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2012年2月29日 (水)

人生意気に感ず「新市長初登庁。退庁の前市長。政府の混乱と報告書」

◇昨日(28日)は山本龍市長の就任の日で、午前10時、初登庁のセレモニーがあった。庁舎玄関前の広場は多くの人で埋まった。その多くは選挙で行動を共にした人々である。新市長は、当選の夜と同じく3つの政治指針を訴えた。「対立を乗り越えて進もう」、「やさしさと公平な心で市民に向き合おう」、「自らの足で立ち前進しよう」と。

 会場は寒気に包まれているが上空は突き抜けるような青い空で、市長の顔も晴れやかであった。私がここで特に記したい事は、このような就任の式で高い理想を、自然体で語りかける首長は非常に少ないという思いである。

 山本龍氏の場合、理想を語りかける弁説が、きざと映らぬところに彼のキャラクターの特色がある。

 今朝の新聞は、前日の高木氏の退任の様子を伝えている。職員に感謝すると述べるさっぱりした表情の高木氏の事が記述されている。「敗軍の将兵を語らず」という姿勢が現われていて好感が持てた。

◇福島第一原発事故の対応に関する調査報告書は、危機管理の難しさと政府中枢の驚くべき混乱ぶりを示している。菅総理(当時)が細い事に介入することで関係者が萎縮した事がし指摘されている。ある識者は、この点を指して、組織の総合力を引き出すリーダーシップに欠けていたと批判した。

 組織の総合力を引き出す事は、極めて重要で、また難しい。原発の現場の関係者は、

「自分が言ってもしょうがないと思い、皆が空気を読み合って惰性で動いた」と証言した。

 今後、各地で巨大地震などの大災害が予想される。そこで、東日本大震災から最大の教訓を引き出さねばならない。本県とて他人事ではない。

◇群馬県でも危機管理の在り方が問われている。本県の場合、「安全神話」が支配し、危機につき緊張感がない点が問題なのだ。東日本大震災は安全神話など在り得ないことを教えた。現に専門家は、本県の自然災害の可能性を指摘して警告する。火山、地震も油断出来ないが、身近な例として土砂災害の危険ヵ所が多く存在すること。虚を突かれ形で大災害に見舞われれば混乱は必至。県は市町村と連携して、防災の図上試練を実施すべきだ。27日の本会議では、多くの県民が防災は行政の役割と考えている、防災に対する県民意識の改革が必要だと危機管理監に考えを質す場面があった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年2月28日 (火)

人生意気に感ず「山本氏初登庁。放射線有識者会開議。森林が外人に買われる」

◇今日は、山本新市長の初登庁の日。午前10時、市議、市民、新しい主を迎える職員、何よりも主人公の山本龍、これらの人々が集まって、どんな光景が繰りひろげられるのか。県都の新しい歴史の1頁が開かれる。その状況は明日お知らせしたい。

◇大地震後の社会は六十数年前の敗戦時に似ている。時代の歴史的転換点に立った群馬県の予算議会。昨日(27日)は、その本会議一般質問の2日目だった。この2日間の質問項目に時代の様相が現われている。

 この日(27日)も注目される放射線問題が問われた。私も問題視していた「有識者会議」の有り方。質問は、「昨年11月21日に放射線による健康への影響に関する有識者会議が開かれ結果が公表されたが、その内容についてどう考えるか」、「今後の有識者会議開催は。また、それを公開にすべきだと考えるがどうか」というもの。この会議が非公開だったこと、低線量被曝については専門家の間でも意見が分かれているのに一方の専門家だけを参加させたのではないかなどが問題とされた。健康福祉部長は次回開くとすれば公開を考えると苦しい答弁をした。初めから公開にすべきだった。中途半端な行政の態度が不信を招き、がれき処理にもマイナスに働くことになる。

 この質問者は、栃木県では3700名の児童につき被曝の実態調査をした事をあげ本県も子どもの被曝の実態を調査させよと迫った。この人は、「5年位たってがんが出る可能性はゼロではない、その時、データがないというのはどうか」とも発言した。

 私も同感。チェルノヴィリでは4年位後に子どもの甲状腺がんが多発した。甲状腺がんの原因となる物質は放射性ヨウ素だ。この物質は半減期が8日間と短く、現在は存在しないが、原発事故直後、本県に飛来し、これにより子どもが被曝した可能性があるのだ。

◇外国資本による本県森林買収の実態と今後の対策について問われた(27日)。最近、嬬恋村の別荘地44ヘクタールがアジアの人に買われた。北海道に次ぐ2番目の規模。県は研究会を立ち上げ、規制する条例案を5月議会に提出する。外人が森林を取得する目的は、水であると言われる。中国などは将来、大変な水不足の時代を迎えると言われる。又、外人の手に渡った森林は長期にわたり手入れが行われず荒れ山となる。本県は、関東一の森林県であり水源県である。国を守る事の身近かな例だ。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年2月27日 (月)

人生意気に感ず「選挙戦の対立を乗り越えよ。甲状腺がんの懸念」

◇前橋市の政権交代に関し、市役所内の慌しい情勢がそれとなく伝わってくる。高木市長の任期は今日(27日)までで、明日から山本新市長の時代がスタートする。

 振り返って、大変な激戦であったと改めて思う。市の中堅幹部職員が告示後、選挙事務所に出入りした事が、地方公務員法が定める政治的中立義務に違反しないか問題となっている。関連事項として、自治会が総ぐるみで選挙運動を行った事も問題とされるべきだ。こちらは、地域住民に対立を生み、市政に対する不信を増幅させたのではないかが懸念される。

◇昨日(26日)早朝行われた芳賀地区のスロージョギングの集いで、私は次のように挨拶した。「市長選では地区が2つに分かれて争いましたが、選挙は終わりました。新市長の下で力を合わせる時が来たのです。結論を出す過程で激しく争っても、結論が出たらそれに協力することが民主主義の原則です。山本新市長は、一昨日、あらゆる対立を乗り越えて前橋の新しい価値を創造すること、そして、優しい心と公平な心で市民に向き合うことを市民に表明しました」と。私たちは、新市長が公平と正義を実現する姿を見て、民主主義について大切な学習をすることになる。

◇先週金曜日、一般質問の初日、注目する質問がいくつかあった。放射能、前橋市との連携、再生可能エネルギーなどに関するものだ。

 放射能対策では、3人の議員がそれぞれ違った角度から質問した。それらは、がれきの受入れ、対策窓口の一本化、新基準値に関すること等多岐にわたる。放射能の問題は関心が薄くなってきているが、実は深刻さは変わらない。私は議場で、これら放射能問題を聞きながら、最近の甲状腺異変に関する報道を真剣に考えていた。

◇報道によれば、福島県の原発被災地から北海道に避難していた2人の児童に甲状腺がんの疑いが見つかったというのだ。果たして、これだけで済むのか。他の児童は大丈夫なのか。「放射性ヨウ素は甲状腺に集まる。成長期の小児に集積がもっとも特徴的」と専門家は指摘する。チェルノブイリでは4年後に多くの子どもに甲状腺がんが発生した。群馬の子どもは大丈夫か。私は、昨年9月26日のブログで、母親たちは子どもの甲状腺異常に今後怯えるだろうと書いた。県は、本県児童も検査すると私の質問に答えていたが、どうなっているか。(読者に感謝)

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2012年2月26日 (日)

上州の山河と共に 第107回 政治家への道

 ある日、元気の良い若者達が、こんなことでは、せっかくのポスターが使えないと、市内の電柱に貼り出した。これは、幹部からは、しないようにと指示されていた事であったが、若者達はもう我慢できずそれを無視して実行した。

 ある夜、彼らが電柱によじ上り、懸命にポスターを貼っているところを、パトロール中のお巡りさんに見つかり、交番に連行され、ひどく叱られるという一幕もあった。

 あわただしく準備を進めるうちにも、一日一日は矢のように過ぎて、いよいよ明日がイベントの日ということになった。

 事務所に集まった若い人達は、皆、緊張した顔付きで、最後の打合せに真剣であった。駐車係、会場整理、来賓の接待等、役割の分担を決めて、これで手落ちはない筈と思っても、またしばらくすると、いろいろな問題点が出てくる。みなの顔に疲労の色が濃く出て、もうこれで打ち切ろう、あとは、運を天に任せて頑張るしかないということになって事務所の戸を閉める時は、既に、深夜十二時を過ぎていた。

県民会館の大会成功す

 私は、床についても、なかなか寝つけない。この運動を始めて以来、いろいろな出来事に会い、実に様々な人に会ってきた。その一つ一つが浮かんでは消えてゆく。あの町内で会った老人、突然訪ねて行った私にお茶を入れてくれ、温かく励ましてくれたあの主婦、街角で出会って握手したあの若者、これらの人は、この大会に参加してくれるだろうか。思えば、短いようで長い道程であった。この間、多くの人を運動に巻き込み、多くの人に良い政治家になる、良い県政を実現すると約束してきた。その責任を果たせるかどうかは重大なことであるが、その成否を左右する大会、そして、これまでの運動の成果を示す大会が、刻々と近づいている。ああ、もし、この大会が空席が目立つようなもので、盛り上がらなかったならどうしよう。眠れぬ私を包み込み、秋の夜は静かにふけていった。

 十月五日、とうとう大会の日がやってきた。私の心は、既に落ち着いていた。やるだけのことはやったのだ。なるようになる。あとは運を天に任せるしかない。このような心境であった。※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年2月25日 (土)

上州の山河と共に 第106回 政治家への道

 連合後援会の福島会長等幹部、そして、プレハブ小屋で連日のように妙案を捜して苦しんでいた人達は大喜びで、この運動始まって以来のヒットであると湧き立った。

 これで街頭ポスターにも、入場券にも、元東大総長林健太郎と書くことが出来る。世間は注目するに違いない。残された課題は、当日の会場をいかに盛り上げるかということであった。私は、疲れが消えて、身内に勇気がみなぎってくるのを覚えた。そして、林先生の期待に応える為にも、何が何でも当選しなければならないと思った。

 全く組織のない状態、ゼロからスタートした我が陣営が、小ホールとはいえ、県民会館で後援会の大会を開くということは、予想以上に大変なことであった。現在では、三千人規模の大会を開くこともそれ程難しいことではないが、当時は、組織的な動員がほとんど期待できず、一人一人の人に集会への参加を呼びかけてゆかねばならなかった。

 特に、私が訪問した所へは、全て手紙を出し、知人、友人を誘って参加してくれるよう要請した。

 やがて、ポスターも出来上がった。ポスターは、濃い青色を背景にして、私の顔写真を大きく中央に据え、その上下には、横一直線に、それぞれ〝二十一世紀をあなたと共に〟〝講師、元東大総長、林健太郎〟という大きな文字、さらに左側の隅には、タテに新旧交替という文字がいずれも赤い色で書かれた、賑やかなものであった。

 イベントの一ケ月前になって、このポスターを街頭に貼り出すことになった。この少し前から、ポスターを塀や戸に貼らせてくれる家を探し出す懸命な努力をしていたが、それは思うようにはかどらず、ここでも、無名の新人の無力を感じさせられたのだった。(読者に感謝)

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2012年2月24日 (金)

人生意気に感ず「今議会の歴史的意義。前橋市、山本市長に政策説明」

◇2月定例議会をざっと紹介したい。これが一番重要なのは、一年の予算を審議し議決する議会だからである。2月19日から3月19日まで。この間に、本会議における一般質問、常任委員会、特別委員会が行われる。

 本会議場における一般質問は、対面演壇による一問一答形式で行われ、群テレで生中継される。すっかり定着したが、実は、これらは、近年の議会改革の最大の成果なのだ。

 質問者と答弁者が対面して、一問一答で攻防する。これは、私が議長の時、平成17年12月議会で実現させた。それ迄は、質問者、答弁者は、交互に議長席の前の演壇に立って、議員席に向かって原稿を読むのが通常であった。中には役人に書かせた原稿を読む人もあったと言われた。それが一変したのである。その後、テレビの生中継が実施され、質問の場は、議員にとって、2百万県民の目で審査される正に真剣勝負の舞台となった。千両役者から大根役者までが登場し、見る人を飽きさせない。その初日が今日(24日、午前10時)始まる。山本新市長が登場する前橋の市議会も間もなく始まる。ここでもテレビの生中継を実施すれば、県と市の政策の異同、議員の質などが茶の間で観察出来て面白いと思うのだが。

◇今議会で審議する予算で注目すべきことは、東日本大震災発生後初の当初予算であることだ。昨年は、平成23年度予算成立の翌日に東日本大震災が発生したのだ。だから、今回は、後世にのこる歴史的な予算審議の議会になる。

 東日本大震災は様々な問題を本県にも突きつけた。知事は、開会日の提案説明で、放射能汚染への対応は喫緊の課題だと発言したが、この点につき「放射線対策係」が新設される。その目的は、県民の相談窓口の一元化、市町村との連携強化、放射線検査体制の強化、県有施設の除染の実施である。

 脱原発を目指す時、新エネルギー政策は重要だ。この点では、住宅用太陽光発電設備への補助、市町村の小水力発電施策への支援などが注目点。

◇昨日(23日)、市では、山本市長に主要課題の説明が行われた。入手した資料によれば、小水力発電の導入、空間放射能対策、清掃施設の放射能対応などの項目が見られる。県と前橋市は是非、連携を密にして効果を上げて欲しい。他の項目、他の市町村についても、県との連携は、3・11後一層大きな課題となった。(読者に感謝)

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2012年2月23日 (木)

人生意気に感ず「山本市長の役割。市議会変化の時。少年死刑囚」

◇大阪維新の会の橋下氏が政治的旋風を巻き起こしにわかに脚光を浴びているのは、多くの市民が既存の政治家に愛想を尽かしているからである。国政、地方政治を問わず、政治家は今や尊敬の対象ではなく冷笑の対象となっている。これを国難と言わずして何と言おうか。山本龍新市長の初登庁(今月28日)を前にして、私は地方議会の在り方について改めて思う点がある。

◇私が理想を抱いて飛び込んだ頃の県議会はひどかった。勉強する議員は少なかったし、それでも通るという流れが出来ていた。経済が右肩上がりで社会に活力が満ちている間はよかった。しかし、八方塞となり社会が漂流する時代に入ると議会が本来の役割を問われ正体が暴露されるに至る。これが、全国の地方議会が置かれた状況で、議会不要論が飛び出すまでに至った。

 群馬県議会は懸命に議会改革を重ね、かなりのレベルに至った。更にレベルを高める目的で、この2月議会での議決を目指して取り組んでいるのが群馬県議会基本条例である。

◇山本新市長は3月市議会で早くも厳しい試練に会う。市議会の構図は、43人の市議の中で、新市長を支える議員は13人ということになっている。

 山本氏は、新しい地方自治を目指すと訴え、「高木氏を支援した市議を排除するようなことは絶対しない、逆に仲間の市議を優遇することもしない」と記者会見で決意を語った。

 大差がついた選挙結果は世論の変化を示す。全ての前橋市議は、山本氏の決意とこの世論を謙虚に受け止めるべきだ。政策を磨き市議会の質を高めないと県都の課題を解決できず、市民から見離されるだろう。

 私は、選挙中、県と市の協調を訴えた。そして、知事と新市長は手を握った。今や、県議と市議が政策を学び合う時である。市議会の改革と復権こそ県都を変えるカギである。共に学ぼうではないか。私は長いことふるさと未来塾をやっているが、これを進化させたいと思う。

◇光市母子殺害事件の最高裁死刑判決は私たちの社会に大きな衝撃を与えている。18歳の少年の犯行時の残虐性を知れば多くの人は死刑は当然と思うに違いない。しかし、13年経過した今日の死刑囚の変化した姿を見れば、死刑執行に戸惑いを感じる人も多いだろう。妻子を殺された遺族は、「死刑を科すことに悩んだ」と言いつつも「罪を見つめ反省し堂々と刑を全うして欲しい」と語る。3・11後の日本人の心の変化の中で少年凶悪犯は減るか。死刑犯全体に変化はあるか。死刑論議は高まるだろう。(読者に感謝)

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2012年2月22日 (水)

人生意気に感ず「新市長誕生の激震走る。県政懇談会でセシウム」

◇山本りゅうが当選して、早や3日が過ぎた。19日夜の出来事は、震度5クラスの衝撃を県都の人々の心に与え、その激震は今なお続いているように、私には感じられる。多くの地域で現職側は、自治会組織を巧みに動かした。「市にお世話になっているから」と言って、自治会が現職を応援することは当然といった雰囲気が作られ、地域住民を締め付ける感があった。これに対して反発した有権者は多いに違いない。結果として現職側の作戦はその意に反して新人候補を助けるエネルギーを生んだ。

 企業に対して応援しなければ仕事を出さないぞという締めつけはかなり露骨になされたらしい。その事は、選挙期間中、新聞でも報じられたが、昨日私を訪ねたある経営者の話は真に迫っていた。先頭に立って現職支持で頑張っていると話しが伝わっていた人だ。

「市から仕事をもらっていたので止むを得なかったのです。締めつけは凄かった。山本市長になって、仕事が続かなくなるとうちは干上がってしまうんです。何とか話してもらえませんか」と、社長は哀願するように言った。

 そんなことはないと私は言った。報復のようなことはしない、公平な行政を行うと山本りゅうは選挙戦の中で約束していたのだ。

 私も、利権政治を強く否定し、市政を市民の手に取り戻すと主張していた。話しを聞いて経営者は幾分安心していたようであった。このような心理を抱く経営者は多いに違いない。

 市長を自宅に呼んで自治会役員と共に食事を振る舞ったといわれる自治会長など、現職に胡麻を摺った人たちは今、どんな心境でいるのか。山本新市長には約束通り公平な市政を実行して欲しい。そうすれば、前橋市民は、今回の選挙から民主主義の何たるかを学ぶに違いない。当選後の記者会見で、報復人事はしないと発言したことが注目された。

◇中部県民局県政懇談会が行われた(21日)。県議会で予算審議が始まるが、前橋地域の県民の声を予算の編成と運用に反映させるのが目的。多くの団体の代表が参加した。

 私は、最初に、県議会を代表して挨拶し、3・11後の対応の重要さを話した。当局の説明の後の意見発表では、何人かがセシウムの問題につき発言した。シイタケ、赤城大沼の汚染などだ。私は、放射性セシウムは食の安全と結びついた重大な問題だ、市長が交代したこともあり、県と市が連携を密にして対応すべきだと指摘した。(読者に感謝

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2012年2月21日 (火)

人生意気に感ず「市長選、勝者と敗者。少年犯罪死刑確定の衝撃」

◇戦いが終わり、一夜が明けた。戦いには常に勝者があり敗者がある。20日、未明、新聞を開くと謝罪する敗者の姿が目に入った。強気で鳴る市長の姿が小さく哀れに映っていた。(市長の任期は今月27日迄)。

 昨日(20日)は、議会開会日なので、7時半から恒例の我が党県議団の朝食会が開かれた。名は朝食会であるが、重要な事が話し合われる。

 会の初めに、私は勝利の御礼の挨拶をした。頃合を見て山本りゅう氏が現れ、本当に、本当に、有り難うございましたと感謝の気持ちを現した。りゅうちゃんの表情に疲れは微塵(みじん)も感じられない。

 人間は精神的動物であるとつくづく思う。長い選挙戦で疲労困憊(こんぱい)の筈なのに勝てば疲れは吹き飛んでしまうのだ。私は何度も経験している。

 逆に負ければ疲れがどっと出て、時にその重圧に押し潰されてしまう。前回の市長選で敗れた金子泰造氏、参院選で敗れた小寺弘之氏は、ともに敗戦後に病を得てこの世を去った。敗戦の精神的いたでが病気を悪化させたのではと当時、多くの人が噂したことが思い出される。

◇やり切れない少年事件の死刑判決が最高裁で確定した。犯行時、18歳1カ月。最高裁に記録が残るものでは、最も若い犯行時年齢の死刑確定である(20日)。少年法では、18歳に来たざる者には死刑を科してはならないことになっている。この事件は、1カ月経過というすれすれのものだった。

 山口県光市の母子殺害事件。確定した事実は次のものだ。23歳の主婦を強姦しようとして暴行を加え、激しく抵抗されたので殺した上目的を遂げようと決意し首を締めて殺し、乱暴した。その時、生後11ヵ月の長女が激しく泣き続けたので、この長女を床にたたきつけ、首にひもを巻いて殺した。

 母子の写真は、若くかわいい女性とあどけない赤ちゃんの笑顔。一方、遺族である父親の復讐心は並々でない。最高裁の死刑の結論には、一人の判事が反対した。極めて異例だという。

 焼き殺したり、コンクリートに詰めたり少年犯罪の凶悪化は止まらない。若者の心理に、少年は死刑にならないという高を括った思いがあるのか。今回の判決は少年犯罪厳罰の決意を示すもの。東日本大震災は日本人の心に警鐘を鳴らす。これは少年犯罪の動向に影響を及ぼすのか。見守りたい。(読者に感謝)

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2012年2月20日 (月)

人生意気に感ず「山本市長誕生の意義。初代県令楫取を進める

◇「ワァー」、夜の事務所を揺するように大きなどよめきが起きた。8時35分、山本りゅう当確の文字がテレビの画面に流れた瞬間である。勝利の確信はあったが予想以上の得票であった。

 65173票、2倍高木氏に1万3千票以上の大差を付けた。勝利宣言が行われ、私は万歳の音頭を取った。前橋の新市長誕生である。3.11後の前橋の新しい夜明けとなる。

 山本りゅう氏は壇上に立って3つの目標を決意をこめて呼びかけた。

「あらゆる対立を乗り越えて前橋の新しい価値の創造を実現しよう」

「自らの足で立ち上がり、明日を信じ共に歩もう」

「公平な心、弱いものに対する優しい心をもって前進しよう」

そして、これが私の理念ですと語った。

◇会場は喜びの表情と声であふれていた。4年前、高木氏に挑戦して敗れた故金子泰造さんの遺影を持った人もいた。

 8年間の高木市政は市民の間に対立と政治不信を生んだ。このことが、山本支援のエネルギーとして作用した。選挙戦の最後の段階で「市民の力」の代表が、「かつてない良い選挙が出来た、それは、候補者にも私たちにも私利私欲がないからだ」と訴えたことが、勝利の要因を雄弁に物語っていた。 高木疑惑を一年間にわたって追求した県議会特別委員会の中心にいた私は、この選挙では、「クリーン前橋作戦会議」の代表として、選挙戦の一角を担った。疑惑の体質は前橋市政に受け継がれていると見られたのである。作戦会議の会員約6千名は、クリーンな前橋とトップの政治姿勢の刷新を求めた。

◇今度の前橋市長選の大きな成果の一つは、県と県都の間に新たな絆が生まれたことだ。橋下維新の会が提起した問題の中には群馬にもあてはまるものがある。まず政策を調整し合うことによって無駄をなくすことが出来る。この点は、行政改革と財政改革につながるはずだ。また、県と市が力を合わせることによって両者の重要な政策を進め、困難な課題を解決することが出来る。

◇今日から2月議会が始まる。ストップしていた初代県令楫取素彦顕彰の問題を進めようと思う。前橋市は、この問題を前から推進している。山本市長になって県はここでも同じ方向で力を合わせることが可能になった。今年は没後100年である。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年2月19日 (日)

第2弾 「選挙の公正さは民主主義の原点である」 

第2弾 「選挙の公正さは民主主義の原点である」

 民主国日本で、開票時、不正があり得るか。元・市幹部から、開票現場で、票のすり替えは可能との指摘があった。

 最後の「庶務係」で100票束を白票に置きかえるとか、ポケットに入れることが出来るというのだ。元・県選管関係者に聞いたら、100%の人が投票するわけではないから、白票の投票用紙は存在するので、やろうとすれば可能とか。こんなことまで心配しなければならぬとは情けないことだ。

 選管は、しっかり監視してほしい。

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特別号「歴史的な選挙の結末は」

昨日(18日)は、過密なスケジュールであった。正に決戦、凄いの一語。Y陣営は、50箇所近い集会をこなして、夜、8時を迎えた。雪の赤城から吹きおろす風は身を切るようであった。全部の会場を回った山本一太の声はかれ、打ち上げの会場で、「寒かった」としきりに言っていた。打ち上げ式は当選祝いのようであった。「市民の声」の代表の発言が印象的だった。いわく「良い選挙でした。このような選挙戦を実行できたのは、候補者を初め私たちに、私利私欲がないからです」どっと、どよめく声があがった。

 人事を尽くして天明を待つところまできた。「3・11」後の、大きな歴史的転換点における選挙である。願わくは、ブログの読者よ、棄権しないことを。

 今夜9時半頃大勢が判明する。

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上州の山河と共に 第105回 政治家への道

 

 元東大総長・林健太郎先生に決まる

 私は、林先生に電話でアポイントメントを取って、早速上京した。のるかそるか、当って砕けろ、という気持であった。

 林先生は、会うと開口一番言われた。

「運動は進んでいますか。当選はできそうですか」

「はい、お陰様で、かなり手応えが感じられるようになってきました。しかし、当選できるかどうか全く分かりません。ただ、夢中でやっています」

「初めてのことだから、予想は難しいでしょう。しかし、順調のようで安心しました」

「そこで、実は、今日は、大事なお願いがあって来ました」

 私は、思い切って切り出した。先生は、私の次の言葉を促すように黙って私の顔を見ている。私は、意を決して言った。

「反応が出てきたこの時期をとらえて、後援会の大会を計画しています。この大会は、当落を決める非常に大切な大会です。そこで、この大会を成功させるために、先生に御出席願い、お話をしていただきたいのですが」

 林先生は、日時のこと、会場のことなどを、少し質問した後、

「分かりました。出席します」

 あっさりと、そして、きっぱりと言った。

〝万歳〟私は心の中で叫んだ。同時に、後援会同志の喜ぶ顔が目に浮かんだ。私は、林先生の温かい心に感謝しながら、飛び立つ思いで帰途についた。車窓から見える赤城山も私を温かく迎えているようであった。(読者に感謝)

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2012年2月18日 (土)

人生意気に感ず「最後の大集会。谷垣総裁来る。片山さつき」

◇土曜日は、ブログは休みのわけだが特別に書きたいと思う。昨日も、多くの会場で、集会が行われた。私は、関係の深い6ヵ所に出た。大友町は吹き曝しの公園で、9時半開始。私は、「日本海海戦の気持ちです。天気晴朗なれど波高しです」と切り出した。Y候補は、前会場でトラブルがあったとかで、20分も遅れて到着。お陰で、山本りゅうの政策を説明する機会を得た。

◇印象的な光景があった。本町1丁目自治会館で、「町内を代表して」と紹介されて立った人物は、血色もよく、腰も曲らず、目の光もしっかりしている。続けた紹介の言葉に驚いたことには、92歳だという。的確な弁説は、力まず、長くなく、見事であった。寒風をおして、このような高齢者が出席し、Yを応援することに私は心打たれた。

◇神明会館という小さな会場に集まった人々を包む雰囲気には文化的高さを感じさせるものがあった。ここで、私は、「あとわずかで、私たちは、歴史を変えることが出来るのです」と、この選挙の歴史的意義を訴えた。この選挙の勝敗は無党派層がカギを握ると言われるが、無党派層は、これからますます、Y候補支持に動くに違いないと、私は肌で感じることが出来た。

◇17日、午後6時30分、Y陣営の最後の大集会がグリーンドームで行われた。短期間で計画された企業、団体を中心した集いで、19日の投票日を目前にした、戦略上重要な集いである。開会時、既に、満堂人であふれ、なお入場者の列は続いた。

 マイクを握った私が、問いかけの形で、「ここに集まった目的は、最後の力を結集してY市長を誕生させるためではありませんか」、「県と市の間に堅い絆をつくるためではありませんか」等と呼びかけると、その都度、「そうだ、そうだ」と大きな合唱が湧いた。

 谷垣総裁は、県と市があさっての方向を向いていては発展はない、2つが2人3脚で頑張ることが何よりも重要だと、京都と大阪を例にあげて、強調した。

 Y候補は疲れも吹き飛んだ様子で前橋再建を訴えていた。最後に「市民の力」代表が、一人一人の皆さんが、あと5人の人にYの支援を呼びかけて下さいとお願いした。ドームの盛況ぶりは、私の知る限りかつてない程であった。あとわずかで壮大なドラマに幕がおりる。(読者に感謝)

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2012年2月17日 (金)

人生意気に感ず「燃えてきた市長選。グリーンドームの総決起大会・浅間火山」

◇市長選もいよいよ大詰めである。昨日も各地の演説会は盛会だった。聴衆と弁士の様子を見ていて、これは、政治の活きた勉強会だと思った。生徒と先生にたとえるなら、色々なレベルの生徒にいろいろな先生がいる。本質的なところでは無反応で、枝葉の部分や逸(そ)れた話にしきりにうなづく生徒。昔、学習塾をやっていた頃の光景を思い出す。これが民主主義の実体なのだ。

 Y陣営は、毎日、ミニからビッグまで、多くの集会を行っている、集まった人たちは、それぞれの材料を仕入れて自分の生活の場で関係者に話す。飛び交う情報は結びついたり、反発したり、融合して新しいものに変質したり等々、とにかく大変にぎやかになって、混沌の中から一つの方向と大きな流れが生じてきたようだ。相手陣営も同様だろう。

◇昨日(16日)は、Y事務所に県連会長を務める国会議員が現れ、明日(17日)の総決起大会には、党総裁が出席する、地方の市長選に中央の総裁が出席するのは異例である、無理に要請して実現した、総裁が来る以上、負けられないと強調していた。総裁とは谷垣禎一氏である。派手さはないが、真面目な話が聞けるのではと私は期待している。参加は自由。

 今日(17日)は、6か所の各地区決起大会を経て、午後6時半、グリーンドームの大会となる。大団円が近づいた。しかし、戦いは最後に決まる。大会に集まった人々が、その気になって運動員になってくれれば、勝利に結びつく大きな輪が出来るだろう。グリーンドームでの私の持ち時間は2分。寸鉄人を刺す言葉を選んで、2分を有効に使わねばと思う。

◇今朝(17日)、全市に届く全紙に、「まえばしの希望の扉を開くために、私たちは胸を張って主張します」のビラが入った。前橋市長選挙政治活動用届出ビラ第一号。文面は私が作った。主な主張に「とてつもなく重い扉を動かすには、県との連携協力が絶対必要です」、「前橋の活性化には妙案があります」、「放射能対策」(不安な場所を市民はコールセンターにTEL、すぐやる課が対応)、「新エネルギー対策」、「新清掃工場は税金の無駄づかい」等。

◇県は浅間山噴火に備えた図上訓練を行った。地震に目を奪われているが火山への警戒を怠ってはならない。東日本巨大地震が火山に影響を与えている可能性もある。天明の大噴火は地獄を現出させた。活火山の多い本県だ。(読者に感謝)

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2012年2月16日 (木)

人生意気に感ず「市長選の重大な状況。日本沈没。東大の講演」

◇市長選が中盤戦に入り大きな動きが感じられるようになった。山本、高木両氏が肩を並べたとの主要紙の報道は選挙情勢に波紋を生じている。市長選で、1つのポストを現職と新人が争う場合、スタート時では、現職が断然優位である。現職市長の名は隅々まで浸透しているのに対して新人の知名度は、通常、極めて低いからだ。市長候補として広く認知される迄の苦労は並大抵の事ではない。現職は遥か前方を走っているのだ。肩を並べたということは、その距離を克服して追いついたことを意味する。力がなければ追いつけない。追いつけたことは、追い越すことを予測させる。

世間の目がそのように変化した事を感じたのは、15日の夜、ある業界の会合に出た時である。理事長が、17日のグリーンドームの総決起大会に、うちの各社も参加しますと私に申し出たのである。一方ずくは良くないという結論になりましたと理由を述べた。

企業の経営者は、「保険をかける」という表現を使う。一方に肩入れして負けると企業に不利となるから支援の力を分けてリスクを分散させるという心理を現す。勝ち組につかないと国を滅ぼすと考えた戦国の武将の心理に通ずるものがあるだろう。

15日、Yの陣営は市内24ヶ所で集会を決行したが、各会場は熱気にあふれ、候補者Yの弁説にも力がこもっていた。ゴールは近い。

◇毎日のように地震がある。東日本大震災によって巨大地震の時代が始まったのではないかという不気味な不安が私たちを覆っている。日本は沈没してしまうか。

このような時、求められることは、歴史を振り返ることだ。その時、私たちの祖先が想像を絶する災害を克服した事実が分かる。それを支えたものは、人の力であり民族の心であったと思う。今日、日本人の心が崩壊しつつある。この事実こそ日本を沈没させる要因になりかねない。

◇東京のジャーナリズムで働く友人から耳寄りな話を聞いた。3月8日、東大の安田講堂で、「首都直下型地震」についての講演が行われ、重大な発表がなされるらしいというのだ。

講師は、日本の地震学の権威、平田直教授。この人は、最近、M7の首都直下型地震の確率は4年以内に70%と発表して注目された。大変な事実が迫っているらしいと友人は語る。首都の避難先である群馬は重大な関心をもつべきだ。(読者に感謝)

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2012年2月15日 (水)

人生意気に感ず「市長選、県庁前と市場の光景。東国文化と楫取県令」

◇市長選は1週間だからあっという間に過ぎる。昨日(14日)は、3日目、中盤戦だ。候補者ばかりでなく運動員のテンションも上がる。

 選挙ではどの陣営も必ず訪れるのが前橋青果市場。14日、早朝、身を切るような寒さの中、オレンジ色のジャンパーを身にまとった人々、あるいは、市長交代の旗を持った若者たちが市場の一角に集結した。Y候補を先頭にして働く人々の間をまわりPRするのだ。積まれた野菜や果物の山の間で多くの人が働いていた。

 見渡す限りの広い空間の集荷物が市民の胃袋に入る様を想像した。あるおじさんが、やっと落ち着いてきた、今年は放射能で大変だったと言った。しかし、食の安全に対する市民の不安は消えない、TPPの問題は、この市場にどのような影響を及ぼすのか、目の前の野菜の山が深刻な問題を訴えているようであった。

 市場には、市民の命と健康に直結する様々な問題が集約されている。選挙の最中に青果市場に入った事で、Y候補は自らの政策の重大さを実感したに違いない。「りゅうさん頑張れ」の声にうなづくY候補の表情にその思いが現れていた。

◇また、昨日、昼頃、Y候補は、群馬会館前の選車の上で「市長交代」を訴えていた。指呼(しこ)の間にある2つの建物。正面が市庁舎、右手には県庁舎、なぜ協力できないのか、力を合わせれば素晴らし前橋が実現出来るのにと叫ぶY氏の声を聞くと、2つの建物は敵対する砦のように見える。

 前橋砦から県庁城に放たれた攻撃の矢が前工跡地を巡って市が提訴した訴えである。訴えとは、前橋市が県から取得しした旧前工跡地の土壌に、予想以上の汚染が存在したことを巡る争いに関するもの。

 ◇知事の予算説明会が、県連の建物で行われた(14日)。眼下では利根川が静かに流れている。知事は東国文化への思いを語っていた。知事は、このところ、古墳や古碑にかなり執着しているようだ。大きな混乱と変化の時代に、漂う社会をつなぎ止めるものは歴史と文化である。そのために古墳や古碑の尊重は重要だ。

 この関連で同様に重視すべきは初代県令楫取素彦の顕彰である。こちらは近代群馬の原点だ。県連の建物の近くに顕彰碑がある。市長選で中断している顕彰の動きを再開する日は近い。新市長と行動を共に出来ればと思う。(読者に感謝)

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2012年2月14日 (火)

人生意気に感ず「中小企業憲章を活かす。市長選は改革のチャンス」

◇2月議会は2月20日開会。前橋市新市長誕生の翌日である。誰が県都の市長になるかは、県都はもとより、県政にも影響を与えることだ。今日、知事の予算説明が行われるが、予算案の中に私の議会活動に関わる項目がある。中小企業憲章に基づく表彰制度創設に関する百万円である。

 中小企業憲章は、議会では私が提案者となって進めたものであるが、大変な難産の末に成立にこぎつけた。そして、当時、私を助けた議員が山本龍氏であった。というのは、中小企業家同友会の人々がこの憲章を強く求めており、山本氏は、この同友会の会員だったからである。

◇中小企業憲章は、東日本大震災後の本県の経済と地域社会を支える上で重要な意味をもっていることを、私たちはかみ締める必要がある。

 そこで群馬県中小企業憲章の要点を改めて紹介する。まず、前文では、群馬県が中小企業立県であると明確に位置ずけ、県内経済が東日本大震災の大きな影響を受けた今こそ、群馬をはばたかせるため、地域の要となる中小企業を生み育てる環境づくりを進めるべきだと県行政の決意を表している。

 そして具体的に次の4項目を定める。

○地域を支える中小企業の健全な発展を、国、市町村、関係機関と連携しながら支援します。

○未来を担う世代が中小企業に誇りと夢をもてるようその重要さを伝えます。

○公正な取引環境の整備に努め中小企業の果敢な挑戦を支援します。

○施策の立案実施にあたっては、中小企業の立場にたち、経済環境の変化に対応し常に迅速かつ適切な対策を講じます。

都道府県では、全国に先がけて作った立派な憲章を具体的に活かすことを私は求めてきた。県は、近ごろPR用のパンフレットを作ったが、今回、更に前進して表彰制度を設けることになった。困難に立ち向かう中小企業を勇気づける目的だ。

◇中小企業憲章も、中小企業の支援は国や市等と連携して行うと記述する。これは他の分野でも同様で県と市が役割分担を踏まえて協力することで大きな行政効果を上げることが出来る。特に大災害の時代に於いて両者の呼吸が合わないと大変なことになる。これは市長選の重要な論点だ。県に対して訴訟で対抗する前橋市との関係は市長交代で解決できるだろう。(読者に感謝)

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2012年2月13日 (月)

人生意気に感ず「必勝祈願祭。ようこそ先輩。尾身氏現わる」

◇遂に市長選が始まった(12日)。恒例の必勝祈願祭は、午前7時半、駒形神社で行われた。通常、この神事は、千代田町の八幡様か大手町の東照宮で行われる。私の場合は常に総社神社だった。私の知る限り駒形神社で行うのは初めての事。しかも、女性の祭主である。朝の冷気に乗って流れる、その朗朗とした声は何か新しい変化を人々に予感させるようであった。候補者夫妻の表情も輝いていた。

 この日の出陣式は、祈願祭の後の駒形神社境内を皮切りにして26ヵ所で行われた。激励の弁士は衆・参の国会議員と地区担当の県会議員。

 ある国会議員は、各会場で次のような熱弁をふるっていた。「誰がトップになっても同じだという人がいるが大阪の橋下さんを見て下さい。リーダーが変わればまちは変わるのです。我が候補者の並はずれた行動力と情熱で前橋を変えましょう」と。

◇「ようこそ先輩」が上毛で紹介されている(12日)。これは、高校生ボランティア・チューターを小学校に派遣する事業のこと、私が提案して始まったものだが、当時の文教常任委員長は山本龍さんで、この制度実現には彼の意思も強く働いている。

 文科省は既に「放課後学習チューター」を実施していたが、私は放課後ではなく正規の授業を活性化させるために、平成15年県議会で高校生に自分の出身の小学校で助手をさせる制度の実施を提案した。

 秋田県が前年にこの事業をスタートさせている事を知って、私は、当時の県教委・学校指導課長の飯野眞幸さん等と秋田高校へ視察に行った。これらを踏まえ、文教治安常任委員会で秋田角館高校を視察し、この事業が本県でもスタートした。この時の委員長が山本龍さんだった。先日、飯野さんにお会いした時、その事業がまだしっかりと続いていますと言われ嬉しく思っていた。

東日本大震災は教育界にも問題を突きつけている。その一つは、互いに助け合うことの大切さだ。「ようこそ先輩」は、先輩と後輩が、その絆を生かして学び合う試みである。今や学校でも児童・生徒間の積極的な姿勢が求められる時代だ。生きる力はかようにして育まれると信じる。

◇元総社の会場に尾身幸次氏が現れた。選挙で、かつて常人に及ばぬ執念を燃やした人は正義の戦いだと訴えた。そして、私に雪崩が生まれそうですねとささやいた。明日はアメリカだという。(読者に感謝)

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2012年2月12日 (日)

 上州の山河と共に 第104回 政治家への道

 元東大総長・林健太郎先生に決まる

 何回目かの会議が開かれた。クーラーのない事務所では、二台の扇風機が鈍い羽音をたてて回り、企画会議のメンバー達は、この日も、何か妙案はないかと額を集めていた。

 そのとき、誰かが突然大きな声で言った。

「林健太郎さんがいるではないか」

 室内にどよめきが起きた。

「元東大総長だ。こんな田舎に来てくれないだろう」

「いや、頼んでみるべきだ。中村さんの恩師で、パンフレットに写真を載せてくれたのだから、承知してくれるかもしれない」

 事務所の中は、にわかに活気づいてきて、皆の視線は私に集まった。実は、この問題が論議されるようになった時から、私の頭の片隅に林健太郎先生のことが浮かんでいた。

 しかし、現実のこととしてお願いするという意識には至っていなかった。それは、恩師とはいえ、高名な学者であり、東大総長までして、現在もいろいろ重要な公職についておられる先生が、生臭い選挙がらみの集会に来てくれる筈はない。また、そのようなことをお願いするのも失礼なことだ、という考えが意識の底にあったからである。

 しかし、今、問題が行き詰った状態で、共に闘っている支援者の中から改めて言われてみると、私は、心に掛かっていたもやのようなものが、にわかに晴れてゆくように感じられたのであった。

「さっそく、林先生にお願いしてみます」

 私は、立ち上がってきっぱりと言った。(読者に感謝)

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2012年2月11日 (土)

上州の山河と共に 第103回 政治家への道

水洋会を中心として、毎週、企画会議が開かれた。具体的な準備にとりかかってみると、三ヶ月ちょっとという期間は、非常に短いものであることが分かった。

 参加を呼びかけた人を整理し、確保してゆかねばならない。その為には、入場券を作るべきだ。その入場券には、番号をつけて何番から何番までは何々会の誰が責任者ということを決めて、出来るだけ多くの人が分担して責任を分かち合って、人集めを進めてゆこうではないか、といった具合に、一歩一歩具体的に計画が練られていった。

 この過程で、水洋会のある幹部が発言した。

「このイベントの目的は、県民会館のホールをいっぱいにすることだけではない。当選には、その十倍も、二十倍もの人が必要なのだ。だから、このイベントを利用して、世間の多くの人に訴えて、中村のことを知ってもらうことが必要なのだ」

 その通りであった。では、その為には何をしたら良いかということになり、結局ポスターを街中に貼るのが良いということになった。

「しかし、中村の顔写真のポスターをただ貼るだけでは、訴える力が弱い。良いキャッチフレーズと、誰か、講師として著名人の名前を出すことが必要だ」ということになった。

 キャッチフレーズについては、知恵を出し合えば何とか見つかるだろう。しかし、講師として著名人、となるとなかなか難しかった。

 いろいろな意見が出された。芸能人やスポーツ選手、評論家などの名前があげられた。芸能人やスポーツ選手については、

「中村のイメージに合わない」

 という意見が大勢を占めたし、著名な評論家などは、金がかかりすぎて呼べないということになった。また、実際に二、三当たってみたが、当選の可能性も分からない新人の為に前橋まで来てくれそうな人は見つからなかった。 

 群馬県内から適当な人を探そうという努力もしたが、選挙がらみのことであり、当選するのかどうか分からない新人ということで、やはり、耳を傾けてくれる人は見つかりそうになかった。(読者に感謝)

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2012年2月10日 (金)

人生意気に感ず「通年議会、山本りゅうも。公開討論会。外国から森林を守れ」

◇県議会の役割と存在意義が分からないという人は多い。現在、それを知る格好の材料が話題になっている。「栃木県が通年議会、都道府県議会で初」という新聞の記事がそれだ。実は群馬県議会でも、現在取組み中の議会基本条例の中にこれを盛り込むか否かを巡り議論されている。議会基本条例は、県議会の新たな役割と使命を果たすために不可欠なことで、かねて私が成立を主張してきたことである。そして、県議会にあって、この問題に理解を示し私を支えてきた人物が山本りゅうさんであった。

◇現在、議会(定例会)は、4回開かれ、その都度、知事が招集する。議会に招集権限はない。通年制では定例会は年1回で会期(議会が開かれる日数)はほぼ1年となる。この間、議会は、必要に応じて議会を開ける。実質的に、議会が招集権を得たのと同様の結果になるのだ。

通年議会のメリットとして、緊急の事態に議会が即対応出来る、専決事項を少なくできるという点などが上げられるが、「議会の招集権」の問題は重大である。二元代表制がとられ、知事と議会は平等とされながら、議会は自らの権限で開けない。この屈辱的課題を乗り越えることが、議会の役割と使命を果たすために必要だ。議会の復権は地方分権の要でもある。「地方分権」は、市長選の公開討論でも議題となった。新生前橋の重要なポイントである。

◇市長選の公開討論会で議論が白熱したのはゴミ問題・新清掃工場問題だった。高木市政が3氏から批判された。市長選が山本りゅう高木政夫の一騎打ちとすれば、山本りゅうは、他の2氏から助けられる形となった。女性弁士の発言は援軍として効果的とみえた。面白い結果となったことに驚いている。

◇「中国など外国資本に日本の森林が買われている、何とかならないのか」こういう声は以前からあった。本県でも昨年、嬬恋村の森林44ヘクタールが買われた。水源として環境資源として森林は県民の財産である。事態を放置すると大変なことになる。そこで、県は対策を練るため「森林と水環境の保全に関する研究会」を設置する。

 国は、現在「水循環基本法案」を作ろうとしている。そこでは、水を「国民の貴重な財産」と位置付け、「国と自治体が水関連政策を策定し実施する責務を持つ」と明記する。埼玉県は、この2月議会で条例案を提出するという。群馬県も、早い時期に条例を作るべきだ。提案していきたい。(読者に感謝)

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2012年2月 9日 (木)

人生意気に感ず「大地震特別委員会。山本りゅうの放射線対策。公開討論会

◇大規模地震対策特別委員会が開かれた(8日)。今回の議題は、岩手・宮城両県の災害廃棄物受入れの是非、その広域処理推進のための国への提言等であった。去る1月6日、宮城県議会議長中村功氏から本県議会議長宛にこれらの事に関する協力要請があり、これにどう対応するか協議することも、昨日の委員会の目的であった。私は、市長選の争点との関連を頭に描きながら臨んだ。

 執行部が廃棄物広域処理の必要性と全国の協力状況等につき説明した後、委員から様々な意見が出た。珍しく2人の傍聴人の姿があった。県民の関心の高さを示すものである。私がブログで受入れ賛成を書くと厳しい批判の声が寄せられたことが示すように放射性物質に対する大きな不安が県民の間にあるのだ。

◇私は、災害廃棄物の県内受入れに基本的に賛成だが、安全性の確保と県民の不安に十分に応えることが大前提である、そして、今月13日に県主催の市町村説明会が行われるが、万全を期して対応すること、専門家や被災地側の担当者に出席してもらうことなども検討すべきだと主張した。

◇放射線への関心は低くなっているが、依然として深刻な問題であることに変わりはない。私は、山本りゅう氏に、市長になったら、「コールセンター」及び「すぐやる課」をつくることを提案している。

 住民が子どもが通う幼稚園や学校、子どもが遊ぶ公園などの線量につき不安に思ったとき、あるいはホットスポットを発見したとき、コールセンターに電話する、すると「すぐやる課」はそれを受けてすぐ対応するという仕組みである。

 山本りゅうもこれに賛成している。山本りゅうは市長選で訴える主要な政策の一つに「放射能対策と食の安全」を掲げている。私の提案はこの中に入っているのである。

◇8日夜、前橋テルサで、前橋青年会議所主催による「前橋市長選挙・公開討論会」が行われた。500の客席は、7時の開会時満席となった。市民の関心の高さがうかがえる。

 討論参加者は立候補予定の4氏。会は各氏がそれぞれ前橋市の抱える問題点、3大重点課題、その重点課題に対する具体策について主張することから始まった。フリーディスカッションでは新清掃工場建設をめぐり激しい議論が行われた。これから行われる市長選に市民が耳を傾けるきっかけを作った意味で討論会は効果があった。(読者に感謝)

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2012年2月 8日 (水)

人生意気に感ず「山本龍選対会議の光景。大地震特別委員会」

◇告示前、最後の山本りゅう事務所の役員会が7日雨の早朝開かれた。注目される点は、大沢知事、萩原弥想治元市長、須藤自民党幹事長、水野公明党県議が挨拶した事。萩原さんは、勢多農同窓会長。勢多農関係が山本りゅうを全力をあげて応援することになったと表明した。 巨体を揺すって、久し振りに姿を現わした弥想治さんの挨拶には熱がこもっていた。その胸には8年前、高木さんに打ちのめされた光景が甦っていたのかも知れない。 私は、我が陣営は勢いを得て前進しているがこれからが本番である、勝利を信じ力を合わせ新生前橋を実現しようと挨拶した。 大沢知事は県と前橋市がしっかり連携すれば諸課題を解決することが出来る、そのために頑張ろうと訴えていた。ところで、県と市との連携の効果については先日、福島県出身の国会議員が山本りゅう事務所を訪ね興味ある話をしていた。それは、連携が効果を発揮する場面は大災害に於ける危機管理についてだというもの。なるほどと思う。本県は大丈夫という「安全神話」は今や通用しない。何が起きるか分からない状況に入っていることを私たちは覚悟しなければならないのだ。 ◇大沢知事は、アジア出張の準備で忙しい中で、この日、激励に駆けつけた。観光のトップセールスで9日から12日にかけて台湾と韓国を訪問する。9日は、台北市長と亞東関係協会、10日は、台中市長と彰化県知事、11日は韓国旅行関係者等をそれぞれ訪問する。 今や観光立国、観光立県を目指す時代。前橋市も、新しいビジネス、雇用の創出のために観光の振興に力を入れねばならない。それは、県と連携することによって大きく前進できる。山本りゅうはこの点に力をいれようとしている。大いに期待出来るのである。 ◇今日(8日)、大規模地震対策特別委員会が開かれる。議題は、東日本大震災に伴う災害廃棄物処理の現状と課題についてである。 岩手県と宮城県の災害廃棄物処理への協力が全国の自治体に求められている。最大の課題は受け入れ側住民の放射性物質への不安である。国と県は、安全性の確保を最優先すると言っているがその内容をしっかり質(ただ)すつもりだ。 山形県と東京都が受入れを実施中で、受入れを表明した自治体は、静岡県、青森県、八戸市、神奈川県、秋田県。本県では中之条町、東吾妻町、高山村が受入れ協議開始した。(読者に感謝) ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年2月 7日 (火)

人生意気に感ず「田中防衛相。政治家の不勉強。山本りゅうの政治理念」

◇国会答弁を見て田中直紀防衛相の醜態に驚かされる。国防を担う責任者としてもつべき基本的な見識と知識が欠如している。自民党の石破元防衛相から「自衛隊はなぜ合憲と言えるか」と問われて答えられなかった。憲法9条の理解が出来ていないのである。

 緊急時に的確な判断と決断をなすには正しい知識が前提となる。防衛大臣の資格に欠けると言わざるを得ない。防衛問題に関して素人だという言いわけは認められない。長年国会議員をやっているのだから、たとえ、防衛問題の担当でないとしても、国防の基礎知識は身につけておかねばならない。このような人物を国防の最高責任者に任命した野田総理の責任は大きい。この一事をもってしても民主党野田政権には先がないというべきだ。

◇政治家の世界とは不思議なものである。田中防衛大臣のように勉強しない者でも選挙で当選すれば生存出来る世界なのだ。この事は地方議会でも言える。勉強しない議員が多いのが地方議員の一般の姿ではないか。県会議員になった初めの頃、先輩たちをみてひどいと思った事を思い出す。

 議会に対する世間の目が厳しくなった。背景には混乱と変化の社会状況がある。乗り切るためには官僚に任せず政治家が見識を示して行動しなければならない。

 現在県議会で作成が進行中の県議会基本条例(案)の前文には次の一節がある「我々群馬県議会議員は、県民から負託された責任の重さを自覚し、議員一人一人が最大限その能力を発揮することにより県民の信頼にこたえる議会を築く事を決意しこの条例を制定する」議員が勉強し資質を高めるべきことを求めているのである。

◇県民の意識が大きく変化している事は選挙によく現れる。多くの選挙で投票率が50%を切る事実は選挙が民主主義を支えるべき役割を果たしていないことを物語る。選挙に参加しないといわれる層を取り込む意義は大きいのだ。山本りゅうは、政治理念の中核に「無私」を置く。これは、市民の一部や利権のための政治でなく公平な政治を目指すもの。この理念を具体策と結びつけて発信すれば無党派層の人や選挙に参加しない人々の胸にも届くのではなかろうか。

 8日の公開討論会で、山本りゅうの政治理念をコンパクトに語るように、私はアドバイスした。告示まで一週間を切った。(読者に感謝)

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2012年2月 6日 (月)

「山本りゅうと高木政夫。文化諸団体の集い」

◇市長選を目前に候補予定者が出揃った。4人の中で、勝敗は山本、高木両氏の間で決せられるのは明らかだ。巷に流れる2人の情報や噂は多岐にわたり興味深いものもある。政策を別にすれば、高木氏に関するものでは概ね、ダーティ、利権、やり手、しめつけなどといった見方が耳に入る。支援者は、これらを承知の上で実績、実行力で評価しているのだろう。これらの人からは、政治はきれいごとではないからという声も聞かれる。現職の強みだろう。

 一方、山本りゅう氏については、市長選に向けて走り出した頃は、軽い、軸足が定まらない、よそ者、パフォーマンスといった噂が流れた。しかし、こう見られる事は、新人にしてチャレンジャーなら誰もが甘受しなければならない宿命だろう。いずれも本質的な事ではない。命がけで走り続けている中で消え失せたと見え、今では私の耳にほとんど聞かれなくなった。

 先月27日のベイシア文化会館大ホールに於ける山本りゅうの政策発表会は、彼の成長した姿を示す場となった。得意のパフォーマンスは立派な内実を伴っており見ていて危なげがなかった。多くの参加者からも同様な評価が聞かれる。

◇昨日(5日)の夜、異色な集会があった。人々の様子は、普通、選挙で集まる人々のそれとどこか違っていた。司会者は集いを次のように説明した。「本日は中村のりおが日頃お世話になっております各種の趣味の会、文化活動のグループ、あるいは中村と個人的な絆で結ばれた皆様の集いでございます」

 短期間で多くの人を集める事が出来た。私が主宰し講師を務めるふるさと塾、中国残留帰国者協会、カラオケ、盆栽、書道、劇団、ダルク、NPO、早起き野球等々多彩な分野で活躍する人々の生き生きした表情があった。

 私は「皆さんのこの輪を広げて文化のまちを再生しましょう」と発言。諸団体・グループを代表して登壇した「劇団ブナの木」の大野さんは、文化と教育を基礎にした山本市政を実現して欲しいと訴えた。無党派層の一角に切り込めるかと期待できる雰囲気に山本りゅうもいく分奮気味だった。

 今回の市長選の勝敗は無党派層の動向がカギを握るだろう。山本りゅうの知名度はまだ低い。無党派層には特に浸透度がいまいちだろう。この点は、告示を経て一挙に改善させることは間違いない。これからの注目されるイベントとして今月8日、前橋テルサで行われる公開討論会がある。この欄で紹介するつもりだ。(読者に感謝)

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2012年2月 5日 (日)

上州の山河と共に 第102回 政治家への道 

旗揚げの時  昭和六十一年の盛夏、我が陣営の拠点である芳賀の事務所は、緊迫した雰囲気に包まれていた。  私は、水洋会初め、幾つかの団体の役員達の前に立って、連合後援会の重要な決定について説明していた。  これより数日前、この事務所に、連合後援会長の福島貞雄氏を中心とした後援会の幹部が集まり、一つの重要な決定がなされたのである。それは、この年の暮に、いよいよ我が陣営の存在を天下に知らしめる行事をしなければならない。この運動に勢いをつけて、翌年四月の目的を達成する為には、このイベントをどうしても成功に導かなければならない。すべては、このイベントの成否にかかっている。それを、十月五日、県民会館小ホールで後援会大会という形で行おう、ということであった。  これ迄の集会は、多くてもせいぜい三十人ちょっとの規模であった。それが、今度は、県民会館でやろうというのである。小ホールとはいえ、座席は六五〇程ある。このホールを、通路を含め立錐の余地がない程にいっぱいにしなければならない、というのが幹部会の方針であった。 「千人を目標に集めなければならない。組織的な動員が出来ないのだから、これは大変だ」「しかし、小ホールがいっぱいに出来ないようでは、泡沫候補にされてしまう。どんなことがあっても、いっぱいにしなければならない」「この陣営で、千人も集められるかなあ」心配そうな顔をした水洋会役員の間から、いろいろな発言が飛び交う。 「やることに決まったのだから、やるしかない。どうしたら、人を集められるか、これを考えてゆこうじゃないか」  誰かがこう発言すると、皆、異論なく、そういう方向で力を合わせてゆこうということになった。 ※土日祝日は中村のりお著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2012年2月 4日 (土)

上州の山河と共に 第101回 政治家への道

妻の退職

 この頃、後援会活動が活発化するにつれて、事務局的な細々とした仕事がにわかに増え、ボランティアの人達に手伝ってもらうだけではどうしても間に合わない状態であった。どうしても専属の事務員が必要で、それは、来春の当選を果たす為には、一刻の猶予も許されないことと思われた。

 そこで、私達夫婦は、かねてから迷っていた事について、とうとう決断を下した。それは、妻の退職という事であった。妻の事務能力と行動力は、それまでも、目立たない所で私を支える重要な戦力であったが、教職についていたのでは、中途半端な力しか発揮出来なかった。決戦の時が日一日と近づくことを思うと、私達夫婦の全ての力を唯一の目的に傾注すべきことは当然のことと思えた。また、多くのボランティアの人達が熱心に働いてくれることを承知しながら、職場に出かけて行くことは、この人達に対して申し訳ないことと思われた。

そして、妻の退職には、もう一つ重要な意味があった。それは、退職金のことである。私は、もともと資金のない状態で出発し、お金を使わずに当選しようと思っていたから、運動にかける金はわずかであったが、それでも、かなりの金がかかる。既に、わずかの貯金も底をつく状態であった。妻は、あと一年余りで恩給が付くというところであったが、背に腹はかえられず、退職して退職金を運動の費用に当てることにしたのである。

 妻は、一中、桂萱中で英語の教師を長く勤めてきたが、その後、恵まれない子供達と接したいという考えから東毛養護学校で病弱児童の教育に当たっていた。この長い教職生活に別れを告げ昭和六十一年八月妻は退職した。妻は良く働いた。昼間の仕事に加え、夜は私と交替で学習塾の指導も分担したので、その負担は、精神的にも肉体的にも相当なものであった。

 辛いとか苦しいとか口には出さないが目の凹んだ妻の横顔を見て、病死した前妻のことが頭をよぎることがあった。そして、〈俺は、大変な博打に妻を付き合わせているのだろうか〉、こんな思いが湧く。しかし、〈そんなことはない。俺達夫婦は、理想の旗を共に掲げ、共に闘いながら、着実に勝利に近づいているのだ。多くの人達も、俺達の旗を信じて集まってくれている。やり抜くしかない〉、私はこう思った。(読者に感謝)

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2012年2月 3日 (金)

人生意気に感ず「議会基本条例。山本龍の懇親会。選挙とインフルエンザ」

◇議会基本条例作りが進んでいる。昨日も、自民党内の勉強会があった(2日)。議会の存在意義が問われる程、厳しい批判の目が議会と議員に向けられている。議会の危機なのだ。小手先の議会改革でなく、議会が本来の役割を果たせるような基盤と目標を作らねばならない。この基盤と目標が議会基本条例である。

 前回の勉強会に続いて、今回も、私は、素案に対して修正と提案に関する発言をした。条例に魂を入れたい、議会の地位を高めたいという悲願があった。議会の通年制、議会事務局の体制強化、委員会に於ける議員間の活発な討議など課題は多い。改めて説明したい。

◇この勉強会終了後、私は県議団に前橋の市長選挙に関して状況を説明し強力を要請した。前橋以外から選出されている議員も、前橋市に多くの関係者、関係団体を有している。そこに働きかけてもらうことは大きな力になるのである。

◇夜、山本りゅう夫妻を中心にして、県議、市議、支援団体幹部等と懇談会を行った(2日)。先日27日のベイシアホールの大会、2月1日の各地の女性の集いを終えて、いよいよ決戦の火蓋が切られる日が近づいた。ここで、足もとを見つめ、充電し、心を一つにしようという狙いだ。

 冒頭の挨拶の中で、私はインフルエンザに注意しようと発言した。インフルエンザが各地で猛威をふるっている。横浜DNAの中畑監督もインフルエンザで倒れた。各地の集団感染が伝えられる。

 山本りゅうの事務所は、人の出入りが日毎に増している。ウィルスが持ち込まれる恐れは多い。事務所内で蔓延したら大変だ。とくに山本りゅうや三枝夫人が倒れることになれば戦局に重大な影響が出る。予防の対策を立てねばならない。

◇私は、今、新型インフルエンザの発生を恐れる。「新型」はウィルスが変異してこの世に初めて現れるもの。誰にも免疫力がないから一度び発生すると大変なことになる。

 私は、かつて、議会で警鐘を鳴らした。それは意外にも、平成21年、メキシコのブタのウィルスから始まり世界に広がった。ピーク時、日本でも新型の死者は132人に達し、群馬でも2人の死者が出た(平成211229日の私のブログ)。過去の例では一度終息に向かい又復活した。今、「新型」に備える時期に来ている。(読者に感謝)

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2012年2月 2日 (木)

人生意気に感ず「山本りゅう・女性の集い。小渕優子。維新の会」

◇「山本りゅう・女性の集い」は、1日、市内8ヶ所で行われた。最初の会場は私が担当する前橋問屋センター。小渕優子さんが新前橋駅に到着する時刻に合わせ11時15分開始。準備したイスはすぐに足らなくなって追加。220人程の女性が会場を埋めた。男性弁士は山本りゅう一人。男子禁制の会場には和やかな緊張感が流れていた。司会、代表者の挨拶・檄は、それぞれ富沢悦子さん、大原美幸さん、富沢妙子さんが務めた。いずれも私の後援会のスタッフである。彼女らの言葉の端に知性がにじんでいた。

 11時30分頃、小渕優子さんが現れる。彼女は、私も2児の母です、多くの人に助けられて子育てをしています、高齢少子化が進む社会で女性は社会の活力として重要です、りゅうさんには、女性が十分に活躍出来る前橋市を築いてほしいですと語った。

 山本りゅうは、少子化対策を取り上げ女性が子どもを産みたくなる、育てたくなる前橋市を実現しますと訴えた。三枝夫人が感謝の言葉を短く述べると拍手が起きた。助け合う健全な夫婦の姿は会場の女性たちの間に静かな共感を生んでいたようであった。

 元総社地区は支援する市会議員がいないどころか、地元市議が現職側に立って旗を振っているため大変であったが、予想以上の成果を収め、私はほっとした。後の報告によって、全会場が盛会であった事を知る。選挙では女性のパワーが特に重要である。今回の各地の女性の集いは目的達成に向けての大きな前進を意味した。

◇この日の午後7時、企業及び各種団体の集会があった。現職側に気を使いながら参加する企業やグループもあった。会場に流れる確かな手ごたえは山本りゅうの疲れを忘れさせ大いに勇気付けていた。りゅうちゃんは、大阪の橋下徹に負けないぞと気炎を吐いていた。

 この集いには注目すべき事があった。公明党の水野県議が来賓として挨拶に立ったのだ。これは重要な事態の進展を意味していた。水野さんは、ここで挨拶する環境が整いました、そして全力で応援することを約束しますと訴えていた。

(読者に感謝)

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2012年2月 1日 (水)

人生意気に感ず「市長選迫る。山本龍の政治姿勢。大地震迫る。」

◇2月に入った。2月は逃げると言われる程早く過ぎる。今年の2月は選挙の渦中にいるためか一層気ぜわしく感じる。前橋市長選は、2月12日告示、19日投票日である。今回の市長選の際立った特色の1つとして、現職陣営が自治会と一体となって運動している点が挙げられる。民生委員やPTAまでが「お世話になっているから」という理由で現職支持で動いているという声が耳に入る。事実とすれば民主主義の基本を誤解しているのではないかと思う。

 市政は全市民のために行うもの。だから、全市民は、市政の世話になっているといえる。それを市長の世話になっているからお返しに選挙で応援するというのはおかしい。今の自治会の姿は度が過ぎているのではないか。

 今回の市長選では争点が少ないという人がいるが、最大の争点は政治姿勢の問題である。美術館建設や下増田町の新清掃工場建設の是非その他、対立する争点が、実は多いのである。そして、それらの政策課題の基礎にある政治姿勢が非常に重大なのに、そこに注目が集まらないのは残念だ。山本りゅうについて、私は、彼が掲げる「公平・無私」という旗印に注目している。彼の純粋な政治的情熱は新しい市政を開くカギだと思う。

 今日(1日)は、市内8か所で山本りゅう・女性の集いが開かれ、全会場で小渕優子さんが語る。私の担当は、前橋市問屋町の「前橋問屋センター」で、開会は午前11時15分である。

◇最近の地震の頻度は異常である。先日、震度5弱の大揺れが東京であった。余りに地震が多いので慣れっこになっているが、大地震の本番がじわじわと迫っていることを感じる。

「東京付近でM7級の直下型地震が4年以内に起こる確率は70%」と、東大地震研究所の教授が発表した。東京で震度5弱の地震が起きたのは、この発表の直後であるだけにやはりと感じられるのだ。

 首都直下の大地震が近いことは、首都に集中する様々な行政機関や企業の存在にとって深刻な脅威である。安全な所へリスクを分散させることが、今、喫緊の課題となっている。

 受け皿として最適地の一つは、災害が少なく高速交通網で結ばれる本県である。「バックアップ機能」を活かすことを県は強く進めようとしている。2月議会の重要課題の一つだ。(読者に感謝)

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