« 上州の山河と共に 第98回 政治家への道 | トップページ | 人生意気に感ず「明子さんいじめ訴訟と私の主張。国際戦略課の意義」 »

2012年1月23日 (月)

人生意気に感ず「佐田代議士の新年会。尾身の落選。原発後の議事録。石巻小の悲劇」

◇佐田玄一郎代議士の新年互例会に初めて参加した。これまで、私は、おなじ一区の競争相手尾身幸次氏の選対本部長だった。前回衆院選の敗戦で尾身氏は落選し政界から去った。私は壇上に立って、前回の衆院選を感慨深く思い返した。平成21年8月の衆院選のドラマは私の脳裏に焼きついて離れることはない。選挙活動が終わった後のセレモニーで尾身さんは語った「最後の政治生命をかけて戦いました。皆さんにメチャクチャなことをお願いしてきました。私も命がけで戦いました。今、生きてここにいられることを感謝します」と。

 しかし、非情な天の裁断は下る。敗戦の挨拶で尾身さんは次のように語る。「20数年の政治家の生活は大変有意でありました。政治家としての尾身幸次はこれで終わりですが、日本のため世界のためこれからもやることがあるので頑張っていきたいと思います。皆さん本当に有り難うございました」強烈な個性で信念を貫いた政治家であった。さしもの尾身さんも民主党の嵐の如き時代の流れに勝てなかった。解散がまた近づいた感じだ。尾身幸次氏のようなキャラクターの政治家は、当分現れそうにない。

◇福島第一原発直後の事態を検討する会議に於いて、議事録が作成されなかったことが報じられた。信じがたい事だ。会議で明らかになったこと、そこで語られたことは、自己を再び起こさないための貴重な資料となるはずだ。専門家は国民的損失と言っている。

 NHKが情報開示請求を行って明らかになった。いくら混乱時とはいえ、このような事を2度と起こさない為に記録を残そうという気に誰もならなかったのか。責任逃れのために追求される資料を残さなかったとすれば、余りに身勝手。後に発覚して恥を晒すことに思い至らなかったとすればこれまた余りに単細胞。

◇宮城県石巻市の大川小の悲劇が改めて注目されている。釜石の奇跡と対象的な出来事だ。釜石では片田群大教授の日頃の防災教育が実って全員が奇跡の避難を達成したのに比べ石巻では74人の児童と教職員10人の死亡行方不明者を出した。地震発生から50分児童は校庭に待機していた。裏山に道がなかったというが、それこそ命がけで這い登れば避難出来た筈。教育委員会は人災の部分もあったと認めた。

 後世に残すべき教訓として、釜石と石巻の二つの例を特筆すべきだ。次の巨大地震がすぐそこに迫っている。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

|

« 上州の山河と共に 第98回 政治家への道 | トップページ | 人生意気に感ず「明子さんいじめ訴訟と私の主張。国際戦略課の意義」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人生意気に感ず「佐田代議士の新年会。尾身の落選。原発後の議事録。石巻小の悲劇」:

« 上州の山河と共に 第98回 政治家への道 | トップページ | 人生意気に感ず「明子さんいじめ訴訟と私の主張。国際戦略課の意義」 »