のような2つの国、歴史を見れば血がつながっています」、「歴史はつくる人が主人公、皆さんが主人公です」等々。このような発言がソフトな表情から自然について出る。日本の国会議員の軽さが思い出された。

◇竹島を辿る緊張をマスコミは誇張して伝える。実態は異なる。ホン氏を通し、また一日同行した主要な行政マンを通して私は日韓の友好の深さを感じた。韓国は緊張の中で素晴しい躍進を続けている。この事実を飢えた北の人々はどう受け止めているか。長くもたないのではとの問いに行政マンはうなずいていた。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月21日 (木)

人生意気に感ず「ソウルを走る。ウソン大学と日本の若者。小学校視察」

◇6時半、ソウルの朝を走る(20日)。光化門、南大門の間。途中に米大使館があった。時計は日本時間と同じである。明け始めた薄闇の中、車の流れは早くも勢いを増し、この国の活力を示していた。

◇この日、朝9時ソウル駅発の新幹線でデジョン(大田)に向かう。午後5時までびっしりとウソン大学を中心に近くの小学校を加えた視察に費やした。

 ウソン大学の一角を構成するソルブリッジ国際ビジネスカレッジは国際化時代の先端を走る大学の姿を生き生きと示していた。

 発足4年で昨年初めて卒業生を出した新生の大学は全ての授業を英語で行う。私たちは米人教師が映像を使って熱心に講義する光景を見た。広い講堂に私語はなく教師と学生間に信頼と緊張があることを感じた。

 あらゆる施設が行き届いていて、英語力が不足する生徒をサポートする場所もあった。案内をする若いスタッフは、「21世紀の世界経済の中心はアジアです。この大学は将来のアジアを見据えたグローバル人材の育成を目指しています」と自信に満ちた表情で語った。

 留学生も使う寮は一室2人制で机、トイレ、シャワー等が整っていた。上毛学舎との対比を口にする議員もいた。

 世界26カ国から留学生が集まっており、日本人学生は8人。名古屋出身の女子学生はここで力をつけ将来日本の企業で活躍したいと意欲を語っていた。

◇若い大学スタッフたちとの会議は、よくある形式的なものでなく、会議の名に値するものだった。県立女子大外国語研究所を介して群馬の高校生を春休みと夏休みを利用して受け入れる条件等が議題であった。

 彼らは日本をよく分析していて、日本の若者の姿勢は内向きで国際感覚に乏しいと数字をあげて指摘。また、群馬の国際戦略はどうかと質問した。

 私は群馬県政の大きな課題として東アジアとの経済交流を進めようとしているがそれを支えるのは人材である、群馬の私学と教育委員会は力を合せてグローバル人材の育成に努めるべきだと意見を述べた。

◇小学6年生の生き生きした英語の授業風景を見た。2人の教師のパフォーマンスが躍動し生徒がよく受け止めている。廊下の幅は広く行き交う表情は生きていた。学校の活力はこの国の力を示しているようであった。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月20日 (水)

人生意気に感ず「南海トラフの超被害。病院管理者廃止。ソウルの夜。」

◇19日、朝刊各紙は一斉に南海トラフ型大地震の被害想定を報じた。中央防災会議はM9・1の経済被害は最悪220兆円余、国家予算の2倍を超え直接的被害額は東日本大震災の10倍に及ぶ。最大の津波は32mに達すること、そして生命を失う人は20万人を超えることは既に報じられている。南海トラフには、東海、東南海、南海3つの岩盤のかたまりがあり、それぞれにつき大地震が想定され、歴史上、規則性をもって起きしばしば3つが連動して起きた。専門家は今回この3連動が近いと指摘する。東日本大地震はこれから続く大地震の正に序曲なのだと思う。

◇最大の被害想定が公表されると多くの人は打つ手はないと恐れ対策は無駄だと思ってしまう。先日、早朝4時台のNHKテレビで群大の片田教授がこの点につき意見を述べていた。それは、最大の被害想定を恐れて諦めるのはよくない、最悪の事態に対応出来ない対策でも有効だというもの。

「想定外はない」という「3・11」のいましめに振り回されてはならない。教訓は賢く活かさねばならない。

◇19日、議会終了時間が遅れた。病院管理者廃止を実現する条例案の審議が入ったからだ。各県立病院には現場の責任者たる院長がいて、その上に4病院を統括する病院管理者がいた。院長が経営上の重要事を決められない構造が赤字を生む一因でもあった。現場の志気を高めることは医療の質を高上させ経営改善につながる。条例案は可決され「管理者」は廃止となった。

◇韓国視察団のメンバーは慌しく出発した。午後8時15分、アシアナ航空で羽田を立ち10時35分ソウルの金浦空港に着く。専用バスでホテルに向かう。北は休戦協定を破棄したから南北は戦争状態にあるとも言える。ソウルのネオンは静かに輝きこの国の繁栄を誇示しているようだ。ガイドの女性は何も起きないだろうと笑った。いつもの事で慣れていると言わんばかり。私は闇の彼方の飢えた人々を想像した。

◇ホテルに着くと午後11時を過ぎていた。明日は早くからウソン大学の視察。この大学に英語で授業する部門がある。教授陣の協力を得て夏休み中、群馬の高校生に英語を勉強させる。窓口に県立女子大の外国語研究所が当たる。今回はその調査である。メンバーには女子大の教授もおられる。韓国経済の強さを支える一つの要素は国民の英語力である。その実態を見たい。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月19日 (火)

人生意気に感ず「日中友好協会設立近づく。韓国視察。ふるさと塾はアフリカ。母を殺す」◇

日中友好協会の最後の発起人会(第6回)があった(18日)。正式名は群馬県日本中国友好協会。最後というのは今月27日設立総会が行われ設立に向けた発起人の役割は終るからである。

 嵐の中の船出である。最初の発起人会のとき尖閣問題はなかった。問題は緊迫化し戦後最悪と言われる状況となった。やや安定したとはいえ、習近平主席は、17日の全人代(全国人民代表大会)で領土問題で妥協せずと強調。ピリピリした緊張は変わらない。

◇友好協会の役員案は、最高顧問に元総理福田康夫氏、名誉会長大澤知事、会長中村紀雄等となっている。

 大局的に日中は互いに必要不可欠である。歴史を振り返れば国同志は誤ったり争ったりする。そんな時こそ民間の交流の役割がある。習主席は前記大会で「平和発展の道を歩み国際的な責任と義務を履行する」と語った。PM2.5に象徴される環境問題一つ見ても、その克服には日本の技術が必要な筈。また市場としての中国は増々発展する。私は決意と情熱と理想をもって会長の役割を果たそうと思う。

◇今日は議会最終。午前7時半の自民党議員朝食会で、私は改めて日中友好協会を説明し総会参加を呼びかける。議会終了後直ちに出発し午後8時15分の便で韓国に向かう。現地議員と交流。百済祭誘致等重要課題がある。

 22日帰国し、23日(土)、「ふるさと未来塾」を通常通り行う(午後7時前橋総合福祉会館)。今回のテーマはアフリカ。

 かつて奴隷の供給地とされまた切り刻まれて植民地とされた国々は大きく変貌しつつある。チュニジアから始まった市民大衆革命、アルジェリアの邦人人質殺害事件、日本の自動車産業を支えるレアメタルの供給国、日本企業の進出、こどもの頃夢を馳せた少年ケニアの国の現在等、アフリカは日本国として、日本人として目が離せない。地の果ての国が近づきつつある。講師は私。誰でも入場可。乞うご参加。今朝は2時に起きた。明け方少し眠っていつもより早い6時半に走る。バックにはマラソンシューズを入れる。北朝鮮の脅威を肌で受け止めたい。

◇衝撃の事件だ。川崎市の19歳の少年が「お母さんをナイフで刺し殺した」と供述。43歳の同居の母を殺して各部を切断したという。かつて尊属殺人は死刑又は無期だった。改正されたとはいえ倫理的に極めて重大。異常心理か病める日本人の象徴の一例か。見守りたい。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円

)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月18日 (月)

人生意気に感ず「大津自殺者の父の手記。メガソーラー開所式。百花繚乱の女子大生」

◇「大津いじめ自殺父闘いの全記録」(文藝春4月号)を読んだ。読みながら平成22年11月に起きた本県新里東小6年上村明子ちゃんの自殺を考えた。私は本会議で本件を解決し繰り返される自殺の連鎖を食い止めることが少女の死に報いる道である、訴訟では目的を達することは出来ないと訴えた。

 大津いじめ自殺(中2男子)は、翌平成23年11月に起きた。父親の手記から明子ちゃん事件の対応の当否が浮き上がる。

 父親の努力は大変なものだった。渋る学校に迫ってアンケート調査を直ぐに実行させたのがよかった。刑事告訴を受けて警察は学校から大量の資料を押収した。第三者調査委員会がこれらの資料を中立の立場から分析した。

 教委や学校側にはどうしても身内をかばい事実を隠す体質がある。その点学校主体でない第三者調査委員会の役割は大きい。大津の場合、委員の構成も適切であった。

 父親は「私たちのケースを例外にして欲しくない、今回の大津市のように中立的な第三者委員会が設置され要求があればすべての必要とされる資料が否応なく提出される制度が必要だと思います」と述べている。

◇第三者調査委員会で教育評論家の尾木直樹氏は次のように指摘している。父親が頼んで実施された生徒たちのアンケートを丹念に読むことから始まった、みんな精一杯書いている、これを目にして心が動かない人はいないだろう、ところが不思議なことに先生方がアンケートをきちんと読んだ形跡がない、教職性の欠如は致命的で教師失格だと。明子ちゃん事件も直ちにアンケートが実施され、第三者委員会の調査が行われたなら違った経緯を辿ったことだろう。訴訟はまだ決着がつかない。

◇民間企業の太陽光発電開所式が行われた(15日)。赤城鍋割を背にし前橋市街が一望できる太陽がいっぱいの地金丸町。メガソーラースタートは前橋で初。山本市長の声も弾んでいた。私は「東日本大震災後のエネルギー状況の変化の中で新エネルギーの時代になりました、この地では既に小水力発電も始まっています、時代の先端を二つの新エネルギーがリードすることを祈ります」と挨拶した。

◇百花繚乱の如し、育英短大の卒業式である。着飾って弾けるような笑顔。前途をどう考えているのかと思った。短大で学んだ事に関して知識を広め深めるよう読書の習慣を、それが生きる力になると私は挨拶で呼びかけた。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月17日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第36回

毛沢東は、党の中央から末端の組織に至るまで根強く存在している劉少奇たち走資派の力を排除し、これに代わる力とは、大衆によって民主的に選ばれ、大衆によって支えられる力である。そのためには、大衆を思う存分立ち上がらせることが必要である。この立ち上がった大衆の力によって、過去数千年の歴史の中で搾取階級が残してきた思想や文化や習慣を排除することによって、真に搾取のない平等な社会が生まれるのだ。毛沢東の思想の中心は、こうだった。このようにして、文化大革命の大号令が発せられ、大衆は立ち上った。その中心となったのが紅衛兵であり、それは、松井かずたちのところへも押し寄せたのである。

資本主義日本は、かつて中国の最大の敵であったから、文化大革命の中で、日本人や日本人とつながりのある者は批判の対象となったのである。文化大革命の動乱は、十年にも及び、その間、松井かずは、日本人であるが故に批判されないよう行動を慎まねばならなかったし、日本人の子ということで5人の子供たちが後ろ指さされぬように緊張した日々を送らねばならなかった。やがて嵐は静まっていったが、その間、月日は矢のように過ぎていった。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月16日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第35回

⑥ 毛沢東の中共、文化大革命

 1937年、昭和12年に日中全面戦争となり、日本は泥沼の中国戦線に引き込まれていったが、当時、中国では、毛沢東が率いる共産党の軍と蒋介石の国民党軍が対立し、争っていた。両者は、日本と戦うために一時力を合わせるが、日本が敗れた後、再び戦うことになり、中国は内乱が続いた。そして共産軍が勝利を治め、中国を統一した毛沢東は、1949年昭和24年、中華人民共和国の成立を宣言。ここに中国の歴史上初めて社会主義統一国家が生まれたのである。この新しい国家を指導する共産党の内部に、やがて権力抗争が生じ、この抗争の中から、毛沢東が指導する文化大革命が始まった。

1960年代の半ばのことである。毛沢東の政敵は、劉少奇(りゅうしょうき)や鄧小平(とうしょうへい)等、走資派と呼ばれる人々であった。

走資派とは、字の如く、資本主義の道を歩む者という意味である。中国は、長いこと資本主義の力によって支配されてきた、その資本主義の侵略と戦って社会主義の中国を建てたのに、その建国の精神からはずれる人々が広く浸透し始めた。それは、社会主義のあるべき姿からはずれてゆくことになる。真の社会主義を望む大衆を走資派は抑圧している。この力を一掃しなければ真の社会主義は生まれない。毛沢東は、こう考えた。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月15日 (金)

人生意気に感ず「煙霧と黄砂とPM2.5.新ローマ法王誕生」

◇10日、午後天気は一変、上毛三山はおろか近くの景色まで黄色い砂煙で隠れてしまった。かつてないことだ。直ぐに中国の黄砂とPM2.5を連想した。「煙霧」という現象とか。

 県はPM2.5の測定地点を現在の3地点から新年度は7地点に増やす。本県は関東各県に比べ測定点が少なかった。同水準になる。環境省によれば全国の測定点が十分でない。健康を守るための戦闘態勢を整えねばならない。

◇10日の「煙霧」を直ちにPM2.5や黄砂と結び付けられないとしても、そう思って備えねばならない。中国の環境状況と我国に対するその影響は極めて深刻だからだ。

 PM2.5のような微粒子は肺の奥まで達し発がんのリスクを高めるという。中国は規制が緩いのでダイオキシンや農薬が大量に空中に蔓延し、それを吸着したPM2.5が日本を侵略する。「煙霧」の正体だとすればぞっとする。10日、ヨドバシカメラでは清浄機が飛ぶように売れたという。自衛の他手はない。

◇中国は酷い。北京とその近郊都市の大気汚染が最悪らしい。そういう都市の住民は次のように語る。「工場から戻って顔を洗うと水が黒くなる。この街の人はみな肺が悪い。工場で10年も働けば肺が真っ黒になる」

 世界銀行の中国レポートでは、大気汚染で年間約70万人が死んでいるという。中国の汚染大気は経済怪獣が吐き散らす毒息である。

 企業の経済活動は社会を壊すものでなく貢献するものでなければならない。一国の経済も同じだ。真の経済大国は図体だけではない。世界に貢献する国でなければならない。

◇新ローマ法王が誕生した。2千年のカトリックの歴史は壮大な人類のドラマであるが南米初ということでその思いを強くする。カトリックはコロンブスの新大陸発見と共にスペインによってもたらされた。2つの文明の遭遇は新大陸の人々にとっては過酷な悲劇の幕開けだった。布教という目的のためには手段を問わない征服者によって殺戮の限りが尽される。新しく持ち込まれたウイルスの影響もあって原住民は激減し労働力供給のためアフリカの黒人を対象とする奴隷貿易が始まる。

 過ちを乗り越えてカトリックは新大陸に広がった。新法王はアルゼンチン人と知って驚く。かつて独裁者ペロンはカトリックを抑圧した。夫人のエバが演説したバルコニーを思い出す。精神世界の危機に法王はどう向き合うか。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月14日 (木)

人生意気に感ず「放射能の恐怖。北の核。中国の原発。地球外生命の発見」

◇最後の放射能対策特別委員会が開かれた(11日)。特別委は終わるが、ここで検討された事は今後も県政の重要課題として取り組まねばならない、特に重要なことは原発事故の教訓を生かすことであると私は発言した。

 福島原発及び刈羽原発の安全確保等に関し県・東電間の覚書きの内容が明らかにされた。そこでは、原子炉の故障や汚染物質の漏えい等の異常時の報告義務等が書かれている。

 私は北朝鮮の核や中国の原発に関する情報は隣県の放射能以上に脅威であるから国の機関と連携を密にして情報の収集に努め万一の時の備えに当てるべきだと発言した。

 北や中国に対する危険意識は委員や執行部の間でも余り高くないように感じられた。朝鮮戦争は1950年に起きた現実で、北は、この戦争の休戦協定を一方的に破棄すると宣言した。追い詰められて何をするか分からぬ、地上に数少なくなった狂気の軍事独裁国家である。平和ぼけの日本人は目を醒まさねばならない。

 中国の電力需要は増えるばかり。現在稼動の原発は16基で、建設中が29基、2020年迄にさらに約50基増やす計画という。原発の安全度はその国の政治体制と不可分である。中国は国政に対する国民の監視と批判が十分に認められず人権の保障度も甚だ低い。これらの点で日本と対極にある。安全管理が最も厳しく人権大国日本で起きた事故が中国で起きないとはいえない。

◇北朝鮮が休戦協定の白紙化を主張したことにより緊張が高まっている。米は、北の脅威に対処するため持てる力全てを活用すると強調、米朝はぎりぎりの神経戦を続ける。

 私は休戦委員会が設けられた板門店、また南を侵攻するために岩盤を掘った地下トンネルを見た。トンネルは4本発見されている。私が見た第3トンネルは武装兵3万人が1時間で移動できる規模でソウルに52キロまでのびていた。黒く光る岩面に北の狂気がこめられていた。

◇NASAが火星の岩石から生命をつくるのに必要な元素を発見した。元素から発展した化合物も見つかったという。地球外生命の可能性に近づいた。太陽系以外の惑星に生命が存在することを示唆する。生命が発生すれば進化する。宇宙には知的生命が存在すると思う。

 大学に入った年、オパーリンの「生命の起源」を読んだ。オパーリンは、実験室で生命の生成を試みた。NASAの報道はあれ以来の夢を実現させるものか。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月13日 (水)

人生意気に感ず「生涯最後のA氏の訴え。県スポーツ条例。放射能特別委終わる」

◇「生涯を終えようとしている私が深くスポーツを愛するが故に最後のお役に立ちたいと思うのです」、「私は学校の運動部の部活動に大きな疑問を持つようになりました」現在80歳を超えた元オリンピック競技役員のA氏は、私にこう訴えてきた。私は11日、A氏の手紙を読みながら質問に立った。

 部活指導教諭の体罰によって高校生が自殺した。この事件を機に体罰問題が封を切ったように次々と表に出た。A氏は氷山の一角だと指摘する。

 体罰の問題は根が深い。文科相は、「日本のスポーツ史上最大の危機」と発言、今国会で審議される「いじめ防止対策基本法案」では教諭による体罰もいじめに当たると位置づけられる。A氏が切々と訴えるところは自らの長い体験に基づくだけに説得力があり胸を打つ。優秀な選手の育成のみに情熱を傾けてきた自分が恥かしく深く反省したとも語る。

 私は、A氏の訴えに触れながら、スポーツとは何か、誰のものかと問うた。健全な心と身体を養い生きる力を培うもので、一部の優れた生徒のものではない。今議会でスポーツ振興条例が審議されるのを機に、思い切ったスポーツ教育改革を進めなければならない、そのための具体的な対策を打ち出して欲しいと提案。教育委員長は承諾した。

◇今議会で議員発議される「群馬県スポーツ振興条例案」は画期的なものである。その前文には、「県民が生涯にわたり、いつでも、どこでもスポーツに親しみスポーツを楽しむことができるようスポーツ環境の整備に努めスポーツによる明るく豊かな県民生活の実現を目指す」と高い理念を掲げる。

 この理念が求めるものは、体罰なきスポーツ指導であり、優秀選手の育成に重点を置く従来の方針の転換である。それは、前記A氏が熱く訴えるところと一致する。教育委員長は、この条例の意義を重視すると発言した。

◇今日は特別委員会の日で、我が放射能対策特別委員会は、一年間の審議の結果を提言にまとめ幕を閉じることになる。福島第二原発を視察し炉心の下に立ったことや青森県六ヶ所村で核燃料廃棄物の処理場を見たことが忘れられない。私個人は、国会及び民間の事故検証報告書を読んだ。これらを踏まえ今後も発言するつもりだ。

 今日は、北朝鮮の核、中国の原発も質問の中で取り上げるつもりだ。隣県刈羽の原発以上にこれらは重大な脅威と考えるからだ。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月12日 (火)

人生意気に感ず「3.11追悼式。放射能の恐怖。梶原裕太君の答辞。教育委員会を土・日に」

◇昨日午後、委員会を中断し、本会議場に移動し追悼式を行った。松本議長、続いて大沢知事が追悼の辞を述べ、2時46分に1分間の黙祷を捧げた。静寂の中、目を閉じると、高い建物も呑んで押し寄せる大波と逃げ惑う人々の光景が浮かぶ。千年に1度の歴史的瞬間であった事を改めて痛感した。

 被害の一端を確認しておこう。8日現在、死者15、881人、行方不明者2,554人避難者315,196人。本県にも1500人の避難者がおられる。東京新聞が原発関連死と定義づけた福島県内の死者は789人。

◇改めて思うことは、千年に1度の巨大地震が原発事故を引き起こしたことだ。目に見えない放射能の恐怖は日本を切り裂き世界を震撼させた。人類で唯一原爆被曝を経験し最も安全管理を徹底させていたと思われた日本で原発事故が生じたことが世界の注目を浴びたのだ。

 県議会は、大規模地震対策特別委員会、放射能対策特別委員会を設けて対応してきた。私は両特別委に属して発言してきた。これら委員会を振り返って、「3.11」はこれから予想される大災害の序曲であり、原発事故は終息していないと思う。13日、放射能対策特別委員会は最終日を迎えるが、私は放射能の新たな恐怖を発言するつもりだ。

◇昨日の教育関係委員会で防災教育に関して気仙沼市立階上中学の答辞に触れる発言があった。全国に感動を与えた、震災直後の卒業生代表梶原裕太君の答辞を読み私は感動を新にした。「時計の針は14時46分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かされたものとして顔を上げ常に思いやりの心を持ち強く正しくたくましく生きていかなければなりません。命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です」(一部)。体験者の一語一語が胸に迫る。

◇昨日の文教常任委員会で私は教育委員会の在り方を問い、その改革を具体的に提案した。現在、「教委」の形骸化が指摘され、その廃止論まで出ている。県民の目に改革の姿勢をはっきりと示すために委員会を時には、土・日に開くべきだというもの。多くの傍聴人の参加は教育改革と教育委員に対する刺激になる。繰り返しの私の求めに対して教育委員長は前向きに検討すると答えた。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月11日 (月)

人生意気に感ず「3・11の衝撃を振り返る。多胡碑書道展。楫取が売れている」

◇2年前の3月11日の事は生涯忘れ得ない。目前の県議選の準備で選挙事務所予定地の公民館に居た。午後2時過ぎ垂れ込めた鉛色の雲の下で突如建物がゴーゴーと音を立て激しく揺れ出した。それは長く続き、ただごとではないと思った。

 その後続々と衝撃の情報が入る。M9・0、世界最大級の地震はNASAの発表では百万分の1.8秒だけ地球の自転を短くした。地球内部の密度に違いを生じた結果だという。

 この衝撃力は未曽有の津波と原発事故を起こした。石原知事(当時)は「天罰」だと発言し世の批判を浴びたが秘かに納得する人も多かった。翌日の短大学位授与式で「昨夜の巨大地震は科学万能、物質万能で欲望に走り、心を貧しくした日本人に目を醒ませと教えているように思えます」と挨拶した。

 「3・11」は迫る大災害の序曲だ。首都直下及び、東海・東南海・南海の「南海トラフ型」が確実に迫っている。最大の課題は「3・11」を如何に生かすかだ。過去、私たちは異常な災害を乗り越えることで新たな発展を実現してきた。

 群馬は大丈夫という「安全神話」は私たちを自己主義に陥らせる。日本人が試されていることは群馬県人が試されている事を意味する。

◇多胡碑記念書道作家展のオープニングセレモニーで次のような挨拶をした(9日)。「この記念館で書道展を開くことには書道のもつ歴史的意義から格別な意義があります。初代県令楫取素彦は多胡碑を守り、刻まれた書を高く評価しました」

 楫取は多胡碑を日本三碑の第一位であるとし碑亭を作って保護し碑書の拓本を中国人書道家楊守敬に贈呈した。楊がその著書で紹介したため書道的価値が広く認められるようになったと言われる。

◇鳥羽町の歴史の会で楫取の講演をした(10日)。名県令の実績の根には幕末長州に於ける熱い体験、中でも吉田松陰との絆があることを話した。今、各地で講演活動を行っている。

◇楫取素彦読本が

煥乎堂等で売れている。昨年8月以来3版を重ねた。接骨師の北爪隆雄氏から「粗本」との批判を受けたが元より学術書を狙ったものではない。余りに知られていないことに義憤に似たものを感じた私は一歩として中学生にも読めるものをと考え、各頁の下段にはいささかのコメントを付した。目的を果たしつつある事を感じる。販価300円である。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円

)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月10日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第34回

 松井かずの子どもたちは、よく勉強したが、特に4人の女の子は成績が良かった。

「長女の春冬は、文化大革命に当たったのでかわいそうでした。当時、娘は中学生でしたが、文化大革命のときは、学校でもあまり勉強をしないで、みな農村にやられ、農作業をさせられたのです。このとき、日本人だということでずい分ひどい目に合った人もいます。その点、うちは、主人が強い人で、私や子供たちを守ってくれました。私は、分化大革命というのは何のことかよく分かりませんでしたが、とにかくひどいものでした。」

 松井かずは、当時のことを感慨深そうに振り返る。

「誰かが密告するのです。すると、大勢で押しかけてきて、攻撃し、みんなの前で反省させられるのです。そうされたら、普通の人は抵抗できません。主人は無学の人でしたが嘘や曲ったことは大嫌いな人で、私や子供がおかしなことを言われると、相手が誰でも、どんな大勢でも、そんなことはないと強く言い返しました。主人は力も強く、気性の激しい人でしたから、怒ったときの剣幕は大変なもので、みんなが恐れたのです。お陰で私たちは助かりました。日本人の中には、資本主義の手先だと言われ、町中引きまわされた上、長いこと牢屋に閉じ込められた人もいました」

 松井かずたちが巻き込まれた文化大革命とは何か。また、それを引き起こした中国の社会はどうなっていたか。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 9日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第33回

 小学校に入るには、簡単なテストがあった。松井かずが大変心配したのは、次女の秋栄の時であった。この子は、目がくりくりとした可愛い子であるが、変わっていた。学校へ入る時期になっても「マー」(お母さん)とか、「パー」(お父さん)とか言うだけで、ほとんど口をきかない。心配して町の医者に診てもらったが、別段身体に悪いところはないという。

 小学校の入学テストの時、小さな子が順に並んで列を作っている。松井かずが心配してじっと見ていると、秋栄は自分の番になったとき、小さな手と口を試験官の耳に近づけて何かを言っている。試験官がほほえみながらうなづいているのが見えた。合格だった。

 入学しても、他の仲間との遊びの輪に入らず、一人離れて遊んでいる。しかし、学校の成績は良かった。

 秋栄は、中学生になると、仲間と話すようになったし、よく本を読んだ。厚い本を借りてきて、わき目もふらず読んでいると、時のたつのを忘れてしまう。

「また、本を読んでいたな」

 疲れて帰ってきた父親の食事の用意ができていないときなど、このように怒鳴られることもあった。夜は、電気のコードを下げて深夜まで本を読む。次の日、学校から帰ると、近所の子どもがぞろぞろ集まる。秋栄は、集まった仲間に昨夜の本の話をしてやる。みな、それを楽しみにするようになった。この次女だけは、中学校を卒業すると、その上の専門学校へ進んだ。

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 8日 (金)

人生意気に感ず「衆院選違憲判決。凶悪少年実名報道。2つの再審請求」

◇昨年の衆院選は憲法違反だとする判決が出た(6日、東京高裁)。憲法とは十四条一項。「すべて国民は法の下に平等である」に反するというもの。選挙人の投票の力(一票の力)は平等であるべきなのに、千葉4区と高知3区の最大格差は2,43倍だった。「地域によって選ぶ力が異なるのはおかしい」という考えは常識にも合致する。

 選挙無効の訴えは高裁が一審となり、「100日内に判決」が公選法。今回79日で判決。直ちに最高裁に上告がなされた。

 全国14の高裁に提訴、27日までに全て判決が出る。東京高裁が第一回で、その後早くも札幌高裁も違憲判決を下した(7日)。

 東京、札幌2つの高裁は違憲としたが無効とはしなかった。選挙無効となればやり直しということになるが、それを求める請求は退けられた(事情判決)。

◇ルーマニア人と日本人、2人の少年犯罪を週刊新潮は顔写真、実名で報道。2人は深夜コンビニを出た若い女性を刺し殺し金を奪った。

 事件は東京吉祥寺で起きた。「住んでみたい街」ランキングで5年連続首都圏トップの街。女性は東北から出てこの街のマンションに住んでいた。

 少年法は、少年の将来を考慮して実名公表を禁じる。週刊新潮は、過去に実名報道を違法性なしとした判決があると説明する。今回少年たちの残虐非道は目に余るが。簡単に法を無視してよいのか。判決とは平成12年「堺通り魔事件」の大阪高裁判決で、「社会の正当な関心事」と「凶悪、重大」を実名是認の要件とした。この要件を簡単にクリアしてよいのか。少年法が済し崩しに侵食されてはならないだろう。

◇再審請求に関する2つの判決があった。再審は最高裁で確定した判決をやり直すのだから簡単に認めては司法の威信に関わる。昔はほとんど認められなかったが、裁判にも誤りがある。再審無罪が多くあるのが現実である。1つは、福井中3殺害で懲役7年を服役した事件。高裁支部の再審開始決定を名古屋高裁が取り消した。血液反応の有無、暴力団員の証言の信用性などが争そわれている。

 他は鹿児島の男性殺害「大崎事件」。懲役10年を服役した85才女性の2度目の再審請求が棄却された。共犯とされた故人となった夫等の自白が大きな証拠となった。その信用性を否定する新証拠が採用されなかった。85才の真実は。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 7日 (木)

人生意気に感ず「大川中閉校。大川小と船越小。奇跡の一本松。五輪と群馬」

◇宮城県石巻市の大川小の名は東日本大震災という出来事と共に永く災害史に残るだろう。大川小学校の進学先である同地域の大川中学が閉校になる。

 中学の新入生が少ないため別の中学に統合される。新入生減少の理由は同地区唯一の小学校・大川小からの新入生がほとんどなくなったからだ。大川小では、大震災の津波で児童の7割が犠牲になった。同地区中学の閉校の報に大川小の被害の悲惨さを改めて思う。

 大川小学校では避難の遅れによって児童74人と教職員10人が犠牲になった。何度も書いてきたが、宮城県の大川小と岩手県の船越小の出来事は忘れてはならない。現場のリーダーの咄嗟(とっさ)の判断が多数の生命の運命を決める。船越小では校務員田代さんの「逃げましょう」という鬼気迫る様相に校長は押されたと振り返る。そのために全員が助かったのだ。

 大川小は高台に移転する計画。小学校跡には訪れる人が後を絶たない。正門跡で冥福を祈る人及び避難の焦点となった裏山の写真は改めて胸に迫る。

◇東日本大震災は迫る大災害の序曲である。天の警告を真摯に受け止めそれを活かすために災害史を全国の児童生徒に教えるべきだ。その中で、大川小と船越小の検証結果は特に重要だ。

◇「奇跡の一本松」が復元する。一本だけ津波に耐えた。荒涼とした海岸にひょろりと立つ姿は見る人を勇気づけた。鉄筋の建物も押し倒す力に耐えた姿は正に奇跡。生命力の象徴だったが力尽きて枯死した。

 復元作業は震災2年目3月11日の前日に完成する。千年に一度の大災害の記念碑になる。やがてまた来る大災害を貫く語り部となるために21世紀日本の技術力が活かされている。

 幹は防腐処理されくり抜かれた内部は炭素繊維のパイプで補強する。炭素繊維は日本が世界に誇る素材。鉄の10倍強いのに重さはその4分の1。太陽観測衛星「ひので」にも使われた。奇跡の松にこの素材を使うことには技術力で災害を克服しようとする日本の決意が込められている。

◇IOC視察員の表情に満足がうかがえる。昨日、自民党県議団の朝食会で私は五輪招致に向けて私たちもアクションを起こすべきだと発言した。世界が集まるスポーツの祭典は群馬に大きな活力をもたらす。高速交通が発達し東京から近く自然が豊か。群馬を売り出す絶好機。子どもたちの心を鼓舞し教育効果も大だ。(読者に感謝)

★「楫取素彦読本」は現在煥乎堂で好評発売中です。(1F郷土コーナー)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 6日 (水)

人生意気に感ず「北方領土。一太大臣と会う。PM2.5。腰抜け外交」

◇北方領土の問題は常にロシアに対する不満と不信の種となっている。それが動く兆しが見えてきた。プーチン、森会談では柔道の「引き分け」で解決しよう、それはどちらも受入れ可能なものにすると合意されたという。

 安倍総理は、今年訪ロして解決の新たな弾みにしたいと国会で答弁した。過去に訪ソした総理として鳩山一郎、小泉純一郎がすぐ頭に浮かぶ。鳩山は「たとえ鳩山内閣がつぶれようともこの人道問題たる抑留者問題だけは解決したい」との決意で国交正常化を為し遂げ長期抑留者の帰国を実現させた。また、小泉氏は平成15年酷寒のシベリアを訪ね抑留者の慰霊碑の前でコートを脱いでひざまずき祈りを捧げた。その姿にロシア人も涙を流したという話を、私は平成16年ハバロフスクの平和慰霊公苑で聞いた。

 安倍総理が今年実現しようとする訪ロは首相として10年ぶりと語ったが、10年前の首相とは小泉純一郎氏であった。約60万人もの日本人が強制連行され、6万人以上が死んだ強制抑留の問題と北方領土の問題は、ともにロシアとの間に横たわる大きな未解決の課題である。安倍さんは国際環境が大きく動き出したこの好機を逃がさないで欲しいと切に思う。

◇昨夜7時、私たち自民党幹部は都内で山本一太大臣と会った。国政の渦中にいる大臣から、アベノミクス、PM2・5や「尖閣」などの中国問題等に関するホットな話を聞いた。

 その中で一太さんは担当大臣として北方領土にも触れ、自分の任期中に皆さんを案内したいと語っていた。

◇熊本県は微粒子状物質「PM2・5」が基準値を超える可能性があると県内全市町村に注意喚起の情報を出した。

 国の指針値は「1日平均、1立方メートルあたり70マイクログラム」。

 荒尾市は市内の小中学校、幼稚園、保育所などに注意喚起。そして、市のHPに不要不急の外出を控えるよう緊急情報として掲載。

 PM2・5は極く微小なので普通のマスクでは防げない。鼻や気管でも止まらず肺の奥まで入り込むため肺がんの原因にもなり得ると言われている。今後のことを考えると熊本県だけの問題ではない。

◇前政権が中国艦艇に対し、過度な配慮をした事が報じられた。尖閣の領海侵犯に対して政府は中国を刺激するなと指示した。領海侵犯に対しては先回りして領海内で待ち構えるのが常道なのに、領海侵犯確認まで待機させたという。弱腰の対応が中国を増長させたと思う。腰抜け外交を止め毅然とした意思を示して欲しい。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円

)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 5日 (火)

人生意気に感ず「空気清浄機と中国。日本の技術力。五輪招致の意義」

◇日本製の空気清浄機が中国で爆発的に売れている。中国人は高くても性能の良い日本製品を買うという。スモッグに煙る北京の街並みが放映される。中国の環境悪化は凄い。私の中国人の友人は、もっと酷くなる、都市は住めなくなると語った。清浄機の例は、中国人の日常生活に日本の技術が欠かせない事を示す。中国との関係は深刻だが日本の技術に対する評価はやがて日本人と日本に対する評価に結びつくに違いない。

◇中国は現在世界の工場となっている。中国製が世界を席巻しているが、圧倒的に優れた部品の調達先は日本であり、日本に代わる調達先は世界にないと言われている。空気清浄機に限らず、日本の技術が日中を支える基盤になっている。

 今月27日、群馬県日中友好協会が発足する。反日の暴動や尖閣問題はあるが、日中は互いに相手を必要とする。このような基盤の上に日中は安定化に向かうと思う。群馬県日中友好協会はこのような微妙な状況で船出する。私は会長に就くが、長く関わってきた中国の体験を活かしたいと思っている。

◇IOCの東京視察がスタート。オリンピック招致のムードが高まっている。歓迎行事の中で安倍首相が突然五輪の歌の一節を歌ったという。

 2020年の招致が実現すれば効果は大きい。経済だけでなく、日本人の心を刺激してそのパワーを引き出す点だ。昭和39年の五輪は戦後日本の転換点となった。今度、実現すれば大震災後という位置付けになる。危機感の仲で沈滞していく日本再生のチャンスだ。

 視察団を納得させねばならないが、懸念材料は、地震、津波、放射能、大気汚染などだ。最近地震が多い。調査団滞在中に震度5位が来たらメンバーに衝撃を与えるだろう。大気汚染ではPM2.5が心配だ。誠実に丁寧に説明すべきである。

◇「招致」は危機の中で迎えることになる。外国人は放射能をより深刻に見ている。東京のど真ん中に皇居があり皇室が暮らすことは絶大な安全の保障と映るだろう。日本人が総力をあげて安全を守ることを示さねばならない。サムライ日本を世界に示す時になる。

◇「五輪」は群馬を売るチャンス。自然、安全、高速交通、もてなしの心。これらを活かして観光立県群馬を飛躍させる好機とすべきだ。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 4日 (月)

人生意気に感ず「暴雪の悲劇。稲むらの火。大川小と船越小。黒潮町」

◇暴風雪8人死亡、正に異常気象だ。夏、1時間に100ミリを超える雨が降ったが、それが雪にかわればこのような事態になるのだろう。北海道東部、立往生の車続出、母と3人の子が車中で一酸化炭素中毒死、車外に脱出した者は凍死など、道内の死者は計8人。雪に閉じ込められたときの状況判断が生死を分ける。

 地球が狂い出している。私たちは国の内外を問わず大災害の時代を生きている。日本は比較的平穏であるから異常事態に慣れていない。異常を想定しまさかの時に備える心の準備がないと命を落とす。雪の事件はこの事を教えている。

◇迫る大災害は巨大地震と大津波である。私たちは、「3.11」として、千年に一度の大災害を経験した。これは序曲と考えねばならない。南海トラフの3連動が確実に近づいている。「3.11」を教訓として活かすことが最大の課題である。

◇名古屋大の津波による低地のリスク研究が報道された。国内人口の約2割・2200万人が津波の被害を受ける可能性がある。東京、大阪、愛知などの大都市は巨大な人口を抱え危険の大きい低地にある。

 「教訓」を活かすために防災教育は極めて重要。1896年の三陸沿岸大津波は2万2千人の犠牲者を出したが、その時の救済物語「稲むらの火」は不朽の名作。又、今回の「船越小」と「大川小」の対比は広く伝えるべきだ。大川小では74人の児童が犠牲となり船越小ではリーダーの瞬時の機転で全員が助かった。天が与えた教材として対比研究しその結果を活かさねば。

◇「南海トラフ」が予想される最大津波は高知県黒潮町の34.4mの津波。この町の大西勝也町長のことを立花隆氏が文藝春秋最新号で書いている。町をあげて犠牲者ゼロを目指していると聞き町長を訪ねた。一人一人の避難カルテ作りの計画を知り、本気なんだな、ゼロが実現するかも知れない、とこの評論家は感想を述べる。

◇来る南海トラフ巨大地震は日本民族に対する最大の外敵である。二発の原爆を落とされて敗れた日本だが、今度は見事な戦でサムライの意地を天下に示さねばならない。

◇大川小の3回忌法要がひな祭りの日に開かれた。子を失った親の心は憐れ。当時の防災対策や当日の避難状況の検証委員会が2月に第一回会合を開いた。検証を活かす事が最大の課題である。(読者に感謝)

※「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 3日 (日)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第32回

 しかし、松井かずは、撫順炭坑からの帰国組には加えてもらえなかったのだ。それは、炭坑の避難所には避難事務所があって、避難民の名前を管理していたが、彼女は中国人と結婚したために名簿から消されていたからであった。このような者は、彼女の他にもいた。

敢えて帰ろうとする者は、仲間に殴られたり、いやみを言われたりして、いろいろなトラブルに巻き込まれ、結局、帰国の船に乗れなかった。松井かずは、望郷の思いに身を焦がしながら子育てと仕事に打ち込むより他になかった。

 松井かずは、昭和22年の男子出産に続いて4人の女の子を産んだ。子供たちは、やがて順番に小学校に入り、中学校へと進んでゆく。彼女は、日本人の女性らしく教育には熱心であった。また、日本人の子供が“日本鬼子(日本人鬼の子)”といっていじめられるのを見ていたので、母親が日本人である我が子がいじめられないように、勉強はしっかりとさせようと思った。そして、自分はいつかきっと祖国日本に帰る、その時は子供たちも連れてゆきたい。日本人は教育熱心で読み書きの出来ない人はいない。言葉は違うが、日本も中国も漢字の国である。だから、中国の教育をしっかりつけておくことが子供たちのためだ。彼女はこう思って、子供の教育に力を入れた。夫の張登光は、自分の名も書けない無学の人であったが、彼女の子育てに反対はしなかった。

☆「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 2日 (土)

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第31回

昭和22年7月、松井かずは長男保平を出産。この頃、撫順炭坑に避難していた人々も、どんどん日本へ帰国して行った。中国人と結婚し、子供ができても、彼女の祖国日本への思いは少しも変わらなかった。

彼女は、この頃、夫と共に撫順炭坑で働いていた。炭坑には、石炭の選別、運搬から雑役にいたるいろいろな仕事があった。彼女の仕事は地上のものが多かったが、時には、深い地下の坑道にもぐることもあった。彼女の周りの日本人で、日本へ帰る日が近い人たちの表情は明るかった。長い苦難に耐えたかいがあって、いつも夢にまで見た祖国日本に帰れると思うと、打ち下ろすツルハシも軽く感じられ、自然と笑顔も出るのだった。松井かずは、そういう人たちの様子を見て、自分も何としても日本に帰りたいと思った。

☆「楫取素彦読本」現在煥乎堂1F郷土誌コーナー、県庁地下 生協書籍コーナーで好評発売中です。(1冊300円)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月 1日 (金)

人生意気に感ず「首相施政演説。ヤマダ電機、中国要人の挨拶」

◇安倍首相の就任後初の施政方針演説が28日午後の衆院本会議で行われた。日本を導く決意の表明である。二度目の総理を目指して総裁選を闘う姿に私は同じ長州人の高杉晋作や吉田松陰を重ねた。総理の座を投げ出した時安倍氏は地獄を見たに違いない。背水の陣で自らの再生を期した。「演説」にはそれが現れていると感じた。

 主なポイントを挙げてみる。①強い日本を創るのは私たち自身である。くじけてはいけない。懸命に生きる人同志が何かあれば助け合う精神が、共助、公助である。②今を懸命に生きる被災者の早期帰還に全力を尽くす。新たな創造と可能性の地としての東北を創り上げよう。③原発事故の反省に立ち新たな安全文化を創り上げる。安全が確認された原発は再稼動させる。省エネと再生可能エネルギーで原発依存度はできる限り低減させる。④首都直下地震、南海トラフ地震に備える国土強靭化は焦眉の急だ。⑤道徳教育の充実を初めとするいじめ対策の提言を実行する。何度でもチャレンジできる社会を創り上げる。⑥普遍的価値を重視し主張する外交を基本として日本外交を立て直す。北朝鮮の核実験は断じて容認できない。尖閣諸島は日本固有の領土であることは明白だ。私は先頭に立って国民の生命財産、領土領海領空を断固として守りぬく決意だ。⑦我々は何のために国会議員を志したのか。足の引っ張り合いでなく国家国民のために結果を出していくことが国会議員の使命である。以上の事は地方の政治課題とも結びつく。私たちは力を合わせ強い日本、安全な日本、真に豊かな日本を創りたい。私は演説をこう受け止めた。

◇「群馬県LED道路照明実証実験記念レセプション」に出た。ヤマダ電機と中国の企業がパートナーとして進める事業。中国大使館の要人たちも出席。私は中国人代表挨拶の一言一句を注意して聞いた。

 日中友好会館の中国代表常任理事王氏は流暢な日本語で注目すべきことを語った。「国交回復して40年、日中は最も厳しい試練の時である。日本の諺に雨降って地固まるということがある。こういう時こそ大切である。日中が役割を分担して努力すればどういう事があっても大丈夫。一日も早く関係が回復することを望む」良識のある中国人の言葉として胸に響いた。安倍首相が施政演説で強調した戦略的互恵関係の中味でもある。(読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »