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2012年4月11日 (水)

人生意気に感ず「大災害と車。大川小と船越小。ミサイル発射」

◇3.11の現場を指揮した2人の対談(文藝春秋)を読んだ。当時の警視総監池田克彦氏と当時の東京消防庁警防部長佐藤康雄氏である。3.11では東京も最大震度5強に見舞われ大混乱に陥った。

 この体験を踏まえる時、切迫した首都直下型大地震にどう備えるかというのが対談の中心である。関東大震災の教訓も語られ興味深く読んだ。

 強調するのは、地震の際「車を使わない」のが鉄則だという事。車は、ガソリンを積んでいる上に、タイヤ、内装、外装等石油製品の塊で、渋滞に巻き込まれ火がついたら大変だというのだ。渋滞にあったら、免許証を持ってキーをつけて車を離れろと警告する。

 関東大震災では隅田川の橋は1つを除き焼け落ちた。大八車に家財を積んで逃げそれに火がついたのだ。大八車は今日の自動車に当る。唯一残ったのは新大橋で、たもとで警官がサーベルを抜いて荷物を捨てさせたという。

 もう一つ、関東大震災の例を挙げる。それは消防車の威力だ。東京中で、神田佐久間町だけが焼失を免れたのは1台のポンプ車があったおかげだとされる。渋滞と混乱の中で消防車が機能できなくなる恐れは今日的課題である。

 群馬は大丈夫という安全神話に支配されがちな私たちだが、車と切り離せない生活を送っているのだから、大災害時に於ける車の使い方は常に念頭に置かねばならない。

◇あの大川小が校舎を高台に移転させる。全児童108名中74名が犠牲になった仙台石巻小跡には今も訪れる人が跡を絶たないと言われる。逃げる時間がありながらなぜ救えなかったか。

 結果論だが裏山を登れば助かった。山に逃げるかをめぐり争いがあった事が伝えられる。とっさの判断と決断は危機管理の要である。

 非常に似た状況下で全児童が助かったケースは岩手県山田町の船越小である。ここでは津波の歴史と恐怖を知る校務員が必死で訴え校長は児童に裏山を登らせたというのだ。2つのケースは最大の教材である。津波と無関係の本県の学校関係者も学ぶことが多い筈だ。

◇北朝鮮のミサイル発射が迫る。巨大なミサイルの陰に多くの飢えた国民がいる。その一方で国威発揚に沸く独裁を支える人々。過去と現在が同居する不思議で異常な国北朝鮮は危険な隣国である。この国の矛盾は限界に迫る。私は、「崩壊」の進行を息を呑んで見守る。(読者に感謝)

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☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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