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2012年5月31日 (木)

人生意気に感ず「冒頭の演説。河本準一と生活保護。新藤兼人の死に様」

◇今日は、私が質問で登壇する日。昨夜は準備で忙しかった。個別の質問に入る前に議長席の前で全部の質問を貫く私の姿勢を2分程語るつもりだ。頭に描く流れは次のようなもの。「この大変な時局に登壇の機会を得たことに大きな責任を感じます。3.11から1年と2ヵ月が経ちました。あの大災害は様々な課題を突きつけて、まだ過去のものとはなっておりません。これから遭遇する未知の恐怖の序曲であると思います。あの3.11から何を学びどう活かすかが問われています。この危機を乗り越えるためには地方の役割が極めて重要で、正に地方の時代に突入しました。その中で、県議会の真価が問われています。私たちはその役割と使命を果たさねばなりません。かような決意と観点から以下の質問に答えます。答弁に当たる者も同様な決意で答えていただきたいと存じます。

◇昨日、生活保護を受ける手続はどうすればよいかとある人が相談に来た。失業中というが立派な体格の男性で、一見してはたらくことが出来る人物だ。生活保護の基準は緩和されているが、元気な表情を見て、今日の生活保護問題の深刻さに対面していることを感じた。

◇人気のお笑いタレント河本準一の母親が長い間生活保護を受けていたことが世間の注目を集めている。高収入の息子は母親を扶養する義務を尽くさなかったことをテレビで詫びていた。

 生活保護の受給者は、今年1月、209万2千人に達した。戦後の混乱期で受給者が最も多かった1951年度を上回る数である。国と地方の負担は年間3兆3千億円を超える。不正受給をチェックし真に必要な人を救わねばならない。

 運営の厳しい病院が必要ない薬を出して儲けるとか、「貧困ビジネス業者」がホームレスに生活保護を受けさせ高い家賃でアパート契約させるなどの不正受給が報じられている。消費税増税が激しく議論されているとき、生活保護の驚くべき実態が広がっている。これは、日本人の精神構造の変化にも関わる。日本はおかしな国になりつつある。

◇新藤兼人監督が100歳で亡くなった。生涯現役で映画を作り続けた姿は古武士を思わせ見事だった。広島生まれ。戦争に参加し、100人の部隊で生き残ったのは6人。以来反戦の映画を撮り続けた。乙羽信子との愛も侍の人生を飾った。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年5月30日 (水)

人生意気に感ず「東国文化と楫取素彦。国難・県難の中で維新に学ぶ」

◇31日午後1時に本会議で質問するが、私の質問通告の締め切り時刻は昨日(29日)正午であった。持ち時間は65分。GTVで生中継される。今議会で始まる新たな試みとしてパネル台が設置される。パネルの使用は既に行われていたが、質問者が手で持つのではなく、60センチ×90センチのボードを立てる台が設けられている。テレビを見る県民へのサービスである。私も何枚か使おうと思う。何だか私のふるさと塾に似てきた感じだ。

◇本会議場で楫取素彦を取り上げるのは珍しい。私が初めてだと思われる。初代県令(知事)で立派な業績を残しているのに残念だ。歴史の軽視は未来の軽視につながる。楫取についてそんな思いで登壇する。

 大沢知事が東国文化に光を当てることは本県文化の岩盤を確認し評価する意味を持つ。こう考えるとき、楫取素彦が、初代県令として本県の文化と歴史に力を入れ施策に生かした事実は重要な意味を持つ。それは、大沢知事の今回の事業の先鞭といえるからだ。だから、楫取の施策に光を当てることが、大沢知事の施策を発展させる力となる。

◇楫取素彦は、かつて皇族が統治した上州の県令になった事を自覚して遺蹟(古墳)の保護に努めた。とくに二子山古墳は富城入彦の命の御陵、中二子古墳は御緒別王の御陵、王山・将軍塚古墳は彦狭島王の御陵と言い伝えられていたので保存に尽力した。

 また、多胡碑を日本三古碑の第一位として「碑亭」をつくって永久保存しようとした。そして中国人書家・揚守敬に多胡碑の拓本を贈呈。揚守敬がその著書で多胡碑の文字を紹介したため書道的価値が広く認められるようになった。

 更に楫取は新田義貞、高山彦九郎、田島弥平、船津伝次平などの人物を顕彰し、その精神を人材養成に生かそうとした。高山神社の創建はその典型。

◇山口県文書館長から「文書掲載承認書」が届いた(29日)。楫取素彦顕彰会から出していた吉田松陰肖像画使用許可申請書に対するものである。楫取素彦顕彰説明板や楫取素彦読本に使用する目的。

◇国難の中で、県難が重なる時歴史に学ぶ意義は大きい。私は楫取素彦読本の最後に楫取素彦が、吉田松陰や高杉晋作や坂本竜馬等と共に群馬にやってきてその熱い情熱で立派な業績を成し遂げたと思えるから不思議だと書いた。(読者に感謝)

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2012年5月29日 (火)

人生意気に感ず「責任は国にと菅氏の発言。南海トラフ30万人の死者。本会議で楫取を」

◇「事故の最大の責任は国にある」「戦前の軍部にも似た原子力ムラの徹底的解体が原子力行政改革の第一歩」、「最も安全な原発は脱原発の実現」。これらは、菅前総理の国会事故調査委員会での発言である。菅氏が東電に乗り込んだこと、へりで現場に飛んだ意味にも触れている。現場、東電本部、官廷の混乱振りはひどいものだ。

 いざという時に危機管理が出来なかった。「我が国全体の病根を照らし出した」という菅氏の指摘は、長い間の原子力行政の事なかれ主義を意味するもので、これは日本の病根から生まれたというもので同感。

◇「戦前の軍部に似た原子力ムラ」の事を、菅氏は「原子力行政の実権を掌握し批判的な専門家、政治家、官僚は村八分にされ、多くの関係者は自己保全と事なかれ主義に陥って眺めていた」と表現した。

 菅氏が述べたことは、民間の独立検証委員会の報告書に記述されていることと大体一致している。福島第一原発事故から最大の教訓を引き出して活かすことが、今後の最大の課題である。「病根」は、本県にもあてはまると見なければならない。それは、「安全神話」と結びついている。

◇最悪30万人の犠牲者。国の検討会のトップの見解である。東海、東南海、南海の3連動が近いといわれている。「3・11」の衝撃が南海トラフにも影響を与えているとも言われる。過去には、2連動や3連動が起きている。

 最近の例では、終戦(一九四五年)をはさんで、一九四四年の東南海地震、一九四六年の南海地震が起きている。その前は、安政の連動である。一八五四年に安政東海地震が発生し、その三二時間後に安政南海地震が発生した。天地を震わし、海を狂わせる巨大地震が近づいている。そして、何よりも首都直下が近いといわれ、それは群馬県にも大きな影響を与えるに違いない。群馬の災害対策、危機管理は焦眉の急。今議会で取り上げるつもり。

◇31日(木)、午後1時、本会議場で質問に立つ。65分間、GTVで生中継される。知事は、東国文化に光をあてようとしている。その関係で初代県令楫取素彦を取り上げる。楫取素彦は、教育県群馬の基礎を築いたが、文化県群馬の建設にも大きな業績を残している。県議会で本格的に楫取を取り上げるのは初めてのことかも知れない。混乱の時は歴史的原点を見詰める必要がある。今年は没後百年である。(読者に感謝)

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2012年5月28日 (月)

人生意気に感ず「表千家。白根のパン屋。弘仁と西埼玉地震。安全神話。女子バレー躍動」

◇表千家同門会の総会で挨拶した(27日)。副支部長としてこのお茶の会にかかわりを持つことになり始めての出番であった。和服姿の女性がテルサのホールを埋めていた。茶には和服が似合う。

 戦国の武将が茶に親しんだのは生臭い異常の中で心の救いを求めたのではないか。その意味では、殺伐として毎日血が流される現代社会でも戦国時代と同じように、茶の湯がいやしの役割を果たすのだろう。精神文化は普遍性を持つから国境を越える。最近アメリカにこの会の支部が出来た。

◇テルサの東隣にパン工房があるのに気付きふと立ち寄った。奥にパンを焼く機械が見える。母子らしい姿があった。愛想の良い奥さんと話すうちに、五十嵐明子さんと名乗るこの人は「まあ、中村のりおさんですか」驚いたように言った。

 母子は白根開善学校で私を知っていたのだ。私が百キロ強歩に臨む長男を描いた「遥かなる白根」を五十嵐さんは読んだという。パンを焼く若者は白根開善学校の卒業生であった。「山本市長も寄ってくれました」二人は嬉しそうに言う。若者の表情を見て開善の笑顔だなと思った。本吉校長の話も出た。10月13日の百キロ強歩に参加しますというと、「まあー」、「へえー」と驚いていた。店の名は、「パン工房シャトア」(027・289・6081)。11月3日、例年通り県民マラソンで10キロを走り、今年は、更に百キロ強歩に臨む。先日の白根理事会で宣言した。久しぶりに限界に挑戦する。

◇ふるさと未来塾(26日実施)で、私の本会議の質問を予告した。楫取素彦と2つの地震を取り上げる。地震とは、818年弘仁地震と考えられる赤城南麓歴史及び、昭和6年の西埼玉地震のこと。「3・11」後、過去の地震が私たちに問いかける重みが異なっている。東日本大震災が日本列島の地殻に大きな影響を与えていることも真剣に受け止めねばならない。「弘仁」については今後1万年位起きないという人もいるが、それこそ自然を甘く見ている証拠である。「西埼玉」は、昭和6年に起き、人的、物的な大きな被害を群馬全域にもたらしたが何故かきちんとした記録にとどめられず忘れられている。まさに、安全神話のとりこになっている姿ではないか。私の議会登壇は31日午後1時、GTVで生中継される。安全神話を打ち砕く直球を投げる心で準備をしている。

◇女子バレーの連日の活躍に引きつけられる。オリンピック出場決定を果たした。昔と比べ日本女性が明るく美しくなった事を感じる。これも日本再生のシンボルだ。(読者に感謝)

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2012年5月27日 (日)

 「上州の山河と共に」第136回 政治家への道

 忘れられないのは、この日の最後の個人演説会である。この日が最後ということもあって、かなりハードなスケジュールが組まれていた。この日、私の運転手を引き受けてくれたのは、西片貝町青年部長の砥上三千雄さんだった。分刻みのスケジュールに追われながら、まだ行ったことのない個人演説会場を捜し出して、時間通りに到達することは容易なことではなかった。私が演説をしている間に、砥上さんは、車の中で住宅地図を開き、次の会場を捜し、効率的に車を走らせる道順を考える。砥上さんの機転と巧みなハンドル捌きによって漸く前橋最北の地、田口町の公民館まで辿りついたが、この時既に予定の時間にかなり遅れていた。

 田口町の会場を済ませて外に出ると、辺りは車の所在も分からぬ程の深い闇につつまれ、空には、公民館を包む木立を通して、星が輝いているのが見えた。

 いよいよ最後の会場であるが、それは、前橋最南端の地、下増田町の公民館であった。既に、時間は、予定を三十分以上も過ぎていた。田口町から下増田まで急いでも三十分はかかる。従って、下増田の会場に着く時間は、予定より一時間も遅くなることになる。これから行っても、演説会はもう終わっているかもしれない。そんな不安を抱きつつも、私達は、夜の街道を下増田目指してまっしぐらに車を走らせた。(読者に感謝)

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2012年5月26日 (土)

「上州の山河と共に」第135回 政治家への道

投票日まであと二日という日の午後、総決起大会が開かれた。我が陣営は、この総決起大会をことの他重視していた。それには、次のような理由があった。

 それは、この時点で情勢を分析してみると、我が陣営には安心ムードが漂い始めているが、現実は非常に厳しい筈だから、当選する為には、危機感を持って最後の力を振り絞らねばならないということ、また、私の選挙事務所から目と鼻の先にある菅野候補の事務所の盛り上がりの様子が逐一伝わり、選挙に関する経験と実績は向こうが上だから、これは油断がならない、と考えられたことであった。

 この大会に全てを賭けようという意気込みで準備は進められた。緊迫した雰囲気の中、前橋全域から続々と人々は集まり、選挙事務所は、ほぼ二千名の支援者で埋まった。各地の青年部は、それぞれの支部名や団体名を書いた昇り旗をかかげて集まったので、その林立する様は壮観であり、最後の決戦というムードを高めていた。

 我が陣営は、必死で次の事を訴えた。

<中村にとって、これが最後のチャンスである。だから、ふるさと群馬の新しい時代をつくる為に、皆さんの最後の力を貸してもらいたい。

 まだまだ、中村を知らない人、誰に投票するか決めてない人、こういう人が非常に多くいる。皆さんの友人、知人、親戚の中にもこういう人が沢山いる筈だから、どうか、皆さん一人一人がこういう方々十人に声を掛けて欲しい>

 そして、いよいよ、選挙運動の最後の日を迎えた。昼間は、ポイントを絞って遊説カーを走らせ、夕刻からは八ヶ所程の個人演説会場が予定されていた。

(読者に感謝

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2012年5月25日 (金)

人生意気に感ず「みのもんたの妻。ホルムアルデヒド特定。外国人の森林買収」

◇みのもんたに驚く。朝原稿を書きながら時々横目でもんたの番組を見ていた。しばらく姿がないのは単なる休暇と思っていたら、妻と特別の時間を過ごす為の特別の休暇だった。がんでこの世を去った妻を涙で語る姿を見て仲が良かったのだなと思った。あのように人前で語ることは私には出来ない。そう思いながら私自身に関する出来事を振り返った。

 30年前、私も妻をがんで失った。神を信じた女性で闘病に耐え冷静に死と対面したが若くして去る姿は哀れだった。5年生の一人娘を頼むと私の手を握り、医師と看護士にお世話になりましたと語った。死とは何か。謎である。

◇ホルムアルデヒドを生成させる原因物質が特定されたと政府が発表した。ヘキサメチレンテトラミンが浄水場の消毒用塩素と反応してホルムアルデヒドが出来たという。

 このヘキサメチレンテトラミンの排出総量は4t。一定量以上を排出する工場は埼玉、群馬両県の6つ。そのうち4ヵ所は群馬にあるという。水源県群馬が為すべき第一の仕事はこの工場を突き止めることだ。

 関係した浄水場の水を飲む人々の不安を除く一歩は原因の究明である。水は命の源泉である。今回の事故を水の安全を確保する教訓としなければならない。

◇今回のホルムアルデヒド汚染事件は森林湧水の重要性を増大させた。群馬は名だたる森林県である。森林は湧水の源だから群馬は名だたる湧水県なのだ。

 今、森林が外国人に買われることが問題になっている。北海道の森林が中国人に買われる問題が起き注目していたら群馬でも大規模な森林が外国人に買われる出来事が発生した。

 今日から始まる5月議会では、この問題の対策として条例が作られようとしている。外国人に土地を売る場合の届け出が義務づけられる。勧告に従わない者は氏名が公表されることも。規制力が弱いという意見があるが条例の限界である。

◇新潟県南魚沼市で建設中のトンネル内で爆発が起こり4人が閉じ込められている。メタン等のガスが発生する地層の中らしい。トンネルにこのような危険が潜むとは。既存のトンネルで亀裂からガスが発生することはないのか。同種の事件は続くから気になる。

◇今日から本議会。早朝7時半の朝食会を兼ねた県議団総会から1日が始まる。(読者に感謝)

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2012年5月24日 (木)

人生意気に感ず「ホルムアルデヒド調査。高速道事故対応。日光の心柱」

◇有害な化学物質・ホルムアルデヒドが利根川水系に流れ多くの浄水場で検出されたことは関東広域に衝撃を与えている。健康上の被害結果は今のところ報告されていないが、実は大変なことだ。何百万人の命と健康が危険に晒されることが分かったのだ。水源県群馬の責任は大きい。広域な利根水系に柵や蓋をするわけに行かぬ。それに替わる対策が重要である。行政の側の問題としては、危機管理が重大である。

◇県はホルムアルデヒドの原因物質を出す20の事業所で聞き取り調査を実施する。これでも汚染源を特定できない場合、別の原因物質を扱う300の事業所を調査する。ホルムアルデヒドは初めからホルムアルデヒドとして放出された場合と、複数の原因物質が化合して生成されたホルムアルデヒドが流れた場合とが考えられる。下流住民の安心を確保するための水源県群馬の役割と責任は大きい。大沢知事も出席した関東知事会は23日、規制対象外だった原因物質を早急に規制対象とするよう国に求めることにした。県警は全署に向け、情報の収集や模倣犯に対する警戒を求めた。世の中には社会に対する恨み、自身が抱えるストレス、無責任なお騒がせ目的等で模倣犯罪を犯す者が多い。県警の対応は当然である。

◇水源県として、河川の水の安全管理が非常に重要であることを、今回の事件は改めてクローズアップさせた。私たちは、八ツ場ダムの必要性の根拠の一つとして、下流都県民の利水を揚げてきた。今や、利水のための水質の安全性も大きな意味をもつことになった。

◇関越道で多くの死傷者をだしたバス事故は、本県の災害対策と危機管理につき新たな課題を示した。医療資源とその提供手段はいくらでもある。人名を救うためには、それらをいかに速く有効に動かすかが重要である。

 DMAT(災害派遣医療チーム)の到着が大変に遅れた。午前4時46分に事故発生、到着は7時15分だった。遅れの原因は知事の派遣要請を待たねばならなかったこと。現場から消防が直接に要請出切るように改める方向だ。本県は高速網が発達しているから、事故は今後もあり得ることだ。安全県群馬の役割を果たしたい。

◇スカイツリーに古代建築五重の塔の心柱の技法が採用され有名になった。最大50%の免震効果がある。開業に合わせ、日光東照宮・五重塔の心柱が公開される。昨夜、友人と日本の技術の伝統は素晴しいと話しあったばかり。(読者に感謝)

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2012年5月23日 (水)

人生意気に感ず「天皇訪英。東国文化と古墳。金環と宇宙」

◇天皇陛下が訪英から帰国された。イギリスの対応と陛下の行動を見て、日英の歴史的関わりと天皇の役割につき考えた。イギリスは日本に好意を持っているらしい。両陛下の訪英と振舞いは日英の絆を深めた。その効果は大。

 イギリスとの関わりは幕末に始まる。薩摩も長州もイギリスと戦って目覚めた。長州が和睦の会議をした時のイギリス側の通訳がアーネスト・サトウで、この人は明治になって群馬の古墳を調べて立派な論文を書いた。お世話した群馬の県令(知事)は長州出身の楫取素彦だった。日英同盟は当時の世界の超大国イギリスがアジアの小国にしてヨチヨチ歩きの日本と対等の立場で結んだ条約だった。

 このイギリスに支援されて我が鈴木貫太郎が若き日に、イタリアから購入した「日進」、「春日」の軍艦を日本に曳航し日露戦に間に合わせた。今、群馬との関わりと共にこんな日英の歴史を思う。

◇天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると憲法に書かれているが、この意味を、天皇の訪英とその優しい笑顔を見て私は自然に受け入れて納得する。合わせて、皇室の存在は日本文化の象徴であることをつくづく思う。

 天皇は78歳。大きな手術を克服された。健康を回復されたが余命を考えておられるだろう。死後は火葬を望んでおられると報じられた。

◇大沢知事が東国文化を強調し、古墳の調査を始める。この事業につき県議会は表面的な把え方をしているが実は大きな意味をもつ。私は、今月31日、午後1時に本会議で登壇するがこの事業の本質を取り上げる予定だ。

 群馬の古墳調査を本来の意味で実施するのは大沢知事が初めてであり、本県の精神文化の基盤を見詰める上で大きな意義がある。昭和10年に当時の君島知事が古墳調査の通達を出した。しかし、それは、県民の心を戦争に向かわせる意味をもつものだった。前年に大演習があり、翌年は2.26事件。そして、昭和12年には日中戦争に突入する。そんな時代であった。

◇私は金環をはっきり見た。壮大な天体ショー。宇宙の神秘。今、私たちは宇宙時代に突入している。一般の人は宇宙について無知だ。太陽が大異変を起こしている。群馬にははやぶさの快挙がある。「金環」を一時的なショウーに終わらせず、宇宙に目を向ける扉にしたい。(読者に感謝)

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2012年5月22日 (火)

人生意気に感ず「ホルムアルデヒド。スカイツリー。禁酒令」

◇結局群馬の発生源は特定出来なかった。ホルムアルデヒドは群馬を有名にした。ホルムアルデヒドは大きな教訓を残した。ホルムアルデヒドは劇薬である。工場から大量のホルムアルデヒドが流れ出た可能性がある。こういう危険は常にあると見なければならない。群馬は水源県。広い流域にフタは出来ない。危険な工場はマークしておかねば。行政に対する大きな不信がある。危機管理の対象が一つ増えた。宴会に出たことが批判された。これは、安全神話にあぐらをかく心の危機管理が重要であることを物語る。

◇5月の恒例の議会的行事は役員選考だ。21日、大量の役員及び役員候補がスムーズに決まった。役員選考委員長は私が務めた。議長候補者は館林出身の松本耕司氏。25日から始まる本会議の選挙で正式に決まるが自民が多数なので間違いはない。私は決算特別委員会の委員長になる。常任委員会の所属は久しぶりに文教警察常任委員会。教育の問題に切り込むつもりだ。課題は多いがその1つにいじめ訴訟がある。訴訟に持ち込んだら真の解決にならない。教育界には身内に対する甘さがある。

◇今日は、いよいよスカイツリーオープンの日である。原発関係者はどんな思いで見上げているだろうか。スカイツリーの建設は「3.11」前に着手され、建設中、「3.11」に見舞われ耐えた。激震にびくともしなかったのである。「3.11」の反省に基づいて「想定外」にこだわったわけではない。選ばれた民間事業者のプライドと技術にかける執念があった。図らずも日本再建のスターになった。日本人は救われる思いである。

 原発事故とスカイツリー完成の対比が様々なことを突きつける。災害の国日本。技術の国日本。侍の精神文化をもつ日本。心の芯を失って漂う日本。そして、「3.11」を序曲として巨大地震は更に迫る。この事態に対し、スカイツリーの存在は、勇気と希望を与えた。絶望するのは早い。日本の総合力で対策を立て得ることを示した。

◇福岡市の市長が職員に対して1ヶ月の禁酒令を出した。異例なことだ。酒による目に余る不祥事が続いているからだ。酒だけの問題ではない。公務員の精神が一般に緩んでいる。

 公務員の規範意識の緩みは福岡だけの問題ではない。日本全体のことであり、群馬も例外ではない。警察官や教員の逸脱が続く。群馬は正面から取り組み網紀粛正を図らねば。(読者に感謝)

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2012年5月21日 (月)

人生意気に感ず「ホルムアルデヒド。金環日食。旭天鵬」

◇スーパーのミネラムウォーターが品切れた。1人で10ケース以上買う人も。給水所には水を求める人が長蛇の列。ホルムアルデヒドに怯える千葉県野田市の光景である。利根川水系・烏川の上流が汚染源の可能性と報じられる。ホルムアルデヒドは発がん性がある劇物。家庭に水を供給する浄水場から検出された。

◇この種の情報はパニックを起こしやすい。飲料水は命に直結するから当然だ。時機が原発事故の後で公的機関が信用を失っている時だから尚更である。流言飛語が広がり易い。現に被災がれきを受け入れたからだとか、実はプルトニウムなのだといったデマが流れている。

◇水源県群馬の責任は重大である。正しい情報を迅速に提供しなければならない。環境保全課及び水道課は、烏川、井野川、利根川、神流川の4カ所の監視地点で当分の間毎日ホルムアルデヒドの測定を行なうことにし、異常値が観測された場合には直ちに関係者に連絡し原因究明を行なうことにした。

◇公衆用の飲料の汚染は何万何十万の人の健康や命を危険に晒す。テロの標的にされたら大変である。だから公衆飲料用浄水に毒物を故意に入れると重罪に処せられる。人を死亡させた場合には、死刑、無期、5年以上の懲役である。

◇群馬県の水道担当者が、下流の埼玉県からホルムアルデヒド汚染の情報を得ていながら

宴席を開いていたと、全国版で報じられた。タイミング的に全くまずかった。それ見たことかと言われる。危機管理に緊張感がない証拠だと言われる。様々な危機が日常化する時代に入りつつある。隙をつくらぬようにしたい。

◇月と太陽が重なり、太陽が鮮やかなリングに見える金環日食の瞬間を見た(7時34分)。今以上に太陽が神秘的で全てだった昔の人は、この超常現象を何らかの予兆を思い非常に恐れたことだろう。

 チンパンジーなどの類人猿は、その瞬間、太陽の方向に体を向け、声を出したり、身を寄せ合ったりするという報告もある。我々の遠い祖先の姿を想像する。

◇旭天鵬が37歳で初優勝。20年間頑張った。涙の熱さがジーンと伝わる。真面目なんだなあと思う。横綱白鵬も連敗しながら最後まで頑張った。大関鶴竜も実直な紳士。相撲界でモンゴルが光る。相撲界は日本の縮図だ。救いは八百長がなくなって迫力が出てきたこと。日本全体が八百長から立ち上がる時。(読者に感謝)

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天文学の技術に驚く、

変化を細かい時間まで。

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2012年5月20日 (日)

 「上州の山河と共に」第134回 政治家への道

 数多くの座談会には、多くの方々が役割を分担して弁士を引き受けてくれた。前回、大いに活躍してくれた笠原久子さんは、今回は宮内貞一さんとコンビを組んで頑張ってくれた。二人は、泣かせの笠原、ユーモアの宮内の「笠宮コンビ」と言われた程に呼吸の合った弁士振りを発揮してくれた。

 告示以来、日が経つにつれ、地の利、人の和、全てが私達に味方しているように思えてきた。

 中盤も過ぎたある日のこと、選挙カーに乗って遊説の途中、選挙事務所に立ち寄った時、福島浩が一人の紳士を連れて私の所へやって来た。

「中村君、しばらくだな、分かりますか」

「あっ、上野君」

私はびっくりして叫んだ。すっかり変わってはいるが、その笑顔には三十数年前の面影がはっきりと認められたのである。

 前にも書いたが、私が宮城村の小学生の頃、宮本武蔵や太閤記などいろいろな本を私に貸してくれ、私が読書好きになるきっかけをつくってくれたのが、この上野和仁であった。

 私は、破れたズボンにゴム草履、カバンの代わりにフロシキ包みをかかえた昔の上野少年を思い浮かべ、目の前の紳士と比較して、感無量であった。上野和仁とは、私が宮城村を離れて以来の再会であった。彼は、日本鋼管本社の中堅社員として活躍していたのである。私の旗上げを知って、急遽駆けつけてくれたのだった。私は、短い時間ではあるが、大いに励まされ、勇気づけられ、選挙の疲れも一気に吹き飛ぶ思いであった。(読者に感謝)

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2012年5月19日 (土)

「上州の山河と共に」第133回 政治家への道

 しかし、我が陣営には勢いがあった。前回運動に参加してくれた人は、自分達の力であと一歩の所まで道を切り開いたという自信を持って、ほとんどが補欠選挙にも参加してくれたし、私の存在を認知して新たに戦線に加わってくれる人も続々と増えていた。

 また、まだ会ったこともない人々から連日のように寄せられる励ましの手紙は、私を大変に勇気づけた。

 今回の選挙では、前橋全域から、特に、本選挙では現職の県議が守っている地盤からも票を獲得しなければならなかった。その為には、格別の戦略を立てねばならないが、選挙事務所を人目に付きやすい場所に設けることも重要なポイントであった。幸なことに、主要地方道前橋・大間々・桐生線、通称大胡県道といわれる極めて交通量の多い県道の沿線の格好の場所に、選挙事務所を設けることができた。

 地元芳賀の情勢も前回とはかなり異なり、それまでは様々な事情から表立って私を支援できなかった人々も、名乗りを上げてくれるようになっていた。特に、小林清六さんや宮内禎一さんが重要なポストについてくれたことは、大きな戦力であった。

 小林清六さんは、芳賀農協の参事を長く勤めた人で、その実直な人柄と実績から地域で人望があり、特に農業関係では、県内に広い人脈を持っていた。

 作戦の中の重要な柱は、組織的なローラー作戦と座談会の開催であったが、前回の貴重な経験が生かせて、これらも、前回よりはるかにスムーズに展開しているように見られた。(読者に感謝)

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2012年5月18日 (金)

人生意気に感ず「新里埋蔵文化センター、群大と弘仁大地震。岩宿博物館。情報は命」

◇昨日(17日)は、桐生市教育委員会・新里文化財事務所と群馬大学を訪ねた。目的は群馬の活断層に関する調査取組みを知ること。私は、かねて、赤城南麓の大地震と国史に記載される弘仁大地震の関係に関心を持ち県議会でも発言してきた。

「3.11」の後、地震の歴史的事実は格段に重要となった。類聚国史には、山崩れて谷埋むこと数里、圧死する百姓は数えることが出来ないとある。818年のことだ。

 現在地質学の方法で過去の地震を研究することが進んでいる。堆積した地層の状況は過去に何があったかを時を超えて雄弁に語る。

 私は昔、東大で歴史を学び始めた頃、「歴史は過去との対話である」という論文を読んだ。ボーリングをし、地割れ跡を調べることは、過去への問いかけである。過去がどう答えるかを謙虚に受け止めねばならない。「3.11」は、過去との対話の重要性を天の声として私たちに訴えている。

◇群大の熊原准教授は、太田市から桐生市にかけた崖地形が活断層の可能性が高いことを分かり安く話してくれた。私は、熊原氏の説明からこの断層が弘仁大地震の時のものと受け取った。

 新里文化財事務所の加部博士は、上電沿線の北では至る所で地割れが発見され、また液状化の跡があること及びこれらが弘仁大地震によって出来たものと確信していることを話しておられた。

 今後数千年は起きないだろうというような確率論は通用しないことを「3.11」は教えた。ある地震の権威は語る「過去の実績に基づく確率にとらわれず、どこに断層があって、どういう力が作用すると動くかを考えて備えねばならない」と。その通り。

◇岩宿博物館20周年事業で、寒川旭氏が「巨大地震と考古学」、加部氏が「赤城南麓で起こった大地震」を語る(610日)。寒川氏はその著・「地震の日本史」で赤城南麓地震と弘仁地震について記述する。6月10日は出席するつもり。

◇大災害に脳天気な県民である。県当局は、「弘仁大地震」に注目すべきだ。地質学、地理学、考古学、地震学、文献学等の専門家の協力が必要だ。県のリーダーシップを提案する。◇政府事故調査委で海江田氏は、東電、現場、政府が情報の共有が出来ず、伝言ゲームだったと証言。情報は危機管理の命である。他人事でない。先日の関越道バス事故で情報の伝達と共有に問題があった。情報は命綱である。

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過去の事実は、現代に訴えている。「歴史は現代と過去との対話」である。「3.11」は、天の声として、それを訴える。

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2012年5月17日 (木)

人生意気に感ず「災害特別委の提言。公務員の入れ墨。太陽の異常」

◇大規模地震対策特別委員会の提言をまとめる会議が行われた(16日)。「3・11」を契機に昨年5月の本会議で設置されたこの特別委は、提言案をまとめて審査を終了した。

 「3・11」は、今後、日本の歴史の中で永く語り継がれることは間違いない。同様にこの特別委で何を審査したかも、県議会史の上で語り継がれるだろう。提言は、審査の成果を示すものだ。果たして歴史の試練に耐え得るか。

 提言案には、私の意見がいくつか反映されているが、重要なものが2つある。その一つは「原発依存から脱却するための地方の努力として再生可能エネルギーの導入を推進すること」である。

 二つ目は、大地震等の対策として、「安全神話」を乗り越えた防災の戦略を立てるべきだというもの。群馬は大丈夫という安全神話を否定することが、安全な群馬を築くために第一歩となる。否、第一歩としなくてはならない。

◇今月25日から始まる5月議会で私の登壇は5月31日(金)午後1時になるだろう。ここで、私は、前記の点につき、知事の考えを問うつもりだ。テレビで生中継される。

◇昨日の特別委のしめくくりの部分で私は、「福島原発事故独立検証委員会」の報告書に触れた。福島原発事故の原因や背景を分析して教訓を得ようとするもの。しかし、そこで記述されることは、災害対策、危機管理の問題として、原発事故以外でも学ぶべき点が非常に多い。

「報告書」のキーワードは「安全神話」。安全だと思い込むことが対策をおろそかにさせる。特別委としても、この報告書を読んで、今後に活かすべきだという考えで発言した。

◇大阪市職員の入れ墨に思う。110人もいる。ファッション感覚で入れる人が増えるたも事実。しかし、入れ墨といえばやくざや暴力団を連想するのが常識だ。「ファッション感覚」が広がればやくざへの抵抗感も薄れる。社会的な歯止めが必要だ。公務員は模範を示すべきだ。群馬で県や市町村職員の実態はどうなのだろうか。「身体髪膚之(しんたいはっぷこれ)を父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」(孔子の言葉)

◇太陽観測衛星「ひので」により太陽に大変な異常が起きていることが最近判明。それによれば地球寒冷化の危機があるという(国立天文台教授の話)。今度は、京大付属天文台が太陽の異常現象をネイチャーに発表した。太陽表面での超巨大な爆発現象の可能性についてだ。地球も人類も小さな存在だ。それ故に尊い。(読者に感謝)

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国民がパニックに陥らないようにと情報を伝えないという操作があったと報告書はいう。情報発信のあり方が国民の不信を招きより深刻なパニックをつくった。

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2012年5月16日 (水)

人生意気に感ず「黒船と松陰、ペリーの見方。西連寺。大失態」

◇ある人から貴重な資料をお借りした。540頁に及ぶ英文の書は、「ペリー提督の日本遠征記」。ペリーがやってきて日米和親条約が結ばれた2年後、1856年、合衆国政府のオーダーで出版された。この中には吉田松陰が黒船に乗り込み米国行きを懇願した事件が描かれているという。資料の主は、私が楫取素彦と吉田松陰の関係を調べていると知って貸してくれた。

 私は真剣に頁をめくり遂にその文を捜し当てた。TowJapanese gentlemen(2人の日本人の紳士)というタイトル。このタイトルにも現われているがペリーは、2人(松陰と従者)をeducatedmen(教養ある人)と表現している。

そしてアメリカ人は、この2人が日本人の特性を表しているとして次のように指摘している点が大いに注目される。「厳しい国法を犯し知識を得るために命をかけた2人の教養ある日本人の激しい知識欲は興味深い。この不幸な2人の行動は日本人に特有なものと信じる。日本人の激しい好奇心をこれ程現すものは他にない。日本人のこの特質を見れば、興味あるこの国の将来には、何と夢に満ちた広野が、何と希望に満ちた期待が開けていることか!」「!」を付けて表現している。吉田松陰の行動は、アジアの果ての後進国日本の意地を示した。

 黒船はその偉容をもって江戸湾に入り空砲を轟かして威嚇した。日本人は右往左往し幕府は圧力に屈して不平等な条約を結ばされた。こんな中で、松陰の行動は、日本人侮り難しということを示して侍日本を世界に認めさせた。この気概を今日私たちは学ばなければならない。

◇この日(15日)、歴史博物館の学芸員等と共に藤岡市の西蓮寺を訪ねた。明治10年開基の浄土真宗本願寺派の寺で、前橋の清光寺と共に吉田松陰の妹寿子(楫取素彦の妻)の熱心な働きかけでスタートした。初代住職は萩の人で、この寺に唯一、寿子の写真が存在する。これを使わせてもらうことのお願いが訪問の一つであった。寿子の面長な容貌は兄松陰とよく似ている。因みに、古来、革命家の顔は面長といわれる。言われてみればキリストの顔もそうである。

◇西蓮寺で話が弾み、夕刻の大切な会議を失念してしまった。手帳に記載しなかったことも含めて大失態。こういう事がたまにある。反省。(読者に感謝)

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松陰の妹・寿子、西蓮寺に唯一写真がある。兄も面長の顔。革命家の顔は古来面長という。

鋭利な武器でなければ現状を壊せない。顔は性格を現わすか。

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2012年5月15日 (火)

人生意気に感ず「幹事長選。ラムサールと富岡製糸。沖縄」

◇昨日(14日)の県議団総会は幹事長選任が目的。選考委員会のメンバーは、5名の県連副会長で、委員長は私。かつては、幹事長ポストを巡って派閥の争いが長時間続いた。中曽根、福田両派の派閥が解消されて久しい。

 党改革の一環として幹事長は立候補制となった。複数の候補者に信念や政策を競わせ選挙によって選ぶ事が党の活性化につながるという考えである。

 5月9日から11日までの間、立候補の申請は須藤昭男県議1人だった。選考委は選挙することなく、須藤氏を幹事長と決定。私は総会で報告した。須藤氏の続投である。21日、新幹事長を中心にして、その他の党役員が決まる。

◇団総会では、その他の項目で板倉町出身の舘野県議から渡良瀬遊水地のラムサール条約登録に関して発言があった。登録は事実上確実。舘野発言はここに至る経緯と今後の協力要請に関するもの。

ラムサール条約の正式名は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」である。ラムサールはイランの地名。日本では釧路湿地が最初の登録。本県では尾瀬が既に登録されている。

 登録対象は、2861ヘクタールの地域で140種の鳥類が生息する。渡良瀬遊水地は、足尾鉱毒事件と関係する。鉱毒を沈殿させ無害化する目的で造成が始まった経緯がある。

◇富岡製糸場跡等の世界遺産登録もほぼ確実とみられる。先日、関連の高山社を視察した時、関係者は決定したかのような高揚感を現していた。

 群馬の知名度は最低とよく言われる。材料はあるのにアピールが下手ということもある。渡良瀬遊水地のラムサール登録や富岡製糸の世界遺産登録などを有効に宣伝すべきである。

◇「3.11」が教えたことの1つは、自分中心主義の反省である。力を合わせなければ乗り切れないギリギリに私たちは追い詰められて目を開いた。それは自然災害だけではない。この視点で沖縄を見たい。復帰40年。日本の基地の74%が集中し、米軍兵士の犯罪が絶えない。同じ日本人なのに不平等だ。日米安保の意義は増々大だが、心を一つに出来なければ国防の力も発揮不可。沖縄を考える時だ。

◇白鵬4敗。心中は大変だろう。千秋楽までやりぬくと決意。国技の中でサムライの心の発揮を望む。八百長のない相撲が連日続き面白い。

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足尾の鉱毒を沈殿させる目的から始まった遊水地。その昔、天皇に直訴した田中正造の姿が甦る。田中の悲願は環境の保護だった。

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2012年5月14日 (月)

人生意気に感ず「原発ゼロの夏が問う。スカイツリーは日本再生の星」

◇原発事故の本格的な影響がこの夏に家庭や企業を襲う。原発の電力ゼロで乗り切れるか。様々な工夫が試される。特に不足が予想されるのが関西電力。ここに対し電力が余るところから融通する「融電」を検討する。他の発電所の融通力を増すために。広く国民一般が節電に取り組む必要が生じるという。

 自分のところは大丈夫だからと無関心をきめこむ分けにはいかない。国民が一つになって助け合わねばならない。しかし、こういう事態に備えて、電力会社と政府は打つべき手がいろいろあった筈だ。電力は、社会にとって血液と同じ。電力不足への備えは最大の危機管理だ。

国民の一人一人が、電力不足に対して為すべきこと、そして、出来ることは何か考えねばならない。そして、地方自治体として、何を為すべきか、何が出来るかを考えねばならない。

◇夏の電力需要ピーク時、電力が不足するのは、関西電力、九州電力、北海道電力。そのうち、最も不足するのが関西電力で、ここに、他からの電力の融通が検討される。政府の需給検証委員会は、夏の電力不足に対して、12日、全国レベルの節電と融電の活用を指摘した。

 このようなことは、今年の夏だけのことではない。今年の夏は、新しい状況の始まりだと思う。節電や融電は根本的解決策ではない。私たちは、代替エネルギー及び、電力の需要と供給に関する新しいシステムに早急に取り組まねばならない。

◇電力という国民的課題に対して自治体の果たすべき役割は極めて大きい。再生可能エネルギーにつき、産業界、学界と力を合わせねばならない。住民に協力を求めることも自治体の使命だ。自治体のリーダーは、エネルギーに関し進むべき方向に関して決断すべきだ。国任せというのがよくない。「脱」、または「減」原発の方向をはっきり示すことにより再生可能エネルギーの流れが本流となって動きだす。

◇スカイツリーの開業を間近かにして、日本中が湧いているのには大きな理由がある。「3・11」の直後、しかも東京という大地震の巣の上に堂々と屹立するこの搭は、自信を失い、不安に怯える日本人にとって希望の星なのだ。法隆寺や興福寺の五重の搭は地震で倒れない。スカイツリーの技術には、そこから得たヒントも活かされているという。現に、「3・11」の時の震度5にびくともしなかった。日本が世界に誇る技術力のシンボルであり、日本再生のシンボルなのだ。(読者に感謝)

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スカイツリーは、叫ぶ、「俺は、日本だ、日本の技術だ、さあ、日本再生のためガンバロー」

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2012年5月13日 (日)

 「上州の山河と共に」第132回 政治家への道

 これに対して県議選は、一議席を保革四人で争う激戦であり、盛り上がりが予想されていた。また、私と菅野氏との対決という点にも、世間はかなりの関心を寄せているようであった。

 私については、前回の選挙で異色の新人といわれ、また、大方の選挙通からは泡沫候補に近いと見られながら意外に善戦したことから、今度どのような票を獲得するかという点に、多くの人々の関心と興味が集まっていた。

 また、菅野氏は、前回の選挙で、二人の地盤が隣接し、あるいは重なるということから、私と熾烈な対決をし、共に落選したわけであるが、その時の得票数は私よりやや上で最下位当選者との差は僅か百三十票であった。衆院選に挑戦したが果さず、県議へのカムバックに注ぐ菅野氏の執念が今度は実を結ぶかということも、世間が興味を寄せる点と思われた。

 前橋市の有権者数は、昭和63年の時点で約20万4千人で、仮に投票率を45%とすると、県議補選は、9万2千票をめぐる戦いであり、これからすると、当選を果たすには3万票を目標としなければならない。

 これは、前回の選挙で私が得た1万777票の約三倍の票であり、短期間でこれだけの票を獲得するのは至難の事と思われた。(読者に感謝)

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2012年5月12日 (土)

「上州の山河と共に」第131回 政治家への道

 補欠選挙が行われる場合は、公職選挙法に列挙されているがその一つとして、一人の欠員でも、その地方における上級の選挙がある場合は、同時に補欠選を行うこととされていた。昭和63年7月、群馬県知事の任期満了に伴って行われる知事選が、この上級の選挙に当たるということで、前橋市においては、県会議員の補欠選挙が行われることになったのである。

 この出来事は、私には、天の助けと思われた。従って、私は、万難を排してこの補欠選に立候補することが私の選ぶべき唯一の道と判断したのである。

 

補欠選に出馬す

 県議補選は、昭和63年7月1日告示され、投票日は知事選と同じく7月10日であった。立候補の届出をしたのは私・中村紀雄、菅野義章氏、社会党公認の宮川邦雄氏、それに、共産党公認の長谷川薫氏の四人であった。

 すでに知事選が告示されており、前橋市では、この日から二つの選挙戦が同時に進行することになったが、二つの選挙は対照的であった。

 知事選は、現職で四期目を目指す清水一郎氏と共産党公認の小野寺慶吾氏との対決であって、既に勝負はついていると見られていた上に、途中から清水候補の入院静養というハプニングも加わって、至って低調なムードであった。(読者に感謝)

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2012年5月11日 (金)

人生意気に感ず「スカイツリーの奇跡。楫取素彦講演。萩からみかん」

◇大地震多発状況の中で、誰もがハラハラとし、続いてさすが日本の技と感嘆するのが東京スカイツリーだ。タイミングよくと言うべきか、完成間近かの時、「お前、俺をなめるなよ、俺が試してやる」と言わんばかりの天の試練が下った。3.11の震度5弱の天の声に巨大な塔は見事に耐えびくともしなかった。失った日本の信頼をものともせず、日本再生を世界に宣言する如く東京スカイツリーは奇跡の雄姿を示す。勇気のシンボルだ。開業は今月22日。

◇私は、文藝春秋の「東京スカイツリー3.11の奇跡」(6月号)を読んで唸った。「3.11」のその時、地上372メートルにある塔の司令室は立てない程の強い揺れに襲われた。びくともせず、補修の懸念も生じなかった。「あれだけ揺れたのに」と現場の人は思ったという。

 最先端の科学、古来の建築技術、超一流の職人、携る人々の責任感。スカイツリーは「オールジャパンの結集」だった。古来の建築から得たヒント「心柱制振」は、地震の揺れを最大50%低減するという。法隆寺五重の塔の心柱は古代の匠の技。五重の塔は地震で倒れた記録がない。

 また、ツリーの頂点で2千年に1回の超暴風、風速110mに耐える設計にしたという。

◇私は、ツリーが、「3.11」以前から進められていた点に改めて注目する。そして原発と対比する。国民の生命と社会の存立により重要に関わるのは原発なのに、なぜ、想定外を設け、力を抜き、国民をだましたか。

◇このところ、楫取素彦に力を入れている。混乱の時代に人間力、社会力が問われている。ここで幕末、維新に学ぶことは多い。

 初代県令楫取素彦は、吉田松陰、高杉晋作、坂本竜馬等をたずさえて、幕末維新を群馬に持ち込んだ人物なのだ。楫取素彦顕彰会の目的のひとつは、この楫取を現代の群馬に甦らせることだ。

 明日(土)、午後2時40分から、私は「ぐんま政治塾」で楫取素彦について講演する(県連3F)。また、今月26日(土)は午後7時から市の総合福祉会館で行う「ふるさと未来塾」で楫取を取り上げる。簡単な「楫取素彦読本」の原稿もほぼ完成した。25日から始まる5月議会では、教育の見地から楫取素彦を取り上げる。

◇萩市と絆が生まれつつあるのは嬉しい。萩の城下町の女性から甘夏みかんが送られてきた。かつて貧しい武士たちは屋敷に夏みかんを植えた。手にしたみかんに楫取や晋作の顔が浮かぶ。(読者に感謝)

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「原発とは違うぞ」と、日本の技術を世界に示す。日本再生と日本民族の誇りのシンボルだ!

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2012年5月10日 (木)

「小沢控訴。プーチンと北方領土。ピーコとワン太郎」

◇刑事被告人の地位が続くことになった。検察審査会により強制起訴され、第一審で無罪とされた小沢一郎である。当初控訴はしないだろうと思われていた。しかし、第一審は、結論は無罪ながら、判決理由で述べることはむしろ有罪であった。指定弁護士3人は全員一致で控訴を決めた。

 意外であるがほっとした。私は、控訴すべきだと思っていたからだ。指定弁護士は「看過し難い事実誤認がある」と控訴に踏み切った理由を語る。小沢一郎の主任弁護士が「一審であれだけ審理して無罪なのに控訴とは理解に苦しむ」と語ったが、これには、むしろ理解に苦しむ。三審制なのだから控訴の理由ありと信じれば控訴するのは当然である。民主党幹事長は、国会での証人喚問は難しくなったというが、そんなことはない。法廷での白黒と政治的道義的責任は別だからだ。小沢一郎のどす黒い悪人面が満面笑顔になった瞬間を見たが、それも束の間であった。

◇昔、「北方領土」のどれがどの名称か問う問題が東大入試に出た事があった。歯舞、色丹、国後、択捉。日本国民はこれらにさして、関心も示さなくなった。これらの存在意義は尖閣諸島の比ではない。今、この北方領土に変化が現れようとしている。そのカギはロシア大統領プーチンの登場である。北方領土に目を向けよう。

◇プーチンと言えば、かつてロシアの宮廷で絶大な権力を振った怪僧ラスプーチンを思い出す。プーチン大統領は強い権力を手にしてロシアの新たな発展を目指す。それはアジア太平洋地域の開発にかかり、そのためには日本の協力が不可欠だ。

 最近プーチンが北方領土問題に関して前向きな姿勢を示しているのは日本の協力を求めているからだ。私は、平成16年にシベリア抑留を調査するためにハバロフスクを訪ね、アムール河畔に立った。そこで感じたのは、ロシアには無限の可能性がある、強制抑留と北方領土を解決してこの可能性を活かさねばならないということだ。今はチャンスである。

◇ピーコとワン太郎がニュースになるのは、殺伐とした社会にとって清涼剤だから。インコのピーコは警察官に番地まで教えて家に帰った。ワン太郎は先日の突風で飛ばされて行方不明になったが帰ってきた。ワン太郎の冒険談が聞きたい。我が家にはメス猫のトコと秋田犬のナナがいる。ナナは器量よしだが賢くない。この子等は災害をどう生き抜くか。(読者に感謝)

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   北方領土は、今がチャンス。

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2012年5月 9日 (水)

人生意気に感ず「大型バス事故の反省。群馬の安全神話。鶴竜の魅力」

◇実に42年ぶりの合同審査会であった(8日)。4月29日の関越道大型バス事故に関する総務企画、厚生文化両常任委員会による審査会である。死者数7、重傷者数9を含め計46名の死傷者を出した大事故で、その後大型連休中に各地で発生した交通事故の序曲であった。また、大災害時代における本県の災害対策と危機管理の対応力が問われた象徴的大事件でもあった。

 大災害発生時、人命救助は時間との勝負である。事故発生が午前4時46分、救助隊(DMAT)到着が同7時15分。この間2時間29分。現場は藤岡ジャンクションのあたりだから前橋からも高崎からも近い。なぜ、こんなに時間がかかったのか。当局の説明と委員の質問は、この点に集中した。

 時は金なりというが、時は命である。約2時間半、引き裂かれた車中は地獄であった。最短の時間で最先端の近代医療が提供されれば救える命があったかも知れない、重傷化を防げたかも知れない、苦痛を緩和できたかも知れない。

DMAT(災害救助チーム)出動要請が遅れたのは情報の伝達に関して問題があったからだ。誰かのケータイ電源が切られていても、誰かが眠っていて気付かなくても、情報が伝わる仕組みを研究しなくてはならない。

 私は次のように発言した。「群馬は災害がないから大丈夫という安全神話の上で緊張感に欠けていたのではないか。今回の事から大切な教訓を引き出さねばならない」と。

◇右の発言の時、私は用意した厚い本を示した。400ページを超える「福島原発事故独立検証委員会・報告書」である。そこでは原発事故の原因は東電や政府が安全神話の罠にはまっていたことにあると指摘する。バスの事故を同列に考えることは勿論できないが、群馬の災害対策の最重要点は安全神話からの脱却である。原発事故の政府対応から学ぶことは多い。

◇昨日(8日)、私の事務所を訪ねた若い警察官が、この報告書を読んだと聞いて嬉しかった。この報告書は多くの国民が読むべき貴重な宝である。事実を見詰めなくては過ちは繰り返されるからだ。

◇このところ大関鶴竜に興味をもつ。国技がモンゴル相撲になってしったという感を抱いていた。数少ない言葉から知性が伝わる。後で知ったが父親はモンゴルの国立大学の教授で、本人も学業優秀だったという。日本の力士はメンタルな点でも負けてしまう。(読者に感謝)

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400ページを超える調査・検証報告書!

日本の再生は、ここに詰まる教訓を生かすことから始まる。人類の財産とすべきもの。

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2012年5月 8日 (火)

人生意気に感ず「幹事長選任。突風と危機管理。盲目の人権活動家と憲法」

◇自民党県議団総会が開かれた(2日)。議題は多岐にわたったが主なものは県連役員改選と5月議会に関すること。5月は県連役員改選期である。幹事長選任が中心でスタートとなる。選考委員長は私が務めることになった。かつて党内で派閥の対立が激しかった頃、幹事長等のポストをめぐって深夜まで争った事があった。今は昔である。

 また、5月議会の本会議質問者の1人は私に決まった。大変な時代に突入し、県政の課題は多いので本会議で取り上げるべきものは多いが、楫取素彦はその1つにしたい。

◇そうそう、この総会で報告されたもう一つ重要なことがある。議員がアドバイスを求める政策通の専門家を、各議員が月1万円拠出して採用することである。

 議員が十分に役割を果たすために必要なことで、私も実現を主張していた。他県では元新聞記者を使っているところもある。本県は元キャリア官僚。いかに有効に使いこなせるかは、私たちの意欲と工夫にかかる。

◇突風と竜巻の猛威は凄まじかった。茨城、栃木の被災地では、こんな事は初めてと語る。自然界も狂い出した事の序曲ととらえるべきで、本県も危機管理の対象として意識しなければならない。

◇今日(8日)は、議会休会中だが一日委員会が開かれる。関越高速道の大事故が起きたことに関連し、本県の災害対策と危機管理につき急拠議論する必要が生じたからだ。

 DMAT(ディーマット)、つまり災害派遣医療チームが初めて出動したが、もっと早く対応できなかったかが問われている。「出動要請が遅かった。到着をあと1時間早められたはず」と現場からの声が上がっている。

 群馬は大丈夫という「安全神話」にあぐらをかき危機管理に緩(ゆる)みがあってはならない。行政の最大の使命は人命を守ることで、危機管理の目的もここにある。災害に於いて、人命救助は時間との勝負。委員会では建設的な発言をしたい。

◇中国の盲目の人権活動家・陳光誠氏の中国出国に世界の目が集まっている。この種の問題にアメリカは常に躍起となり、中国は内政干渉だと反発する。人権は人類普遍の原理で国境はない、そして建国の基礎。これがアメリカの確信となっている。日本国憲法の最大の理念も共通だ。憲法記念日も、この事を意識しないかのように静かに過ぎてしまった。(読者に感謝)

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右が五代目当主。

楫取素彦読本を作成中、この人を私たちの胸に甦らせたい。

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2012年5月 7日 (月)

人生意気に感ず「交通事故・山の遭難・楫取家訪問、読本を作る」

◇交通事故、異常気象災害と大変なゴールデンウィークだった。この間に起きた出来事は、地震や津波以外にも大きな災害が起こり得ること及び、本県も危機管理に油断があってはならない事を示した。

 谷川岳はじめ山岳が多く、高速交通網が縦横に走っている。7人死亡した関越高速道の如き大事故は今後もあり得ることだ。

 4日から5日にかけて、北アルプスで遭難者が出て8人が死亡した。このうち白馬岳で遭難した6人は医師が中心の人々でいずれも軽装だった。山を甘く見たといえるのだろうが、最近の異常気象がただごとでないことを物語る。

◇5月5日、赤城神社の恒例の礼大祭に出た。神殿の神事の間、外は晴天なのに、裏山から流れ込む空気は異常に冷たかった。これでは山の上は相当な寒さだろうとふと思った。その夜、山の遭難を知った。

◇最近の異常気象の原因は温暖化だけではないらしい。日本が世界に誇る太陽観測衛星「ひので」によって、驚くべき事実が次々に発見されている。太陽の基本構造に重大な異変が生じているといわれる。その影響で気候的に何でもありの時代になる可能性が強いと科学者は指摘する。全地球も私たちの生存も、お日様次第という事を改めて感じる。これからは天気予報が日常生活で一層重要になる。

◇楫取素彦の5代目当主楫取能彦氏を東京都狛江市のお宅に訪ねた(2日)。現在、楫取素彦の血を引く直系には楫取能彦氏と小田村四郎氏(元拓大総長)がおられ、お二人が楫取素彦顕彰会の顧問を引き受けてくれた。

 能彦氏を訪ねたのは、ご挨拶を兼ね、資料の調査、今後の事業の打ち合わせ等のため。今年は楫取素彦没後百年に当たり、楫取夫妻とゆかりの深い前橋市大手町の清光寺で法要を行う予定である。

 楫取素彦といえば吉田松陰の妹を妻とし、松陰との深い関わりで有名であるが、楫取家には松陰直筆の書簡がいくつも存在することを知って驚いた。お宝鑑定団には出さないと、冗談の中で、御夫妻は話しておられた。

◇楫取素彦顕彰会の事業として、楫取素彦読本を作ることになった。小中学生にも読める小冊子である。原稿をほぼ書き上げた段階。幕末を吉田松陰や高杉晋作たちと熱く生きた志士にして学者。その情熱と経験で近代群馬を築いた。今まで大切にしなかった反省がある。希望者は、連絡頂ければ、顕彰会事務局からコピーを差し上げることは可能。(読者に感謝)

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右が楫取能彦氏、後ろの壁には楫取素彦の写真が。

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2012年5月 6日 (日)

「上州の山河と共に」第130回 政治家への道

捲土重来

 私の得票は10777票で、最下位当選者笠原秋雄氏の11040票とは、263票の差であった。冷静になって考えてみると、これは、破れたとはいえ、すごい善戦であった。

 たとえ僅かの差であっても落選は落選であって、当選と比べたら天地の差があるといわねばならないが、当落を抜きにして中味を比較するなら、立派な数字というべきであった。私は、改めて、多くの支援者を有り難いと思った。そして、10777票という票を無駄にしては、これを投じてくれた人々に申し訳が立たない。これらの人々の温かい心に報いる道はただ一つ、それは、次の機会に当選を果たす以外にないと思われた。

 落選したとは言え、10777人の人が支援してくれていると思うと勇気が湧いてくる。私は間もなく捲土重来を期待して活動を始めることにした。

 お世話になった役員の方々や多くのボランティアの方々にたいする挨拶回り、あるいは、座談会や決起大会に参加してくれた人々に対して礼状を出す作業、これらの仕事をこつこつと実行している中に、早くも一年近くが過ぎた。

 そんなある日、思いもよらぬニュースが飛び込んで来たのである。それは、前橋市長藤井精一氏の急逝であった。藤井市長の死は、市制ばかりでなく県政にも大きな影響を与える渦に発展し、私はその中に巻き込まれてゆくことになるのであった。

 藤井精一氏の死によって空席となった市長を選ぶために市長選が行われることになり、県議のアカネ淑郎氏がこれに立候補した。そして、このことは同時に、県議の椅子も一つ空席ができることを意味した。(読者に感謝)

※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年5月 5日 (土)

「上州の山河と共に」第129回 政治家への道

 

私が前に立つと、騒ぎは止み、水を打ったように静かになった。

「申し訳ありません。私の不徳の致すところであります。皆さんの温かいご支援を十分に生かすことができませんでした。深くお詫び申し上げます。」

 私がここまで言ったとき、広間のあちこちから、女性たちの泣き声が一斉に起こった。

「敗けたのではない、あと僅か票が足りなかっただけだ」

誰かが大声で叫ぶと、これに呼応するようにあちこちから声が上がった。

「そうだ、そうだ、戦いはこれからだ」

私の胸を熱いものがつき上げ、こらえきれず涙が頬を伝って流れた。

 喧騒の広間は、去る人もほとんどなく、盛り上がる熱気に包まれていつまでも夕闇の中で燃えていた。

一夜が明けた。新聞に目をやると、4月13日の上毛新聞は、次のように書いている。

午後8時50分、開票結果の連絡が入ると、前橋市小坂子町の事務所は「中村落選」の結果を予想外として受けとめた。選挙期間中「新旧交代」を訴え、四十回以上の個人演説会をこなし、当選の感触を得ていた。しかし、この結果・・・。中村氏は、詰めかけた支持者を前に「申し訳ない。私の努力が足りなかった」と一言挨拶。声を詰まらせながら頭を下げると、事務所は溜息や泣き声に包まれた。

私は、改めて落選したことを実感した。言いようのない淋しさに襲われる。杜甫の詩、「国破有山河城春深草木」の心境であった。(読者に感謝)

※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年5月 4日 (金)

「上州の山河と共に」第128回 政治家への道

長い間ボランティアで働いてくれた人々の顔、決起大会に集まった多くの人々の顔、これら無数の顔が歓喜で燃えるようになったり、悲嘆に沈む顔になったりして、私の頭に浮かんでは消える。妻も居た堪れずに青い顔をしてそわそわしている。

 運命の時はやってきた。午後八時が近づく頃、小坂子の選挙事務所の広間は、今や遅しと結果を待つ人々で一杯であった。

 広間の前面には、一段高い台の上に中古のテレビが設置され、人々の目は群馬テレビの開票速報に注がれていた。

 私と妻は、別の一室で待機していた。狭い部屋は、重苦しい沈黙が支配し、私は、時々そこから逃げ出したいような恐怖に駆られていた。妻は、頭を下げ、床の一点をじっと見詰めている。こんな思いをするのなら始めなければ良かった、と後悔の念が頭の片隅をよぎる。時々広間のざわめきが伝わってくる。一際大きなどよめきが聞こえた時、突然ドアが開いて、福島浩が入ってきた。

「どうなんだ」

「うん」

福島は、一瞬唾を呑み込むような仕草をしてから言った。

「駄目だった。僅かの差だ。兎に角、二人とも来てくれ」

 何ということか。私は、体の中心から力が抜け、一瞬、頭の中が真白になるように感じた。しかし、私はすぐ我にかえり、広間に向かった。広間は、立つ余地がない程にいっぱいで、興奮した人々の声が飛び交っていた。(読者に感謝)

※土日祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年5月 3日 (木)

「上州の山河と共に」第127回 政治家への道

大きな拍手と声援が起こった。その声は、塀の外からも起こっていた。

背筋を伸ばし、額の汗をぬぐうと、快い風が頬を撫でる。心も壮快であった。私の演説が終る頃には、人々の数は一段と増えていたのである。私は、そのことに気付いて、大きな喜びと力が身体の奥から湧き上がってくるのを覚えるのであった。

投票日が刻一刻と近づいていた。果たしてどれだけの票が集まるだろうか。一人になって考えると、やはり不安である。短期間ではあるがいろいろな経験を積んで、それに基づいて振り返ると、ああすれば良かった、こうすれば良かった、と反省すべき点がたくさん出てくる。ああ、あと二、三日あれば、という思いにかられながら、ついに投票日を迎えることになった。

審判下る

 昭和六十二年四月十二日早朝、私は、芳賀公民館で投票を済ませた。多くの人が列を作っている。その列を、私は祈る思いで見た。

 その晩、八時過ぎに大勢が判明する予定であった。運命の時は容赦なく近づいていた。もう、賽は振られたのだ、じたばたしてもしようがないことと、頭では分かっていても、気持ちは落ち着かない。これまでも、自分の人生に重大な意味のある結果が出るのを固唾を呑んで待った経験はいくつもある。しかし、今回の私の気持ちは、今まで経験したことのない、重苦しいものであった。

(読者に感謝)※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年5月 2日 (水)

人生意気に感ず「運転手逮捕。群馬DMAT。楫取家を訪ねる」

◇関越道で大事故を起こしたバス運転手が逮捕された(1日)。河野化山運転手は前橋日赤に搬送されていた。この日、私は午前9時に日赤に行くと、正面玄関に多くの報道陣が詰めかけていた。予想された逮捕の瞬間を待ち受けていたのであろう。

◇今回の大事故では、群馬DMATが県内で初めて出動した。なお、群馬DMATが県外へ初めて派遣されたのは昨年3月11日、東日本大震災の時の12チームである。

DMAT(ディーマット)とは何か。災害医療救援隊の事で、災害時に人命救助のために活躍するトレーニングを受けたプロの医療チームである。このような備えがないと、医者や医療機関が多く存在しながら災害に対して有効に対応できず、救える命を救えない事になる。

◇日本DMATは、平成17年に発足。そして、群馬DMATは、平成20年に施行、15病院、25チームから成り隊員登録は135名である。今日、大災害の時代に突入しつつあり、平時のこのような備えが改めて重要な意味を持つに至った。

 今回の関越道の大事故では、事故発生から派遣要請まで2時間近くかかった。群馬DMATは本来の指名を有効に果たせたのかということも問題となる。安全神話にあぐらをかくといわれる本県の危機管理がいざという時に大丈夫かが問われる。危機管理の一環としてDMATの検証が求められる。

 県議会は、この問題を審議するために、5月8日(火)、10時半から、総務企画と厚生文化の二つの常任委員会合同の委員会を開くことになった。私は、総務企画常任委員会に属す。

◇観光バスが観光バスに追突する事故が宇都宮市で起きた(1日)。この種のバスの運転手はほとんどが睡魔に襲われた経験をもつという。この事故も睡魔が原因か。関越道の大事故は決して偶然ではない。これ迄起きなかったことが不思議であり幸運であったと思うべきだ。

◇今日(2日)は、宮内庁と楫取能彦氏を訪ねる。宮内庁は楫取素彦が薩長同盟に関わった事を示す木戸孝充文書の調査が目的。楫取能彦氏は楫取素彦5代目の当主である。楫取素彦顕彰会の顧問を引き受けてくれた。お礼を兼ね資料調査を。

◇楫取素彦読本を書き始めた。顕彰会の事業の一環。子どもたちにも面白く読める教育現場の副読本になればと期するものがある。(読者に感謝)

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前橋赤十字病院       ドクターヘリ

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2012年5月 1日 (火)

人生意気に感ず「目を開けて。関越道事故。インドは招く。山を歩く」

◇悲惨な交通事故が異常に続く。「目を開けて、泣き叫ぶ母親、土下座する男」。27日、私のケータイに飛び込んだニュースの表現。緊迫の状況を短い言葉がえぐり出している。

 千葉県の県道、登校児童の列に車が突っこんだ。小一の男児は目を開けることなく死んだ。20歳の男は「ボーッとしていた」と答えた。土下座して「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返した。

 登下校の列に車が飛び込む事故が続発している。激動の社会にあって、運転する者にストレスが溜まっていることが一因なのか。

◇関越道で大事故が起きた。7人死亡、3人が重体。藤岡JCT付近。GWの真っただ中である。報道が伝える映像は衝撃的だ。90キロを超える速度で巨大な物体が壁に激突。鋼鉄の防音壁は、12mの車体を串刺しのように貫いている。金沢からディズニーまで545キロを走る予定だった。GW中の忙しい業務の中、疲れが蓄積している状態での長距離運転に無理があったのだろう。サービスエリアの休憩時、運転手はハンドルにもたれて眠っていた。

 総務省の調査では、貸し切りバスの運転手の約9割が運転中睡魔に襲われ「ヒヤリ・ハット」の体験をしているという。多くの乗客が生命の危機に晒されているという事だ。

 今年は天候が異常で温度の上がり下がりが激しい。20度も差があるのだから驚きである。ポカポカと急に温かくなってウトウトと来る。そんな中の惨劇ではないか。全国では、GW中、おびただしい数の観光バスが走っている。今回の事故は全国民に対する警告である。GW中同種の事故が起きないことを祈る。

◇最近の世界情勢で注目はインド。人口は13億を超え偉大な発展途上で歴史的に親日。かつて故ネールが、獄中から娘に書いた「父が子に語る世界の歴史」の中で、日口戦に勝利した日本に触れ、少年の頃大変感動したことを書いたのを思い出す。30日、日印の閣僚が経済協力を話し合った。日本経済にとり限りないチャンスが広がる。仏教の古里と大切に付き合いたい。

◇昨日(30日)午後、久しぶりに赤城南麓を4時間歩いた。ケータイの万歩計は1万7千歩を示した。林の中の細い道は松の倒木で塞がれ障害物レースの様。充実感を得た。娘夫妻と食べたしゃぶしゃぶが美味しかった。健康に感謝した。(読者に感謝)

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串刺しのバス。多くの遺族や関係者の心も串刺しにした。高速交通機関は、油断すれば巨大な凶器と化す。

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