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2012年4月21日 (土)

「上州の山河と共に」第122回 政治家への道

笠原久子さんは、ここで、私の妻のことを持ち出す。中村さんの奥さんのヒサ子さんは、野口英世と同じように、三歳の時、お母さんがちょっと目を離した隙に囲炉裏に落ちて、手に火傷をしてしまった、だから、今でも、毎日、左手は包帯をしている、小さい時からこのようなハンディを乗り越えて勉強もよくやり、明るく、真っ直ぐに生きて来た。中村は心の広い人で、ヒサ子さんの火傷のこともよく理解してやっている、ヒサ子さんは、今、自分の生き方とも通じる新しい理想を見つけたと考えて御主人の選挙を手伝っている、といった具合に、話を進める。

 このような話は、聞く者にとって、難しい政治の理屈よりも面白いのだろう、聴衆の反応もいいので、笠原さんの話にも熱が入る。

 私達夫婦のことを最も良く理解し、それを少しでも良く伝えようとする笠原久子さんの熱弁には、本当に頭が下がる思いであった。しかし、また、私は、この演説を冷や汗を流す思いで身を固くして聞いていた。

 笠原久子さんの弁舌の冴えと効果は、あれから数年の月日が経った今でも、あちこちで語り草になっている。

 一日一日が矢のように過ぎていった。そして、各陣営も日毎に盛り上がりを見せ、選挙戦は過熱してゆくようであった。初めは、いくつもの団体が混沌としていて、力を合わせた有効な作戦が実行出来るのか危ぶまれていた我が陣営であるが、中盤を過ぎる頃から、それぞれの団体がその役割を認識して、秩序立った動きが出来るようになってきた。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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