« 「楫取素彦読本」 第28回 | トップページ | 「楫取素彦読本」 第30回 »

2012年9月16日 (日)

『楫取素彦読本』第29回

ですから、新政府の最大の課題は、工業力で外国に追いつくことでした。殖産興業といって、新産業を興し発展させることに国運をかけたのです。楫取素彦もこのことは、当然強く意識しておりました。

楫取は、既に群馬で根付いていた生糸産業を基礎に、それを県の政策として位置づけて発展させたのです。

ここで、群馬の生糸産業の歴史を少し振り返ることに致しましょう。

群馬県が堂々たる生糸の歴史をもつことは、「県都前橋生糸の市」、「繭と生糸は日本一」、「日本で最初の富岡製糸」など上毛かるたにも現われています。

戦争直後(昭和二十二年)に作られた上毛かるたは、昔は子どもたちの間で大変盛んで、遊びの中で自然に群馬の歴史を身につけることが出来たのに、今日は関心が少し薄くなっているように感じられます。

【解説】

船津伝次平を推挙

楫取素彦は人づくりと同じ目的で人材の発掘や育成に務めました。この点で注目されることに船津伝次平を政府に推挙したことがあげられます。殖産興業を進める政府は農業の指導者を求めていました。この流れの中で楫取素彦は彼を大久保利通に推挙したのです。

 船津伝次平は、旧富士見村の生まれで若くして篤農技術で名を成していました。 楫取に推挙された伝次平は駒場農学校(後の東大農学部)の教師として活躍しました。

※土日祝日は中村紀雄著「楫取素彦読本」を連載しています。

|

« 「楫取素彦読本」 第28回 | トップページ | 「楫取素彦読本」 第30回 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『楫取素彦読本』第29回:

« 「楫取素彦読本」 第28回 | トップページ | 「楫取素彦読本」 第30回 »