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2012年3月12日 (月)

人生意気に感ず「天皇のお言葉。3.11の集会にでる。古舘伊知郎のこと」

◇多くの日本人が様々な思いでこの1年を振り返ったに違いない。天皇陛下は退院後の体調が必ずしも良くない状態で追悼式に出席された。強い御意志があったと聞く。おことばには次のような表現があった。「被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ被災地の状況が改善されていくようにたゆみなく努力を続けていくよう期待しています」

 東日本大震災を指して第2の敗戦と言う人がいる。同感である。天皇の胸には、66年前、国民の前に立って終戦の詔を読んだ昭和天皇の姿があったのではなかろうか。天皇の存在意義を感じた。

◇生死の境で、極限の体験をした人たちの姿が報じられた。壊れた建物の屋根に乗って3日間海を漂流した男性は、目の前で海に呑まれた妻を思いつつ、自分の尿を飲んで渇きを凌いだと語った。被災地で繰り広げられた無数の命のドラマを私たちは、自分たちの問題としてしっかり受け止めねばならない。

◇「力あわせる200万群馬・(さよなら原発アクション)」に出た。この種の会合に出るのは初めてのこと。心に多少の抵抗感はあったが、予想される会場の雰囲気に逆らって訴えたい事があった。

 壇上に立って挨拶した時、赤い旗が林立するあたりから激しい野次が起きた。まず、自民党の県議だと言うと、「自民党は本当に反省しているのか」という声。基本的に原発に反対だが、現実を直視すれば段階的に減らしていかねばならないという主張に対しては、「すぐだ」の怒声。

 私の訴えのポイントは2点だった。それは、原発反対だけでは空振りになるから新エネルギー推進の運動と連動させるべきだということ、そして、痛みを分かち合う意識の大切さ。

 また、私たちは、広島、長崎の原発を経験したにもかかわらず、痛みを分かち合うことをしなかったために、原子力や放射能のことを学校で教えることもしなかった、そのつけが今来たのだという発言には「そうだ」という声が上がった。考えさせられる集会であった。

◇共産党員を名乗る人がツイッターで昨日の私の演説に感動したと述べている。他にも勇気ある行為と評価するものなどあり、勇気づけられた。昨日の事ではないが、不法ないいがかりも時に届く。古舘伊知郎が圧力をかけられたと語る。言論の自由を貫くには勇気が要ることだ。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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