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2012年2月 4日 (土)

上州の山河と共に 第101回 政治家への道

妻の退職

 この頃、後援会活動が活発化するにつれて、事務局的な細々とした仕事がにわかに増え、ボランティアの人達に手伝ってもらうだけではどうしても間に合わない状態であった。どうしても専属の事務員が必要で、それは、来春の当選を果たす為には、一刻の猶予も許されないことと思われた。

 そこで、私達夫婦は、かねてから迷っていた事について、とうとう決断を下した。それは、妻の退職という事であった。妻の事務能力と行動力は、それまでも、目立たない所で私を支える重要な戦力であったが、教職についていたのでは、中途半端な力しか発揮出来なかった。決戦の時が日一日と近づくことを思うと、私達夫婦の全ての力を唯一の目的に傾注すべきことは当然のことと思えた。また、多くのボランティアの人達が熱心に働いてくれることを承知しながら、職場に出かけて行くことは、この人達に対して申し訳ないことと思われた。

そして、妻の退職には、もう一つ重要な意味があった。それは、退職金のことである。私は、もともと資金のない状態で出発し、お金を使わずに当選しようと思っていたから、運動にかける金はわずかであったが、それでも、かなりの金がかかる。既に、わずかの貯金も底をつく状態であった。妻は、あと一年余りで恩給が付くというところであったが、背に腹はかえられず、退職して退職金を運動の費用に当てることにしたのである。

 妻は、一中、桂萱中で英語の教師を長く勤めてきたが、その後、恵まれない子供達と接したいという考えから東毛養護学校で病弱児童の教育に当たっていた。この長い教職生活に別れを告げ昭和六十一年八月妻は退職した。妻は良く働いた。昼間の仕事に加え、夜は私と交替で学習塾の指導も分担したので、その負担は、精神的にも肉体的にも相当なものであった。

 辛いとか苦しいとか口には出さないが目の凹んだ妻の横顔を見て、病死した前妻のことが頭をよぎることがあった。そして、〈俺は、大変な博打に妻を付き合わせているのだろうか〉、こんな思いが湧く。しかし、〈そんなことはない。俺達夫婦は、理想の旗を共に掲げ、共に闘いながら、着実に勝利に近づいているのだ。多くの人達も、俺達の旗を信じて集まってくれている。やり抜くしかない〉、私はこう思った。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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