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2012年1月21日 (土)

上州の山河と共に 第97回 政治家への道

初代会長は、島倉政栄氏だった。水洋会には、個性豊かな人達が集まっており、皆、目的の為に真剣であったから、時に火花が散り、トラブルが起こることもあったので、島倉氏のご苦労も大変なものであった。

 水洋会の会員は、会則の第三条にあるように、地域にとらわれずに、いろいろな所から集まっていた。そして、彼らの職業も、保険代理業、測量士、不動産業、八百屋、建設業、農業、看板業、自動車のセールスマン等、実に様々であった。そして、水洋会は、後に、私を支援するいろいろなボランティア団体の中心的存在として活躍することになる。現在の水洋会の会長は、前橋青果株式会社の社長吉田伊四郎氏である(平成6年当時)。

 水洋会は、地域後援会の結成がなかなか難しいことから考え出された苦肉の策によるものであったが、この会の運動の過程で、幾つもの類似の団体が作られていき、意外な展開を示してゆくのである。

 ある団体は、方針をめぐる争いで水洋会から脱会した人々によって作られたし、また、ある団体は、水洋会の会員として活躍していた人が自分の別の仲間に呼びかけて、独立の会として作られた。これらの団体は、次第にそれぞれの特色を発揮して活動するようになっていった。これらの団体の共通の特色といえば、それぞれの内部では、みな対等な仲間であり、自分達はボランティアでやっているという意識を持っていることであった。

一紀会

 

主な団体については、後で触れるが、ここで一紀会という団体について少し触れたいと思う。

 一紀会の〞紀〝は、中村紀雄の〞紀〝である。そして、一つにまとまる、一丸となる、という意味を込めて、〞一〝の字が使われている。また、この会の成立のいきさつからして、百姓一揆の〞一揆〝がイメージされていたといえるのである。水洋会の中に、一際行動的で、血の気の多い人々がいた。彼らは、水洋会の穏健なやり方に物足りないものを感じていた。このグループの中心であった小泉信治さんは、強い意志と緻密な計画で動く行動派であったが、いつも言っていた。

「中村のりおを当選させることは、大変難しいことだ。水洋会のように仲良しクラブのような動きをしていたのでは、当選できっこない」

 このような考えであるから、水洋会の中にいても、とかく意見の衝突がみられた。私は間に立って悩み、調整に心懸けたが、それはなかなか難しいことであった。結局、分離独立して別の会を作り、同じ目的を追求しようということになり、一紀会が誕生した。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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