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2012年1月 5日 (木)

人生意気に感ず「吉田松陰との出会い。楫取素彦顕彰の意義」

◇年頭に当り、我が心に例年と違う手ごたえを感じるのは、昨年末萩市で得た成果の故だ。年末に、群馬の初代県令(県知事)楫取素彦の群馬に於ける業績につき、楫取生誕の町で講演する機会を得た。

 今、振り返って、「我が生誕の地に来て我をもっと良く知れ」という楫取の霊に導かれてあの町へ行ってきたという感を抱く。

 楫取素彦に関する私の理解は不十分で表面的であったことを恥じる気持ちだ。萩での、楫取素彦や吉田松陰との出会いがこの感を抱かせる。そして改めて、群馬の建設に打ち込んだ楫取の信念の強さと深さに思いを致すのである。

 萩で得た資料に、小田村伊之助に与ふ(東行前日記・安政六年五月十八日)、「至誠にして動かざる者未だ之れあらざるなり」がある。

 吉田松陰が罰を受けるために江戸へ送られる直前、小田村伊之助に、自分が最も大切にしている信条を送ったのだ。小田村伊之助とは楫取素彦のこと。

◇山口県教育会が「松陰先生の人となりや心根、実学・実行の様相をわかりやすく、手軽な読み物としてまとめた」書・「松陰先生に学ぶ」の初めの頁には、その全面を使って、「至誠而不動者末之有也」と松陰の書が紹介され、その裏ページには小学生にも分かるような次の説明がある。「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり、と読みます。人はまごころをもってすればどんなものでも感動しないものはないということです。この書は松陰が江戸へ行く前に書いて小田村伊之助にあたえたものです。」

◇私は松陰が「人間尊重」の信念で行動していた事を改めて確信した。男女の差、身分の差をこえて人に接した。獄中の勉強会の実施、被差別の民の女(登波)の行動を碑文でたたえたこと、女性だけの読書会を開いたことなどにも現れている。この松陰が松下村塾を託した人が小田村伊之助、即ち楫取素彦だった。

◇この楫取素彦が明治になって群馬に来て人づくりに情熱を燃やしたのである。日本で最初の女性解放ともいえる廃娼県確立のために楫取が動いたことも、吉田松陰との深い関わりを基本において見た時、十分にうなずく事が出来る。

◇この楫取素彦を群馬県は大切にしていないことを残念に思う。県庁裏には

立派な顕彰碑があるが、日陰の草に囲まれた存在で知らない人が多い。没後百年、そして「3.11」後の群馬のスタートを期して楫取を改めて顕彰したい。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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