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2012年8月11日 (土)

「楫取素彦読本」 第十八回

倒幕と明治新政府の樹立により自分の役目は終わったと考えたかも知れません。しかし、新しい時代の流れは、楫取素彦が静かに野にくだることを許しませんでした。

 新政府は、彼にふさわしい新たな任務を与えました。国のためならば、ということで楫取素彦は新たな決意をもってそれを引き受けました。それが群馬の初代県令だったのです。彼はどんな思いで、新天地に赴任し、そこで何をなし遂げたのでしょうか。

それを明らかにすることは、楫取素彦を二十一世紀に甦らせ、楫取と私たちとの新たな出会いを実現し、群馬の新たな発展の基礎を作ることにもなるのです。

 治めるのが難しいとされ「難治」といわれた群馬を任された楫取は、人づくりと新産業で群馬を発展させようと決意しました。

【解 説】

○難治の県群馬とは。

 楫取素彦功徳碑には、「その民は剽悍(あらっぽい)にして軽佻(かるはずみ) 事に臨み躁急(せわしい)にして老成(分別)持久(忍耐)の実無し」とあります。

 ちょっと不満ですが反省の材料にしたらよいと思います。

○明治十四年(一八八一)楫取素彦五十三歳の時、人生の一大事が起きました。寿子夫人が四十三歳で病死したのです。

○寿子夫人の墓は東京の青山墓地にあり、墓誌には、楫取素彦の哀切な心情が刻まれています。

 その墓誌の拓本は、前橋市の清光寺に保存されています。

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