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2012年1月18日 (水)

人生意気に感ず「楫取素彦顕彰を知事に提案。がれきの受入れ。天明の恩返し」

2月議会(220日開会)が近づき、それに備えた動きが始まった。昨日(17日)は、知事との政策懇談会があった。発言の機会を得て、私は楫取素彦の顕彰を県として進めるべきことを主張した。知事は、「生活文化部の方で中村議員の意見に基づいて進めている、今後、細かい点は検討して進めます」と答えた。知事の発言を引き出すことが今後の推進力となるのだ。

◇東北被災地のがれきを群馬県内で受け入れるべきか否かの議論が行われている。これは、国民的課題であり、受け入れることになれば、全国民が力を合わせ助け合うことの象徴的意味を持つ。東京都が受け入れを開始したが他の自治体は反対である。

 昨年12月の県議会特別委員会では、「震災直後の助け合いはどこに行ったのか」と執行部にがれきの受け入れを求める意見が出た。私も同感であった。県内自治体には万トンの受け入れ能力がある。県は今月11日、自治体の担当者を集め受け入れを要請したが反応はよくない。

◇宮城県議会議長の中村功氏から群馬県議会議長宛にがれき受け入れの要請がなされた。これを受けて2月8日の特別委員会で対応を協議することとなった。

 多くの県民が感情論として反対するのは放射線に対する懸念である。安全性確保の対策を万全にしながら前向きに検討すべきものと考える。

◇群馬と長崎両県の間には助け合いの歴史がある。今、参考にすべきだ。天明年間、浅間の大噴火の時、細川藩は「手伝普請」として膨大な資金援助をした。群馬県史によれば鎌原村など被害が甚大であった吾妻19か村には復興資金として4766両が与えられた。

 時代は下って平成3年長崎県島原の雲仙普賢岳の噴火はこの地に甚大な被害をもたらした。そして、嬬恋村は、天明の恩返しとして新鮮なキャベツ10トンを島原市役所に寄贈した。当時の森田啓次郎村長は「私たちも昔九州から援助していただいた。お役に立ちたいと思い新鮮な野菜を届けました」と言って鐘ケ江市長に手渡した。およそ230年の時を超えた心の交流は被災者を大いに勇気づけたことだろう。

◇がれきの受け入れは、このような過去の助け合いと違った難しさがある。助けた方が放射線で汚染される恐れがあるからだ。技術力によってこの懸念を克服することが前提となる。特別委員会ではこの点を議論するつもりだ。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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