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2012年5月18日 (金)

人生意気に感ず「新里埋蔵文化センター、群大と弘仁大地震。岩宿博物館。情報は命」

◇昨日(17日)は、桐生市教育委員会・新里文化財事務所と群馬大学を訪ねた。目的は群馬の活断層に関する調査取組みを知ること。私は、かねて、赤城南麓の大地震と国史に記載される弘仁大地震の関係に関心を持ち県議会でも発言してきた。

「3.11」の後、地震の歴史的事実は格段に重要となった。類聚国史には、山崩れて谷埋むこと数里、圧死する百姓は数えることが出来ないとある。818年のことだ。

 現在地質学の方法で過去の地震を研究することが進んでいる。堆積した地層の状況は過去に何があったかを時を超えて雄弁に語る。

 私は昔、東大で歴史を学び始めた頃、「歴史は過去との対話である」という論文を読んだ。ボーリングをし、地割れ跡を調べることは、過去への問いかけである。過去がどう答えるかを謙虚に受け止めねばならない。「3.11」は、過去との対話の重要性を天の声として私たちに訴えている。

◇群大の熊原准教授は、太田市から桐生市にかけた崖地形が活断層の可能性が高いことを分かり安く話してくれた。私は、熊原氏の説明からこの断層が弘仁大地震の時のものと受け取った。

 新里文化財事務所の加部博士は、上電沿線の北では至る所で地割れが発見され、また液状化の跡があること及びこれらが弘仁大地震によって出来たものと確信していることを話しておられた。

 今後数千年は起きないだろうというような確率論は通用しないことを「3.11」は教えた。ある地震の権威は語る「過去の実績に基づく確率にとらわれず、どこに断層があって、どういう力が作用すると動くかを考えて備えねばならない」と。その通り。

◇岩宿博物館20周年事業で、寒川旭氏が「巨大地震と考古学」、加部氏が「赤城南麓で起こった大地震」を語る(610日)。寒川氏はその著・「地震の日本史」で赤城南麓地震と弘仁地震について記述する。6月10日は出席するつもり。

◇大災害に脳天気な県民である。県当局は、「弘仁大地震」に注目すべきだ。地質学、地理学、考古学、地震学、文献学等の専門家の協力が必要だ。県のリーダーシップを提案する。◇政府事故調査委で海江田氏は、東電、現場、政府が情報の共有が出来ず、伝言ゲームだったと証言。情報は危機管理の命である。他人事でない。先日の関越道バス事故で情報の伝達と共有に問題があった。情報は命綱である。

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過去の事実は、現代に訴えている。「歴史は現代と過去との対話」である。「3.11」は、天の声として、それを訴える。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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