« 上州の山河と共に 第97回 政治家への道 | トップページ | 人生意気に感ず「佐田代議士の新年会。尾身の落選。原発後の議事録。石巻小の悲劇」 »

2012年1月22日 (日)

上州の山河と共に 第98回 政治家への道

 

 一紀会の会長は、道上文教君である。彼は、私の前高定時性時代の同級生である。定時制高校時代の彼は、昼間は、運輸会社で働き、夜は学校で学ぶという、二つの生活を両立させていたが、彼の凄い点は、定時制の4年間を無遅刻、無欠席で貫いたということである。これは、並みの人間の出来ることではなく、私も脱帽し、敬服しているのである。

 道上君は、同じ運輸会社に現在も同じペースで勤務している。彼の外見は極めて穏健、ソフトで、内に秘めた精神力や過去の生活歴を他人に微塵も感じさせない偉い男である。

 一紀会が分離独立した後は、水洋会、一紀会、それぞれの特色を発揮しながら、活動し、大いに会を発展させることになった。

地域後援会

 運動を始めて一年近くが過ぎようとしていた。さすがに、この頃になると、地域後援会も、ぼちぼちできるようになってきた。

 地域後援会の重点地区は、西片貝町を中心とした桂萱、私の住む芳賀、そして、元総社を中心とした利根西であった。そして、各種後援会を統括する連合後援会の会長には、福島貞雄氏が就任した。この人は、福島浩の実兄で、赤城自動車工業の会長であった。

 福島貞雄氏は、当時、五十歳を少し越えたばかりの働き盛りで、細身で精悍な風貌の中に知性とエネルギーを感じさせる人であった。通常、連合後援会長といえば、かなりの年輩で、黙って全体を眺めているといった感じの人が多い。ところが、我が陣営の福島氏は、自らてきぱきと判断を下し、そして、自ら行動する人で、道なき道を切り開いて進まねばならない我が陣営には誠にふさわしい、そして、頼もしい人物であった。

 そして、連合後援会の中枢にあって、福島氏の良きパートナーとして重要な役割を果たしてくれた人に、小沢利治氏がいた。小沢氏は、その父親が市議会議員を数期勤めた桂萱の名門の出で、地域社会に影響力を持つ人物であった。小沢氏のような地域の重要人物が、私のような、とかく泡沫候補と見られがちな新人に、本気で応援してくれることは稀なことであって、大変ありがたいことであった。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

|

« 上州の山河と共に 第97回 政治家への道 | トップページ | 人生意気に感ず「佐田代議士の新年会。尾身の落選。原発後の議事録。石巻小の悲劇」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 上州の山河と共に 第98回 政治家への道:

« 上州の山河と共に 第97回 政治家への道 | トップページ | 人生意気に感ず「佐田代議士の新年会。尾身の落選。原発後の議事録。石巻小の悲劇」 »