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2012年1月31日 (火)

人生意気に感ず「山本りゅう・元総社の戦い。日本のポンペイ秘話」

◇嬬恋村がポンペイと友好都市となる。提携の準備書に調印した。イタリアのポンペイは79年ベスビオ火山の大噴火により火山灰に埋まり壊滅した。嬬恋村の鎌原は、1783年の浅間山大噴火により埋没し日本のポンペイと呼ばれる。東日本大震災後に嬬恋村の鎌原遺跡が世界的に注目されることには格別な意味がある。

◇同じように火山の噴火で灰の下に埋没したポンペイと鎌原であるが、両者には大きな違いがある。ポンペイは完全に滅びた町であるのに対し、鎌原は生きのびた人たちが共同結婚して再生を果たした村であることだ。

 村人は押し寄せる熱泥流に追われて観音堂の石段を登った。昭和になって2人の女性の遺骸が発掘された。それは、あと一歩のところで泥流に呑まれた姿で、「天明の生死を分けた十五段」という句が観音堂に残る。

 毎月8日の命日には村人が集まって供養の和讃を詠じる。その一節に、「妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」という文句がある。ここには鎌原村再生の不思議で、感動的なそして、特に東日本大震災後の今日、全日本人が、また、全世界が注目すべき物語が秘められている。

 観音堂の石段を必死で登って命を得た93人は、身分や貧富の差を越えて、リーダーの選択に異をとなえず新たに夫婦の契りを結んだ。無慈悲な地獄の大魔王がつくり出した荒涼たる熱泥流跡地から人々を立ち上がらせたものは人間の絆であった。

 極限状況における新たな男女の性的結びつきは、通常の論理観を超えて無限の勇気を与えたに違いない。このようにして大災害から立ち上がって復興に力を合わせた例は世界にないだろう。東日本大震災で見せた日本人の姿は世界に感動を与えた。現在、鎌原の奇跡をもう一つの日本人の原点として注目すべきである。

◇昨日(30日)のJA元総社支所に於ける山本りゅうの集会は感動的だった。この地は私の熱い支援者が多い地域であるが、今回は難しい状況に落ち山本の集会を開く事は容易でなかった。私の中学の同級生など個人的な関係に働きかけて準備した。大きくない会場だが溢れる程に集まってくれた。私は市長が代わればこの地域はもっと良くなると訴えた。山本りゅうも疲れを忘れたように語りかけていた。元総社を中心に我が陣営の展望が開けるという確信を得て更に勝利に近づいた。気持ちが高ぶって眠れなかった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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