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2012年9月22日 (土)

「楫取素彦読本」 第31回

前橋にこの製糸工場が作られたのは明治三年のことでした。それは、「日本で最初の富岡製糸」より二年以上も早かったのです。そして、藩の制度が廃止され県が置かれることになった、

いわゆる廃藩置県の実施は明治四年でした。

このような流れの中で、明治九年、楫取素彦は、初代群馬県令として群馬に赴任したのです。

当時、県庁所在地を前橋にするか高崎にするかでもめていましたが、楫取素彦が前橋を県都と定める決断を下したのは、このように前橋に生糸業の盛んな動きがあったからです。

つまり、生糸業を新産業として発展させることによって群馬を興そうとした楫取素彦は、多くの生糸商人が活躍する前橋の地に県庁舎を設けることが得策と考えたのです。

【解 説】

P1010054

明治三年に前橋藩が建設しました。動力には、近くを流れる広瀬川の水力発電が利用されたと碑にはあります。広瀬川の水力発電は、新エネルギーとして、現在、甦ろうとしています。

922

○前橋藩の日本最初の機械製糸場建設に尽力し、富岡製糸場の所長として活躍しました。

富岡製糸場の世界文化遺産登録の歴史的背景の中に登場する人物です。

○日本最初の機械製糸場跡

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