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2012年4月28日 (土)

「上州の山河と共に」第124回 政治家への道

 同紙によると、私については、次のように書いてある。

「保守系新人の中村紀雄氏も、全市的に後援会組織を結成、地元芳賀地区から他陣営に激しく攻撃をかけており、“台風の目”的な存在。この為、現職の一人が食われる可能性も出てきた」

 我が陣営は、誰もが無我夢中で頑張っていたので、自分達はどの辺を走っているのか、ゴールまでどの位あるのか、初めは全く検討がつかなかった訳であるが、このような新聞の記事は、ゴールが目前にあることを示すものとして、我が陣営の全ての者にとって大きな励ましであった。

 投票日まであと二日と迫った日に、総決起大会が開かれた。この大会が、どの位盛り上がるかが、当落を予想する一つのバロメーターとされていたので、このような前橋の最北の地に、多くの支援者が果たして集まってくれるかと、私は心配であった。

 その日は、空は晴れて、やや強い赤城颪が選挙事務所を囲むトタン塀をガタガタと鳴らしていた。そして、私は朝から緊張し、“皇国の興廃は、この一戦にあり、天気晴朗なれど波高し”というあの日本海海戦の折の文句を思い浮かべていた。

 資材置場を片付けてつくられた広場の一角に大型のトラックが置かれ、その荷台には紅白の幕が張られて大会の舞台が作られた。

 午後二時、開会の時が近づくと続々と支援者が集まり、ついに、広場がほぼいっぱいになる程になった。舞台の上からは、はるか彼方の前橋市街の家々が折からの太陽に反射してチカチカと光って見える。あんな所から多くの人が駆けつけてくれたと思うと、万感胸に迫るものがあった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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