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2012年3月 6日 (火)

人生意気に感ず「がれきに意見書。赤城南麓大地震。東南海地震。ナデシコの快挙」

◇早いもので、一年目の「3.11」が近づく。この一年、あらゆるメディアで東日本大震災に触れなかった日は皆無だ。私たちはまだ混乱のなかにいる。被災地の海岸の仮設の魚店をテレビは映す。そこに、底抜けに明るい老漁師の笑顔が。ああいうのを大胆不敵というのだろう。がれきを拒む私たちの姿ががれきの一片のように見える。

◇昨日(5日)の災害対策特別委で国に出す意見書を全会一致で決めた。がれきの処理を進めるために必要な措置を国に求めるもの。4項目あるが、その第一項は「法で定める指定廃棄物の基準以下であれば安全である根拠について国民に丁寧かつ明確に説明し理解を得ること」というもの。

◇一年目の3.11を目前にし、一年前の3.11を振り返るとき、私たちは、歴史的大事件に遭遇し、まだ、その渦中に居ることを実感する。

 心に焼きついているのは、委員会で宮城県多賀城市を視察した時のこと。市長は歴史に学ぶ事が大切である、歴史は嘘をつかないと述べ、貞観地震について語ったのだ。

 市長の話は、869年、この地に大地震が起き津波が多賀城の城下まで押し寄せ多くの死者が出たこと、そして、今回、また同じことが起きたことを指している。大災害から教訓を引きだすことは、同時に歴史から学ぶ事の大切さを意味する。

◇歴史から学ぶことの重要さは群馬県でも同じだ。多賀城の例は「日本三代実録」にあるが、同じく平安時代の群馬の大地震は「類聚国史」に記されている。818年(弘仁9年)関東各地で大地震が起き、土砂にのまれ押しつぶされた人はとうてい数えることが出来ないほど多数であった。近年、赤城山麓(旧宮城村や新里村等)の地割れ後の調査により、ここにも弘仁の大地震があったと考えられている(『赤城山麓の歴史地震』-新里村教育委員会編、『地震の日本史』-中公新書)。火山では1783年(天明3年)の浅間山の大噴火がある。この際、近づく3連動巨大地震を学びたい。

◇東海、東南海、南海の巨大地震が近い。大変興味深いのは、終戦(45年)をはさんで東南海(44年)、南海(46年)の巨大地震が起きたこと。東南海地震は、敗色濃い時期、B29が初めて東京を空襲した翌月(44年12月7日)に起きた。戦意喪失を恐れ新聞でもほとんど報じられなかった。

◇ナデシコがアメリカを下した。日本人に勇気を与える快挙だ。ナデシコの活躍は、今や日本女性の進化を象徴する。男も頑張らねば。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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