« 人生意気に感ず「福島原発聴取会。原爆と原発。隣県の原発。警官の犯罪。楫取の除幕式」 | トップページ | 「楫取素彦読本」第17回 »

2012年8月 4日 (土)

「楫取素彦読本」 第十六回

明治の新しい世の中の実現を楫取素彦は万感の思いで迎えたに違いありません。

その胸の中には、この変化を見ることが出来ず

に世を去った吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞ら多くの志士の姿が描かれていたことでしょう。

また、彼の胸中には、これら多くの同志の死を決して無駄にしてはならないという思いがあったはずです。

 明治政府は群馬県を「難治」の県と想定しました。治めるのに難しい県という意味です。資料によれば、荒々しい県民性が原因のように言われますが、他に、群馬の諸藩は徳川家との関係が深かったので幕府を倒した新政府は要注意の県と考えたと思われます。

また、古代から群馬の地は、国を治める上で大変重要な所でした。そこで、長州藩出身の立派な人物、楫取素彦を県令(知事)として任命したのです。

【解 説】

○慶長八年(一六〇三)江戸幕府が開かれました。

○慶応元年(一八六五)楫取素彦は九州大宰府の三條実美の所へ内使としておもむき、ここで、坂本龍馬と会って薩長同盟を策しました。この時、楫取素彦は三十七歳でした。

○明治元年(一八六八)に江戸幕府は亡びました。また、この年江戸を東京に改称しました。

PhotoKatori

・初代議長 宮崎有敬 ・初代県令 楫取素彦

○初代県令は、楫取素彦でしたが初代県議長は宮崎有敬でした。宮崎有敬は、生糸と織物の改良に尽力しました。

また、前橋の上毛繭糸改良会社の創設、県農事試験場の設置を実現しました。高浜公園に立つ宮崎有敬顕彰碑の文は、楫取素彦撰文によるものです。

○楫取と宮崎は、新しい群馬の出発に当たり、それぞれ、県令、県会議長として力を合わせました。

|

« 人生意気に感ず「福島原発聴取会。原爆と原発。隣県の原発。警官の犯罪。楫取の除幕式」 | トップページ | 「楫取素彦読本」第17回 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/143329/55347543

この記事へのトラックバック一覧です: 「楫取素彦読本」 第十六回:

« 人生意気に感ず「福島原発聴取会。原爆と原発。隣県の原発。警官の犯罪。楫取の除幕式」 | トップページ | 「楫取素彦読本」第17回 »