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2012年8月26日 (日)

「楫取素彦読本」第23回

皆さんは、鈴木貫太郎という人物をご存知でしょうか。前橋市の厩橋学校(今の桃井小学校)を卒業し、群馬県尋常中学校(現在の前橋高校)、そして、海軍兵学校へと進み、後に日本を救ったといわれる総理大臣になった人です。

日本を救ったといわれるわけはこうです。第二次世界大戦の末期、日本は原子爆弾を広島と長崎に落とされ、なお、本土を戦場として戦うべきか否か、国の指導者たちは二つに分かれて、激論を交わしどちらも譲らない状態でした。この時、鈴木貫太郎総理は、巧みに会議を導き本土決戦を避け、多くの国民の命を救いました。

さて、エピソードというのは、鈴木貫太郎が桃井小学校に入るときのお話です。

【解説】

〇現在、前橋市役所に位置する桃井小学校は、1872年、群馬県で最初の小学校「第一番小学校厩橋学校」として創立されました。

鈴木貫太郎と結びつけて振り返るとき、その歴史の重さに胸を打たれます。県都の小学校の中心的存在でした。

○戦争の継続か否かは、連合軍が突きつけたポツダム宣言を受諾するか否かにかかっていました。鈴木貫太郎は軍人でしたが平和を愛する人でした。日本の浮沈に関わる極めて重大な時に総理大臣となった鈴木貫太郎は、自分の全責任で戦争を終わらせようと決意していました。

 鈴木は語っています。自分が殺されかけた二・二六事件で一度は死んだのだから戦争を終結させるために命をかけようと決意していたと。

※土日祝日は中村紀雄著「楫取素彦読本」を連載しています。

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