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2012年9月 1日 (土)

「楫取素彦読本」 第24回

鈴木貫太郎の父は武士でしたが、明治になり県庁に就職することになりました。そのとき、千葉県と群馬県の両方の県庁にチャンスがありました。しかし群馬県の方が教育の面で進歩していて評判が高かったので、父は、群馬県庁を選び貫太郎少年と共に前橋に移り桃井小学校に転入したのでした。

この時の群馬県令が楫取素彦だったのです。鈴木貫太郎のお話からも当時の人々は、楫取が吉田松陰と関わりが深かった人物で、群馬でしっかりとした心の教育を行い実績を上げていることを高く評価していたことが分かります。

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〇前橋市の桃井小学校には、「正直に腹をたてずにたゆまず励め」という鈴木貫太郎の言葉を刻んだ碑が建てられており、かつては、明倫小学校のように朗唱が行なわれました。

鈴木貫太郎は日本を救ったと言われる名宰相ですが小さいと時は泣き虫で泣き貫と言われました。

 前橋の厩橋学校に転入した時、よくいじめられました。そんな貫太郎少年に父は、人間は怒るものではないよ、怒るのは根性が足りないからで怒ってすることは成功しないのだよと諭しました。

父の教えは人生を貫く一生の指針となりました。後に、長い波乱の人生を振り返って、鈴木貫太郎は自分の友だちの中で、あの頃の前橋の人たちが一番懐かしいと述べています。

(鈴木貫太郎自叙伝より)

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