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2012年11月30日 (金)

人生意気に感ず「刺客。上海のナカムラノリオ。教育長批判。ふるさと塾」

◇選挙となると物騒な言葉が飛び交う。1例が刺客。今回も「三宅雪子氏首相刺客に」、「桑原功氏2区刺客に」が紙面に躍る。刺客とは辞書では暗殺を行う者とある。戦国時代の忍者などを想像する。言葉だけを取り上げれば時代錯誤も甚だしい。民主主義を支える選挙を語る言葉として社会の公器たる新聞が使うのは如何にも不適切。新聞が使用するのを止めることを提案したい。

◇ともかく、「刺客」で表現しようとするのは相手を葬ること。選挙に当てはめれば落選させることを目的とする。群馬2区の桑原氏の立候補は正に石関氏の落選を目的としているようだ。

 石関氏は民主党を裏切って「維新」に走った。しかし2区に民主の候補者がなければ大量の労組票などが従来のつながりで石関氏に流れる。桑原氏立候補の目的はこの流れを阻止し自らに呼び込もうとするもの。石関氏は窮地に立ち結果として自民の井野氏が優位に立つ。井野氏には2区に影響力をもつ、笹川尭、尾身幸次の両氏も支援することになった。戦国さながらの謀略が生々しく動いている。

◇昨日の一般質問者・自民の岩井均さんの発言中にナカムラノリオが飛び出して一瞬議場がざわめいた。岩井さんは、同姓同名・「JTB上海」の社長ですと説明した。過日、国際戦略特別委員会が上海を視察し中村氏から中国人は温泉好きだが本物の温泉を知らないなど有意義なアドバイスや提案を受けたという。

◇この日、井田泉氏の教育委員会に対する厳しい発言が注目を集めた。実は前から議員間に若干の不満の空気があったようだ。朝の団総会で井田さんは「やる」から声援をと呼びかけていたので、会場から声援のヤジが飛んだ。

 言わんとすることは何だったか。「議員との間に意思疎通がない。誠実にやって欲しい。ノレンに腕押しの答弁。教職員の権利を守ることに力」等。論旨をもう少し明確にすべきであったか。

 もう一つの論点、教育委員長と教育長の役割に関する問題は最も重要なもので、委員長は「政策形成課程に積極的に関わり事務局を指揮する」と、教育長は「指揮監督を受けてしっかりとやる」とそれぞれ答えた。教委の形骸化が指摘される中、この答弁には重要な意味が含まれる。

◇今日は「ふるさと塾」で「尖閣の背景と真実」を語る。十数年ぶれずにやってきた。私自身の勉強の場でもあった。進化させて社会貢献の役割の実を果たしたい。ささやかな私の舞台である。(読者に感謝)

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2012年11月29日 (木)

「選対会議。公明党。嘉田新党。暴走老人。尖閣」

◇佐田陣営、早朝の緊急選対会議で選対本部長の私は訴えた。「今迄多くの選挙を戦ってきましたが、今回の選挙は違います。日本の浮沈がかかっています。前回、一度は民主党にという大きな風が吹きました。この3年間はそれがいかに間違っていたかを示しました。自民党が政権を取り戻す事が日本を再生させます。勝利の為に公明党と力を合わせます。比例は公明党を支援してください」

 多くの市議の中に公明党市議全員が参加していた。多党乱立、動揺する無党派、このような中で、1区自民が公明のしっかりした支持を得られる事は戦略的に重要。信義を重んじて、比例は公明をとしっかり訴えるつもりだ。

◇混乱状況の中で、未来の党がまた新たな渦を起こし大きな注目を集めている。浮き草、木の葉、渡り鳥、このように見える候補予定者が右往左往している。

 嘉田知事のイメージはさわやかで、「卒原発」のメッセージは大きな共感を呼んでいる。しかし、国難の課題は原発だけでない。この指止まれで集まった中の小沢一郎の存在がこの新党に黒い影を落としていると見える。執行部に入れないとしても、弱小政治力の集合体の中で、結局解党までして決意した小沢に動かされてしまう。嘉田党首は、知事のままで全体を動かし統率することは難しいと思えることも、小沢への懸念を大きくする。「小沢隠し」の声も聞こえる。

◇ある有権者が言っていた。「今度の選挙は最高に面白い。悲喜こもごもを見るのが楽しみ」また、「風に乗って楽に手に入れたイスを失うのは当然だ。泣き面が見たい」と言う人も。確かに偽らざる一般の感情だろう。

 数の政治に乗って民主主義を衆愚政治に落とそうとしている政治屋リーダーの責任は大きい。これでも成熟社会といえるのか。昔なら政治屋を切って橋のたもとに斬奸状が立つところだ。政治の世界、そして、選挙の世界に大きな嵐が吹き荒れている。この状態をじっと見ているのが周辺諸国、とくに中国、ロシア、北朝鮮などだ。日本の混乱、隙に乗じて付け込もうとしている。

◇寒気、強風の中、石原慎太郎が宣伝カーの上に立っている。80歳を超えた暴走老人の体力は、これから本番に突入する中で、最後までもつのか。彼の心意気は本物だろう。

 明日の「ふるさと塾」では、尖閣を論ずる中で、石原慎太郎も取り上げる。(読者に感謝)

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2012年11月28日 (水)

人生意気に感ず「日本未来の党。大川小と船越小。ふるさと塾。選対会議」

◇また新党の動き。滋賀県女性知事、嘉田氏が脱原発を掲げて「日本未来の党」を結成した。これに合流するために小沢一郎引いる「国民の生活が第一」は直に解党した。琵琶湖を守る事を政策の原点に据える知事は湖を背景に記者会見する。

 先日、県外調査の早朝琵琶湖を走った事が思い出される。大湖と共に刻んだ歴史の里。彼方には比叡山が見えた。脱原発を語る女性知事の姿はこの地域にふさわしい文化人に見えるが、小沢一郎と価値観が合うとは到底思えない。ダーティな豪腕に牛耳られ壊される様が見えるようだ。

◇大川小の悲劇を検証する委員会立ち上げが伝えられ、メンバーには日航機事故の遺族も加わるという。津波の事故の検証は今後の防災対策に広く活かさねばならない。関心が薄れていく今痛切に思う。

 宮城県石巻市の大川小学校では108名の児童のうち74名が犠牲となった。裏山に登らなかった事が運命を分けた。リーダーが過去の津波の歴史を知っていたら、普段から歴史を活かした防災教育がなされていたらと思う。

 対照例として検証されるべきは岩手県の船越小だ。校務員の「鬼気迫る必死の訴え」で136人の児童は裏山を登った。直後に校舎は津波に呑まれた。

 愛媛県に伝わる「稲むらの火」の伝説を甦らせる動きがある。大川小、船越小の出来事は防災教育の原点とすべきだ。そのためにもしっかり検証して欲しい。これから予想される南海トラフの巨大地震に備えて活かすことが大川小の犠牲者の慰霊のために必要だ。

◇今月の「ふるさと塾」の中心は「尖閣問題の背景と真実」、日本はどうすべきか。30日(金)、午後7時、日吉町の前橋市総合福祉会館で行う。今年最後のふるさと塾で一般公開である。

 誰も住まないままの豆粒のような島でなぜ両国がこのように対立するのか。主権がかかった問題だからだ。日本人は国を守るという意識が薄い。中国の強かな戦術に呑みこまれる恐れ。安保条約の重要性。竹島・北方領土にも共通。これらを映像を使って語る。

◇今朝は8時から佐田陣営の選対会議。百花繚乱、百鬼夜行、いろいろと表現される混乱した戦いだ。捲土重来を期して雌伏三年を耐えてきた。安定した政権をつくり国と地方を守らねばならない。永明地区の50号沿いに2つの陣営が近接する。戦いの火ぶたは切られた。(読者に感謝)

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2012年11月27日 (火)

人生意気に感ず「中国調査の意義。第3の黒船。緊急選対会議。」

◇11月議会が始まった(26日)。早朝、軽く走って7時に家を出た。7時半からの恒例の朝食会に1人の欠席者がいた。太田市選出の笹川博義氏で、衆院選立候補のため辞職を決意し、この日の本会議で議長が承認する運び。途中で現れて決意と別れと支援要請を内容とする挨拶をした。父親の笹川堯氏は都知事選立候補を表明している。昭和の怪物と言われた笹川良一の血は何を求めてこの2人の体内を流れているのか。

 この朝食会で中国上海市における海外調査に参加しなかったM議員の事が問題となった。M議員は調査の期間中議会の部屋で勉強していたという。正式に決まった重要な委員会活動に参加しなかった責任を明らかにすべしという意見が続出した。これは次に述べる委員長報告の中味に関わっている。

◇10時開始の本会議で国際戦略特別委員会委員長久保田氏の委員長報告が行われた。それは、去る11月6日から3日間に渡って実施された調査が時機を得たものでかつ十分な成果を挙げた事を説得力を持って示していた。

 海外調査に厳しい目が向けられる中敢えて実施されたものだけに委員長の決意と自信が伝わる内容だった。上海総領事館での反日デモに関する調査は百聞は一見にしかずの実践であった。また、「群馬県上海事務所予定場所」の調査は聞く者の耳を引きつけるものだった。

 設置予定ビルには既に15道府県の事務所が入居、その中には他県に先駆けて開かれた茨城県事務所もある。これらとの連携した事業展開は今後も予想される難しい中国情勢の中で重要なポイントであると思われた。

 委員長は現地の情勢を実際に体感することがいかに重要かを認識したこと、そして、この成果を委員会審査に活用する考えを述べ、後日詳しい報告書を配布すると決意を語った。

◇日中は現在最悪の状態にあり、中国の新たな台頭は第3の「黒船」と受け止めるべきだ。しっかり受け止め切り抜ける事で新たな日本の道が開ける。それは地方行政の使命でもある。

◇午後7時から緊急選対会議が行われた。この日に計画して実施、正に泥縄。全ての陣営が同様だろう。選挙日程等重要課題を決め、28日早朝の全体選対会議に備え書類を作り通知する。中1日しかない。公明との連携協議も前進。選対本部長として臨戦の緊迫を覚える。歴史の1頁を開くために全力を尽くす。(読者に感謝)

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2012年11月26日 (月)

「警察の不祥事。ゆかりちゃん事件の真犯人。日ロ協会出来る」

◇文教警察関係の1日委員会が開かれた(22日)。ここでは議論された中の「警察官の不祥事」を取り上げる。最近、全国的に、警察官が破廉恥行為等で新聞沙汰になる例が跡を絶たない。群馬県警も同様である。警察官も人の子とはいえ、取り締まる側が頻繁に取り締まられるという事態はただ事ではない。安全安心を守る砦が崩壊の危機にあると言っても過言ではない。

◇質問の口火を切った私は、警察官の威信と信頼が失墜し警察官一般が萎縮する事が心配だ、監督を厳しくするといった対症療法でなく原因の根本を見詰めた対策が必要だと発言。

 監察官は刷新要網を作り、刷新強化委員会を設けて根本対策に取り組むと答えた。なお、警部以上の不祥事が4割を占めることが明らかにされ、責任の重大さと業務過多が一因かと思わせた。この点、メンタルヘルス対策の重要性を指摘する委員が居た。同感である。

◇県警は、22日、太田市のパチンコ店で行方不明となったゆかりちゃん事件のDVD「白昼の死角」を公開した。最新技術によって鮮明化されたもので、ゆかりちゃんに話しかける不審な男が映っている。

 県警は、太田市と足利市で起きた連続5件の女児殺害・行方不明事件につき同一犯の可能性を視野に捜査している。足利の事件に関し菅家さんの無罪が確定したことは真犯人が別にいることを示す。私は平成22年の11月議会でこの問題を取り上げ、栃木県警と連絡を密にして捜査することがゆかりちゃん事件の解決につながることを指摘し県警の考えを質した。栃木と群馬をまたぐ20キロ圏内で5件もの類似事件が発生しているのだ。両県県警の協力は当然である。

 私のこの質問は、2011年(平成23年)の文藝春秋2月号(P429)でも触れられている。未解決重要事件への取り組みは治安の確保にとって不可欠な重要課題なのだ。

◇「日本ロシア協会群馬」の設立記念式典が行われた(25日)。ロシアは近くて遠い国と言われてきた。日本人が嫌いな国といえばロシアをあげる人が多い。私は、平成16年にハバロフスクを訪ねシベリア強制抑留に関する「望郷の叫び」を書いた。強制抑留及び北方領土の問題は日本人の心をロシアから遠ざける。しかし、両国民は障害を乗り越えて理解し合う必要がある。私は、「両国民が新しい歴史を築く時、記念式典はその第一歩です」と挨拶した。(読者に感謝)

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2012年11月25日 (日)

『楫取素彦読本』第52回

十五、楫取素彦と臨江閣

楫取素彦は、多くの県民に惜しまれながら群馬県を去りました。元老院議官に転出するためです。県民は留任運動を起こしましたが願いはいれられませんでした。

 県民との送別会は臨江閣で行なわれました。この建物は現在、県指定の重要文化財となっていますが、楫取が計画し、前橋市の有志の協力により実現しました。

 臨江閣には、明治天皇、大正天皇を初め多くの皇族が訪れました。

【解説】

○迎賓館として楫取素彦が企画しました。下村善太郎が敷地を寄付し、楫取素彦らは、臨江閣の敷地の一画に茶室を寄付しました。

○臨江閣の秘密

平成二十四年九月十八日に楫取素彦を偲ぶ会が臨江閣で行なわれ、その一環として「能」が舞われます。

実は「能」の舞台が隠されていたことが文化財調査で明らかになったのです。臨江閣一の間の床下には五つのカメが置かれていることが分かりました。

一の間は能舞台をかねた構造になっていたのです。能を舞う人が床を踏むと音がカメに響いて効果を上げる仕組みです。

伝統の日本の文化を尊重する楫取素彦の本領が現れていると思えてなりません。

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2012年11月24日 (土)

『楫取素彦読本』 第51回

裁判の行方はというと、ロシア皇帝の仲裁にゆだねることになり、ロシア皇帝は、何と日本を勝たせる裁定を下しました。明治の初め、人権をテーマにした国際裁判における日本のホームランともいえる快挙でした。

 このような快挙との関連で群馬の出来事を考えると、これもまた痛快というべきではありませんか。

【解 説】

○湯浅治郎は、記念式典に当たり、次のように当時を追懐しています。「議会の主張がいかに正義人道にかなっていても知事の如何によってはどうなったか分からない、楫取素彦だったから、採用されることになった」

○国際裁判の背景には当時の複雑な各国の力関係があったと思われます。

マリア・ルース号事件の時、ロシア皇帝は日本に味方しましたが、ロシアは後に、日英同盟をバックにした日本と戦う運命にありました。明治三十七年(一九〇四)のことです。

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2012年11月23日 (金)

『楫取素彦読本』第50回

群馬県廃娼二十年記念大会が、大正三年(一九一四)に開かれるには、この間に右のような時の流れがあったのです。

 当時の前橋市会議長徳江亥之助が、廃娼の提案を議決した県会及び、これの実施を決めた県令楫取素彦をたたえる中で、物質文明に対する精神文明の優越を主張している点が特に注目されます。

 廃娼、つまり虐げられた女性の解放は人権の尊重であり、人間の心の尊重に他なりませんから、これには、精神文明の本質を実現する意味があるのです。

 廃娼ということを、このような大きな観点から捉えると、楫取素彦の業績は、今日に於いても光を放つ素晴しいものであることが分かります。

【解説】

○大正三年(一九一四)といえば、世界史の上で第一次世界大戦が起きた年です。

○明治二十六年に廃娼の布告を出してから、三十二年が経過していました。

群馬県廃娼二十年記念大会に出席した大隈重信は、群馬県民を全国唯一の公娼なき県を実現した「先覚者」とたたえました。

○同じくこの大会で廊清会会長島田三郎は、「模範を内外に示したことは、真に群馬県民の誇りだ」と祝辞を述べました。

○徳江伊之助は、第六代の前橋市会議長です。キリスト教徒の立場から廃娼運動に熱心に取り組みました。

廃娼運動の全国組織である廓清会の群馬支部長を務めました。

共愛女学校・盲唖学校・上毛孤児院の後援と育成に尽力しました。弁護士でした。

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2012年11月22日 (木)

人生意気に感ず「中国の領海侵犯。自民党選挙公約。暴走老人の核。鳩山辞任。選挙無効訴訟」

◇中国公船が連日のように繰り返す尖閣諸島領海侵犯に非常に多くの国民がいらいらと怒りを募らせている。ある研究機関による世論調査では、圧倒的多数の国民が政府の弱腰に批判的で、尖閣への実行支配強化を支持する。

中国は「中国の海」を広げ覇権主義を進めようとしている。日本の実行支配を突き崩し新たな既成事実を国際社会にアピールする巧妙な企てだ。対抗するには、アメリカとの連携を踏まえ毅然とした政府の態度が求められる。

◇自民党は、この事態に対して「総選挙公約」を発表した。マニフェストという表現を使わない点に今回の選挙の特徴がある。公約は、尖閣諸島の実行支配を強めるため公務員の常駐や周辺漁業環境整備の検討を行うと表明。

 安倍総裁が「尖閣を守ります」と強い意志を示していたことの現れだ。

◇自民党の総選挙公約に関する注目点が教育にもある。いじめ問題を背景とした教育委員会の責任体制の明確化である。「現行の無責任な教育行政システムを是正する」として首長が任命する常勤の教育長を教育委員会の責任者として位置づける。

 現行のシステムは、教育の中立を目的として教育委員会委員長を責任者とするが、この体制に対して教育委員会の形骸化が叫ばれてきた。

◇「維新」がどれだけ議席をとるかは今回選挙の焦点の一つだが、「野合」と評される無理な連携のマイナスは大きいのでは。石原慎太郎の核発言にそう思う。彼は「核を持たぬと国際社会で発言力が圧倒的にない」と発言。時代錯誤だ。

 核なしで発言力を高めることが日本の生きる道で、それは可能である。暴走老人のこの発言には反対者が圧倒的に多いのではないか。

◇鳩山元首相が北海道苫小牧の地元選挙区の記者会見で政界引退を正式に表明した。いくつかの週刊誌の世論調査は選挙苦戦を伝えていた。選挙に自信があれば無責任な結論に至らなかったのではないか。総理までやった人が自分の政治理念を放り出したことは前代未聞。民主党の存在を創業者自ら否定したことになる。

◇一票の格差をそのままにした選挙は平等原則に反し違憲だとして、これから行われる選挙の差し止めを求めた訴えが却下された。21日の東京地裁は差し止めを認めることで種々の弊害が生じる恐れがあると判断した。最高裁は現在の区割りを違憲状態と判示していた。(読者に感謝)

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2012年11月21日 (水)

人生意気に感ず「日本選挙列島。鳩山氏の退場。モンスター中国。楫取の講演」

◇衆院解散で事実上選挙戦に入った。日本の浮沈に関わる重要問題が舌戦の対象となり日本列島がさながら弁論大会の舞台のようだ。

 TPP、原発、エネルギー、消費税、デフレ脱却、尖閣問題等々、日本の運命を左右する重要課題につき議論百出。弁士は当選目当で大衆迎合的発言をするから国民は迷ってしまう。

 このようにして国の行方がなんとなく決まってしまうのか。民主主義とはかくなるものかと思ってしまう。民主主義の危機に際し、国民の良識が問われている。

◇鳩山元総理が不出馬を決め政界から退場するという。首相を辞めるとき次に選挙に出ないと表明しながら撤回したことがあった。今回不出馬の理由は民主党の政策に不満だからというが、政界退場では自分の政治的信念を貫けない。今まで国民に訴えてきた約束はどうするのか。国民の目には、意志の弱い男の逃避行に映る。大金持ちのボンボンに過ぎなかったのか。呆れたものだ。

◇カンボジア・プノンペンで野田・オバマの会談が行われ、オバマは同盟国として尖閣問題につきに日本を支持する事を表明した。これまでもアメリカは、尖閣は日米安保の対象であるとの意思を示している。

 中国との対峙が緊迫する中、日米安保の重要性を痛感する。誕生が想定される安倍政権には確固とした日米の信頼関係を築いて欲しい。尖閣問題に象徴される中国問題は国民の最大関心事の一つであり、選挙戦の争点である。

◇最近ある中国問題研究チームが各国に対する日本人の「感情温度」を調査した。親しみの気持ちを温度であらわすもの。これによれば、8月から9月にかけ日本人の中国に対する感情温度が急激に悪化した。100度を最高とする調査で15度位を示す。(最下位は北朝鮮で10度以下)。

 中国の最近の態度は許せないが、私たちは中国を避けることは出来ない。国力を増強させて暴れだした巨龍にアジア諸国は恐れて戸惑っている。きちんと向き合えるのは日本だけだと思う。

 中国の台頭を「黒船」の出現と捉え日本改革に活かせば日本は再び素晴らしい国になれる。政治家の中国政策に注目したい。

◇昨日、企業家の集会で楫取素彦の講演をした。吉田松陰の短刀を持って渡米し誠実一路で信を得て絹糸直輸の道を開いた新井領一郎の姿に関心が集まった。世界に進出する日本企業の原点だと思う。私は楫取の顕彰の為、各地講演を続ける決意。請うご連絡を。(読者に感謝)

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2012年11月20日 (火)

人生意気に感ず「県議団総会。日ロ協会、日中友好協会。楫取の講演」

◇来週月曜(26日)から12月議会が始まるので、昨日(19日)はそれに備えて県議団総会及び議案調査が行われた。

 団総会では総選挙に関することも話し合われ、私は一区の状況を報告した。その要点は、コスタリカ方式が終わり、かつての尾身陣営の協力が佐田玄一郎氏当選のカギといえるが尾身氏の協力が得られることになったという事。

 この事は、17日、尾身さんから私に伝えられた。尾身さんとは昨日(19日)も話したが、佐田選対の顧問就任を快諾し、安倍総裁の下で一区の自民を落とすわけにはいかないと闘志を現わしていた。安倍さんとは特別な絆を持つのである。23日、尾身、佐田両氏は前橋市内で会うことになるだろう。団総会の場に臨戦の緊張感が流れていた。

◇団総会の報告事項には一般質問日の変化もあった。12月4日は告示日で各陣営は必勝祈願祭を行う。予期せぬ出来事に対応して、4日の本会議は5日にずらすことになった。

◇過日、日本ロシア協会群馬が設立されたが、その設立記念式典を知らせる記者会見が庁内で行われ、同協会顧問代表として同席した。 

 日本人が最も嫌いな国と言われてきたロシアとの交流を進めるという事で記者団は大いに関心を示していた。今月25日、会場は群馬会館。

 発言を求められた私は、「近くて遠い国を近くて近い国にする必要がある。北方領土・シベリヤ強制抑留などのために民間の交流をストップさせることはよくない。未来志向で進まねばならない」と話した。私は、ハバロフスクの強制抑留所跡を巡り「望郷の叫び」を書いた。「友よ安らかに眠れ」と書かれた墓標を思い出す。6万人の犠牲者の無念の涙に答えるためにも日ロの新たな発展を実現せねばと思って私は日ロ協会に参加した。

◇日ロに続いて日中の会議があった(19日)。群馬県日本中国友好協会、第4回発起人会である。この会の設立を進める中で「尖閣」の問題が生じ政府間は友好とは逆の最悪の状態となった。しかし、日中の友好の重要性は変わらない。こういう時こそ民間の交流の意義が大である事は歴史が証明している。

 この日の会議でもこの点が確認された。来年3月21日頃に設立総会を開く事になった。役員構成や規約の案は固まっている。会長は私である。今日は、朝6時と10時、それぞれ富岡市、前橋市で楫取素彦の講演を行う。(読者に感謝)

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2012年11月19日 (月)

人生意気に感ず「政治屋と政治家。尾身幸次氏。身体拘束ゼロ。サロンぐんま」

◇衆院が解散となり日本中が一挙に選挙モードになった。民主党から離党者が続く。なり振りかまわず再び議席を得るためにもがく哀れな亡者に見える。野田総理の最後の決断が鮮やかだっただけにその足もとから逃げだす姿がみじめに映る。

 国難に向き合う一国の議員のイスは限りなく重い筈。離党者に限らず土壇場で右往左往する様は図らずも信念のない政治屋の正体を晒している。

◇群馬一区の尾身幸次さんは高い政治理念と激しい行動力を備えた政治家で、国士といえる今どき数少ない政治家の1人だった。長く行動を共にした私は振り返って改めてそう思う。前回の未曾有な逆風の中で政界を去ったことは日本国の為に残念であった。

 一区には尾身さんのファンが多いが彼らの多くは選挙を目前にして尾身さんに替わる人物を求めて戸惑っている。そんな折、17日、私に電話をくれて、佐田玄一郎氏を応援する態度を明らかにした。私は、18日行われた衆院一区打ち合わせ会議で報告した。今日(19日)の自民党県議団総会でも説明するつもりである。

◇一区打ち合わせ会議(18日)では選対の役員構成や選挙に向けた基本日程等が話し合われた。選対本部長を引き受けることになった私は、政権奪還がかかった選挙であり、日本の運命に関わる戦いであるから負けるわけにいかないと挨拶した。なお、一区の会議には、沼田市出身県議で現在新星会の金井康夫氏が参加した。自民党に入り、選挙は共に闘うことになった。一区の戦況に影響を与える要素である。

◇抑制廃止研究会の集会で挨拶(17日)。かつて、知人がベッドに大の字に縛られている光景に激しい憤りを覚えたことがある。介護施設等でこのような「身体拘束」をなくすことが研究会の目的である。社会福祉総合センターは超満員。発足以来11年、会の発展の姿を見た。

 平成12年に介護保険法がスタートし、翌年抑制廃止研究会もスタートした。私は自ら設立趣意書案をつくり立ち上がりから参加した。「介護保険制度の目的は高齢者を社会全体で支えること、人間の尊厳を守る介護は介護の質を高めることと不可分である」と挨拶した。

◇「サロンぐんま」に出た(17日、元気21)。市民の勉強会でいつも厳しい意見が出る。遅れて参加すると某県議が居た。この会で楫取素彦の話をしたいと発言。政治の原点を考える機会にしたい。(読者に感謝)

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2012年11月18日 (日)

『楫取素彦読本』第49回

以下がその要旨です。「議会は、廃娼建議案を可決し、時の県令楫取は、直ちに県民の意志を尊重して、廃娼令布告をもって県下の公娼を廃止する旨を達せられた」、「諸君、精神的文明を以って物質的文明よりも優秀のものとするなら、利根の水、赤城榛名妙義の山よりも、また古来世に賞賛せられたる群馬の生糸・織物よりも、全国唯一の廃娼地たる本県は、むしろこの一事をもって天下に誇るべきものではないか」

 これは、大正三年(一九一四)に行われた大会の挨拶です。楫取素彦は、明治十五年(一八八二)に、六年の猶予期間を設けて廃娼を実施することを決めましたが、楫取が去った後、廃娼に反対の県令(知事)が現われたりして予定通り進みませんでした。しかし、遂に明治二十六年(一八九三)十二月三十一日限りで廃娼実施となったのです。

【解説】

佐藤知事は県会と対立し、辞職勧告が出され、議会の停会や解散などを経て佐藤與三知事は遂に辞職に追い込まれました。ここに、明治二十六年をもって県下の廃娼が実施されたのです。

楫取素彦の意思を受け止めた青年たちの生き生きした姿が目に浮かびます。新しい立派な社会をつくろうとする意気込みと、楫取を尊敬する純粋な心が若者たちを突き動かしたのです。

※土日祝日は中村紀雄著「楫取素彦読本」を連載しています。

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2012年11月17日 (土)

『楫取素彦読本』 第48回

十四、廃娼運動の意味

私たちは、廃娼運動のことを遠い過去のこととしてその意義を軽視するか、あるいは、この運動があったことすら知らないで過ごしてきました。

 今、楫取素彦が県会と力を合わせて成し遂げた偉業の意味を資料を通して振り返りたいと思います。

 ここで紹介するものは、大正時代の前橋市会議長であり、廓清会群馬支部長である徳江亥之助が、「群馬県廃娼二十年記念会」の開会の辞で述べた言葉です。

【解 説】

1117

佐藤興三(さとうよぞう)

○楫取素彦は、六年の猶予をおいて廃娼の実施を決めましたが、楫取が去った後、次の佐藤知事は、楫取の方針を変更しようとしました。そこで立ち上がったのが青年たちです。

県下二十有余の青年会は連合組織をつくり、演説会やデモ行進を行い、また、手分けしてわらじで馬を走らせて県会議員の説得に回り、遂に再度、県会は廃娼を決議しました。

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2012年11月16日 (金)

人生意気に感ず「野田首相の決断。第三極の行方。新三国志。森本アナ強制わいせつ」

◇歴史の歯車が回る瞬間をこのブログに記したい。私は自民党だが野田首相に感銘した。窮鼠猫を噛むでなく、一国のリーダーの熟慮断行の姿と見た。何も決められない政治という酷評に対する反撃でもあった。次期政権は、これを新しい松明(たいまつ)と認めてその精神を受け継ぐべきだ。

 野田総理は「一発で倒すしかない」と決意し四面楚歌の中14日の党首討論に臨んだ。「16日に解散をします。やりましょう」と語る姿は迫力があった。瞬間どよめきがおきたが、民主党の席は水を打ったように静だった。

 この瞬間から国会内外の動きは慌しくなった。民主党から続々離党する議員の様は沈没を察知して逃げ出すネズミのようだ。太陽の党の石原慎太郎が吼えている。太陽、みんな、維新、減税、これはまとまって第三極をつくれるのか。カギを握る石原と橋下は今日会議して結論を出すという。

 中央の波は本県にも及んでいる。元同僚県議の後藤新・長谷川嘉一の両氏は、小沢一郎の「生活が第一」からの立候補を目指しているらしい。落ち目でダーティな小沢のイメージを考えると窮余の選択に見えるがどうなのか。

◇今回の選挙は面白い。しかし、面白がってはいけない。原発、新エネルギー、消費税、TPP、尖閣などの外交、経済、雇用などにつき有権者は自分の視点を持って判断しなければならない。候補者は如何に説得力ある政策アピールが出来るか問われる。

 衆院は今日午後解散される。解散権は首相にあるから野田首相が衆議院を解散する。手続きの流れは、今日朝閣議で表明し解散詔書を閣議決定する。衆院議長がそれを朗読して解散を宣言する。

◇期せずして、日・米・中政権に大きな変化が生ずることになった。オバマが2期目を目指すことになり、中国では習近平体制が発足した。日本は米中と強(したたか)に付き合わねばならない。グローバルな時代の三国志で日本はいかに生きるかは今回の選挙にかかる。

◇NHKの森本専任アナウンサーが強制わいせつ容疑で逮捕されたことに驚いた。電車内で23歳の女性の下着に手を入れ胸を触ったという。

 本人は当時酒に酔っていて記憶がないと言っている。本当に記憶がない状態なら犯罪にならないが、立証は難しい。瞬時のことで一生を棒に振る人が多い。(読者に感謝)

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2012年11月15日 (木)

人生意気に感ず「遂に解散。内閣府で語る。ディベート甲子園。森光子の死」

◇首相の解散表明を内閣府大臣官房総括審議官室で知った(14日)。テレビに見入っていた室の主前川守さんは、「たった今ですよ」と言った。前川氏は東大弁論部の後輩である。

 野田総理はついに決断した。明日(16日)解散、来月16日総選挙である。ほとんどが解散反対の与党民主党に囲まれて、総理は伝家の宝刀を抜けるのか興味深く見詰めてきた。野田総理は政治屋ではなく政治家であった。選挙で不利を承知で消費税増税を貫いたことは後世評価されるだろう。

 新党の動きがにわかに慌しくなった。太陽の党や維新の会の動向は、前回当選の浮き草議員の運命は、そして自民の政権奪還は。日本列島を舞台に久々の大衆大劇場の幕が切って落とされる。

◇内閣府の門はガードが厳しかったが私の名を言うと直ぐに通れた。前川君からここまで下りていたのだ。一階ロビーでは報道陣のカメラが並び何かを待ち受けていた。帰りの新幹線で森光子92歳の死を知る。この日の一連の出来事は記憶に残るだろう。

 前川君とは一度話そうという約束だった。一高・東大弁論部会報「縦の論壇」に載った私の「初代群馬県令楫取素彦」を読み、彼の実家は山口県防府市で楫取の墓が近く、あちらの顕彰会会長の家も近いことから、私の寄稿に奇遇を感じたというメールが来ていた。

 前川君との話で京大特認教授滝本哲史君のことが出た。部の後輩で「武器としての決断思考」がベストセラーになっている異色の存在。「縦の論壇」に私の文と共に「ディベート甲子園と一高・東大弁論部」が載った。

 その中で「全国中学・高校ディベート選手権」の事が紹介され、参加校は今年144校、多くは東大合格者を輩出していて、最近の新入生には弁論部入部を考えて東大を目指す人もいるという。前川君の話では今年の一年生は21人が入部とか。ディベート甲子園の中心となっている瀧本君に連絡をとっていると話したら前川君も同じことを考えていた。

 政治家としてディベートに関心を持つ私は若者たちに関わってみたいと思う。今年の高校生の論題は「日本は死刑制度を廃止すべきだ。是か非か」だった。瀧本君の「議論の文化を広げて民主主義の発展を期す」に賛成だ。前川君には、楫取素彦読本を若い人にと数冊託した。新人類が松陰や楫取にどのような反応を示すか。(読者に感謝)

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2012年11月14日 (水)

人生意気に感ず「ダライラマ。チベット族焼身。太田市議万引」

◇ダライ・ラマが参院議員会館で講演した(13日)。「私の目的はチベット文化を守ることで独立ではない。それなのに中国共産党は弾圧と人権侵害をしている」ラマはこう指摘した。日中が火花を散らしている時、ラマに演説を許した事は中国を刺激するだろう。チベット問題とダライ・ラマは、今月のふるさと塾で取り上げるテーマの1つなので注目した。

 ダライラマは、1959年のチベット動乱の時、インドに亡命した。中共軍の目を逃れ、ヒマラヤの秘密の道を通って決行した脱出行は一大ドラマだった。平和的闘争を貫いてチベット文化を守る努力に対してノーベル平和賞が与えられた。

 私はかつて、この欄でペマ・ギャルポのことを書いた。6歳の時、ラマと共にチベットを脱出し、現在は桐蔭横浜大学の教授を務める。ギャルポは、「日本はチベット問題に理解が足りない」と指摘した。

 この言葉には本質的に重要な意味がある。チベットと日本は、精神文化に関して対極に位置している。チベットは仏教を中心とした精神文化が全ての基本である。その姿は、3千mを超える秘境と相まって神秘的である。一方日本は物質文明の先端を走り精神文化は危機に瀕している。「理解が足りない」とは、痛烈な文明批判と日本の危機を暗示する意味がある。

◇北京マラソンに日本人が参加出来るようになったのは、参加させないとした政府の姿勢に対して、「中国の恥だ」というツイッターが殺到したからだという。このことは、中国人にも良識ある人が多いという事、及び一党独裁の中国社会もツイッターによって大きく変化する可能性があることを示している。最近のデモ慣れは中国政府にとって大きな脅威だろう。

◇共産党大会が続く中でチベット族焼身自殺が続く。10月に入って18人が自らの体に火を放った。19歳の若者は「民族に自由を。言語に自由を」と叫んで焼身したという。異常な事態だ。「尖閣」で見せる強硬姿勢が世界に対して説得力を失う一因だと思う。

◇太田市議が万引で辞職したと報じられている。スーパーでミニトマトなど600円相当を内ポケットに入れレジを通り過ぎてつかまった。本人は、常任委員長の職務が重責すぎて疲れたとも。1人の政治家として信じられない。政治家のレベルはこんなものかと政治不信を募らせる。ぼおっとしていたのならきちんと説明出来なかったのか。(読者に感謝)

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2012年11月13日 (火)

人生意気に感ず「地獄の戦場ニューギニア。生と死のフォーラム。支持率18%。太陽の党」

◇県遺族の会が現在慰霊巡拝でニューギニアに居る。県からは茂原副知事、星野副議長、先日原発の視察に同行した片野健康福祉部長等も参加。県の人達は拙著・「今見る地獄の戦場 ― 二ューギニア慰霊巡拝の旅」を読んで参加すると言っていた。この小著は2001年(平成13年)、私が副議長の時の巡拝記録である。

 私の本が話題になった事もありあの時のニューギニアが眼前に甦る。しかし、私がここで取り上げるのは懐かしさからだけではない。生還者のほとんどは90歳を遥かに超え、地獄の戦場も歴史の彼方に埋没しようとしているからだ。悲惨な現実を今こそ直視せねば真の「慰霊」とはならない。

 第二次世界大戦でニューギニアは日米双方にとって重要な戦略拠点だった。約12万人の犠牲者中9230名が群馬県出身者である。

 私たちの時の慰霊は、ニューヨークの同時多発テロ(9.11)直後の緊張した世界情勢下で行われ、県からは小寺知事(当時)が参加した。

 首都ポートモレスビー、マダン、ウエワクは今回の人々と同じであるが、私たちは、長い行程の中で、ラエやラバウルにもいった。ラエ市は海に近い。3千数百名の日本兵を呑み込んだダンピール海峡である。そして、この海の彼方に有名なラバウルがある。

 私は本の中で、ダンピール海峡を弾雨の下で泳いだ岩田亀作さんの事を書いた。間もなく94歳となる岩田さんは健在で、来年3月1日、若者達の前で「死と生のフォーラム」シリーズの一環で、私と共にニューギニアを語る。

 私の書斎にシャコ貝がある。ウエワクの町を見下ろすミツヨンヒルで現地の少年が恥かしそうに私にくれたもの。あの少年はどうなっているか。

◇最近、情勢交換会と称する会に出たら(10日)、意外にも、3人の国会議員がいた。上野、宮崎、三宅の各氏。司会者は政治は脇にと言ったが、立会演説会の観があり解散近しと感じさせた。

 国会では首相の「近いうち」の約束を追及する声がしきりだ。今朝の各紙は年内解散の意向と報じる。

 群馬1区は維新から上野宏史氏が戦列に加わり久しぶりに激戦になる。尾身幸次さんの激しく厳しい選挙戦が懐かしい。

◇内閣支持率が18%となった(朝日)。前回の風に乗って当選した木の葉の議員は落選確実だ。石原慎太郎が今日新党結成し、党名は太陽の党とか。デビュー作太陽の季節を連想させるが、落日の太陽となるのではないか。(読者に感謝)

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2012年11月12日 (月)

人生意気に感ず「六ヶ所村・悪魔の元素。収穫祭。中国の水餃子」

◇原発及び六ヶ所村の施設の視察は驚くべき体験となった。両者は入口と出口の様な関係だ。原発で燃焼させた後の核のゴミを後者で処理する。「処理」には放射性廃棄物の埋設と再利用燃料の生成(再処理)等が含まれる。

 放射能の恐怖と原子力エネルギーに関する問題はこの2つの施設を見ずには語れない。「3・11」の過酷事故後の視察という点で重大な意義がある。六ヶ所村はよく受け入れた。「3・11」後に受入れを検討するとしたらスムーズにいかなかったでしょうねと私は質問した。

 高木仁三郎著「プルトニウムの恐怖」では、悪魔の元素としてプルトニウムが語られ、また、北マリアナ連邦のテニアン市長の言葉「とにかく原発のゴミを私たちの所に投棄することには殺されてもいやだと言い続けます」が紹介されている。

 プルトニウムは、原子炉でウランが燃えるときの副産物として生れる。これから再び燃料を取り出ことが再処理工場の目的。再処理工場は現在建設中である。東海村で実験用のものが存在するが商業用施設としては日本初。

 私たちは、低レベル放射性廃棄物と高レベル放射性廃棄物のそれぞれの管理状況を見た。再処理工場から出る廃棄物は高いレベルの放射線を出すので溶かしたガラスと混ぜて固体化して深い地下に埋めることになる。

 六ヶ所村は人口1万人ちょっとの過疎の村だが毎年50億円を超える交付金等の膨大な金が入る。施設のテロ対策はすごい。マグロで名高い大間(おおま)の海峡が近い。本州最北の過疎の村は超科学とその危険が密集した最先端基地でもあり、人類の未来がかかった地域でもあるのだ。

◇芳賀地区最初の収穫祭が行われ山本市長も参加した(11日)。私は、放射能の調査で東北を訪ね感じたことをベースに挨拶した。要点は、地域の力で安全な農作物をつくることが如何に大切か、そして、収穫を祝うことは天地の惠と人々の協力に感謝することだというもの。

◇収穫祭と同じ時間帯に県福祉総合センターで中国帰国者の料理教室が行われていた。20人以上の日本人も参加しての水餃子作り。出来立ては特に美味しい。私は帰国者協会の顧問である。挨拶では国同士が争っても民間の交流は大切で、帰国者の皆さんの役割は大きいと話した。9月に中国を訪ねた時の協会幹部もいてあの時を振り返った。餃子の味は「尖閣」を一時忘れさせるものだった。(読者に感謝)

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2012年11月11日 (日)

「楫取素彦読本」第47回

 世界が注目する国際裁判です。明治政府は太政官布告で、娼妓(女郎)解放を宣言しました。日本版奴隷解放ともいうべきこの布告は、その後、様々な波紋を広げていくことになります。 その一つの波紋の及ぶところに群馬の廃娼運動がありました。

 このような動きが群馬の廃娼運動に大きなインパクトを与えたことは間違いありません。 

 明治の政治家の高い志と勇気を楫取素彦はしっかり受け継いでいたからこそ、廃娼の意義を理解し、政策を決断し、実行に移せたのです。

 明治の壮大なドラマを私たちの胸に甦らせる意義は大きいのです。そして、それは楫取素彦を甦らせることによって実現するのです。

【解説】

奴隷船マリア・ルース号事件の波紋。

 ペルーとの国際裁判が決着した後、日本とペルーは改めて通商航海条約を結び国としてお付き合いをすることになりました。そして、佐倉丸という船で七九人の日本人移民がペルーに渡ることになります。それは、明治三十二年(一八九九)のことで、その約二十年後にフジモリ大統領の父・藤森直一が移民としてペルーに渡りました。日本移民の子が大統領になるのは第一回移民から九十一年後のことでした。

南米移民というとき先ず頭に浮かべるのはブラジルですが、実は、ブラジル移民の第一船笠戸丸がブラジルのサントス港に着いたのは、第一回ペルー移民の九年後の明治四十一年(一九〇六)のことでした。

※土日祝日は中村紀雄著「楫取素彦読本」を連載しています。

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2012年11月10日 (土)

「楫取素彦読本」 第46回

明治政府は、違法な奴隷貿易が原因だから損害賠償を求める権利はないとはねつけました。これに対し、ペルー側は反証として、とんでもないものを法廷に提出しました。

 それは「女郎の証文」といわれるもので、女性を卑しい仕事に従事させる契約書でした。

 日本側は、初め、ペルーの意図が分からなかったそうです。ペルー側の言い分は、日本にはもっと酷い、人間として恥ずべき奴隷制度があるではないかというものでした。

【解 説】

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副島 種臣

○マリア・ルース号事件という明治初めの国際的人権事件の解決を指揮したのは外務卿副島種臣でした。

多数の中国人を解放して帰国させ、国際裁判を進めさせました。

今日の日本外交では考えられない大胆な、そしてある意味で向こう見ずな決断と行動でした。

時あたかも不平等条約の改正交渉を主目的とした岩倉使節団が訪問中でした。

この使節団には、本書で取り上げている大久保利通、木戸考允、伊藤博文も参加していました。

条約の改正には日本が遅れた国でないことを認めさせることが大変重要なポイントでした。「人権の尊重」は文明国の証明です。そこで、奴隷扱いの中国人の解放に関わる人権裁判に勝利することはこの上ない重大事でした。

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2012年11月 9日 (金)

人生意気に感ず「福島市の調査。六ヶ所村とは。低線量でもがんに」

◇8日、福島市の放射線対策を視察した。原発事故被災県自治体の放射線健康管理対策は最大の関心事だった。豊かな自然と平和な歴史に恵まれた東北ののどかな地域が原発事故による放射線という超科学の怪物に見舞われたのだ。

 遠く離れた我が県でもいまだ恐怖に取りつかれているのだから直接被災県の県民の恐怖と負担は想像以上だろうと思われる。福島市の苦闘から多くの事を学びたいと期待した。

◇福島市の担当官は先ず国への批判を口にした。放射線対策につき前向きの姿勢がないというのだ。環境省が窓口になっているがここに問い合わせても分からない。なぜ直接の厚労省が窓口にならないかというのだ。

 優先順位をつけながらも全市民を対象に外部被曝と内部被曝の調査に取り組んでいた。調査のデータを基に市民の健康を守ることが目的なのだ。

 私は低線量内部被曝の問題、そして、とくに、子どもの甲状腺がんについて質問した。前者については学者でも意見が分かれ、後者は約5年後にがんが現れる。担当官は市民に多くの情報を提供する事の重要性を語っていた。市民はそれによって食物を選び生活習慣を整えたりして内部被曝を止める対策をたてることが出来るというのだ。勿論、行政は前記のようにデータを基に対策を続ける。行政と市民が一体となって放射線問題に取り組む意義を学んだ。外部被曝測定には個人線量計(ガラスバッジ)の配布、内部被爆にはホールボディカウンタで取り組んでいた。

◇今日9日は、青森県上北郡六ヶ所村の「日本原燃・低レベル放射性廃棄物埋設センター」を視察する。六カ所村という名称と共に名高い同センターとはどんな所か興味が湧く。

 9日の「デーリー東北」は、日本原燃(株)が東電刈羽原発からの低レベル放射性廃棄物1400本(200リットル入りドラム缶)を六カ所村の埋設施設に運び入れたこと。そして、本年度7回目の搬入であると報じている。

◇昨日私は福島市役所で低線量被曝につき質問したが、アメリカの研究機関は8日、低線被曝でも白血病(血液がんの一種)の発症リスクが高まるとの研究結果を発表した。

 チェルノブイリ原発事故の収束作業に関わった作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査した結果である。日本でもきちんと実態を把握すべきだという意見がある。同感だ。(読者に感謝)

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2012年11月 8日 (木)

人生意気に感ず「原子炉の真下に立つ。最大の教訓は。オバマ勝つ。」

◇放射能対策特別委員会の第一日目。福島第一原発へ向かう道中には目を見張る光景が広がっていた。かつての田は、遥か彼方までセイタカアワダチソウで埋め尽くされている。田を占領した黄色い花は原子力をコントロール出来なかった人間をあざ笑う姿に見えた。

◇総勢18名は東電の車に移り福島第二原発構内に。テロ対策等も有りチェックは非常に厳重。第一原発が崩壊したのになぜここが助かったのか。反省点は何か。これが最大の関心事だった。所内の壁には津波の跡が残っていた。

 当時の状況の説明を受け、中央制御室ではシミュレーションを行った。「大津波到来です」と叫ぶ声、担当者が慌しく計器を点検する。突然真暗になる。人々はポケットから懐中電燈を取り出して作業を。第一原発はここから先へ進めなかったという。電源がやられ、懐中電燈の準備もなかった。第二原発の場合、外部電源で使えるものがあった。しかし、咄嗟に使える懐中電燈は準備していなかったという。「ポケットに小型電灯」。この例のような反省点が360もあり現在まとめているという。その中には、水、トイレ、油、食料などもある。万一の時、所員が長期留まって闘うための必需品だ。水も構内の昔の井戸を使ったという。津波に襲われると軽油、ガソリンもなくなってしまう。

◇原子炉建屋に入る。通路には多くの機材が。緊急時、これらが飛び回る。反省を活かして固定されていた。原子炉の真下に立った。刈羽に何度も行ったが、初めての体験。放射線の値は、外の1千倍以上で0.4ミリシーベルト。燃料棒を入れるプールをのぞき込んだ。

◇原発事故時の最重要項目は「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」である。その為の万全の高度な備えがあるが、実際には使えないことが多い。懐中電燈、古井戸、手動電話のように身近なものが神の手ともなる。近づく南海トラフの地震にフクシマの教訓を活かさねばならぬ。所内の若い女性に「不安はないですか」とそっと聞いたら「大丈夫です」と笑って答えていた。

◇昨日は朝から気になっていた大統領選。オバマが勝った。人類は白人優位の歴史を歩んできた。それだけに黒人大統領の誕生には身近なものを感じる。「激しく戦ったのはこの国を愛するため」とオバマは語った。日本との絆を深めて欲しい。民主主義の進化を祈る気持ちだ。(読者に感謝)

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2012年11月 7日 (水)

人生意気に感ず「黒人大統領の行方。田中真紀子の暴挙。放射能調査」

◇アメリカ大統領の投票が始まった。全米を巻き込んだ長い選挙戦の結果が間もなく出る。前回、09年1月20日、首都ワシントンには200万人の市民がオバマの大統領就任演説を聞く為に集まった。

 黒人大統領の誕生は、正に人類史上最大のドラマの一つであった。アメリカは民主主義の理念に基づいて建てられた最初の国である。建国後の奴隷解放、公民権運動等は、現実を民主主義の理想に近づけるための闘いであった。黒人大統領の誕生は、人間は平等だという民主主義の理念の実現であった。この意味で人類史上最大のドラマであった。アメリカは偉大な国であることを世界に示した。

◇しかし、今やあの熱狂的支持はない。優勢といわれながらもオバマは苦戦している。経済の低迷、失業者の増大、国際的な威信の失墜等、アメリカの理想は冷厳な現実に打ちのめされ、オバマへの期待も傷ついたかに見える。アメリカ市民は突きつけられた難問にどう答えるか。アメリカの民主主義が問われている。アメリカ大統領選の結果は、中国と対峙する日本にとっても重大な問題である。

◇田中文科相が暴走している。三大学の新設を、設置審査の過程を無視して不認可とした。不備はなかったので誰も予想しなかった結果である。この期に及んでと誰もが思う。受験生の打撃は深刻である。

 猛反対が起こり、田中文科相は方針転換した。新基準で審査して適合すれば認可すると言い出した。そんなに簡単に新基準が作れるものか。申請受付の段階で基準変更の可能性の説明はなかった。「新基準を出すなら初めから言って欲しかった。人生をかけて勉強してきた」と受験生が言うのも当然。国の教育行政に対する信頼が失われることの影響は3大学の問題に限らない。

◇原発事故の放射性物質拡散予測にまた誤りがあった。原子力規制委員会の訂正発表は3度目である。原子力規制委員会は、原子力行政に対する国民の信頼を回復するために設置された切り札なのにお粗末ではないか。国民の目には、原発問題はまだまだ揺れていると映る。

◇今日、放射能対策特別委員会は、福島第2原発及び青森県六ケ所村の日本原燃の調査に出かける。六カ所村は低レベル放射性廃棄物埋設センターを調査する。放射能、原発、新エネルギーをしっかり勉強するつもり。今午前6時。7時15分に家を出る。(読者に感謝)

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2012年11月 6日 (火)

人生意気に感ず「萩市長野村氏を迎えて。萩との子どもの交流。東大弁論部」

◇40人の萩市民を乗せたバス・萩市民号は4日午前10時前には議会棟前に着いていた。人々は歩いて近くの清光寺を訪ね次いで県庁西の高浜公園で私と合流した。ここ迄は萩の人々のお定まりのコースである。

 清光寺は吉田松陰の妹にして楫取素彦夫人寿子と縁(ゆかり)の深い浄土真宗の寺。高浜公園には楫取素彦功徳碑が立つが今年はこれに隣接した位置に楫取素彦顕彰会によって「楫取素彦の足跡」説明板が作られた。

 野村市長と共に現れた人々の中には昨年萩で講演した時会った懐かしい人々の顔があった。私は「説明板」と功徳碑の説明をした。説明板の文は私が書いたもの。

◇午後のパネルディスカッションで野村、山本両市長は教育施策で意気投合した。野村氏は「振り返れば未来が見える」、「楫取は吉田松陰の教えを前橋で具現化した」と語り、山本氏は、「教育で前橋をつくる」と応じた。成果を信じたい。

 私は昼食をとりながら野村市長に両市の子どもたちの交流を提案した。互いにホームスティさせ地域の歴史等を体験させる試みである。両市長が賛成した。野村氏は夏休みを利用したいと述べた。

 これは、最近萩市を訪ねた前橋市の顕彰会員Aさんの発案である。

◇5日夜、小グループの会で楫取素彦の講演をした。野村興兒市長とも話した事だが楫取の顕彰を一時的にしたくない。その決意で現在各所で私は講演している。「楫取素彦読本」は4日の市民文化会館では百冊以上売れた。6日からは前橋文学館でも販売する。この動きは萩市でも広がっている。松陰と楫取をよみがえらせることは私たちの本来の心を甦らせることだ。内憂外患の現在の状況は幕末とよく似ていると思う。

◇第一高等学校・東京大学弁論部「縦の会」会報第32号が送られてきた。私の「近代群馬の基礎を築いた初代県令楫取素彦」が載っている。楫取の存在を少しでも広めたい思いで書いた。明治の初期に優れた「自方自治」を実践した意義という視点から楫取の業績を取り上げた。東大弁論部の伝統は演説の技術を磨くのでなく議論を交わし思想を練る点に特色がある。萩市長野村氏が大蔵省出身と聞いたので、同省幹部だった伏屋和彦さんや鈴木康司君のことを話したら「ああ弁論部ですね、一緒に仕事をした人たちです」と言っておられたので驚いた。会は現役生が幹事として運営。編集後記に快く寄稿に応じてくれた中村先輩に感謝とある。私の願いは彼らの胸に楫取が届くことである。(読者に感謝)

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2012年11月 5日 (月)

人生意気に感ず「10キロ走った。大津市を走る。ロシア皇太子遭難の碑。万里の長城の遭難」

◇県民マラソンの朝は快晴、10キロの部は午前9時10分にスタートである。毎年厳しいスケジュールの中の参加である。昨年は中国から深夜帰国した翌朝のマラソン、今年は、前夜、滋賀県から帰県後萩市の客との懇談会があった。

 利根河畔の国体道路を埋めた人々は号砲を待つ。私は足踏みをしながらコースを頭に描いてイメージトレーニングをしていた。スタートと共に人の流れは洪水のように動いた。バラ園を回って北上し再び国体道路に出て南下する。大渡橋の下を潜ると間もなく折り返したトップランナーの北上する姿が見えた。スッスハッハ、スッスハッハ。4日前に72歳を迎えた体は健在である。踏み出す足に伝わる大地の手ごたえは生きる証。再び大渡橋を過ぎるとあと1キロの表示があった。スタンドに駆け込むと今年もやったという思いが湧いた。タイムは1時間3分1秒。これ迄のベストは07年の56分32秒。この差は肉体の衰えを示すものか。歳月の壁にチャレンジしてまた新しい一歩を始める。

◇県外調査の2日目大津市の朝を走った。翌日の県民マラソンを意識し無理のない走りを目指す。すぐに琵琶湖に出た。目の前に広がる湖面は歴史を物語る。右手の山に朝日が姿を現しつつあった。対する左手の山は叡山である。3千人を焼き殺した信長の焼き討ちを想像する。あの山が紅蓮の炎に包まれたのか。

 近くに旧東海道があり走り込むと古い街並が続き道路端の小さな石碑が目に入った。「露国皇太子遭難之地」とある。

 明治24年巡査津田三蔵がロシア皇太子ニコライをサーベルで切りつけた事件である。ロシアを恐れた政府は皇室に対する罪を適用して死刑をと主張したが大審院長児島惟謙は無期刑を科し司法権の独立を守った。日本史の教科書に載る有名な事件だが碑は見落とす程小さい。

◇万里の長城で日本人3人遭難のニュースに驚く。長城は何度か登ったが遭難は考え難い。事件は観光化されていない河北省の地。長城までが険しい山地で、そこに数十年ぶりの大雪が襲ったらしい。世界的な異常気象の1例だろう。日中が険悪の時だけに中国の救援活動も気になる。

 今回は、秘境ではないが最近はやりの秘境めぐりなどは異常気象を念頭に置くべきことを教えている。(読者に感謝)

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2012年11月 4日 (日)

『楫取素彦読本』第45回

十三、世界の動き・奴隷船マリア・ルース号事件

 このような群馬の動きの背景には、奴隷制度に関する壮大な世界史の潮流がありました。アフリカ大陸の黒人が新大陸に奴隷として運ばれるようになったのは、コロンブスが一四九二年に新大陸を発見してから間もなくのことです。数百年続いた奴隷貿易が禁止され世界の奴隷制度も終わりをつげる時が来ました。アメリカのリンカーン大統領が有名な奴隷解放宣言を出したのは一八六三年のことでした。しかし隠れた奴隷売買はなお残り、明治の初め、横浜を舞台に、ペルー船籍の奴隷船マリア・ルース号事件が起きました。

【解説】

○アメリカとその民主主義を象徴する大統領です。

南北戦争最大の激戦地で行なった演説の有名な言葉「人民の人民による、人民のための政府」は、日本国憲法の中にもしみ込んでいます。

奴隷解放宣言は一八六三年です。一八六五年に南北戦争は終わりましたが、この年暗殺されました。

新島襄は、密航でアメリカに向かう船の中で、南北戦争の終結とリンカーンの暗殺を知りました。日本では、この年、高杉晋作が挙兵します。

※土日祝日は中村紀雄著「楫取素彦読本」を連載しています。

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2012年11月 3日 (土)

「楫取素彦読本」 第44回

十三、世界の動き・奴隷船マリア・ルース号事件

 このような群馬の動きの背景には、奴隷制度に関する壮大な世界史の潮流がありました。アフリカ大陸の黒人が新大陸に奴隷として運ばれるようになったのは、コロンブスが一四九二

年に新大陸を発見してから間もなくのことです。数百年続いた奴隷貿易が禁止され世界

の奴隷制度も終わりをつげる時が来ました。アメリカのリンカーン大統領が有名な奴隷

解放宣言を出したのは一八六三年のことでした。しかし隠れた奴隷売買はなお残り、明

治の初め、横浜を舞台に、ペルー船籍の奴隷船マリア・ルース号事件が起きました。

【解 説】

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○コロンブスの新大陸発見は、世界を一変させる出来事でした。新大陸に昔から住む人々にとっては、恐ろしい悲劇の幕開けでした。

またアフリカ大陸から膨大な数の黒人が奴隷として運ばれる本格的な奴隷貿易の開始をもたらしました。マリア・ル-ス号事件は、このような時代が終わりを告げる頃起きたものです

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2012年11月 2日 (金)

人生意気に感ず「岡山県立図書館、岡山県議会。我が人生の図書館」

◇岡山県立図書館は異色の存在に見えた。まず道路を挟んで県庁舎と向き会っていること。

そして、04年の開館以来、来館者数、本の貸出数が全国都道府県立図書館中7年連続トップということ。

 これらは予備知識として既知の事であったが中へ入ると図書館運営につき学ぶ点がいろいろあった。

 県立図書館は少年時代からずっと私の日常生活に深い関わりのある存在だった。本が好きだったので多くの本を借りて読んだ。記憶に残る本はその時々の図書館の思い出と結びついている。厳しい大学受験や著作の資料調べの場でもあった。

 広瀬川のほとりにあった頃のものと比べると現在の図書館は様相を一変させている。図書館は県民の心の栄養源であり地域の文化を支える拠点である。図書館に如何に予算を注ぐかは地域行政の文化に対する姿勢を物語る。

 岡山の県立図書館が全国図書館のトップを走る事実は、一歩踏み入れて目に入る光景が如実に示していた。長い貸し出しカウンターに立つ職員の数とその前の利用者の列は、群馬の比ではない。書庫では自動検索のロボットが動いていた。平成24年の予算が4億7千万円を超える点も全国有数である。

 その他の注目すべき点として施設の運営に指定管理者制度をとり入れていることや大災害時における県庁のバックアップ機能の役割を担っていることなどがあった。建物が免震構造になっていて、万一の時、ここのスペースを道路を隔てた県庁が利用する仕組みである。

◇岡山県議会の議会広報として注目すべきものは、テレビを使った県政討論会の実施である。私は群馬県議会でもこのようなことが出来ないものかと考えていた。難しい課題もあるらしい。私の質問に、担当者は、「全国テレビの討論会を見慣れている県民から討論になっていないという批判が寄せられることがある」と答えた。

 議会図書館の状況は、職員数、資料閲覧用個室の完備などの点で群馬のほうが進んでいる感を受けた。

◇県立図書室および議会図書室につき県会議員がもっと利用すべきだというのが私の実感である。私は、この2つの施設に、「望郷の叫び」、「議員日記」(3巻)、「楫取素彦読本」を寄贈した。この日の万歩計は7118を示した。(読者に感謝)

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2012年11月 1日 (木)

人生意気に感ず「放射能被曝隠し。巨大ハリケーン。脱法ハーブ」

◇私の属する放射能対策特別委は今月福島第二原発を調査する。事故を起こした第一原発の放射能被曝にも重大な関心がある。新たなスタートラインに立つ決意で勉強したい。

 第一原発事故現場の被曝線量隠しにつき、厚労省調査の結果が公表された(30日)。意図的なごまかしはなかったという。しかし、原発で働き続けるために意図的に隠したとする証言が報じられている。小規模受請会社では作業員の健康に対応出来ない実態があるらしい。しかし、末端の作業現場まで適切に管理しなければ国民の信頼を回復出来ない。作業員の健康を守ることは適正な原子力行政の第一歩である。

◇巨大ハリケーン・「サンディ」の猛威は凄い。死者はハイチ、ジャマイカの辺りで60人以上、全米で50人という。地球が狂いだした事を印象づける。巨大都市ニューヨークの惨状はいつか東京もと思わせる。イーストリバーをくぐるトンネルは全て水びたし、地下鉄も水であふれた。ニューヨークの地下鉄の歴史で最大の被害といわれる。満月が重なり記録的な高潮被害となった。巨大都市は共通の課題をもつ。決して他人事ではない。

◇インド洋のサイクロン、アメリカのハリケーン、日本の台風、全て巨大化し止まるところを知らない。温暖化が進む中で将来このような気象現象はより巨大になると予想されている。

 近年のものには、05年アメリカを襲ったハリケーン・「カトリーナ」、08年ミャンマーのサイクロン・「ナルギス」がある。カトリーナは秒速78m合計300ミリ以上でニューオーリンズを浸水させ被災者は100万人以上に達した。一方ナルギスはミャンマーのデルタ地帯に上陸、最大秒速60m、被災者は120万人以上である。日本を襲う台風もこれらに匹敵するものが多くなった。近づく巨大地震、原発、台風と防災対策は国にとっても地方にとっても最大の課題である。

◇脱法ハーブの問題が深刻化している。妄想にとらわれた運転手は女子校生を死なせ、危険運転致死罪で起訴された。過失致死は最高7年だが危険運転となれば最高懲役20年。これを脱法ハーブ運転に適用するのは初めて。

 法で指定薬物としても業者は規制外の成分を使いいたちごっこ。条例で対応する都県も。私も最近の議会で、群馬の対策について取り上げた。小さな動きのうちに食い止めたい。(読者に感謝)

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