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2012年1月 3日 (火)

上州の山河と共に 第91回 

S氏の助言で、特に印象に残っていることがある。それは、地元、芳賀で後援会がなかなか出来ないという私の悩みに対するものだった。S氏の考えは、地元は、時期がくれば必ずそれなりにまとまりができる、周辺に支援者を増やしてゆけば、それが地元に良い影響を及ぼしてゆくだろうというものであった。そして、その後の展開は、大筋として、彼の言った通りになっていった。S氏との間に培われた友情は、今でも変わることがない。

 S氏のように、他の政治家との繋がりを気にして、表に出たがらない人が意外に多いことに初めは驚いたが、考えてみれば、すでに秩序ができているところに、新人が割り込んでゆくのであるから、これは当たり前のことであった。

 S氏のように名乗り出手くれて、私と直接の関係を持ってくれる人は、その後も、徐々に増えていった。私は、戦いの時迄には、まだ時間がある、今は、点を重視した作戦を続けていこう、いつかはそれが線となり、さらに面となる時期が来るだろうと考え、少しずつ現れる運動の効果に励まされながら、足で稼ぐ作戦を続けていった。

 福島浩、芝基紘そして町田氏とは、1ヵ月に一回位会って、私の運動の状況を聞いてもらい、また、お互いの情報交換をしていた。

 私が運動を開始して三カ月の時点で、彼らに報告した感想は次のようなものであった。前橋市を地域別に見ると、現職の県議のいる農村部は中々入り込めない。このような地域は、親戚関係や同窓生の関係など特別なルートを頼らないとつながりがつくれない。これに対して市街地や新興住宅地は、ほとんどが固まっていないと言って良い状態である。そして、年齢の関係では、三十代半ば位までは、圧倒的に無関心層であり、投票所へ行ったこともない人が非常に多い。また、作戦の面では、現職と四つに組んで同じような戦い方をしたのでは勝ち目がなく、従来の政治家が対象にしなかった、あるいは、対象にできなかったと言うべきかもしれない層に直接働きかけることが非常に有効である。だから、現在、私がこつこつと直接に訪ねて歩いていることは、的を得た作戦だと思う。これは、小さな種子を蒔いて歩いているようなもので、きっと芽が出るに違いない。ざっと以上のようなことであった。

※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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