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2012年7月 7日 (土)

楫取素彦読本 第七回 

国の行く末を心配した吉田松陰は、後に、若者の教育を決意し、松下村塾という塾を主宰しました。吉田松陰の心のこもった教育は若者の心を打ち、ここで教えを受けた多くの若者は新しい時代を切り開き、やがて、明治のリーダーとして大きな役割を果たしました。

塾生の中には、若くして死んだ高杉晋作、久坂玄瑞がおり、また、明治の初代総理大臣となった伊藤博文もおりました。楫取素彦は松下村塾で指導にあたるなど格別の立場にありました。吉田松陰が松下村塾を始めた事情とその教育方針についてはまた、後で触れます。

 教育者吉田松陰の信念は、教えることと実行することは一致しなければならないということでした。国のことを心配する吉田松陰は、ある時、彼の運命を決することになる大胆なことを決行しました。先程お話した「黒船」に小舟で近づきアメリカに連れていってくれるように直談判したのです。

☆土・日・祝日は、「楫取素彦読本」を連載しています。

○日本で最初の総理大臣になった人です。もとの名は、俊輔。小さいころは人一倍いたずらなガキ大将でした。英語が得意で、岩倉使節団の一人としてアメリカに渡ったとき、英語で演説して人々を驚かせました。プロシア(後のドイツ)の憲法を参考にして、明治憲法(大日本帝国憲法)をつくりました

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こんなみすぼらしい小屋から新しい日本をつくった人物が多く出ました。教育の力の大切さとすごさを感じます。

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