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2012年7月28日 (土)

楫取素彦読本 第十四回

明倫館は、日本でも有数な藩校でした。江戸時代の日本は六十余州に別れていましたが、人材の育成はそれぞれの藩の存亡にかかわる重要な問題でしたから、各藩は藩校の充実に力を入れました。明治以降の日本の近代教育の基礎はこのようにして作られたのです。

吉田松陰、そして楫取素彦は明倫館で教える役目を務めました。奇兵隊の創設で有名な高杉晋作もここに入学し学んだのです。

【解説】

○人間の絆、日本人の美徳を重んじた楫取素彦。

 今日の社会は、人間不信、人と人とのつながりが稀薄な時代です。東日本大震災の時、助け合い、必死で立ち上がろうとする日本人の姿を、世界は、日本人の美徳とたたえました。

 日本人は、本来、このような心を持っていたのです。吉田松陰が「至誠而不動者末之有」を楫取素彦に残した意味は重要です。楫取素彦は人間関係を築く上で基礎となるこの言葉をしっかり受け止め。群馬の人づくり教育に活かそうとしたのです。

私たちは、混乱のこの時代に改めて、楫取の深慮をしっかりかみしめたいものです。

Meirinn

明倫小学校

○藩校・明倫館が偲ばれる古い木造校舎です。

○楫取素彦は弘化元年(一八四四)十六歳の時、明倫館に入学しました。

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○右肩が下がっています。この像からは、わかものらしいりりしさが伝わってきます。

群馬の藩校

 上州の諸藩にもみな藩校がありました。例えば、前橋藩の講武所、高崎藩の文武館、安中藩の造士館など。漢学が主でしたが館林藩では洋学、オランダ医学なども教えました。

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