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2012年7月14日 (土)

楫取素彦 第九回

今日、飛行機で簡単にアメリカに行ける時代ですが、当時は全く状況が違いました。命の保障も帰れる見込みもなく、情報も全くない未知の世界です。正に命がけの冒険です。しかし、万一、吉田松陰のアメリカ渡航が許されていたらさぞかし立派な留学生になっていたことでしょう。命がけで学ぼうとする姿には時代を越えて胸を打つものがあります。

失敗した吉田松陰は、幕府に自首しました。その後、松陰は長州に送られ藩の牢屋にいれられました。吉田松陰は獄中で多くの本を読み猛勉強し、牢内の罪人たちを教えました。

吉田松陰が松下村塾で若者たちを教えるようになったのは、許されて藩の牢屋を出てから再び江戸へ処罰のため送られる迄の期間です。

この間、吉田松陰は生きた教育を行いました。それは、「学問は行動のために必要」という彼の信念の実行でした。今日の立場で言えば、「勉強は生きる力を養うため」ということになるでしょう。身分の差別が厳しかった時代ですが、差別せず個性を引き出して伸ばすことに心がけました。

○ペリーの「日本遠征記」には、吉田松陰のことを教養のある立派な若者と評価し、命をかけてまで外国の知識を得ようとする態度に感動したこと、そして、これは日本人の激しい好奇人を示すもので、この国の将来には大きな夢が広がっていると記述されています。

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○ペリーが、日本国の将来をこのように表現していることは驚くべきことです。彼の見方は的中したといえるでしょう。

(読者に感謝)

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