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2012年5月30日 (水)

人生意気に感ず「東国文化と楫取素彦。国難・県難の中で維新に学ぶ」

◇31日午後1時に本会議で質問するが、私の質問通告の締め切り時刻は昨日(29日)正午であった。持ち時間は65分。GTVで生中継される。今議会で始まる新たな試みとしてパネル台が設置される。パネルの使用は既に行われていたが、質問者が手で持つのではなく、60センチ×90センチのボードを立てる台が設けられている。テレビを見る県民へのサービスである。私も何枚か使おうと思う。何だか私のふるさと塾に似てきた感じだ。

◇本会議場で楫取素彦を取り上げるのは珍しい。私が初めてだと思われる。初代県令(知事)で立派な業績を残しているのに残念だ。歴史の軽視は未来の軽視につながる。楫取についてそんな思いで登壇する。

 大沢知事が東国文化に光を当てることは本県文化の岩盤を確認し評価する意味を持つ。こう考えるとき、楫取素彦が、初代県令として本県の文化と歴史に力を入れ施策に生かした事実は重要な意味を持つ。それは、大沢知事の今回の事業の先鞭といえるからだ。だから、楫取の施策に光を当てることが、大沢知事の施策を発展させる力となる。

◇楫取素彦は、かつて皇族が統治した上州の県令になった事を自覚して遺蹟(古墳)の保護に努めた。とくに二子山古墳は富城入彦の命の御陵、中二子古墳は御緒別王の御陵、王山・将軍塚古墳は彦狭島王の御陵と言い伝えられていたので保存に尽力した。

 また、多胡碑を日本三古碑の第一位として「碑亭」をつくって永久保存しようとした。そして中国人書家・揚守敬に多胡碑の拓本を贈呈。揚守敬がその著書で多胡碑の文字を紹介したため書道的価値が広く認められるようになった。

 更に楫取は新田義貞、高山彦九郎、田島弥平、船津伝次平などの人物を顕彰し、その精神を人材養成に生かそうとした。高山神社の創建はその典型。

◇山口県文書館長から「文書掲載承認書」が届いた(29日)。楫取素彦顕彰会から出していた吉田松陰肖像画使用許可申請書に対するものである。楫取素彦顕彰説明板や楫取素彦読本に使用する目的。

◇国難の中で、県難が重なる時歴史に学ぶ意義は大きい。私は楫取素彦読本の最後に楫取素彦が、吉田松陰や高杉晋作や坂本竜馬等と共に群馬にやってきてその熱い情熱で立派な業績を成し遂げたと思えるから不思議だと書いた。(読者に感謝)

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