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2012年8月15日 (水)

人生意気に感ず「楫取の除幕式。群馬の金字塔。私の終戦」

◇初代県令楫取素彦の命日に合わせ顕彰板除幕式が行われた(14日)。前日からの頭痛のたねは天気。予報は微妙だった。未明、窓外の柿の葉を打つ微かな雨の音にはっとして目を醒ます。屋外の式場が目に浮かぶ。夜明けと共に雨は本格的となった。天を怨む気持ちだ。午前8時意を決して土砂降りの中、会場に向かった。集合時間の8時半、県庁舎東の高浜公園に着くと雨は止んでいた。やったー。心に叫ぶ。

◇主催者挨拶の冒頭、私は次のように述べた。「吉田松陰は死の直前楫取素彦に、至誠にして動かざるは未だ有らざるなりという言葉を送りましたが、今日の式を成功させたいという楫取の至誠が天に通じ雨は止みました」

 県会議長、前橋市長等が挨拶した。来賓席には県市の教育長、富岡市長も。除幕が行なわれ楫取功徳碑に並んでステンレス製の立派な楫取説明板が姿を現わした。板面には、楫取、寿子夫人、松陰、清光寺、臨江閣茶室が鮮やかに描かれている。楫取顕彰会の若者が、この公園を楫取公園と呼ぼうと叫んだ。名案だ。

◇顕彰説明板は上出来だと思う。四枚の写真もきれいに配置されている。公園もこの日に合わせてきれいに整備されたことだし、歴史巡りの一つのポイントになればと思う。

 司会者の学芸員手島さんから説明板の解説をと振られ、私は松陰の短刀、富岡製糸場、廃娼運動等につき話した。これらは隣接の楫取功徳碑にもない事実である。

◇「廃娼」は楫取の業績で最も重要なものだ。湯浅治郎を中心とする県会と楫取が力を合わせて築いた女性解放、人間尊重の金字塔なのだ。

 説明板には記されなかったが、廃娼運動では、新時代の理想に燃えた上州の青年たちが大きな役割を果たした。また背景には奴隷船マリアルース号事件に関する政府及び世界の動きがあった。

 これを含め楫取素彦を中心とした近代群馬の動きを近く東大の一機関誌「縦の論壇」に寄稿する。群馬を売り出す一助になればと思う。

◇私は5歳の時、県庁の近くで終戦を迎えた。我が家は旧宮城村の最北の地に掘立小屋を作り開墾生活に入った。谷川にはカニや小魚が群れ、下の部落にお使いに行く道では時々大きなヘビに出会った。食料難の時代であったが、毎日食べさせられた大根、サツマイモ、ウリッパには涙を落とした。一年余で小学校へ通える所へ家を移した。鼻毛石の小学校へは裸足で通った。多少の根性はあの山野のお陰である。(読者に感謝)

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